MISSION10「青に染まる」
「報告は以上だ。貨物を守りきれず、すまない」
フォックスは少し苦い表情を浮かべながら、ペパー将軍に報告した。
『ふむ……ウルフ達も関わって来ているとはな。なに、君たちが奴らを追い払ってくれたおかげで、他の格納庫には被害はなかった。恩に着るぞ』
「そうか。なら良かったよ……グレートフォックスには修理が必要だ。しばらくは休暇になる」
フォックスは苦笑を浮かべ、肩を落とした。
『了解だ。また敵の動きがあれば共有しよう。ではな』
「わーい、休暇、休暇ー!」
「あー、また暇になんのかよ」
通信が切れた途端、スリッピーが騒ぎ、ファルコがぐったりとソファにもたれた。
「ねぇねぇ、マナちゃん、こことかどう? リゾート地だよ!」
パラパラとパンフレットを捲りながら、隣にいたマナに声をかける。
「うわー、海が綺麗……いいなぁ!」
パンフレットに載る写真には、美しいコバルトブルーの海や、楽しげな観光施設が軒を連ねていた。
「どれ、ワシにも見せてくれ……ほう、温泉もあるのか! 良いのう」
パンフレットを眺めたあと、ペッピーがフォックスに近づき、耳打ちする。
「……グレートフォックスにかかる金も気になるが、今回は休暇を楽しんでもいいだろう」
「珍しいな、ペッピーが遊びに乗り気なんて」
「マナ君のこの間のこともある……気晴らしになると思ってな」
フォックスがマナに視線を送る。
今はいつものように笑っているが、ほんの少し前までごく普通の学生だったのだ。
彼女はウルフ達との戦いのあと、張り詰めていた緊張が切れたように震えていた。
「……そうだな」
フォックスがそこで、パンッと手を叩いた。
「よし! スターフォックス、リゾート地に向けて出撃準備だ!」
「マジかよ……」
ファルコはげんなりとした表情を浮かべる。
「やった! フォックス最高!」
「楽しみだねー! スリッピー!」
スリッピーと一緒にぴょんぴょん跳ねるマナ。
そして、ソファに座るファルコを振り返る。
「ファルコも一緒に来てよ? 行かないとか言わないで!」
「先に釘刺してくんなよ……」
マナはファルコのいるソファにさらに近づき、その足元に座り込む。
「……行くよね?」
上目遣いで再度念押しした。
「…………あー、もう分かった。行くからそんな顔すんな」
「よし!」
ニィッと嬉しそうに笑う彼女。
そんなマナを見て、ファルコは苦笑した。
*
グレートフォックスを修理業者に預け、一行はシャトルでリゾート地へ向かった。
到着した頃には、すっかり夜も更けており、一行は、まだ営業していたバーに立ち寄る事になった。
「何頼もうかなー。マナちゃんは?」
テーブルについたスリッピーとマナ。
スリッピーが見せてきたメニューを眺める。
「うーん……あたし、これかな」
注文を決め、ふと視線を上げると、バーカウンターに向かった他のメンバーが目に入った。
フォックスとペッピーは酒を飲みながら談笑している。
ファルコは、また見知らぬ獣人の女性と会話していた。
「ファルコってほんとモテるよね……」
「んー、愛想が良いわけじゃないんだけどね。それがいいのかな?」
そう言ってスリッピーが笑う。
しばらくファルコを見ていると、不意に彼と女性が笑い合った。
「──っ!」
短く息を吸い、思わず視線を逸らす。
────なに?私は、何を感じたの?
