────リゾート休暇から数週間後。
修理を終えたグレートフォックスは、再びいつもの航行を続けていた。
「あ、ファルコ。おはよー! 今日は起きれたんだね」
「ああ、はよ……」
マナは廊下で出会った、まだ眠そうな彼に声をかけた。
「ねぇファルコ、これ見て」
「ん?」
マナが右手を差し出す。
リゾートでファルコから贈られたブレスレットが、その手首で青く揺れていた。
「今日もつけてきた」
「……わざわざ報告すんなよ」
そう言いながらも、ファルコの口元は少し緩んでいた。
「だって気に入ってるんだもん」
「……そうかよ」
そのまま、ゆったりとした足取りで二人は作戦室に向かった。
*
「フォックスー。資料これでいいかな?」
作戦室で、それぞれの仕事をこなす時間。
マナは出来上がった資料をフォックスに手渡す。
ファルコは書類に目を通す振りをしながら、マナの様子を見ていた。
「ああ、ありがとう。見とくよ」
彼女はまたデスクに戻り、端末のキーボードを叩く。その右手首では、端末の光を受けた青い石が揺れていた。
「……」
────やっぱ、似合ってんな。
そんなことを考えながら、ファルコは再び書類へと目を落とした。
「マナちゃん、そのブレスレットほんとお気に入りだねー」
スリッピーが端末から顔を上げて笑う。
「うん! 毎日つけてるよ」
「ファルコ、見るたびちょっと嬉しそうだもんね」
スリッピーがケラケラと笑いながらファルコを見る。
「スリッピー、お前余計なこと言うな!」
持っていた書類を握りしめ、身を乗り出すファルコ。
────ピッピッ。
『キャットカラ通信ガ一件入ッテイマス』
ナウスのアナウンスが響く。
「……キャット?」
ファルコが露骨に眉をひそめた。
「通信を繋ぐぞ」
フォックスが端末を操作すると、ホログラムにキャットの顔が映し出された。
『久しぶりね、スターフォックス。それからマナー! 元気そうね!』
画面のキャットがマナに向かって手を振る。
「キャット! どうしたの?」
『近くまで来てるから、今日泊まりに行っていい?』
「は? 泊まり……?」
ファルコが横から先に反応する。
「えっ! 来れるの? 会いたいよ! ねぇフォックス、いいかな?」
マナが嬉しそうにフォックスを振り返る。
「キャット君か。久しぶりだな。せっかく近くまで来ておるなら、寄ってもらえばいい。マナ君も嬉しそうだ」
ペッピーの意見を聞いて、フォックスは少し考えたあと、笑いながら頷いた。
「……まあ、今日は特に用事はないからな。好きにしていいぞ」
「ありがとう、フォックス!」
マナは嬉しそうに微笑み、フォックスに駆け寄った。
『じゃあ、リーダーの許可も得たことだし、よろしくねー!』
キャットはまた手を振り、通信を切った。
「いつも急なんだよ、アイツ……」
ファルコは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
────数時間後。
「キャット! 久しぶりだねー! 会いたかったよ」
「あたしもよー!」
格納庫で出迎えたマナがキャットに抱きつくと、彼女もまたマナを抱き締め返した。
キャットがマナの肩越しに少し離れたところを見やると、そこには壁にもたれたファルコの姿があった。
────なに、その表情? 女に嫉妬してるわけ?
