マナは作戦室で、フォックスに手渡された資料を見ていた。 そこには、黒いカラスの姿をした獣人が描かれている。
「ペパー将軍から知らせが届いてな。研究者はアルバート・レイヴンという博士らしい」
フォックスもマナと同じ資料を手に話す。
「人間についての研究者なんてすごく珍しいから、最近になってコンタクトが取れたらしいよ。もともとは生物学とかバイオ技術を専門にしてたみたい」
スリッピーが端末を操作しながら、調べたデータを解説する。
「……まあ、全員で押しかける必要はないだろ。誰か一人、付き添いに行ってくれ」
「俺が行く」
フォックスの問いかけに、ファルコの返事が飛んだ。 全員の視線が彼に注がれる。
「早っ」
スリッピーが思わず驚く。
「人間研究者ってだけで、どんな奴か分かんねぇだろ。護衛だ、護衛」
「いいの? ファルコ。ついてきてもらっても」
「ああ」
「……じゃあ頼む」
フォックスとペッピーは、ファルコの反応の速さに少し口元を緩めていた。
「相手には連絡してある。ここを訪ねてくれ。近くまではグレートフォックスで送るよ」
「ありがとう、フォックス!」
手渡された地図を受け取り、マナは微笑んだ。
*
ファルコを連れ、辺境の街に降り立ったマナは、地図を頼りに細い路地を進んでいた。
「本当にここなのか?」
ファルコが周囲を見渡しながら言う。 寂れたビルが立ち並ぶ路地は、研究者がいるような雰囲気ではない。
「多分……あ、このビルじゃないかな!」
教えられた住所のビルへ入り、エレベーターに乗る。
「こんなところで何の研究してんだよ。怪しすぎだろ」
今にも止まりそうな古いエレベーターに、ファルコが唸る。 そんな彼を、マナは横目で少し睨んだ。
「……ファルコ、失礼なこと言わないでよ。絶対!」
そんなことを話しているうちに、目的の階へ到着した。
薄暗い廊下を進み、一つのドアの前に立つ。 表札には『アルバート・レイヴン』と書かれている。
マナはその扉をノックした。
「こんにちは、アルバート・レイヴンさん……あれ、いないのかな」
もう一度ノックする。
「あの、すみません! スターフォックスのマナ・レインです! レイヴン博士、いらっしゃいますか?」
「……あぁ、すまない! 今行きます!」
部屋の中からバタバタと足音が聞こえ、何かが落ちる音まで響いた。
「……大丈夫か……?」
横にいるファルコが訝しげな声を上げる。
しばらくすると、ドアが開いた。
「お待たせして申し訳ない……初めまして。私はアルバート・レイヴン」
姿を見せたレイヴンは、少し擦れた白衣を纏った、黒い羽を持つカラスのような獣人だった。 銀縁の眼鏡を掛けたその目は優しげに微笑み、二人へと注がれている。
「こんな辺境の惑星までよく来てくれたね。歓迎するよ」
「こちらこそ、お会いできて光栄です!」
マナは軽く会釈をして挨拶する。
「……そちらの方は?」
レイヴンはファルコを見る。
「俺はファルコ・ランバルディ。付き添いだ」
「そうか。まあ、立ち話も何だ。狭いが、こちらのソファーを使って」
部屋の中には大量の資料と本、そしてPCや様々な端末が所狭しと並んでいた。
マナが室内を見渡すと、壁際には人間の身体構造を示す図や、古い記録媒体が並んでいる。 その中には、見覚えのない文字で書かれた資料も混じっていた。
「散らかっていてすまない……研究に没頭すると、どうしてもね」
ソファーの前のテーブルを片付けながら、レイヴンは苦笑する。
「いえ、お忙しいところすみません」
マナとファルコはソファーに座り、対面にレイヴンが腰を下ろした。
「さて、何から話したらいいものかな。僕も人間に会うのは久しぶりだ。まずは、何が聞きたい? マナ君」
前で手を組み、マナを見つめる。
「……そうですね。このライラット系には、どれくらいの人間がいるんでしょうか?」
「そうだな……かなり少ないことは確かだ。僕も全てを把握しているわけではないが、約四百人程度じゃないかと思う。エリアス・ハーヴェイ氏が治める都市に住む人間たちが、大半を占めていると思うよ」
