アンドルフの脅威が去り、ライラット系には平穏が戻っていた。
だが、マナの進路表だけは、見事なまでに白紙だった。
コーネリアに設立されたアカデミーにも活気が戻り、教室では卒業を間近に控えた学生たちが、互いの進路について賑やかに語り合っている。
「俺、コーネリア軍の整備部門に決まった!」
「私は管制局。来月から研修だって」
友人たちの報告を羨ましく思いながらも、マナは素直に笑って祝福した。
「おおー、すごいねー!!」
その声はいつも通り明るい。
けれど、自分の手元にある進路表へ視線を落とせば、記入欄には何ひとつ書かれていなかった。
さて、どうしたものか。
迫る卒業の日を思うと、否応なく気持ちは焦っていく。
ふと、先日の進路面談で教官に言われたことを思い出した。
「お前はまだ決めていないのか?」
少し呆れを含んだ眼差しが向けられる。
「うーん……整備も嫌いじゃないんですけど、ずっと整備だけってなると……」
「通信は?」
「それも面白いんですけど……」
「航法」
「好きです」
「では航法士に」
「でも、それだけっていうのも……」
教官が大きなため息をついた。
「……お前は一体、何がしたいんだ」
「それが分かったら苦労してませんよ」
周りの学生たちは、それぞれ自分の得意分野を活かし、ひとつの「専門職」へと進んでいく。
なのに、自分だけは何者にもなれていない。
何でもできる。
けれど、何かひとつを極めているわけではない。
今まで長所だと思っていた器用さが、進路を決める段階になって初めて、どこにも属せない中途半端さのように思えてくる。
何でも卒なくこなせる自分なら、就職という壁だって難なく乗り越えられる。
どこかで、そう思っていた。
「……おーい。マナ? マナってば!」
「……わぁっ! びっくりしたぁ……!」
突然、目の前いっぱいに友人の大きな瞳が映り込み、マナはそこで初めて、自分の意識がすっかり遠くへ飛んでいたことに気づいた。
「もう。就職先のこと考えすぎて疲れてるんじゃない? 無理しないでよ」
友人は少し困ったように笑いながら、マナの肩に手を置く。
「あはは……まあ、上手くやるよ」
心配させまいと、不安を胸の奥へ押し込めて、マナはまた笑った。
*
友人たちと別れたマナは、足早に自宅へ戻ると、机の上に端末を広げた。
表示される求人情報を次から次へと眺めながら、頭を抱える。
「ほんと、どうしよう……このままニートまっしぐらだよ……」
有名なアカデミーに入学させてもらった手前、卒業早々そんなことになれば親に顔向けできない。
気を取り直し、マナは再び画面に並ぶ文字を真剣に追い始める。
その時。
ふと、目に留まる一文があった。
────スターフォックス 艦内スタッフ募集
■仕事内容 整備補助、通信補助、物資管理、作戦支援、書類整理、その他雑務。 状況により、業務内容が変更となる場合があります。
「……何これ」
何とも掴みどころのない仕事内容だった。
しかも、つい先日ライラット系を救ったばかりの、あのスターフォックスからの求人である。
普通の求職者なら、あまりに大雑把な募集内容に不安を覚え、敬遠するかもしれない。
しかし、マナは違った。
「……全部ある」
さらに募集要項を読み進める。
「複数分野の基礎技能を持つ者、歓迎……」
マナの目が次第に輝き始めた。
突出した能力を持たない自分に、これほど当てはまる求人が他にあるだろうか。
「これだ……!」
そしてすぐに、少しだけ冷静になる。
「……本当にスターフォックスの求人かどうかは怪しいけど!」
これまで興味を惹かれる求人がほとんどなく、面接にすら進んでいなかった。
それなら多少怪しかろうと、挑戦してみる価値はある。
とはいえ、スターフォックスといえば傭兵部隊だ。
アーウィンを駆り、アンドルフ軍と戦った英雄たち。
「パイロット募集じゃないんだな……」
英雄たちの仲間になりたい、などという大それた考えはない。
そんな力が自分にないことくらい、マナ自身が一番よく分かっている。
ただ。
何もかも中途半端だと思っていた自分でも、ここなら何かひとつのピースになれるような。
そんな気がした。
「……善は急げ、だよね!」
マナは勢いのまま、端末に表示された「応募」のボタンをタップした。
