「ファルコ、コーヒー置いとくね。」
「ああ、サンキュ。」
グレートフォックスへ戻ってからも、マナとファルコは昨夜のことを誰にも話さなかった。
普段と変わらず会話をして、普段と変わらずそれぞれの仕事をこなす。
ただ、時折視線が合うと、マナはラウンジで交わした言葉を思い出した。
「……マナ」
「俺たちは仲間だ」
嬉しいはずなのに、なぜか胸に残った、あの小さな引っかかり。
その正体を考える暇もなく、作戦室に警報音が響いた。
『ペパー将軍ヨリ着信。緊急依頼トノコトデス』
ナウスのアナウンスが響く。
「ナウス、通信を繋いでくれ」
フォックスが声をかけると、部屋の中央にペパー将軍のホログラムが映し出された。
『フォックス、以前話した盗難事件だが、また動きがあった。軍需品を保管している施設で、不審なアクセスが確認されたのだ』
「俺たちの出番ってわけだな」
『いかにも。現在、警備と在庫確認を依頼できる戦力が足りない。現場に急行してもらいたい』
「わかった。行くぞ! みんな準備してくれ」
*
────コーネリア軍・格納庫
「うわー! 最新鋭の武器がそろってるねぇ! そりゃあ盗まれもするかもね」
「あ、待ってスリッピー!」
スリッピーが目を輝かせて格納庫の奥へ走っていく。
マナもその後に続いた。
「おい、お前たち。依頼人の荷物を傷つけないでくれよ」
フォックスが苦笑しながら声をかける。
「……重装備だな」
ファルコが倉庫内を見渡し、周囲の様子を確かめた。
「ふむ。ペパー将軍が言っとった組織との衝突が近いのかもしれんな」
「各自、警戒にあたってくれ。ブラスターの扱いには気をつけるようにな」
フォックスの指示通り、スリッピーとマナ以外は倉庫の四方に散り、警備を始める。
「マナちゃん、在庫チェックお願いー」
「うん」
スリッピーが機器を点検している間、マナは端末を手に作業を開始した。
在庫を確認しながら、倉庫の監視システムにも異常がないか目を通していく。
「あれ……スリッピー、監視カメラ止めた?」
端末の表示は『CAMERA:OFFLINE』となっていた。
「え? オイラ、何もしてないよ」
次の瞬間、バチンッと照明が落ちた。
「えっ、何っ!?」
「マナちゃん、敵襲かも!」
自分の手元すら見えないほどの暗闇。
やがて非常電源が作動したのか、赤みを帯びた非常灯が辺りを僅かに照らした。
スリッピーの警告に、マナは身を固くする。
「おい、大丈夫か!?」
ファルコが武器を手に走り寄ってきた。
「警戒しろ!!」
続いてフォックスが姿を現す。
その時、倉庫の上層から何者かの声が響いた。
「久しぶりだな、フォックス」
「はぁ、忌々しい鳥も一緒ですか……」
二つの影が、フォックスたちの目の前へ降り立った。
「ウルフ、レオン……やっぱりお前たちか」
フォックスがブラスターを構える。
「この人たちが……」
スターウルフ。
マナもその名は聞いたことがあった。
狼の獣人、ウルフが率いる遊撃隊。アンドルフと手を組み、その後は指名手配犯となっているはずだ。
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺たちは必要な物を取りに来ただけだ」
ウルフは鋭い牙を覗かせながら笑う。
そして、その獰猛な視線がマナへ向けられた。
「ほう……人間か。珍しいのを飼ってるじゃねぇか」
マナを値踏みするように、足元からゆっくりと視線を這わせる。
その威圧的な目に、マナは思わず一歩後ずさった。
「そいつなら、欲しがる連中もいるかもですねぇ。ククッ」
レオンも興味深そうにマナを見つめ、目を細めた。
「……マナに近づいてみろ。ぶっ飛ばすぞ」
ファルコが低く唸り、マナを庇うように前へ立ちはだかる。
ウルフたちの注意が逸れている隙に、スリッピーは制御盤へたどり着いていた。
「セキュリティ回復まで、あともうちょっと……」
「……厄介なカエルだねぇ」
それに気づいたレオンが、スリッピーへ武器を向けた。
「スリッピー!」
一番近くにいたマナが、咄嗟にスリッピーの背を押した。
二人はそのまま床へ倒れ込む。
直後、放たれた弾丸が壁を穿った。
「チッ!」
レオンが苛立たしげに舌打ちをする。
「おい、レオン! 無駄撃ちはするな。商品が傷つくだろ」
「はいはい、仰せのままに!」
言うや否や、レオンは何かをフォックスたちの足元へ転がした。