胸が詰まるような感覚に戸惑う。
「どうしたの? マナちゃん」
少し様子がおかしいマナを、スリッピーが覗き込む。
「あぁ、ごめん……料理来るまでちょっと遊んでくるね!」
席を立ち、ファルコの元へ向かう。
先ほどの女性は、もういなくなっていた。
「ファルコ、勝負しない?」
「は? 何で?」
「料理来るまで暇だから、ダーツで勝負しよ?」
にこりと笑いながら、店の一角に備えられたダーツ台を指さす。
「……いいぜ? お前が勝負を仕掛けてくるなんて珍しいな」
ファルコがニヤリと笑う。
「ふふ、たまにはね」
二人はダーツ台へ向かい、それぞれの矢を手に取った。
「賭けるか。俺が勝ったら一杯奢れよ」
ファルコが先攻を取り、ダーツを投げていく。
中心には当たっていないものの、スコアは悪くない。
「えー、いいのかなぁ? 私、ダーツは上手い方だよ?」
ニヤニヤと笑いながらファルコを見たあと、狙いを定める。
一投。
ブル。50点。
二投。
ブル。50点。
「……まぐれだろ、まぐれ」
ファルコの額に、わずかに冷や汗が浮かぶ。
三投。
ブル。50点。
ダーツ台の液晶画面に『HAT TRICK!!』と、キラキラとした祝福の演出が流れた。
ファルコが唖然と画面を見ていると、マナが振り返る。
「……私が勝ったら……デート、とかどう?」
────私が感じたのは、「嫉妬」だ。
胸の奥に燻る小さな感情を隠して、マナはファルコに微笑みかけた。
*
『で、そのあとファルコはどんな反応だったわけ?』
「『は? な……何言ってんだ?』って目をまん丸くしてたよ。ぷっ……あはは、ダメだ、笑うー!」
ホテルの自室。
ベッドに転がりながら、マナはキャットとの会話を楽しんでいた。
『うわー、目に浮かぶわっ! あはは!』
小さなディスプレイに映るキャットは、手を頭に添えて笑っていた。
「……キャット、私さ。嫉妬したんだと思う。今日だけじゃなくて、多分前から。前も同じようなことあったんだ。ファルコが女の子に囲まれてて、変な感じだった」
『そうなのね……』
「でも、それが……仲間だからなのか……ファルコに対する好意なのか、分かんない……」
『……フォックスが女の子に囲まれたって、そんなに気にはならないでしょ?』
「それは、そうかもだけど……でもその時はフォックスも特別な存在に見えて、二人とも遠く感じたの」
『そうね……』
キャットは手を口元に当て、思案する。
『冗談でもデートまで踏み込んだなら、もっと近づいてみれば? リゾート地なんだし、やりやすいでしょ』
「近づいてみる……?」
『そう。隣に座るとか、ちょっと触れてみるとか。自分がどう感じるか、確かめてみるのよ』
「……ファルコの反応も?」
『もちろん。それも大事でしょ? ファルコの方からのアプローチを待ってたら、老婆になっちゃうわよ!』
「あはは! それは言い過ぎじゃない?」
『ふふ! いいえ、言い過ぎじゃないわ! やるのよ、マナ。戦果報告を待ってるから!』
*
────翌朝。
「んー……ちょっと攻めすぎかな……」
キャットから、水着は大胆に行けとアドバイスをもらった。
鏡の前でチェックするも、露出の多い格好は少し落ち着かない。
「……いや! 可愛いし、これで行く!」
覚悟を決め、薄い上着を羽織って更衣室を出た。
ギラギラとした太陽が照りつける。
コバルトブルーの海が広がるビーチで、スリッピーが手を振っていた。
「マナちゃーん、こっちこっち! ビーチバレーやろー!」
備え付けられたネットの近くに立ち、スリッピーが笑う。
「えっ、いいね! 楽しそう!」
「じゃあ、チーム分けだな」
フォックスがニヤリと笑う。
「ワシは審判をやるぞ。さすがにしんどいわい」
ペッピーは苦笑しながら、ネット脇へと移動した。
組み分けは、フォックスとスリッピー。
ファルコとマナになった。
「負けないぜ? ファルコ。負けた方が夕飯の買い出しに行くってのはどうだ?」
「はっ! いいぜ? やってみろよ」
ネット越しに睨み合う両者。
「おい、マナ。お前バレーはでき……」
後ろにいるマナを振り返ったファルコは、一瞬固まった。