*
────コーネリア、とある事務室。
マナは二人の獣人の男性を前に、少し身を固くしながら椅子に座っていた。
机を隔てた向こう側にいるのは、かのアンドルフを討伐した英雄。
スターフォックスのリーダー、フォックス・マクラウド。
そして、その隣には作戦参謀のペッピー・ヘア。
本物だ。
求人は嘘ではなかったのだな、とマナは場違いにもそんなしみじみとした感想を抱いていた。
一方、フォックスは履歴書へ視線を落としながら、どこか慣れない様子で質問を投げかけた。
「えっと……整備科の基礎課程、通信管制、航法、救急救命。それから飛行訓練も?」
アンドルフを倒した部隊の隊長とはいえ、面接官としての経験などほとんどない。
応募者もほとんど現れなかった求人に、突然舞い込んできた一件の応募。
しかも、実際に現れたのは小柄な人間の少女だった。
正直なところ、何から聞けばいいのか少し迷っている。
「はい。一通り」
マナはそんなフォックスの様子を気にすることなく答えた。
「……一通り?」
「どれも専門資格までは取れてませんけど」
その言葉を聞き、ペッピーが改めて履歴書へ目を落とす。
「なるほど」
技能欄には、多数の項目がびっしりと並んでいた。
履修済み。 中級。 基礎資格。 補助経験あり。
数は多い。
しかし、突出したものはひとつもない。
フォックスが少し困惑したように尋ねる。
「どうして、これだけ色んな課程を?」
「途中で面白そうなの見つけると、そっちもやりたくなるんです」
「……」
フォックスとペッピーは、一度履歴書を見て、それからマナを見る。
「その結果、こうなりました」
マナがあっさり言い切ると、ペッピーが「ほっほ」と楽しそうに笑った。
「なので、“何でもやってくれる人募集”って書いてあった時、これだ!って思って。求人票を見て、初めて自分向けの仕事があるって思ったんです」
キラキラと目を輝かせながら、マナは二人へ意欲を訴える。
フォックスはゆっくりとマナから視線を外し、隣のペッピーを見た。
「……そんな書き方したっけ?」
「したな」
ペッピーが手元の端末で求人票を表示する。
「したか……」
スターフォックスは今、多忙を極めている。
アンドルフ討伐を成し遂げた傭兵部隊として、ライラット各地から依頼が殺到しているのだ。
人手不足を少しでも早く解消しようと、とりあえず作った求人票。
その内容など、フォックスの頭からすっかり抜け落ちていた。
少し悩んだ様子のフォックスを横目に、ペッピーが次の質問を投げかける。
「では、君が一番得意なことは?」
「うーん……」
マナは顎に手を当て、少し考える。
そして一度閉じた瞳を開くと、ペッピーを見てにっこり笑った。
「初めてやることに、あんまり抵抗がないことですかね」
「……ほう」
ペッピーが興味深そうにマナを見る。
フォックスも少し考えたあと、
「……それは、助かるかもしれない」
と呟いた。
出してしまった求人内容に若干の後悔すら感じていたが、ようやく少し期待が芽生えてきた。
フォックスは表情を引き締め、言葉を続ける。
「ただ、うちは普通の会社とはかなり違う。急な出撃もあるし、危険な場所へ行くこともある」
先ほどまでとは違う、隊長としての真剣な眼差し。
マナもそれを察し、姿勢を正した。
「はい」
「勤務時間も……不規則だ」
「そうですね。求人票に“状況による”って」
「その辺までちゃんと読んだのか」
「面白そうだったので」
マナはまた、にこりと笑った。
「面白そう……?」
フォックスはわずかに怪訝な表情を浮かべる。
自分が作った求人に文句をつけるのも何だが、業務内容は曖昧で、何をさせられるか分かったものではない書き方だ。
少なくとも、自分なら応募しない。
そんなことを考えながら、フォックスは一度ペッピーへ視線を送った。
「じゃあ、少しペッピーと話をする。部屋の外で待っていてくれ」
「はい! どうぞよろしくお願いします!」
藁にもすがる思いで、マナは二人へ深々と頭を下げると、待合室へ向かった。
その背中を見送り、扉が閉まる。
フォックスはすぐにペッピーへ問いかけた。
「どう思う?」
「私はいいと思うよ」
「でも、専門職じゃない」
「今の我々に必要なのは、専門家かな?」