「エリアスさんを知ってるんですか?」
「ああ、名前くらいなら知ってるよ。君は面識があるのかい?」
「はい! この前、その都市に立ち寄ったばかりなんです。すごく綺麗な街でした」
マナは少し身を乗り出して答える。
「そうなんだね! すごく羨ましいよ。一度行ってみたいとは思ってるんだけどね」
レイヴンはマナの話にぱっと表情を明るくするも、その後、少し首を振りながら苦笑した。
「ただ、僕には長距離航行できる母艦がない。研究設備を持って移動するとなると、なかなか簡単じゃなくてね」
「……そうなんですね。レイヴン博士は、人間に関するどんな研究をされてるんですか?」
「人間の歴史と、それから特殊能力について」
「……特殊能力?」
「僕は、人間には特殊能力があると考えている。昔、知り合いに人間がいてね……その時に、不可解なことがあったんだよ」
レイヴンは少し間を置いてから、言葉を続けた。
「特殊能力の正体については、まだ分からないことが多い。ただ、発動条件として近しい人物……家族や友人、恋人といる時に発現する可能性が高い」
「……何が発現するんですか?」
「まだ断定はできない。だが、離れた場所にいる相手の危険を察知したり、互いの感覚が一瞬重なるような現象が報告されている」
「感覚が……重なる?」
「ああ。痛みや恐怖、方向感覚……時には、見えていないはずのものを知っていた例もある」
ファルコが僅かに眉を動かした。
「……それ、本当に人間だけなのか?」
「少なくとも、僕が追っている事例では人間が中心だ。ただし、人間単独で起こるというより……誰かとの強い結びつきが鍵になっているように見える」
そしてレイヴンは、僅かに目を細めた。
「ただし、僕はこれを特殊能力と呼んでいるが、実際には能力ですらないのかもしれない」
「……どういうことですか?」
「まだ分からない。だから研究してるんだよ。事例も少ないから、研究者の間ではオカルト扱いなのさ」
ははっと力なく笑うレイヴン。
マナはその顔を見つめながら、思い当たることを告げた。
「レイヴン博士……私、その……博士が言うようなことを体験したかもしれないです」
「どういうことだい?」
マナの発言に、レイヴンの目の色が僅かに変わる。
「戦いの中で……敵の攻撃が、なんというか、先読みで分かる時があるというか……危険が迫ると分かるんですよね」
うーん、と口元に手を当てながら言葉を絞り出すマナ。
その横で、ほとんど黙っていたファルコが口を開いた。
「……俺も、一つ気になってることがある」
ファルコが腕を組み、わずかに眉を寄せる。
「こいつが危ねぇ目に遭った時、通信もレーダーも死んでた。それなのに……呼ばれた気がした」
「呼ばれた?」
「ああ。声を聞いたわけじゃねぇ。けど、どっちにいるか分かった」
レイヴンの表情から、わずかに笑みが消えた。
「……まだ何も断定はできないな。もう少し詳しいデータが欲しい。その時のログなどは残っているかな?」
「そうですね。どちらも任務中に起きたことなので、あると思います」
「後でデータを送ってもらえると嬉しいよ。それから判断させてもらおう……そうだな。念のため、マナ君の健康状態やバイタルを確認させてもらってもいいかな?」
「……危ねぇことはしねぇだろうな」
ファルコが低い声で問う。
「ファルコ! 失礼でしょ!」
マナが慌てて小声で訴えた。
「あはは、大丈夫だよ。健康診断みたいなものだ」
その後、研究室にあるベッドに横たわり、マナは様々な器具を取り付けられた。
「おい、マナ。痛くねぇのか?」
あっという間に機械と管だらけになった彼女を、ファルコが心配そうに見る。
「大丈夫だよ! 何ともないよ」
マナは、いつになく慌てているファルコを見て笑った。
レイヴンは検査モニターを確認しながら、時折二人の様子を観察していた。
────近いな。
レイヴンは二人を、少し苦い気持ちを抱きながら眺めていた。