煙を上げながら転がったそれは、破裂した瞬間、周囲を覆い尽くすほどの白い霧を噴き出した。
「クク、狙い撃ちだ」
ウルフがゴーグルを装着し、渦巻く煙の中へ消えていく。
「……っ、全員退避! 煙をできるだけ吸うな!」
フォックスが叫んだ。
「ははっ、逃がすかよ!」
どこからともなくウルフの声が響き、銃弾がフォックスの頬を掠める。
「こっちだ、マナ! 早く来いっ!」
「早く行こう、マナちゃん!」
白い霧に包まれ戸惑っていたマナを、スリッピーとファルコが急かす。
返事をするより先に、ファルコに腕を掴まれた。
「おい、フォックス! こっちだ!」
執拗に狙い撃ってくるウルフたちの攻撃を避けながら出口へ向かうと、ペッピーが合図を送った。
「隔壁を閉める! 急げ!」
全員が脱出すると、ペッピーが素早くスイッチを叩いた。
「はっ! 運のいいことだ」
完全に閉じた隔壁を見て、ウルフがニヤリと笑う。
「フフ……荷物を頂きましょう」
軍需品を積んだ無人輸送ポッドを従え、二機のウルフェンが施設を離脱した。
*
格納庫を出て、通路を走る一行。
「奴らを追いかけるぞ!」
フォックスの指示を聞きながら、マナはグレートフォックスへ戻ってから自分がやるべきことを考えていた。
その時、突如として後ろから強い力で肩を引かれる。
「お前、何考えてんだ!」
強制的に振り向かされたマナは、険しい表情を浮かべたファルコと目が合った。
「え?」
「何であんな所に飛び出した!」
ファルコの剣幕に押されそうになる。
だが、自分の行動が無駄だったとは思えず、マナも負けじと言い返した。
「何でって……スリッピーが狙われてたからでしょ!」
「だからって、お前が代わりに撃たれてどうすんだよ!」
後方から響いた大声に、フォックスたちが足を止める。
「じゃあ見てろっていうの!?」
「そうじゃねぇ!」
「私だってスターフォックスの一員だよ! 仲間だって言ったの、ファルコでしょ!」
ファルコが僅かに目を見開く。
「……それとこれとは別だ」
「別じゃないよ! 私だってみんなを守りたい!」
「二人とも、その話は後だ! 奴らが逃げる!」
フォックスが二人の言い争いを遮った。
「……ごめん、フォックス! 行くから!」
先に走っていくマナの背をしばらく見つめ、ファルコは少し遅れてその後を追った。
*
四人がアーウィンで出撃すると、マナはナウスと共にグレートフォックスの作戦室へ向かった。
『……三時方向に二機の反応あり! 間違いないよ!』
「追うぞ!」
フォックスの声を合図に、四機のアーウィンがブーストを展開した。
「見えてきたな! このまま撃ち落としてやるぜ!」
ファルコが前へ出る。
その瞬間、どこからともなく攻撃を受けた。
────左翼被弾。損傷軽微。
アーウィンの警報が鳴る。
「ちっ……なんだ? どこから撃たれた!?」
『他に敵機はいないよ!』
マナが再度確認するも、グレートフォックスのレーダーにはウルフたち以外の敵影はない。
「うわっ!! オイラも当たっちゃったよー!」
続けてスリッピーが声を上げる。
被弾しながらも、彼は忙しなく端末を操作していた。
「……これ、ウルフたちの機体から直接撃たれてるんじゃない! 別の何かがアーウィンに反応してる! 解析するから待って!」
その間にも、ウルフたちへ近づくほど、見えない攻撃が続く。
「……スリッピー! ワシとお前はこれ以上は危険だ! 一度戻るぞ!」
スリッピーとペッピーの機体は運悪く複数回の被弾を受け、損傷が激しくなっていた。
「……分かった! フォックス! オイラたちはマナちゃんとサポートに回るから!」
「了解だ! グレートフォックスまで気を抜くなよ!」
グレートフォックスに帰還したスリッピーとペッピー。
スリッピーは席に着くや否や、端末を高速で操作し始めた。
「マナちゃん、センサーログ出して!」
「了解!」
マナから送られてきたデータに目を通していく。
「たぶん、ステルス兵器を使ってる! 解析が終わるまで耐えて!」
『一発は重くないが、当たり所が悪かったら終わるぜ!?』
ファルコが思わず唸る。
「……ファルコ、右!」
マナの声に反応し、ファルコは即座に右へロールした。
直後、弾頭がアーウィンの左翼すれすれを通過する。
『なんだ? もう解析できたのか?』
「いや、まだだよ! マナちゃん、何か気づいたの?」
スリッピーが思わず手を止める。
