青く澄み渡る、幻想郷の空。
ここ博麗神社は、人里離れた辺境の地にあり、普段なら鳥のさえずりと風の音しか聞こえない、のどかな場所である。
境内の縁側では、この神社の博麗の巫女――博麗霊夢が、いつものようにのんびりと茶をすすっていた。
「ふぅ……今日も平和ねぇ。お賽銭は一銭も入ってないけど、変な異変でも起きなきゃいいんだけど」
それが盛大なフラグであることに、本人はまだ気づいていない。
霊夢が湯呑みを置こうとした、まさにその瞬間だった。
『――バキィィィィィン!!!』
静寂を切り裂くように、神社の真上の空間がガラスのように激しく割れた。
亀裂からは、現実の光景を侵食するような、どす黒い電子的なノイズが噴き出す。パチパチと七色のデジタル粒子が火花のように飛び散り、大気が見たこともない色に変質していく。
「な、何事っ!? 博麗大結界が……力ずくでこじ開けられた!?」
霊夢は湯呑みを放り出し、御幣をひったくって空を見上げた。
結界の修復機能が追いつかないほどの圧倒的な質量。その空間の裂け目から飛び出してきたのは、丸くて愛らしい、しかし明らかにこの世界の住人ではない、奇妙で不思議な姿をした生き物だった。
「わわわ、わわわわわっ!? 結界の強度が予想以上で出力がブレたぁあぁ!?」
上空数千メートル。
お気に入りの帽子をパタパタと押さえながら、その生き物――甘露は、空中でジタバタと手足を動かしていた。
彼女の感情のパニックに連動するように、お尻のモフモフとした尻尾が、まるでプロペラのように激しく左右に揺れている。
「た、玉のりピエロの子のデータを呼び出し……! 粒子生成! No.2道化師のきらめく羽!……なんで、発動しないのーーー!」
甘露が叫ぶと、背中に七色のデジタルな光の羽が展開されかけた。
しかし、幻想郷という『異世界』の法則(コード)とのズレが生じたのか、パチパチとバグのような電磁ノイズを立てて、羽は一瞬で霧散してしまう。世界の創造主であるはずの彼女のシステムに、一時的なエラーが発生していた。
「うわあああ! 落ちる落ちる落ちる! 誰か、誰でもいいからクッションになってえええ!」
なす術もなく自由落下を続ける甘露。
下を見れば、神社の境内に誰かが立っているのが見えた。
白と黒の魔法使いの服を着た少女、霧雨魔理沙が「なんだありゃあ? 珍しい鳥か?」と間抜けに空を見上げ、呑気に指を差している。
「おい霊夢、なんか丸いのが凄い勢いで降ってく――」
「どいてええええええ!!」
真っ直ぐに狙いを定めた(物理)甘露が、魔理沙の顔面にクリーンヒットした。
ドガァァァァァァン!!!