しばらくして、検査は一通り終了した。
「今のところは、特に問題なさそうだ……それで、つかぬことを聞くんだが……」
レイヴンは言葉を少し止め、再びソファーに座ったファルコを見て、そしてマナへ視線を移した。
「二人は恋人同士なのか?」
「へ?!」
「……は?」
突然の踏み込んだ質問に、マナの目がこぼれんばかりに見開かれる。 隣のファルコは、唖然と口を開けたまま動きを止めていた。
「い、いや……違います!」
────違うというか、そうなりたいというか。
マナは否定しながらも、答えるべき言葉を探しあぐねていた。
「……違ぇよ」
そう答えた声は、ファルコ自身が思っていたよりも低かった。
「あ、あぁ、すまない! 不躾な質問だった。仲がいいように見えたから」
────いや、仲がいいというだけではない。
先ほどから二人の視線は、互いの動きを無意識に追っている。 レイヴンは一人、胸の奥に小さな焦燥感を覚えた。
そして同時に、この二人が来たことはチャンスにもなると考える。
「……実は、君たちが来たら相談しようと思っていたことがあるんだ」
「相談……ですか? 何でしょうか?」
「少し前に、古い人間の研究施設らしき場所の座標が見つかってね」
レイヴンは端末を操作し、一枚の地図を表示した。
「ただ、かなり辺境にある。僕一人では行くことができない」
「そこに、何があるんですか?」
「分からない」
レイヴンは静かに首を振った。
「だから、確かめたいんだよ」
「私、行ってみたいです!」
マナが身を乗り出し、好奇心に満ちた目をする。
「待て。場所は安全なのか?」
そんな彼女をファルコが制止した。
「そこも分からない」
「……おい」
「危険がないとは言えない。だからこそ、スターフォックスに頼みたいんだ。もちろん、正式な依頼として報酬は支払うよ」
「……博士、そんな金あんのか?」
「ファルコ! す、すみません!」
ファルコの失言に、マナが申し訳なさそうにぎゅっと目を瞑り、俯く。
「心配ない。こう見えて仕事はしている」
ファルコの言葉にも特に表情を曇らせず、レイヴンは余裕の笑みを見せる。
「この部屋見てると説得力ねぇな」
「研究費と生活費は別だよ」
訝しげに部屋を見渡すファルコに、レイヴンは笑いながら軽く首を振った。
「ともかく、一度母艦に帰って相談してみます。改めて連絡しますね」
「ああ、いい返事を待ってるよ」
レイヴンは頷き、目を細めて笑った。
*
グレートフォックスに帰ってきた二人は、早速レイヴンから持ちかけられた依頼についてフォックスに伝えた。
「なるほど。人間の研究施設か」
レイヴンから送られてきた資料を眺めながら、フォックスが思案する。
「レイヴン博士、バイオ系の特許いくつか持ってるよ」
スリッピーが端末を叩きながら、検索結果をホログラムに映し出す。 いくつもの登録情報が並び、ファルコが思わず身を乗り出した。
「……マジかよ」
ファルコが少し驚いたような声を上げる。
「結構すごい人みたい。軍部に引き抜かれてないのが不思議だねぇ」
「ペパー将軍は最近、レイヴン博士を軍部に迎えるために声をかけたらしい。それで、彼は断ったそうなんだ」
スリッピーの話を聞いて、フォックスが続ける。
「なぜだ? 軍部に入れば、もっと楽に研究ができると思うが」
ペッピーも疑問の声を上げる。
「彼は人間の研究がしたいから、と答えた。そこで、ペパー将軍から紹介があったってわけさ」
マナは黙って資料へ視線を落とした。 擦れた白衣と、散らかった研究室が頭に浮かぶ。
「そこまでして……」
マナはレイヴンの暮らしぶりを振り返った。 裕福な暮らしをしているようには見えなかった。 研究で稼いだ資金の多くは、個人的な研究費へと消えているのだろうかと、ふと考える。
フォックスはしばらく地図と報酬条件を見比べていたが、やがて資料を閉じた。
「まあ、依頼料が払えるなら問題ない!」
パンッと手を叩き、フォックスは通信用の端末を手に取る。
