STAR FOX:LINK   作:まきる

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MISSION01「新人と青い鳥」

「もしもし? お母さん、就職決まったの! 試用期間からだけど、絶対頑張るよ!」

 

自室のベッドに腰掛けたマナの目の前に、端末から投影された小さなホログラムが浮かんでいた。

そこに映っているのは、娘の報告を聞いて驚きと喜びを浮かべる、猫の獣人の女性だった。

 

「本当なの? 良かったわ……。あなた、ずっと進路を決めかねてたでしょう? それで、どこの企業なの?」

 

「聞いて驚くよぉ……」

 

マナはもったいぶるように、にやりと笑う。

 

「なんと! かのアンドルフを倒した、スターフォックスです!」

 

腰に手を当て、「どうだ!」と言わんばかりに胸を張った。

だが。

 

「……騙されてるんじゃないの?」

 

返ってきたのは、予想とは真逆の反応だった。

 

「えぇ!?」

 

母は困惑した表情を浮かべ、明らかに娘を心配している。

 

「大丈夫だよ! ちゃんと本物のフォックスさんとペッピーさんに会ったんだからっ!」

 

瞳を輝かせる娘を見て、母は小さく肩を落とした。

血は繋がっていない。

それでも、幼い頃から実の娘と変わらぬ愛情を注いで育ててきた。

だからこそ分かる。

この子は、一度こうと決めたら簡単には引かない。

 

「あなた、決めたら聞かないものね」

 

スターフォックスは傭兵部隊だ。

働く場所は宇宙を飛び回る母艦。

危険な場面に巻き込まれることだって、きっとある。

それでも、就職先が決まらず浮かない顔をしていた娘が、今はこんなにも嬉しそうにしている。

母は胸の奥に浮かんだ一抹の不安を押し込み、優しく微笑んだ。

 

「頑張りなさい。……たまには顔、見せてね」

 

「うん! 明日から住み込みで勤務するんだ」

 

「明日!?」

 

「急募だったみたい!」

 

母はますます心配そうな顔になった。

 

「忘れ物ないようにしなさいよ」

 

「大丈夫! ……多分!」

 

「その“多分”が心配なのよ」

 

「何か忘れたら送って!」

 

「宇宙船にどうやって送るのよ」

 

二人の間に笑い声がこぼれた。

その後もしばらく母との会話を楽しんだあと、マナは大急ぎで荷物をまとめ始めた。

アカデミーの学生寮で過ごす夜も、これが最後だ。

急な勤務開始となったため、卒業式には参加できない。

友人たちと改めて顔を合わせて別れを告げる時間もなかった。

少しだけ寂しい。

けれど、それ以上に。

明日から始まる未知の生活への期待が、胸の中いっぱいに膨らんでいた。

荷造りを終えたマナは、その勢いのままベッドへ飛び込んだ。

 

────翌朝、グレートフォックス艦内。

 

輸送サービスを利用し、スターフォックスの母艦、グレートフォックスへと降り立ったマナ。

初出勤の緊張はもちろんあった。

だが輸送機の窓から巨大な艦影が見えた瞬間、それ以上に好奇心が勝った。

 

「……でっか……」

 

これから、自分はここで働く。

そして、ここで暮らすのだ。

広々とした艦内通路を進み、指定された待ち合わせ場所へ向かう。

やがて、その先に一人の青年が見えた。

青い羽毛。

すらりとした長身。

壁にもたれ、腕と足を組みながら待っている。

マナは足を止めた。

写真や映像で見たことがある。

スターフォックスのエースパイロット。

 

「……ファルコ・ランバルディさん?」

 

青年がこちらを一瞥する。

 

「ファルコでいい」

 

ぶっきらぼうな声だった。

 

「今日からよろしくお願いします!」

 

マナは勢いよく頭を下げる。

 

「俺はよろしくした覚えねぇけどな」

 

深々と下げた頭の上へ、好意というものが一切感じられない言葉が降ってきた。

 

────スターフォックスのエースって、こんな感じなんだ……。

 

頭を上げる前に、次はどんな顔で接すればいいのか考える。

そして結局、少し引きつった笑顔のまま顔を上げた。

 