その言葉に、フォックスはグレートフォックスの自室を思い浮かべた。
机に積み上がった書類の山。
整備依頼。 補給申請。 請求書。 通信記録。
思わずため息が出そうになる。
「一人で全部やろうとしている君には、ぴったりだと思うがね」
見透かしたような視線を向けてくるペッピーに、フォックスは眉を寄せた。
「……それ、俺への説教?」
「助言だよ」
ほどなくして、マナは再び部屋へ呼び戻された。
椅子へ腰掛けるのを確認すると、フォックスは開口一番に告げた。
「採用する」
「……え?」
マナが目を丸くする。
「明日から来られる?」
「明日!?」
「無理なら明後日でも……」
「行けます!」
逃すわけにはいかない。
あまりにもすんなりと就職への切符を掴んでしまい、まだ実感はなかった。
それでも、こんな時に迷う必要などない。
そうマナは思った。
その後、今にもスキップしそうな勢いで事務室を後にした。
*
────グレートフォックス・格納庫。
コーネリアから戻ったフォックスが格納庫へ向かうと、そこではスリッピーがアーウィンの整備をしていた。
その近くでは、青い鳥の青年ファルコが機体に寄りかかり、整備の様子を眺めている。
フォックスは二人へ声をかけた。
「明日から新人が来る」
「ほんと!? やったぁ!」
スリッピーが嬉しそうに跳ねる。
最近は整備業務まで立て込んでおり、彼自身かなり苦労していた。新しい人手が入ると聞けば、素直に喜ぶのも当然だった。
「新人?」
一方、ファルコは元々鋭い目をさらに細め、怪訝な顔をする。
「艦内補助スタッフさ」
「へぇ」
まるで興味がなさそうな声音だった。
フォックスが履歴書を差し出す。
そこには整備、通信、航法、操縦、救急、物資管理と、様々な技能が並んでいる。
ファルコはしばらく眺めたあと、眉を寄せた。
「……なんだこりゃ」
スリッピーが横から履歴書を覗き込む。
「すごいじゃん! 色んなこと出来るんだ!」
「逆だろ」
「え?」
「全部中途半端ってことじゃねぇの」
「本人にも、似たようなことを言った教官は多かったようだよ」
少し遅れて格納庫へやってきたペッピーが、気の毒そうに笑った。
「だろうな」
あまり気乗りしていない様子のファルコへ、フォックスは率直に言う。
「でも、うちには合ってると思う」
「お前がそう思うなら、好きにすりゃいいさ」
お前がリーダーなんだからな。
そう言わんばかりに、ファルコは履歴書をフォックスへ返した。
「実は、そのスタッフは人間なんだ」
「人間?」
自室へ戻ろうと踵を返したファルコの足が止まる。
「ああ」
「珍しいねぇ」
スリッピーが端末を操作し、ライラット系に生存する『人間』についての情報を表示した。
「最近では、ほとんど見かけなくなった種族だからのう」
スリッピーの端末を一緒に覗きながら、ペッピーが続ける。
ファルコは興味なさそうに鼻を鳴らした。
「人間だろうが何だろうが、肝心なのは仕事が出来るかどうかだろ」
そして今度こそ立ち去ろうとした、その背中へ。
「ああ、そうだファルコ」
フォックスが声をかける。
「明日の朝、新人の案内を頼めるか?」
「は? 嫌だ」
間髪入れず返ってきた。
「即答するじゃん!」
スリッピーがケラケラと笑う。
「俺は午前中、コーネリア軍との打ち合わせがあるんだ」
「スリッピーにやらせろ」
「僕、午前中エンジンばらす予定!」
ファルコの眉間に皺が寄る。
「……ペッピー」
「私は補給担当との交渉だ」
「……」
逃げ道が消えた。
黙り込むファルコの肩に、フォックスがにっこり笑いながら手を置く。
「よろしく」
「勝手に決めんな!」
ファルコは勢いよく、その手を振り払った。
そのまま踵を返し、格納庫を出ていこうとする。
けれど、数歩進んだところで。
ほんの一瞬だけ、フォックスの手に戻った履歴書へ視線を向けた。
人間。
何でも屋。
明日から来る、新人。
「……ったく」
小さく吐き捨てるように呟く。
興味があるわけではない。
少なくとも、本人はそう思っていた。
そして今度こそ、ファルコは格納庫を後にした。
本作品はフォレストページ+にも同一作者名義で掲載しています。
フォレストページ+版では名前変換に対応しています。