凄まじい衝撃音と共に、神社の境内の石畳が揺れ、大量の土煙が舞い上がる。
直撃を脳天に受けた魔理沙は、「ぶべっ」という潰れた蛙のような情けない声を残し、白目を剥いて完全にノックアウト。そのまま地面に沈んで動かなくなった。
「い、痛たた……。頭打った……世界が回ってる気がする……」
もうもうと立ち込める土煙の中から、甘露が頭を押さえながらふらふらと起き上がる。
彼女の足元には、完璧に下敷きになった魔理沙の足だけが、力なく虚空へ向かって突き出ていた。
「ちょっとあんたぁ! 私の神社で何やってるのよ! それに魔理沙を煎餅みたいに潰すんじゃないわよ!」
激怒した霊夢が、お札を構えて一歩詰め寄る。
もともと少し人見知りな性質がある甘露は、霊夢の有無を言わせぬ巫女の威圧感に、一瞬「ひぇっ」と小さく身を縮めた。
だが、そこは世界の創造主としてのプライド(?)がある。甘露は持ち前のポーカーフェイスを張り付け、空元気のテンションを無理やり引き出して言い返した。
「も、もしもーし! 痛いのはこっちだよ! もう!私の体の一つに致命傷与えて!どうするの!」
「はぁ? 体の一つって何よ。あんた怪我一つしてないじゃない」
霊夢がジト目で甘露の体を上から下まで眺める。傷一つない丸い体がそこにあるだけだ。
「いつもは異空間にしまってある予備の体がね! 今の衝突の衝撃で、一個完全に大破(デリート)したの! 私はメインの体と別個の体を3つまで生成してるんだから! 創造主じゃなかったら今ので即死だったよ!?」
「予備の体って……何それ気味悪いわね。っていうか、創造主?」
プンプンと頬を膨らませて怒る甘露。
しかし、言葉の勢いとは裏腹に、彼女の頭の上の耳は恐怖と緊張でピクピクと震えており、大きな尻尾は「怒らせちゃったかな……」と不安げにくるりと丸まっていた。
要するに、感情が全く隠せていない。
霊夢は構えていたお札をすっと下げ、呆れたように長いため息をついた。
「……何者だか知らないけど、あんた嘘が致命的に下手くそね。耳と尻尾で全部本音がバレバレよ」
「えっ!? うそ、隠せてない!?」
慌てて自分の尻尾を両手で抱え込み、顔を真っ赤にする甘露。
そのコミカルなやり取りの最中だった。
甘露の脳内に直接、冷徹なシステムアラートの音が鳴り響いた。
『――警告。次元跳躍時のバグにより、空間の歪みに複数の巻き込まれた個体を検知。エネルギー反応の残滓から、対象の落下予測座標を算出。……紅魔館、迷いの竹林、白玉楼――』
「あ……」
そのアナウンスを聞いた瞬間、甘露の顔からさっきまでのコミカルな表情が完全に消え去った。
のんびりとした空気が一変し、世界の創造主としての、真剣で冷徹な眼差しがその瞳に宿る。
甘露の世界――オルカディア。
あそこから幻想郷へ故意に空間を繋げようとした際、あまりの結界の硬さに限界以上の出力。その結果、近くの次元を巻き込んで空間の穴を広げてしまったのだ。
「メモリア……レムフィル……れもん……。みんなを、巻き込んじゃったんだ……」
自分の無茶な空間操作のせいで、大切な友人たちをこの見知らぬ世界に落としてしまった。
胸を刺すような罪悪感と、激しい焦燥感が甘露の心を支配する。
実は、結界突破の反動で甘露自身のシステム(体調)にもかなりのエラーと不調が出ていたのだが、彼女の強力なポーカーフェイスは、それを周囲に微塵も感じさせない。自分ですべてを解決しなければならないという、創造主としての責任感が彼女を突き動かしていた。
甘露は、足元でようやく「うぅ……」と呻き始めた魔理沙と、目の前の霊夢を見つめ、ギュッと拳を握りしめた。
「ごめん、落ちたお詫びは後で絶対に払う! 私、すぐに友達を助けに行かなきゃいけないの!」
「ちょっと、待ち切れないわよ! 状況もわからないのに――」
霊夢の制止の声を振り切り、甘露は再び小さな手で空間を切り裂く。
その瞳には、自分の身を削ってでも仲間を守るという、危ういほどの決意が満ちていた。
これが、最強最悪の全能の力を秘めたのんびり屋の創造主『甘露』と、幻想郷の住人たちとの、長くて騒がしい物語の始まりだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!ゆうれんです。
創造主の幻想入り 第1話、どうでしたか?
次回は甘露の世界から同じく落ちてきた友達サイドです!
紅魔館ですね。
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次回、第2話の更新でお会いしましょう!
最初の方は結構な頻度で投稿されると思います。
次回タイトル予告 紅い館の迷い人と、良く似た名前
次回更新予定 8/29 17:50