彼女が羽織を脱ぐと、その下に着ていた水着が露わになる。
腰骨あたりで留まるローライズのショートパンツから、すらりと伸びた脚と引き締まった腹部が覗いている。
胸元はスポーティーなデザインながら、わずかに谷間が覗いていた。
全体が青と白で統一されており、爽やかな雰囲気を纏っている。
「……何?」
ファルコの視線を感じ、マナは首を傾げる。
「……その格好でやんのか?」
「似合ってない?」
ファルコの近くまで歩き、わざと顔を覗き込む。
彼は照れたように視線を逸らした。
「……そ、そういう意味じゃねぇ」
「うわー、マナちゃん、いつもより大胆だね!」
「……ふむ、目の保養だな。ファルコ、見惚れて倒れるなよ」
フォックスがマナを見て、ニヤニヤと笑った。
「倒れるかよ!!」
ファルコが思わず叫ぶ。
フォックスは彼を横目に、いつの間にかボールを手に取っていた。
「ほら、そろそろ始めるぞ! 俺のサーブだ!」
フォックスが軽やかに飛び上がり、ボールを打ち込んだ。
「おい! 勝手に先攻取んなよ!」
落ちてきたボールに食らいつき、なんとか返す。
「ボールが甘いよ、ファルコー!」
スリッピーは持ち前の跳躍力で、重力をものともしないように飛び上がり、ネットの上からボールを叩き落とす。
「こんの……カエル……!!」
鋭角に落ちてきたボールは、ファルコには捉えられない。
「任せて!」
トンッ! とマナは足で蹴り上げ、ボールをファルコの真上へと上げた。
「ナイスだぜ!」
「行けー! ファルコ!」
ファルコが力強く飛び上がり、思い切り腕を振り抜く。
ボールは見事に相手コートを撃ち抜いた。
「ほう! 素晴らしいチームプレイだな! ファルコ・マナチーム、一点!」
「やった! カッコイイー! ファルコ!」
マナが手を上げる。
その手に、ファルコがハイタッチを返した。
「当たり前だろ! お前もやるじゃねぇか!」
その後も接戦が続き、一度休憩を取ることになった。
「あっつー……」
日陰に入り、思わず手でパタパタと顔を仰ぐ。
「ほら、これやるよ」
「えっ、買ってきてくれたの?」
ファルコから手渡された冷えたドリンク。
ストローからすすると、甘酸っぱいベリーの香りが口いっぱいに広がった。
「めちゃくちゃ美味しい……! ありがとう、ファルコ」
満面の笑みを浮かべて味わう彼女。
ファルコは少し離れたところに腰を下ろし、その横顔を眺めた。
暑さで上気した白い肌には薄く汗が浮かび、呼吸も少し弾んでいる。
顔には、バレーに熱中したせいか、わずかに砂がついていた。
ファルコは無意識に、マナの顔へ手を伸ばしていた。
「……どうしたの?」
手が触れる前に、彼女がこちらを向く。
「……っ、あぁ。顔に砂ついてんぞ」
マナが少し考えるような仕草をしたあと、ファルコの方へグッと身を寄せてきた。
「……! なんだよ?」
「見えないから取って?」
顔を寄せてくる彼女。
突然、肩が触れ合うほどの距離まで身を寄せられ、ファルコは思わず息を止めた。
近い。
思った以上に近い。
長い睫毛も、上気した頬も、普段よりずっと近くにある。
しかも、マナは何の警戒もなく目を閉じている。
「はっ? いや……まあ、いいけどよ」
平静を装って答えたものの、声はわずかに上ずった。
どこを見ればいいのか分からず、一度だけ視線を泳がせる。
────落ち着け。
顔の砂を取るだけだ。
ファルコは慎重に手を伸ばし、マナの頬についた砂をそっと払っていった。
「ふふ……ファルコの手、羽毛がふわふわしてて気持ちいい」
その言葉に、ファルコの指先が一瞬止まった。
「……そういうこと、さらっと言うなよ」
「え? ほんとのことだよ?」
悪びれもせず笑うマナに、ファルコはますます調子を狂わされる。
彼女は少しくすぐったそうに笑っていた。
「……ほら、取れたぞ」
マナはファルコと視線を合わせて、また微笑んだ。
「ありがと」
彼女はすぐに隣からどこうとはせず、そのまま座り直す。
肩が触れたままなのに、気にする様子もない。
ファルコは横目でマナを見る。
────なんだ?
こいつ、今日やたら近くねぇか……?
昨日まで、こんなんだったか?
