迷い込んだら二度と出られないと言われる、鬱蒼とした「迷いの竹林」。
その竹林の奥深く、空間が『ぐにゃり』と歪み、ひとつの影が吐き出された。
甘露の友人であり、科学者のレムフィルである。
彼女の空間跳躍の座標計算は、他のメンバーよりも遥かに精密だった。それゆえに、地面とほぼ同じ――かと思いきや、ほんの少しだけ高い絶妙な空中へと到着した。
「ふぇ……? 座標はあってたはずなのに、ここ、どこ――」
足元には何もない。ほんの数十センチの高さとはいえ、重力には逆らえない。
空間を抜けた瞬間、レムフィルは「あ、これ終わったわ……(オワタ)」と直感した。
だが、不幸はそれだけでは終わらない。
彼女がバランスを崩して地面へと倒れ込んだその場所は、運悪くこの竹林の因幡てゐが仕掛けていた、カモフラージュされた「落とし穴」の真上だったのだ。
『ズサァァァァン!!!』
「うわあああぁぁぁっ!?」
レムフィルは袖が長くてぶかぶかな白衣をパタパタとさせながら、受け身を取る間もなく、結構な深さのある暗闇の底へと真っ逆さまに落ちていった。
「痛たた……。な、何これ? 誰がこんな非科学的な原始的トラップを……」
暗い穴の底で、レムフィルはクリーム色の丸い体をさすりながら、頭の大きな青いリボンを整えた。見上げると、出口は遥か上だ。普通なら這い上がることすら不可能な深さである。
しかし、彼女はただの迷い人ではない。博識なる『科学者』だ。
「ふふん、この程度のトラブル、私の科学の力(薬品)をもってすれば、万事解決よ!」
レムフィルはすかさず、身につけていたフラスコから自作の「ジャンプ力を一時的に極限まで高める薬」を取り出し、一気に飲み干した。
薬が体内に巡ると同時に、体細胞が爆発的なエネルギーを生み出す。
「ターゲット確認、出力固定……せーの、ジャンーーープ!」
ボォォォォン!!!
「わわわっ、ちょっと出力が高すぎーー!?」
凄まじい脚力で地面を蹴り上げ、レムフィルはロケットさながらの勢いで落とし穴の底から垂直に飛び上がった。
一方その頃、落とし穴の地上では、仕掛け人の因幡てゐが「ししし、今日もバカな獲物が引っかかったウサねぇ♪」と、獲物の様子を見に、ちょうど穴の近くまで歩いてきていた。
てゐがニヤニヤしながら穴を覗き込もうとした、その瞬間。
目の前の暗闇から、長すぎる白衣の袖を激しくなびかせたクリーム色の丸い塊が『シュパァァァン!』と超高速で飛び出してきたのだ。
「うわああああああああっ!? 化け物だァァァァァァ!!!???」
てゐは鼓膜が破れんばかりの凄まじい悲鳴を上げ、尻餅をついた。
その大声と、目の前に突然現れたてゐの姿に、今度はレムフィルのほうが「ひゃあうっ!?」と飛び上がるほどびっくりしてしまう。
空中での想定外の急ブレーキ。驚いたレムフィルが手足をジタバタとバタつかせた瞬間、運悪くぶかぶかで長い白衣の袖が自分の体にぐるぐると絡まってしまった。
「ひぇっ、袖が! 袖が解けないぃぃ!?」
完全に視界と体の自由を奪われたレムフィルは、きらきらと目を回しながら着地に失敗。落とし穴から少し離れた生い茂る笹の藪の中へと、再び『どてっ』と派手に墜落してしまったのだった。
「な、なんなのサ……新種の妖怪……?」
てゐがガタガタと震えながら藪を覗き込もうとした時、背後から気だるげな声が響いた。
「おい、てゐ。さっきから何の騒ぎだ? 永琳に頼まれた薬草狩りの邪魔なんだけど」
現れたのは、白い髪に赤いズボンを穿いた少女、藤原妹紅だった。
「も、妹紅! 穴から丸くてぶかぶかの白衣を着た化け物が飛び出してきて、あそこの藪に!」
「化け物? ……ただの行き倒れじゃないか。おい、生きてるか?」
妹紅が藪をかき分けると、そこには白衣に包まれたまま気絶しているレムフィルが転がっていた。
「うぅ……袖に負けた……科学の敗北……」
「おいおい、ひどい怪我はないみたいだけど、衰弱してるな。ほら、捕まれ。永遠亭(うち)に連れてってやる」
面倒見の良い妹紅は、レムフィルを優しく抱え上げると、竹林の奥にある大きな屋敷へと歩き出した。
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永遠亭の診察室。
月の頭脳と呼ばれる医師、八意永琳の不思議な医療術(あるいは不思議な薬)によって、レムフィルは驚くほどの速さで完全回復を遂げた。
「ふぇ……すっかりどこも痛くない……! すごい、どんな成分の薬品を使ったらこんな瞬時に細胞が活性化するの!?」
ベッドから飛び起きたレムフィルは、長い袖を揺らしながら、目を輝かせて自分の体をチェックする。
診察室には、治療を行った永琳と、お茶を飲みながら物珍しそうに眺めている蓬莱山輝夜がいた。
「あら、もう動けるのね。あなたの身体、こちらの世界の人間や妖怪とは、組織の構成(データ)が根本から違うみたいだけれど……面白いわね」
永琳が興味深そうにカルテをトントンと叩く。
レムフィルはベッドから降りると、長い白衣の裾をきゅっと握り、ペコリと一礼して自己紹介を始めた。
「助けていただき、ありがとうございます! 私はレムフィル。一応、これでも科学者をやっています。……あの、私の成分データに興味があるみたいですけど、それは私たちがいた世界の『創造主』のせいで――」
「創造主? 科学者が神を語るの?」輝夜がクスリと笑う。
「語るっていうか、本当にいるんです! 甘露っていう、のんびりしてて、帽子と尻尾が可愛くて、でもちょっと抜けてる世界の創造主が! あいつが時空の計算をミスったせいで、私、こんな見知らぬ場所に落ちちゃって……」
レムフィルが愚痴をこぼすように話し始めると、永琳の知的な瞳が鋭く光った。
「世界の創造主が、時空を歪めてあなたをここに……。科学者であるあなたがそう言うのなら、ただのオカルトではなさそうね」
「そうなんです! だから私、早く甘露や他の友達(メモリア、れもん)と合流しないと……。あいつ、いざとなると自分ですべて解決しようとして、不調を無自覚に隠して自己犠牲に走るバカだから、私が科学的にストップをかけなきゃいけないんです!」
レムフィルの強い決意の言葉に、永琳と輝夜は顔を見合わせ、フッと微笑んだ。
こうして、竹林の永遠亭でも、甘露ちゃんの「最強で危なっかしい存在」の噂が広がり始めるのだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!ゆうれんです。
創造主の幻想入り 第3話、どうでしたか?
今回は迷いの竹林サイドですね、オルカディアの天才薬師レムフィルさんが中心ですね。
えーりんとレムフィルの医学での絡みをつけたいですね…
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次回、第4話の更新でお会いしましょう!
これから金曜日毎週投稿します。
次回タイトル予告 冥界に実る檸檬と、優しき亡霊の刃
次回更新予定 9/11 17:50