――冥界、白玉楼。
ここは生と死の境界を超えた、幽霊たちの集う広大な庭園である。
季節外れの白桜がしめやかに咲き誇るその静寂を破ったのは、およそこの世のものとは思えない、凄まじい風切り音だった。
「ひゃああああああん!? お、お兄ぢゃああああんっ!?」
どさふっ!!!
白玉楼のよく手入れされた柔らかな芝生に、黄色くて丸い、愛らしい生き物が真っ逆さまに突っ込んだ。
甘露の不調による時空の歪みに巻き込まれ、この世界へと落とされてしまったオリカビアの住人。年齢はまだまだ子どもの10歳であり、今回の事故に巻き込まれた四人の中で最年少の男の子――『れもん』である。
「みょ、みょん!? 空から黄色い果物みたいな子供が降ってきたみょん!?」
庭掃除の最中だった白玉楼の庭師、魂魄妖夢が楼観剣に手をかけながら大慌てで駆け寄ってくる。
れもんは頭にいつも被っているお気に入りの三角コーンを気にして直しながら、ウルウルとした大きな目で妖夢を見上げた。元々少し人見知りな上に、見知らぬ世界への恐怖で、小さな身体が小刻みに震えている。
「うう……ここはどこですかぁ……。甘露、おねえちゃん……」
「あら、妖夢。騒がしいわね。何か美味しいものでも落ちてきたのかしら?」
ひらひらと扇子を片手に、白玉楼の奥から優雅に現れたのは、その主――西行寺幽々子だった。
幽々子に敵意など一切ない。ただ、彼女は生まれながらにして「死を操る程度の能力」を持つ、冥界の絶対的な支配者である。のんびりとした笑顔の裏から、無意識に漏れ出す圧倒的なプレッシャー――常人なら平伏するほどの『殺気』に似た気配が、周囲の空気をピキリと凍らせた。
「ひっ――あ、う……」
れもんは精神面がとても弱い。その強大すぎる気配を至近距離で浴びた瞬間、恐怖とショックの許容量を遥かに超え、一瞬で白目をむいてその場にバタリと気絶してしまった。
「みょ、みょん!? 幽々子様のプレッシャーだけで息絶えてしまったみょん!? 大変です、敵襲かと思ったらただの迷子の子供が――」
「いいえ、妖夢。下がりなさい。……本番はここからのようよ?」
幽々子が扇子で口元を隠し、その細められた瞳に鋭い光を宿す。
気絶したれもんの小さな身体から、突如として白玉楼の空間そのものがミリミリと軋むほどの、凄まじい霊力(オーラ)が噴き出したのだ。
『――れもんを、虐めるな』
低く、冷徹な声が響く。れもんの意識が精神的ダメージでシャットダウンしたことで、彼の防衛システム――特殊能力が発動したのだ。5年前に死亡し、今もなお地縛霊として最愛の弟に取り憑き、護り続けている兄――『しもん』の魂が、れもんの身体へと完全に入り込む。
ゴオォォォッ!!!
白玉楼の庭園に強烈な突風が吹き荒れ、満開の桜の花びらが嵐のように激しく舞い散る。
次の瞬間、れもん(しもん)の姿は一変していた。そのステータスは世界の理を書き換えるほどに超強化され、世界がひび割れるような圧倒的な威圧感を放つ。そしてその頭には、生前、彼が死亡した時そのままの無惨な姿――赤枠の三角コーンと、脳天に深く突き刺さったナイフが実体化していた。
「な、なんですかこの禍々しい気配は……!? 近づくことすら、息をすることすら狂いそうだみょん……っ!」
白玉楼のベテラン庭師であり、数々の修羅場をくぐってきた妖夢が、その圧倒的な強者のオーラに本能的な恐怖を感じて冷や汗を流す。この領域の強さは、それこそ世界の創造主である甘露レベルの強者でなければ、まともに立つことすら許されない絶対的な空間だった。
れもん(しもん)は感情の消えた瞳でナイフを強く握り締め、幽々子と妖夢を真っ直ぐに見見据える。
「弟に、手を出すな。出すなら……僕が全員、殺す」
亡き兄の執念が、冥界の桜を血の色に染めるかのように、静かに刃を煌めかせた。
* * *
その頃、博麗神社。
魔理沙の上に落下するという大惨事を起こした世界の創造主・甘露は、博麗霊夢に怒鳴られながらも、いつもの澄ましたポーカーフェイスで事態の隠蔽を図っていた。
「もう! 私の体の一つに致命傷与えて! どうするの!」
「こっちのセリフよ!! 人の神社の縁側と魔理沙を致命傷にしたのはどこのどいつよ!?」
人見知りを持ち前のハイテンションで誤魔化しながら霊夢に弁解する甘露だったが、ふと、自身の背後にある一対の狐耳と九本の尻尾が、嘘をつけずに「取り返しのつかない不安」で激しくブルブルと揺れていることに気づく。
完璧なポーカーフェイスで隠しているつもりだが、甘露は自身の不調に無自覚なまま、友達を助けるため、そしてこの世界に入るために限界以上の空間操作を行ってしまっていた。
(どうしましょうどうしましょう! 私が空間を無理やり開けたせいで、オルカディアの次元に亀裂が入って、みんなを巻き込んでしまいました……!)
人一倍優しく、仲間を惹きつける彼女は、すべての責任を自分一人で抱え込もうとする悪癖がある。
今この瞬間も、不調による激しい目眩と身体の痛みを無自覚にポーカーフェイスで隠しながら、甘露は内心で必死に祈っていた。
(れもん……レムフィル……メモリア……! どうか無事でいてください……!)
創造主の隠された祈りは届くのか。
白玉楼の庭園では今、最強格へと覚醒した亡霊の兄『しもん』のナイフが、妖夢の楼観剣めがけて一閃されようとしていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!ゆうれんです。
創造主の幻想入り 第4話、どうでしたか?
今回は白玉楼に落ちた、小さな少年れもんくん と 亡霊しもんさんですね!
次回は 妖夢 対 しもん戦です!
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次回、第5話の更新でお会いしましょう!
最初の方は結構な頻度で投稿されると思います。
次回タイトル予告 春風の刃、冥界に舞う
次回更新予定 9/18 17:50