「レイヴン博士と打ち合わせしてくるから、ちょっと待っててくれ」
*
────数日後。
正式に依頼を受けたスターフォックスは、レイヴンと共に目的の座標へ到着していた。
「……地図では、この辺りだな」
フォックスが端末を手に、先頭を進む。
長い間手つかずだった土地は、生い茂る木々と草むらに覆われていた。 それらをかき分けながら進むと、やがて建物の影が一行の目に映る。
「何か見えてきたよ」
「え、どこどこ?」
スリッピーの声に反応し、マナが隊列の横からひょこっと顔を出す。
「おい……マナ。ちゃんと足元見ろ、転ぶぞ」
マナの後ろで、ファルコが声を掛ける。
建造物に近づいていくにつれ木々の密集度が下がり、視界が少し開けた。
「これは……思っていたより大きな施設だな」
レイヴンが全体を見渡す。
彼らの前には、蔦に覆われた白いドーム状の研究施設と思しきものが、静かに佇んでいた。
「中に何があるか分からん。みんな、油断するなよ」
ペッピーが少し緊張した面持ちで忠告する。
レイヴンの指示で簡易防護マスクと手袋を装着し、一行は施設内へ足を踏み入れた。
「……中の状態は意外といいな」
レイヴンが通路を進みながら辺りを観察する。
当然ながら光源はなく、辺りは薄暗い。 フォックス、ファルコ、ペッピーがライトとブラスターを手に、注意深く前方と背後を警戒していた。
「レイヴン博士。この先の部屋に反応があるよ。施設の装置が生きてるんじゃないかな?」
スリッピーがレイヴンの横に並び、端末を見せる。
「すごいな。そんなことまで分かるのかい?」
「オイラの開発したセンサーならねー!」
得意げに胸を張るスリッピー。
「さすがスリッピーだね!」
スリッピーの肩越しに、後ろからマナも端末を覗き込む。
「ここを曲がった先だね」
フォックスが目的地へ続く通路を確認する。
「……特に危険はなさそうだが……レイヴン博士、見てくれ」
僅かに表情を曇らせ、フォックスが通路の先を指さした。
「どうしたんだい?」
レイヴンは角の先へ、手にしたライトをかざす。
通路の壁には黒ずんだ染みが残り、床には何かを引きずったような跡が続いていた。
「……なんだこりゃ……血か?」
後ろからついてきたファルコがしゃがみ込み、黒い跡を見る。
「気味が悪いね……」
マナの声が少し震える。
「ビビんなよ。何も起きねぇって」
ファルコはそう言いながら、自然とマナの傍へ寄った。
「かなり古いが……恐らく血痕だとは思う。サンプルを採取しておこう」
レイヴンが手際よく作業を済ませたあと、一行は目的の部屋へたどり着いた。
引きずられた跡は、この部屋まで続いている。
扉の前には『第一研究室』と書かれていた。
「……これは……物々しいな」
ペッピーが声を低くして室内を見渡す。
そこには割れたガラス製の観察窓に囲まれた、拘束具のついたベッドや、何らかの検査装置などが置かれていた。
「レイヴン博士! ここに何かの資料があります」
マナがデスクの上に置かれた書類に気づく。
「番号と名前ですかね? 読めない文字です」
「……ふむ。古い人間の文字と思われるな。氏名が書かれているところが所々消されている……持ち帰って調べてみよう」
「この部屋には他にもありそうだな。手分けして探そう。ペッピーは出入口の警護を頼む。」
「了解だ」
フォックスの指示に従って、ペッピーが出入口に向かって行った。
「じゃあオイラは、他の端末の様子を見ようかなぁ。フォックス、ついてきてよ」
「分かった。レイヴン博士とファルコ、マナは一緒に行動してくれ」
フォックスの指示通り、各自部屋を探索することになった。
ファルコ、マナ、レイヴンの三人は部屋の奥へと進む。
「この施設……何の目的で使われてたんだろうね」
「さぁな。見当もつかねぇ」
その時、マナが足を止めた。
「……あれ、あの機械……動いてる? ねぇ見て、ファルコ、レイヴン博士」
広い部屋の奥に、微かに点滅する光が見える。
「電源なんて残ってねぇはずだがな」