「……それ、全部お前の荷物か?」

 

ファルコが訝しげにマナの後ろへ視線を向ける。

 

「はい!」

 

今度こそ、できる限り明るい笑顔を作る。

 

「何年住む気だよ」

 

「住み込みなんですよね?」

 

「そうだけどよ……」

 

どうにも腑に落ちない、とでも言いたげな返事だった。

マナは早くも感じ取っていた。

どうやらこの男、自分がここへ採用されたことをあまり歓迎していないらしい。でも。

ここでへこたれるわけにはいかない。

マナは自分より幾分背の高いファルコを見上げた。

鋭い翠の瞳と目が合う。

 

「ファルコさん!」

 

「……なんだよ」

 

「案内してくれるんですよね! だったら、さっさと行きましょ! 日が暮れちゃうから!」

 

「は?」

 

マナは荷物を邪魔にならない場所へ寄せると、そのままファルコの背後へ回り込んだ。

そして両手を背中へ当てる。

 

「ほらほら!」

 

「おっ、おい! 押すんじゃねぇ!」

 

小さな身体で、ぐいぐいと体重をかけてくる

 

「……っ、分かった! 分かったから、行くぞ!」

 

ファルコは肩越しにマナを制止すると、大きくため息をついて歩き始めた。

少し距離の空いたその背中を眺めながら、マナは小声で呟く。

 

「かっこいいけど……めっちゃ感じ悪い……」

 

すらりと伸びた背中には、若いながらもエースパイロットらしい自信が滲んでいる。

鋭い眼差しも、映像で見る以上に印象的だった。

アカデミーの女子たちなら、きっと騒いだことだろう。

ただ。

自分とは、あまり相性が良くなさそうだ。

 

その頃。

少し先を歩くファルコもまた、肩越しに新人の姿をちらりと確認していた。

────小せぇし、やたら元気な奴だな。

 

獣人である自分たちと比べれば、人間の身体はひどく華奢に見える。

こんな小さな身体で、本当にスターフォックスの仕事についてこられるのか。

少なくとも、勢いだけはあるようだが。

 

「ほら! 何突っ立ってんだ! 行くぞ!」

 

「は、はーい!」

 

不機嫌そうな声に急かされ、マナは慌ててその背中を追いかけた。

 

 

「ここが格納庫。勝手に機体触んなよ」

 

ファルコに案内された巨大な格納庫には、彼らが駆る戦闘機、アーウィン四機が収められていた。

整然と並ぶ機体を前にして、マナは思わず感嘆の息を漏らす。

 

「うわー……本物だ……。かっこいいですね!」

 

瞳を輝かせながら、食い入るようにアーウィンを見つめる。

 

「整備補助の資格ありますので、任せてくださいよっ!」

 

ぐっと両手で拳を作り、自信満々にファルコを見る。

 

「だからって初日に触るな」

 

「はい!」

 

「……返事だけはいいな」

 

その時、格納庫の奥から聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「おーい……すまんファルコ、ちょっと手伝ってくれんか?」

 

振り向くと、格納庫の隅でペッピーが手を振っていた。

二人が近づいていくと、その周囲には大小さまざまな段ボール箱が山積みになっている。

 

「頼んでいた備品が一気に届いてのぉ……。おや、マナ君も着いたんだね」

 

「はい! 今日からよろしくお願いします! 荷物、運ばせてください!」

 

挨拶もそこそこに、マナはすでに一番手近な箱へ手を伸ばしていた。

 

「嬉しいが、いいのかの? ファルコの案内が終わってからでも……」

 

「いえ! 今やっちゃいましょう! ほら、ファルコさんも持って!」

 

「俺に指図するな!」

 

そう言いつつも、この荷物をペッピー一人に任せて立ち去るほど薄情ではないらしい。

ファルコも渋々、箱を持ち上げた。

 

「それはこっちに置いてください! 予備部品はまとめてこの辺に!」

 

マナは箱に書かれた内容を確認しながら、次々と置き場所を決めていく。

備品の種類ごとに分け、ついでにリストと照合していけば、あれだけあった荷物は見る見るうちに整理されていった。

 