「……分かんない。来る気がしたの……」
「どういうこと!?」
『今は後にしてくれ! ウルフと戦闘開始する!』
フォックスがウルフの機体の後ろにつく。
『マナ!』
「……どうしたの? ファルコ?」
『……助かったぜ』
それだけを言い残し、ファルコはレオンの追尾を開始した。
「……うん」
ファルコからの短い言葉に、胸の奥に残っていたわだかまりがほんの少しだけほどけた。
『ははは! プレゼントは気に入ったか?』
ウルフが後方についたフォックスを躱しながら笑う。
「趣味の悪いプレゼントだな!」
ウルフに照準を合わせようとした瞬間、またもやあらぬ方向から攻撃を受ける。
「ちっ……!」
衝撃で機体が揺れ、獲物を捉え損ねた。
「逃がさねぇぞ! カメレオン野郎!」
『遅いですよ。それでも鳥ですかぁ?』
レオンのウルフェンが鋭く反転する。
次の瞬間には、ファルコの後方へ滑り込んでいた。
「くそっ……!」
ファルコも機体を振るが、加速が鈍い。
被弾したエンジンが悲鳴を上げ、いつものように振り切れない。
戦況を映すモニターに、ファルコ機の速度低下が表示された。
それを確認したウルフが口元を歪める。
『もう相手してる暇はねぇ。先に巣を潰すぞ。帰る場所がなくなりゃ、こいつらも終わりだ』
『いいですね! スターフォックスを潰すチャンスだ!』
二機のウルフェンが急反転し、グレートフォックスへ進路を取る。
『……っ! フォックス! 狙いは母艦だ!』
『追え!』
直後、作戦室に警報が鳴り響いた。
「シールド展開! 迎撃に備えろ!」
ペッピーの張り詰めた声が響く。
『はっ! そんなもんでいつまで耐えられるかなぁ!』
放たれたレーザーが容赦なく降り注ぐ。
『シールド出力、残リ70%』
ナウスの警報が鳴る。
「艦砲で牽制する! ファルコ、フォックス、高度を下げて!」
マナの操作で複数の砲門から光弾が放たれる。
しかし、素早く動き回るウルフェンを捉えることはできない。
『無駄ですよ!』
レオンのウルフェンが砲撃の射線を紙一重で抜ける。
「だったら、逃げ道を潰す!」
スリッピーが敵機の軌道をモニター上へ描き出した。
「マナちゃん、左舷副砲! 二秒後に撃って!」
「了解!」
マナが照準を切り替える。
放たれた砲撃がウルフェンの進路を塞ぎ、レオンは舌打ちしながら急旋回した。
『チッ……!』
「よし、効いてるぞ!」
ペッピーが操舵系へ手を伸ばす。
「ナウス、艦首を三十度振れ! 正面を取らせるな!」
『了解シマシタ』
巨大な船体がゆっくりと傾き、次に放たれたレーザーが装甲の脇を掠めていく。
『シールド出力、50%マデ低下』
「まだ持つ! 被弾箇所へシールドを集中!」
「分かった!」
マナが出力配分を切り替える。
『やるじゃねぇか。だが、いつまで持つかな?』
『これは耐えきれますかねぇ?』
レオンとウルフが同時にボムを放った。
シールドへ着弾した瞬間、凄まじい閃光が辺りを包む。
『シールド出力、10%マデ低下。間モナク突破サレマス』
警報がけたたましく鳴り響く。
弱まったシールドを抜けたレーザーが船体を掠め、艦内が大きく揺れた。
「……やめて」
それでも攻撃は止まらない。
「ここは……みんなが帰ってくる場所なの!!」
マナは奥歯を噛み締め、照準をウルフェンへ重ねる。
「……これ以上、壊させない!」
副砲が火を噴いた。
『なっ……!』
レオンが咄嗟に機体を捻る。
光条はウルフェンの翼端を掠め、装甲の一部を弾き飛ばした。
『チッ……! この女……!』
通信越しに、ウルフの苛立った声が飛び込んできた。
「当たった……!」
驚いたのは、撃ったマナ自身だった。
「マナちゃん、今のすごいよ!」
「喜ぶのは後だ! まだ来るぞ!」
興奮するスリッピーを横目に、ペッピーが声を飛ばす。
『やるじゃねぇか、マナ!』
ファルコの通信が入った。
『スリッピー! 解析は済んだか?』
「バッチリだよ! 周囲にステルス化した無人砲台が配置されてる! アーウィンを自動追尾して弾頭を撃ってるんだ!」
さらに、スリッピーが指を立てる。
「ステルス砲台を可視化するよ! ついでに照準システムもジャミングした!」
『流石スリッピーだ! ファルコ、奴らを倒すぞ!』
『舐めやがって……! 高くつくぜ!!』
ステルスに包まれていた砲台が次々と露わになる。