マナとレイヴンを後ろに控えさせ、ファルコは慎重に前へ進んだ。
部屋の奥までたどり着くと、装置の全貌が見えてくる。
少し後ろにいたレイヴンが端末を確認しながら眉を寄せた。
「この装置だけ、微弱な出力が残っている」
謎の装置は、他の機材とは明らかに造りが違っていた。 金属製の台座の中央に、薄い光を帯びた螺旋状の部品が組み込まれている。
「何だろう……これ?」
マナが一歩近づいた瞬間、装置の光が僅かに強くなった。
「おい? なんかさっきより光ってねぇか?」
「うん……そうだね。スリッピーも呼んだ方がいいかな?」
踵を返し、後ろへ下がろうとした瞬間。
『……』
「えっ……?」
装置のある方向から、声がした気がした。
マナが振り返っても、そこには何もない。
「どうした?」
「今……声、聞こえなかった?」
ファルコとレイヴンが顔を見合わせる。
「いや」
「僕にも聞こえなかった」
「いや、でも……」
先ほどよりも強く光を漏らす装置を、マナは見つめた。
『…………』
また、声が聞こえる。
「待ってくれ……今、反応値が上がった。マナ君、装置に近づかないで」
レイヴンが声を低くし、眉を顰める。
「あ……」
目が離せない。 体が動かない。
次の瞬間、キーンという甲高い耳鳴りが頭の奥を貫いた。
────……しているわ。必ず安……な場所へ。
泣いている女性。
────約……しよう。
男性の声がする。 優しい声。
名残惜しそうに手を伸ばす女性。
────さ……なら、……せに。
女性の瞳には、狐のような後ろ姿が映っていた。
「……お……おい、マナ!!」
「────っ! あ……? ファルコ……?」
気づけば、マナは床に倒れ、ファルコの腕に抱き起こされていた。
ファルコが焦った表情で顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か?!」
「……痛っ……頭が痛い」
意識がはっきりしてくると、強烈な頭痛が襲ってきた。 マナは思わず頭を抱える。
「くそ! レイヴン、どうすればいい?」
「マナ君、ここを離れよう。すぐに」
────ズ、ズズッ。
「っ……! 何の音だ?!」
ファルコがブラスターを構える。
レイヴンとファルコが、四方をライトで照らした。
「……何もいないが……ん?」
目を凝らすレイヴンの視界の端に、何かがちらつく。
「どうした?」
「今……何か動いたような……」
しん、と静まり返った室内。
────ぬるり。
床を這うような濡れた音が、今度ははっきりと響いた。
「……っ」
ファルコがライトを振る。
その光の端を、細長い何かが一瞬だけ横切った。
「今の見たか」
「ああ……」
レイヴンの声が僅かに強張る。
次の瞬間、目の前の排水溝の奥から、何本もの赤い触手が一斉に這い出した。
「っ、下がれ!!」
ファルコがブラスターを撃つ。
レーザーに焼かれた触手が床へ転がった。
「ファルコ君! 上からも来ている! 逃げた方がいい!」
天井には、壁を覆い尽くすほどの異形が蠢いていた。
「チッ……マナ、掴まってろ」
「え、でもファルコ、武器……」
「今はお前の方が優先だ」
ファルコはブラスターをホルスターへ戻すと、マナの身体を抱き上げた。
────ピッピッ。
『ファルコ! レイヴン博士! そっち大丈夫!? こっちにも変なのが出たよ!』
焦ったスリッピーが、早口で通信を飛ばしてきた。
「変なの?」
『触手みたいなの! 壁の中からどんどん出てくる!』
『全員撤退だ! 入口に戻れ!』
フォックスの声が通信に割り込む。
「行くぞ! レイヴン! ライトを頼む!」
「分かった!」
通路へ出てしばらく走ると、フォックスたちの背中が見えた。
「フォックス!!」
「ファルコか! 無事か?」
「ああ! 何なんだよ、こりゃ?!」
「分からない! とにかく走れ!」
背後まで迫った触手の群れの一部が、鋭く伸びる。
その一本が、ファルコの右足を捉えた。
「……っ!!」