彼のなんとも言えない表情を見て、思わず口角が上がる。
気づかなかった振りをして、マナをそっと離した。
「さ、女同士水入らずでお話しましょ!」
「うん、話したいこといっぱいあるよ」
胸に手を当てたマナの手首に、見慣れない輝きがある。
「……ちょっと待って。それ、何?」
「ファルコにもらったの!」
「…………」
「キャット?」
「電話しなくて正解だったわ。直接聞く」
マナの手を引っ張って、彼女の自室へ足早に向かった。
部屋に着くと、マナはお菓子や飲み物を広げてキャットをもてなした。
「そういえば、リゾートのお土産あるよ」
「ほんと? 見せて見せて」
マナが棚から小さな包みを取り出す。
「これ、キャットに似合いそうだなって思って」
「あら、あたしの分まで買ってくれたの?」
「うん。みんなの分選んでたら楽しくなっちゃって」
嬉しそうな顔をして、キャットにお土産を手渡した。
「……そういうところよね、あんた」
「どういうこと?」
分からない、といった様子で小首を傾げるマナ。
キャットはそんな彼女をしばらく見つめ、ずっと気になっていたことを切り出した。
「で?」
「え?」
真剣なキャットの視線が注がれる。
「全部話しなさい。そのブレスレットを貰った経緯!」
マナは照れたように視線を逸らし、頷いた。
「まず、言われた通り水着はちょっと大胆にして頑張ったよ!」
マナはベッドに腰掛け、クッションを膝に乗せた。
それに続いて、キャットも隣に座る。
「ファルコの反応は? 良かった?」
「……うん、似合ってるって言ってくれた。その場ではなくて、後からだったけど」
少し苦笑するマナ。
「それから……肩が触れるくらい近くに座ったり、腕を触ったり、ファルコに触ってもらえるように誘導したり……」
「え、すごく頑張ったわね……!」
「うん……! 頑張ったと思う!!」
「で! ファルコは!」
「……嫌がった素振りはなかったと思う……それに……」
「それに……?」
「二人きりの時に、このブレスレットをくれて……」
クッションに顔を埋めたまま、マナはぼそりと続ける。
「……それから、私を抱いたままホテルまで歩いて行ったんだ」
「…………は?」
キャットが低い声を上げる。
「え?」
「ちょっと待って。今なんて言った?」
「だから……抱いたまま歩いて……」
「それを先に言いなさいよ!!」
「う、うん? ごめん?」
キャットの剣幕に押され、何となく謝ってしまうマナ。
「マナ、それもう“嫌がってなかった”の範囲じゃないわよ」
「え?」
「ファルコの方から離さなかったんでしょ?」
「……うん」
クッションの陰から覗くように、マナは小さく頷いた。
「しかもブレスレットまで?」
「……うん」
「…………あの男、どの口で鈍い顔してんのよ」
キャットが眉間に皺を寄せ、呆れたように息を吐く。
それから、改めてマナの顔を覗き込んだ。
「で、あんたはどうだったの?」
「……嬉しかった」
「それだけ?」
マナは一度視線を落とした。
クッションの端を指先でなぞりながら、少し考える。
「……もっと、近くにいたいって思った」
キャットの表情がふっと柔らかくなる。
「じゃあ、もう答え出てるじゃない」
「……うん」
マナは腕の中のクッションをぎゅっと抱きしめる。
頬が少し熱くなるのを感じながら、それでも今度は視線を逸らさなかった。
「多分、私……ファルコが好きなんだと思う」
口にしてみると、不思議なくらい胸の中にすとんと収まった。
マナは照れながらも、どこか嬉しそうに笑う。
ようやく答えを見つけた友人に、キャットも微笑み返した。
「でも、いつから?」
「え?」
「ファルコを好きになったの、いつからだと思う?」
「……分かんない」
マナはクッションを抱えたまま天井を見上げる。
しばらく記憶を辿るように瞬きをしてから、ふと思いついたようにキャットへ視線を戻した。
「……そういえば、遺跡で落ちた時」
「何? え、遺跡から落ちたの?」
「そう、任務でちょっと事故が起きて、崖から落ちたんだよ」
驚くキャットに、マナは苦笑しながら続けた。
「その時、通信も繋がってなかったのに、私……無意識にファルコの名前呼んでた」
「へぇ?」
「あの時、なんでファルコだったんだろうって……今までちゃんと考えたことなかった」
キャットは少し笑う。
「今なら?」
「……来てほしかったんだと思う。ファルコに」
柔らかく笑い、彼女は答えた。
「他にも色々あった。最初はなかなか名前さえ呼んでくれなくてさ。お前、とかコイツ、とかで」
「……ファルコも最初からちょっと気になってたのかしら?」
「分かんない。まぁでも、今は普通にマナって呼んでくれて、それだけで嬉しいの」
微笑むマナを見て、キャットは自身の気持ちまで少し解れるのを感じた。
そして、ふと思い出したことを告げる。
「……前にもね、あいつのこと気にしてた子いたのよ」
「……そうなんだ」