そう思い返してみるが、はっきりした答えは出ない。
ただ、自分の方もその距離を嫌だとは思っていないことだけは、妙に分かった。
「おーい、続きやるぞー!」
「よっし! 絶対勝つんだから!」
少し離れたところから、フォックスの呼ぶ声が聞こえた。
その声にマナが勢いよく立ち上がる。
「……切り替え早ぇな、お前」
さっきまでの距離をまるで気にしていないような彼女に、ファルコは一人だけ取り残されたような気分になった。
────なんなんだよ、今日のこいつ。
そう思いながらも、嫌じゃない自分の方がよっぽど厄介だった。
それをごまかすように立ち上がり、首の後ろを軽く掻く。
「……暑さで倒れんなよ」
「大丈夫だよ!」
マナは弾けるような笑顔で応えた。
「……ならいいけどよ」
ファルコは少しだけ視線を逸らし、その後を追った。
*
その後、ビーチバレーはファルコとマナの勝利で決した。
「はっ! フォックス、煽った割には情けねぇな」
ファルコが鼻を鳴らし、得意げに腕を組む。
「はいはい、約束だから買い出し行ってくるよ」
「あはは、よろしくねー!」
苦笑を浮かべながら、フォックスが肩を落とす。
その様子を見て、マナが手を振りながら笑った。
「オイラも一緒かぁー!」
「お前も負けた側だろ」
スリッピーを引きずりながら、フォックスは街中へと消えていった。
「二人とも、いい試合だったぞ! 任務でも期待できそうだ」
ペッピーが笑いながら、マナの肩を軽く叩いた。
「うん、チームワークばっちりだよ!」
マナが拳を小さく前に出して応える。
「はは! 頼もしいのぅ……さて、ワシは温泉でも行ってくるかの」
「そっかぁ。私はまだちょっとブラブラしたいかも。せっかくだし」
「そうか。暗くなる前には戻るんだぞ」
「大丈夫だよ、ペッピー」
父親のように心配する彼に、思わず微笑んでしまう。
ペッピーと別れると、ファルコとマナだけがその場に残された。
「ファルコは特に希望なし?」
「……そうだな」
「じゃあ……私とデートだね」
「……は?」
ファルコが目を見開いて固まる。
「だって、ダーツ勝ったし?」
いたずらっぽく笑う彼女。
確かに昨夜のダーツは完敗だった。
手先の器用さでは、マナには敵わないらしい。
「私と出かけるの……嫌?」
マナが少しだけ眉を下げる。
「……嫌、じゃねぇけど」
そのしょんぼりとした表情に押される。
「じゃあ、早く行こ!」
*
一度ホテルに戻ってシャワーを浴び、それぞれ着替えを済ませた。
再びロビーに集まった頃には、陽も少し傾き始めていた。
マナが最初に向かったのは、露店が立ち並ぶ食べ歩きスポットだった。
「わー、いい匂いー! 何食べる? ファルコ!」
食欲をそそる香りに、ファルコも空腹を覚える。
「そうだな……あれはどうだ?」
ファルコが指した先を見る。
「いいね! 並ぼう、並ぼう!」
マナはファルコの腕に自分の腕を少し絡め、そのまま引っ張った。
「お……おい、そんなに急がなくても大丈夫だろ」
また距離が近いことに内心焦りながら、ファルコは彼女について行った。
「あらぁ、可愛らしいカップルね!」
店先に着くと、老夫婦が笑顔で料理をしていた。
婦人がマナ達を見て、目を輝かせる。
「いや、俺たちは別に……」
「人間の女の子と獣人のカップルなんて、おとぎ話みたいじゃない!」
「……だから、話聞けよ」
「今あたしが読んでる小説が、人間の女の子と獣人のお話でね……」
そのまま婦人の話は止まらなくなり、マナは苦笑し、ファルコは憮然と黙り込んでいる。
「こらこら、お前。お客さんが困ってるだろ!」
店の主人が妻を制止した。