さらに照準システムを妨害されたことで、先ほどまでのような精度ではアーウィンを捉えられなくなっていた。
『クソッ……! あのカエルの仕業か……!』
ウルフの機体の背後に、再びフォックスがつく。
「どうする、ウルフ? 降参でもするか?」
『はっ! 舐めるなっ!!』
ウルフェンが急減速し、フォックスのアーウィンが前へ押し出される。
『終わりだっ!!』
「やると思ったよ!!」
フォックスは鋭く機首を引き上げ、真上へ旋回する。
そのままウルフェンの上方を取り、レーザーを叩き込んだ。
『ぐっ……! クソッ!』
右翼に命中し、装甲が大きく剥がれ落ちた。
『どうしましたぁ? 自慢の翼も、その程度ですか?』
「……よく喋るトカゲだな」
ファルコは速度を落とした。
『はは! ついに諦めましたかぁ?』
レオンが距離を詰める。
「そう見えるか?」
次の瞬間、ファルコは機首を跳ね上げるように反転した。
『なっ……!』
「近づきすぎなんだよ!」
レーザーがウルフェンの左翼を掠め、火花が散った。
『ぐっ……!』
「カメレオンなら、もうちょい上手く隠れやがれ!」
とどめを刺そうと、さらに追撃を仕掛けようとした、その時。
スリッピーの通信が入った。
『敵照準システム回復! また砲台が動くよ! 離れた方がいい!!』
『チッ……荷は手に入れた。これ以上やり合っても割に合わねぇ。今日はここまでだ、フォックス!』
『忌々しい鳥め! 覚えていろ!!』
「はっ! 負け惜しみ言ってんなよ!」
撤退していくウルフェンを尻目に、ファルコは嘲るように口元を歪めた。
*
作戦室へフォックスとファルコが戻ってくる。
「ファルコ、フォックス! 無事でよかったよ!」
マナが二人へ駆け寄った。
「マナもよく頑張ったな!」
「アイツらなんて大したことな……」
軽口を叩こうとしたファルコが、ふと口を止める。
「……手、震えてるぞ」
「え?」
マナが自分の手を見る。
手のひらは、自分でも驚くほど細かく震えていた。
スリッピーを守ろうとした時も、グレートフォックスを守ろうとした時も、震えてなんかいなかった。
なのに今になって、止まらない。
「……あはは! やだ、ちょっと緊張したのかな?」
「マナちゃん……」
スリッピーが背中を優しくさすってくれた。
その手の感触に安心して、ふいに涙が出そうになる。
「スリッピー……ありがとう。ちょっとコーヒーでも飲んでくるよ! ごめん、フォックス。報告は後でするから」
「ああ、問題ない。ゆっくり休んでくれ」
すれ違いざまにフォックスへ声をかけ、マナは作戦室を出ていった。
「……」
ファルコが肩越しに、マナの去った方向を見る。
「……ファルコ、マナの様子を見に行ってやってくれんか。報告はあとでいい」
その視線の先を見ていたペッピーが声をかける。
「……ああ、わかった」
静かなリビング。
先ほどまでの戦いが嘘のようだった。
「はぁ……何ビビってるんだろ、私……」
スターフォックスに入った時には、覚悟したはずだった。
けれど、実際に危機が迫れば、どうしようもないほどの恐怖が立ちはだかる。
それを、身をもって思い知らされた。
コーヒーメーカーを操作しようとするも、手が震えてうまくいかない。
「もう……!」
「……貸せ」
情けなく思っていると、横からファルコの腕が伸びてきた。
「え?」
「こぼすぞ」
ファルコは難なくコーヒーを注ぎ、カップを差し出した。
「……ありがとう」
ソファに座ると、ファルコも対面に腰を下ろした。
温かいコーヒーが、緊張で強ばった身体に染み渡っていく。
「……さっき、怖かったよ」
俯いたマナが、ぽつりと言った。
「あぁ」
「戦ってる時は平気だったのにね」
「そういうもんだろ」
ファルコは短く答える。
「……でも」
マナは視線を上げ、ファルコを見る。
「グレートフォックスを守れてよかったよ」
そう言って、少しだけ微笑んだ。
その表情を見たファルコも、僅かに口元を緩める。
「お前の一発、効いてたぜ」
「まぐれだよ」
「まぐれでも当たりゃ一緒だ」
二人して、少し笑った。
手の震えは、いつの間にか止まっていた。
第2部 居場所 終
第2部イメージソングはYOA〇〇BI「祝〇」です。
お読み頂きありがとうございました!まだまだ続きますが、お付き合い頂けると幸いです。
本作品はフォレストページ+にも同一作者名義で掲載しています。
フォレストページ+版では名前変換に対応しています。