「結構分かりやすかったのに、ファルコは最後まで“仲いい友達だろ”くらいに思ってて。相手が諦めたあとで、なんか最近会わねぇな、とか言ってたわ」
「ファルコらしいね……」
場面が頭に浮かび、思わず苦笑してしまう。
「あと、別の子には、好意向けられてるの気づいてたくせに、自分がどう思ってるか分かんなくて、結局うやむやになった」
「……」
「だからね、マナ。アイツと先に進みたいなら、絶対待ってちゃダメ」
「……分かった。ありがとう、キャット!」
それから、色んな雑談をして同じベッドで寝転んだ。
マナが先に寝つき、キャットはその寝顔を見つめていた。
「……なーんか放っておけないのよね」
小さな体でスターフォックスの一員として英雄たちと肩を並べ、懸命に前へ進んでいるかと思えば、年相応に、自分の気持ちを確かめることに苦労している。
「ファルコもこんな気持ちなのかしらね」
小さく笑い、キャットはベッドからそっと抜け出した。
廊下に出ると、通信を入れる。
『……なんだよ』
少し間を置いて応答したのはファルコだった。
「話があるからリビングに来て」
『は? 話って──』
ファルコが言い終わる前に、通信は切れた。
*
「で、マナのこと、最近どう思ってるの?」
リビングに姿を現したファルコに、開口一番、キャットは言い放った。
「どうって……」
キャットから視線を逸らし、頭を掻く。
「……最近、あいつが近ぇんだよ」
「近い?」
「距離が……いや、それだけじゃねぇ」
「ふぅん?」
今回はまだ進んでいる方だろうか、とキャットはファルコの次の言葉を待つ。
「あいつが他の奴といると気になるし、危ねぇことすると腹立つし……喜んでると、こっちまで妙に気分がいい……最初は、仲間だからと思ってた」
「それ、仲間だから、じゃないわよね?」
「…………そうだな」
少し考えたあと、ファルコは眉を寄せる。
「……これはなんだ、キャット?」
ファルコの問いに、思わずため息が出てしまう。
以前にも、同じことを聞かれたことがあった。
「なんだよ」
「あんた昔からそうよね」
キャットが一歩踏み出し、下から睨む。
そして、ツンと横を向いた。
「自分で確かめなさい」
「は?」
「あたしが答えを言ったって意味ないでしょ。あんたがどうしたいのか、自分で考えるのよ」
黙るファルコに、キャットは続ける。
「中途半端なまま振り回すのはやめなさい。マナを特別だと思ってるなら、なおさらね」
キャットの真剣な眼差しに、ファルコは少し押される。
「……分かった」
「……じゃあ、あたしは寝るわ。ベッドで可愛いマナが待ってるからぁ!」
「……お前なぁ」
からかうように笑うキャットに、呆れた視線を送る。
そのまま彼女はリビングから出ていった。
「……俺が…どうしたいか、か」
ファルコは一人俯き、考えを巡らせた。
*
「あー、一晩なんてあっという間ね」
「キャットー、またどっか遊びに行こうね」
再び、ぎゅっと熱い抱擁を交わすマナとキャット。
キャットの視界には、また憮然とした表情を浮かべるファルコの姿が映った。
────いちいちその表情するなら、もう答え出てるでしょ。
「……ほんと顔に出やすいタイプね」
「えっ?」
「ああ、何でもないわ! じゃあまたね」
キャットは自身の機体に軽やかに乗り込み、星空へと飛び出していった。
「楽しかったか?」
後ろからファルコが歩いてきた。
「うん、いっぱい話せたよ」
マナが振り返って笑う。
その表情に、ファルコの胸の奥がふっと緩む。
────こういう顔、ずっと見ていたいって思うのも。これも、仲間だからなのか?
昨夜の問いが、また頭の中に浮かんだ。
「……そうか」
答えはまだ出ないまま、ファルコは彼女の隣に立った。
────ピッピッ。
しばらくキャットの機体が離れていくのを見ていると、マナの通信機が鳴った。
「はい、フォックス。どうしたの?」
『今、ペパー将軍から連絡があってな。人間に関して詳しい研究者がいるって。会ってみるか?』
「えっ! 会ってみたい!」
今まで、人間について詳しく研究している者がいるなんて聞いたことがなかった。
好奇心と期待に、マナの胸が弾む。
『じゃあ作戦室に来てくれ。詳しく話す』
「フォックスか?」
「うん、人間について詳しい研究者がいるって!」
マナはキラキラと瞳を輝かせ、ファルコに答えた。
「行こう、ファルコ!」
マナはそのまま彼の腕を掴み、勢いよく走り出した。
「おい、走らなくてもいいだろ!」
「だって気になるんだもん!」
「分かったから引っ張んな!」
文句を言いながらも、ファルコは腕を振りほどかなかった。
昨夜、キャットに投げかけられた言葉が、ふと頭をよぎる。
────俺が、どうしたいか。その答えはまだ見つからない。
けれど、こうしてマナに手を引かれて歩くことを、嫌だとは少しも思わなかった。
二人はそのまま、慌ただしく作戦室へと向かった。