「あらあら、ごめんなさい! 可愛かったからつい! お似合いのカップルにサービスしとくわっ!」
そう言って、注文した数より多く商品を手渡された。
「元気な人だったね」
店を離れたあと、マナが笑った。
「……お前は否定しねぇのかよ」
「だって、説明する前に話進んじゃったし」
「……そうかよ」
「何? ファルコは嫌だった?」
「……そういうことじゃねぇ」
────お似合いの、カップル。
ふとマナは、エリアスが治める人間の街で見かけた、鳥人の男性と人間の女性の姿を思い出す。
ファルコともそう見えたのだと思うと、嬉しかった。
ファルコは一人にこにこと笑うマナの横顔を見て、小さくため息をついた。
何がそんなに嬉しいんだ、と呆れながらも、口元は自然と緩んでいた。
*
「あ、お土産屋さんあるよ! 行ってみたい!」
しばらく歩くと、マナは店を指さし、ファルコの服の袖を引っ張った。
嬉しそうな彼女に連れられて、ファルコは苦笑しながらもついて行く。
彼女は店内を見渡しながら、次々と商品を手に取った。
スリッピーへの土産を楽しそうに選ぶマナを、ファルコは少し離れたところから眺めていた。
ふと、あの遺跡で彼女を探した時の感覚が蘇る。
通信も届かず、レーダーにも何も映らない。
それでも、なぜかあの先にいると思った。
────見つけられて、よかった。
今さらそんなことを考えた自分に、ファルコは小さく眉を寄せる。
マナはそんなことも知らず、今度はペッピーへの土産を手に取って笑っていた。
「あとは、フォックスは何がいいかなぁ……」
────こいつ、いつも誰かのことばっかだな。
たまには、自分のために何かあってもいいだろ。
買い物を楽しむマナを横目に、ファルコも何となく店内を見回す。
そして、ある一点で視線が止まった。
「……」
「ファルコ、どうしたの?」
レジを済ませたマナが歩いてくる。
「あぁ、先出てろ」
「うん、次のお店選んどくねー!」
弾むような足取りで、マナは店の外へ出ていった。
しばらくして、店から出てきたファルコにマナが振り返る。
「ファルコも何か買ったの?」
「まぁな」
「へぇ、何買ったの?」
「……あとでな」
ファルコは少しだけ口元を緩め、そのまま先を歩いた。
*
街は夕焼けの光に包まれ、美しく輝いていた。
昼間は青かった海も、今は黄昏の色を映している。
二人は海辺のベンチに座り、休憩を取っていた。
「はー、ちょっと歩き疲れたね」
「はしゃぐからだろ」
「だって楽しいんだもん……ファルコと一緒だから」
そう言いながら、マナは座っていた位置を少しファルコに近づける。
肩と肩が、そっと触れ合った。
傍らで笑うマナを見て、ファルコは服のポケットからある物を取り出した。
「……マナ」
「ん?」
「これ、やる」
ファルコが、小さな箱を差し出した。
マナはそれを受け取り、しげしげと眺める。
「開けてみろ」
言われるまま蓋を開ける。
中には、華奢な銀のチェーンで繋がれたブレスレットが収められていた。
小さな八面体の青い石が三つ並び、光を受けるたび、オーロラのような淡い虹色を返している。
「……綺麗……」
思わず見とれていると、ファルコが照れたように視線を逸らして言った。
「……青、好きだろ」
「え?」
「浴衣も、あの時のドレスも青だったし……水着も青だった」
ファルコの言葉で、その場面を思い返す。
────ほんとだ。
何で私、青ばっかり。
以前から、決まった色ばかり選ぶような習慣はなかった。
けれど最近は、自然と青を選んでいる。
特に、グレートフォックスに来てからは。
そこまで考えて、マナはファルコを見る。
彼は鮮やかな青の羽を持っている。
────もしかして、ファルコの青を選んでた?