「助かったわい! 期待の新人だな!」

 

ペッピーが嬉しそうに微笑む。

 

「ったく。初日から偉そうに指示しやがって……」

 

その隣で、ファルコは不満そうに眉を寄せていた。

そんな二人をよそに、備品リストへの記入を終えたマナは、疲れなど感じさせない笑顔で振り返る。

 

「さ、次行きましょ!」

 

「……お前、元気だな」

 

 

「ここは作戦室。任務の話は、だいたいここでする」

 

室内には大型のホログラムモニターや通信設備が並び、壁面にはライラット系の星図や作戦データが表示されていた。

その一角。

デスクに向かい、スリッピーが「あーでもない、こーでもない」と呟きながら端末を操作している。

どうやら作業に集中しすぎて、二人が入ってきたことにも気づいていないらしい。

マナはそっと近づいた。

 

「どーしたんですか? スリッピーさん……ですよね?」

 

「わぁっ!」

 

驚いたスリッピーが勢いよく振り返る。

そしてマナの顔を見るなり、ぱっと表情を明るくした。

 

「あーっ! 君がマナちゃんだね!」

 

人懐っこい笑顔を向けられ、マナもつられて笑う。

 

「はい! 今日からよろしくお願いします! ところで……なんかエラー出てるんですか?」

 

スリッピーが睨んでいた画面を覗き込む。

通信端末には、赤い文字で『ERROR』と表示されていた。

 

「そうなんだよぉ。さっきからデバッグしてるんだけど、なかなか直らなくてさぁ」

 

「あ、それ……アカデミーで似たの触ったことある」

 

「ほんと?」

 

マナは端末の画面を確認しながら、いくつか項目を開いていく。

 

「あ。もしかして、ここじゃないですか?」

 

画面の一箇所を指差す。

 

「この型の通信装置、ここでよくエラー起こすんですよね」

 

「……あっ、ほんとだ! じゃあ、こっちを……」

 

スリッピーが素早く操作を進める。

数秒後。

端末が短い電子音を鳴らし、画面の表示が赤から緑へ変わった。

『NORMAL』

 

「直ったぁ!」

 

スリッピーが嬉しそうに声を上げる。

 

「ありがとう! 助かったよぉ。ねえねえ、君って整備もできるんだよね? あとで整備室に来てもらっていい?」

 

早速のお誘いに、マナの顔がさらに輝いた。

 

「ぜひ! スリッピー・トードさんの技術を間近で見られるなんて最高です!」

 

「お前、案内されてんのか仕事しに来てんのか、どっちだよ」

 

二人の様子を黙って眺めていたファルコが、呆れた声を投げる。

 

「えへへ。気になっちゃって!」

 

悪びれる様子もない。

 

「さあファルコさん、どんどん行きましょう! また後で、スリッピーさん!」

 

「うん! 待ってるよー!」

 

スリッピーへ大きく手を振りながら、マナはまたファルコの背中を押す。

 

「だから押すなって!」

 

二人は騒がしく作戦室を後にした。

 

 

医務室やシャワー室へ続く通路を歩いていると、向こうからフォックスが慌ただしい足取りでやってきた。

 

「あ、フォックスさん! 今日からよろしくお願いしま……って、どうしたんですか?」

 

何やら目線が落ち着かない。

キツネ特有の大きな耳も伏せ気味で、見るからに焦っている。

 

「……今からコーネリア軍と打ち合わせなんだが、会議に使う作戦資料のスライドデータをなくしてしまって……」

 

「おいおい、何してんだよ」

 

リーダーの情けない表情を見て、ファルコが呆れたようにため息をつく。

 

「あと何分で出発ですか?」

 

マナが真剣な表情で尋ねる。

 

「一時間もないな……」

 

「分かりました。フォックスさん、端末貸してください!」

 

「え?」

 

言われるままフォックスが端末を差し出す。

マナは受け取るなり、素早く内部のデータを確認していった。

 

「……なくしたスライドそのものは戻せないですけど、メモと作戦ログは残ってます」

 