転倒しそうになるのを何とか耐え、ファルコはマナを抱え直す。
「ファルコ……!!」
マナが声を上げる。
「マナ、下ろすぞっ!」
マナを下ろし、ブラスターへ手を伸ばす。
だが、その腕までもが触手に絡め取られた。
「……くそっ!」
「ファルコ君、動くな!」
レイヴンが近くの端末へ駆け寄る。
「さっきからこいつら、施設の電力反応に合わせて動いている……なら!」
レイヴンが非常停止装置を叩く。
照明が一瞬落ち、触手の動きが鈍った。
『伏せろ!!』
通信越しにフォックスの声が響く。
次の瞬間、青白い光が走り、ファルコを拘束していた触手が焼き切れた。
「走るぞ、マナ!」
マナの手首を掴み、ファルコが走り出す。
「こっちだ!」
前方にいるフォックスが出口を示す。
触手はなおも執拗に追ってきた。
全員が施設の外へ飛び出すと、振り向きざまにフォックス、ファルコ、ペッピーがブラスターを構える。
「……追ってこない……?」
フォックスが出入口へ目を凝らすが、触手の気配は消えていた。
ファルコは一旦の安全を確認すると、すぐにマナの様子を見る。
マナは俯き、苦しそうに息を吐いていた。
「おい、大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……」
頭痛は収まっていた。 だが、その直後に走ったせいか、僅かなめまいを感じていた。
「マナ君、母艦に帰って少し休もう。心配ない。僕が診るからね」
レイヴンは、マナの背中を労わるようにそっと撫でた。
「……はい」
マナは少し顔を上げ、僅かに表情を和らげた。
*
一行は母艦へ戻り、持ち帰った資料やデータを見返すことになった。
作戦室に集まり、それぞれ端末で確認を進めている。
「ファルコ、マナ君はどうしたんだ?」
ペッピーがソファーに座るファルコへ問いかける。
「……分からねぇ。施設の機械に近づいた直後だ。急に様子がおかしくなった」
「機械?」
端末から視線を上げるフォックス。
その時、作戦室のドアが開いた。
「……マナ君は、特に体に異常はなかったよ。今は眠っている」
レイヴンがファルコを見て答えた。
「……そうか」
ファルコが短く息を吐く。
「レイヴン博士、ファルコが見た装置をあんたも見たんだよな?」
「ああ」
フォックスの問いに、レイヴンが頷く。
「んー……探索中にオイラのセンサーが取ってたログを見ると……大きな反応を示してる装置があるね。その時、マナちゃんもすぐ近くにいる」
スリッピーの言葉を聞き、レイヴンは少し俯いて沈黙した。
「……現時点では、あれが何なのかは分からない。ただ、偶然とは考えにくい」
「どういう意味だ?」
フォックスが少し首を傾げる。
「マナ君が近づいた直後に装置が反応し、同時に彼女にも異変が起きた。何らかの関連がある可能性は高い」
「……そうか。博士、現時点であの施設は何だと考える?」
「検査装置や観察窓、拘束具などの環境を見る限り……」
レイヴンは口元に手を当て、再び少し思案する。
「人を“観察するため”の設備に見える……あの触手についても、バイオ兵器なのか、あるいは防衛装置なのか……今のところ見当もつかないな」
レイヴンは小さく息を吐き、言葉を続けた。
「……とにかく、今は分析が必要だ。危険な依頼だったが、今回は協力をありがとう」
「役に立てたならよかった」
フォックスが少し口元を緩める。
「……俺は、医務室に行ってくる」
ファルコが席を立ち、作戦室から出ていった。
「僕もマナ君が落ち着くまでは、ここにいるよ。いいかな? フォックス君」
「あぁ、問題ない」
フォックスの返事を聞いたあと、レイヴンもファルコの後を追うように作戦室を出た。
だが、廊下を少し進んだところで足を止める。
手元の端末には、施設で収集した記録が表示されていた。
少し前を行くファルコの背中と、端末に残された記録を交互に見る。
レイヴンはその場で、しばらく動かなかった。
書きたいことに対して、書く力が足りなくてあー!!ってなってます笑