一人で考えを巡らせ、ころころと表情を変えるマナを、ファルコは訝しげに覗き込む。
「気に入らなかったか?」
「……! 違う違う! すごく綺麗だよ……! ファルコ、私が青選んでるって見てたんだね」
「……そりゃ、見るだろ……浴衣も、ドレスも似合ってたしな」
時間差で届いた褒め言葉が、思った以上に胸に刺さった。
あの時の自分を、ファルコはちゃんと見ていた。
そう思うだけで、鼓動が少し速くなる。
「やだ、時間差で褒めるのやめてよ」
照れ隠しにそんな言葉を言って、マナが笑う。
すると、ファルコもつられて笑った。
「そん時は、フォックス達もいたから言えなかっただけだ」
「……ファルコが私のために選んでくれて、嬉しい」
笑うファルコの横顔を、マナは真っ直ぐ見る。
ファルコもまた、その視線を受け止めた。
マナはブレスレットを箱から取り出し、彼に差し出す。
「つけてくれる?」
「あぁ……」
ファルコはマナの右手首に触れた瞬間、思っていたより細いことに気づく。
こんな細い腕で、ずっと自分たちについてきたのか。
そう思うと、胸の奥に妙な愛しさが込み上げた。
ファルコはそれをごまかすように、黙って留め具を掛けた。
「……ありがとう」
マナは手首で揺れる青い石をしばらく眺めたあと、嬉しそうにファルコを見上げた。
────ピッピッ。
ファルコの通信機が音を立てる。
『ファルコ、どこいるんだ? もうバーベキュー始めるぜ。マナも一緒か?』
フォックスの声がした。
「ああ。今から戻る」
それだけ短く答えて、通信を切った。
「……行かなきゃね」
「……そうだな」
もう少し、ここにいたい。
そんな空気を互いに感じながら、二人は席を立った。
ホテルへ続く大通りは、観光客でひどく混み合っていた。
「……待って、ファルコ」
前を歩くファルコを追いかけるが、小柄なマナはすぐに人の波に飲まれていく。
横から歩いてきた観光客を避けようと、一歩だけ進路をずらした。
「わっ……!」
その瞬間、足先が小さな段差を踏み外す。
身体がぐらりと傾き、咄嗟に何かを掴もうと手を伸ばした。
けれど、地面に倒れ込むより先に、強い腕が腰を抱き寄せた。
「危ねぇな」
気づけば、ファルコの胸元に身体を支えられていた。
「えへへ、ごめん……」
そのままファルコは、マナの腰あたりに手を回したまま歩き出す。
「……ファルコ」
「ん?」
「もう大丈夫だよ?」
「……嫌か?」
前を向いていたファルコが、マナを見る。
腰に置かれた手に、わずかに力がこもった。
「……ううん。そのままでいい……よ」
普段なら照れて離れていきそうなファルコが、今日は自分から距離を縮めてくる。
その事実が嬉しくて、胸の奥がじんわりと熱くなった。
マナは込み上げるものを隠すように、少しだけ俯いた。
ホテルに到着し、フォックス達の待つ食堂へ向かう。
人目のある場所まで来ると、ファルコは腰に回していた手をゆっくりと離した。
触れていた場所から温もりが消え、マナはほんの少しだけ寂しさを覚える。
「……ありがとう、ファルコ。付き合ってくれて。楽しかった」
「ああ、俺も楽しかった」
そう答えたあとも、二人はすぐには歩き出さなかった。
もう少しだけ、この時間が続けばいい。
そんな気持ちを口には出さないまま、しばらく視線を重ねる。
「……行こっか」
「……そうだな」
名残惜しさを振り切るように、二人は並んで食堂へ向かった。
「遅かったなー。どこ行ってたんだ?」
フォックスがすでに肉を焼きながら、二人を見る。
「お土産見たりしてたんだ! フォックス達のも買ってきたんだよー!」
「わー、なになに! あ、オイラの好きなお菓子じゃん!」
マナがスリッピーの目の前に袋を差し出す。
「あれ、マナちゃん。そんなブレスレット、さっきつけてなかったよね?」
「これは……ファルコに貰ったの!」
「えーー!!」
マナの言葉に、スリッピーは驚きのあまり仰け反った。
「お、おい! わざわざ言うなよ!」
ファルコは思わず声を上げる。
けれど、嬉しそうにブレスレットを見せるマナを横目にすると、それ以上強くは言えなかった。
むしろ、胸の奥には妙なくすぐったさが残る。
自分が選んだ物を、こんなにも嬉しそうにしている。
それが思っていた以上に、悪くなかった。
「ファルコ……珍しいこともあるもんだな。さっきまで何してたのか、詳しく聞こうか」
フォックスがニヤリと笑い、ファルコの肩に手を置いた。
「うるせぇ! 別に普通に買い物してただけだ!」
「普通の買い物でブレスレット贈るのか?」
「…………」
「図星だねー!」
「スリッピー、お前まで乗っかんな!」
「ほほ、若いのぅ……」
騒ぐ四人を眺めながら、ペッピーはただ目を細めて微笑んでいた。
その賑やかな空気の中で、ふとマナとファルコの視線が重なる。
マナが嬉しそうに手首のブレスレットを揺らすと、ファルコは照れくさそうに鼻を鳴らした。
けれど、その口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
今回は少し甘めのお話でした。
ニヤニヤしながら読んでいただけたら嬉しいです(笑)
……幸せそうですね。