いくつものファイルを開きながら、マナは言う。

 

「フォックスさん、作戦の要点を教えてください」

 

「あ、ああ」

 

フォックスが説明を始める。

マナはそれを聞きながら、残されたログと照らし合わせ、必要な情報を抜き出していく。

ものの十数分。

 

「できました! 簡単なたたき台ですけど、これなら言いたいことは伝わると思います。正式な資料はあとで作り直して、コーネリア軍へ送りましょう」

 

フォックスへ端末を返す。

新たに組み直された資料には、必要な情報が簡潔に整理されていた。

 

「……うん。これなら何とかなりそうだ!」

 

「ほら、フォックスさん。早く行かないと!」

 

「……! ああ、そうだな。ありがとう!」

 

また帰ってきたらゆっくり話そう。

そう言い残して、フォックスは慌ただしく通路の向こうへ走り去っていった。

その背中を見送りながら、ファルコが鼻を鳴らす。

 

「はぁ。うちのリーダー様は抜けてんなぁ」

 

「フォックスさん、なんか可愛いですね……」

 

面接の時もどこか慣れない様子だった。

さっきの慌てぶりも含めて、思っていたよりずっと親しみやすい人らしい。

────なんか、助けてあげたくなるというか。

 

「はぁ? あいつが可愛い? どこがだよ」

 

ファルコの声が一段低くなる。

マナは思わず彼を見る。

 

────少なくとも、あなたよりは可愛いですよ。

喉まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込んだ。

 

「……ほんとに何でもやるんですね、ここ」

 

代わりに今日の出来事を振り返る。

荷物の整理。

通信装置の不具合。

会議資料。

求人票に書いてあった『その他雑務』という言葉が、急に現実味を帯びてきた。

 

「だから人が足りねぇんだよ」

 

ファルコは憮然とした様子で言うと、再び先へ歩き始めた。

医務室やシャワー室など、生活に必要な設備を一通り案内されたあと。

二人は約束通り、スリッピーの待つ整備室へ向かった。

 

「スリッピーさーん! 来ましたー!」

 

そこにはスリッピーのアーウィンが運び込まれており、機体の下では本人が整備作業を続けていた。

 

「あー、来てくれたんだね! こっち来て手伝ってほしいんだ」

 

「はい!」

 

マナが近づいていった、その時。

『ピピピッ!』

突然、整備中のアーウィンから警告音が響いた。

 

「んー? なんだろ?」

 

スリッピーが顔を上げる。

 

「おいスリッピー。冷却系じゃねぇのか?」

 

ファルコも機体へ視線を向けた。

マナは傍らに置かれていた診断端末の表示を覗き込む。

 

「……違うかも」

 

「分かんのか?」

 

ファルコが尋ねる。

 

「これ……センサーの数値だけ、ちょっと変じゃないですか?」

 

マナは表示された数値のひとつを指差した。

 

「似たシステムなら授業で触りました。スリッピーさん、このセンサー見てもらえます?」

 

「どれどれ……」

 

スリッピーが指定された箇所を確認する。

 

「……ほんとだ! じゃあ原因は……あ、分かった!」

 

そこからは早かった。

スリッピーが機体の内部へ手を伸ばし、いくつかの部品を調整する。

ほどなくして警告音が止んだ。

 

「やった!」

 

「ナイス、マナちゃん!」

 

スリッピーが片手を高く上げる。

マナも笑顔でその手に自分の手を合わせた。

パンッ、と乾いた音が整備室に響く。

 

「……ふーん」

 

少し離れたところで、ファルコが短く呟く。

それ以上は何も言わなかった。

ただ。

先ほどまでよりも少しだけ長く、マナの手元へ視線を向けていた。

 

「あ、そうだ。もう一箇所、調整した方がいいところが……」

 

「ここ?」

 

「そうそう!」

 

スリッピーに場所を譲ってもらい、マナは機体のさらに奥へ身体を滑り込ませる。

その瞬間だった。

────ギィ。

頭上から、何かが軋むような音がした。

 

「おい!」

 

次の瞬間。

マナの腕を強い力が掴んだ。

 

「わっ!?」

 

身体が勢いよく後ろへ引かれる。

直後。

ガンッ!

鈍い音を立て、大きな部品が床へ落下した。

 

「……!」

 

マナが息を呑む。

 

「初日から怪我してんじゃねぇよ」

 

すぐ近くから声がした。

振り返る。

思っていた以上にファルコの顔が近い。

一瞬、目が合った。

 

「……いや、今の私、悪くなくないですか?」

 

「危ねぇ場所で上見てねぇのが悪い」

 

「……」

 

助けてもらった。

間違いなく助けてもらったのだが。

────なんでこんな腹立つ言い方するんだろ、この人……!

マナがじとっと睨む。

ファルコはまったく気にした様子もなく、

 

「元気なら結構」

 

それだけ言った。

気づけば、腕を掴んでいた手もすでに離れている。

 

「マナちゃん、大丈夫!? ごめんよ、怪我してない?」

 

慌ててスリッピーが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですよ!」

 

マナは軽く腕を回して見せる。

 

「問題なし! スリッピーさん、早く続きやっちゃいましょう!」

 

「えっ、もうやるの!?」

 

「はい!」

 

少し離れた場所で、ファルコが呆れたようにため息をついた。

 

「……聞いてたより、色々やった気がする……」

 

夕方。

艦内の通路を歩きながら、マナはようやく疲れた声を漏らした。

引っ越し初日にしては働きすぎた。

今になって、身体がずしりと重く感じる。

 

「自分から首突っ込んでただろ」

 

隣を歩くファルコが呆れたように鼻を鳴らす。

 

「だって、みんな困ってたし」

 

「初日から飛ばしてると続かねぇぞ」

 

マナは思わず横を見る。

 

「……心配してくれてるんです?」

 

「してねぇ」

 

食い気味だった。

 

「……そんな即答しなくても……」

 

ファルコには聞こえないよう、小さく呟く。

今日一日。

ペッピーとは仕事を手伝った。

スリッピーとはすぐに打ち解けた。

フォックスにも多少は役に立てたと思う。

これから、あの三人とはきっと上手くやっていけそうだ。

けれど。

隣にいる青い鳥だけは、どうにも大きな壁がある。

 

「おい」

 

考え込んでいると、ファルコが足を止めた。

 

「ここがお前の部屋だ」

 

「え?」

 

見ると、通路沿いの一室を示している。

マナが扉を開ける。

そこには、まだベッド以外ほとんど何も置かれていない、真っ白な空間が広がっていた。

決して広くはない。

けれど、一人で暮らすには十分な大きさだった。

マナはゆっくり部屋へ入り、窓へ近づく。

その向こうには、果てしない星々が広がっている。

 

「……今日から、ここで暮らすんだ」

 

口に出してみると、ようやく実感が湧いてきた。

これまでいたアカデミーでもない。

学生寮でもない。

明日からではなく、もう今日から。

ここが自分の仕事場で。

自分が帰ってくる場所になる。

 

「荷解き終わったら食堂来い」

 

背後からファルコの声がした。

振り返ると、彼は扉の向こうに立っている。

 

「夕飯だとよ」

 

マナは小さく拳を握った。

────怖い先輩がなんだ。

私はここでやっていくんだ。

そして、くるりと振り返る。

 

「はーい! ファルコ先輩!」

 

愛嬌いっぱいの笑顔で言い放った。

 

「先輩って呼ぶな!」

 

バンッ、と勢いよく扉が閉じる。

その向こうから、ドカドカと遠ざかっていく足音が聞こえた。

 

「あははっ!」

 

マナは堪えきれず笑い声を上げる。

そしてもう一度、窓の外へ目を向けた。

広い宇宙。

見知らぬ艦。

まだ何もない、自分の部屋。

これからどんな日々が待っているのか。

不安がないと言えば、嘘になる。

それでも。

マナは大きく息を吸い込んだ。

少なくとも今は、この場所へ来たことを後悔していなかった。




本作品はフォレストページ+にも同一作者名義で掲載しています。
フォレストページ+版では名前変換に対応しています。
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