「~~♪」
男所帯だったグレートフォックスに、聞き慣れない可愛らしい鼻歌が響いていた。朝食の匂いと、鼻歌の聞こえる方向に進んでいくと、そこにはキッチンに立つマナがいた。
「やあ、おはようマナ」
声をかけると、彼女は笑顔で振り返った。
「おはようございます! フォックスさん」
マナがグレートフォックスに来て、数日が経った。 彼女の仕事は手広く、メンバー全体のフォロー業務に加え、最近は料理好きのマナが進んで厨房に立つことも多い。インスタントの食事は取れるが、長い任務になると手料理が恋しくなるので、非常にありがたかった。
「いい匂いだな。料理まで得意だなんて驚いたよ」
「いやいや、手の込んだ料理なんて出来なくて、普通ですよ」
あはは、とマナは謙遜する。
「そんなことないさ。俺たちの胃袋は既に君の手の内にあるぞ」
フォックスがニヤリと笑いながら、マナを見る。
「それは言い過ぎですよー!」
さっきより破顔して、マナが笑う。 フォックスは本当に褒め上手だな、とマナは思った。マナが何か成功すると、ちゃんと評価をして、賞賛の言葉をくれる。 人たらしというか、リーダーとしての素質なのだろうか。
「よし、出来上がりー!」
「運ぶの手伝うよ」
食事をワゴンに乗せて、リビングへの通路を進む。
「あ、そうだ。前から思ってたんだが……俺に敬語は使わなくていい。呼び方も『さん』はいらないぜ」
「えっ、でも隊長なのに……」
「歳もそんなに変わらないんだ。気楽にしてくれ」
スリッピーとはすぐに打ち解け、ほどなく呼び捨てのタメ口でコミュニケーションを取るようになった。 だが、スターフォックスのリーダーに対して同じ対応をしていいのかと、マナは迷った。
「嫌かい?」
うーん、と考え込んでしまった彼女に、フォックスは問いかける。
「もっと早く君と仲良くなりたいのさ」
にこりと笑顔を浮かべる。 せっかくのフォックスの申し出なのだから、それを無下にするわけにもいかないと、マナは決断した。
「わかりま……いや、わかったよ、フォックス!」
「いい子だ」
ぽん、と頭を撫でる。
抜けていて可愛いところもあるが、こういった配慮や距離の詰め方にはギャップがあるな、と感じた。
「……フォックスって……よく女の子に勘違いされたりしない?」
同じような態度を他の異性にも取っていたら、トラブルが起きそうだ。
「えっ……どういう意味……」
「おはよー! マナちゃーん!」
フォックスが言いかけたところで、スリッピーが駆け寄ってきた。
「スリッピー、おはよう!」
朝から元気いっぱいなスリッピーに、自然に笑みがこぼれる。
「今日はさ、新型のエンジンが手に入ってぇ! 早速試験したいから、後で一緒にやろうよ!」
興奮した様子で、少し早口に誘ってくる。
「ほんとに?! もう手に入ったんだ。朝ごはん食べたら早速やろうっ!」
マナは拳を握ってスリッピーに差し出した。 スリッピーはそれに応じて、自身の拳をコツンと軽く当てる。
「本当に仲がいいな、君たちは。前から友人だったみたいだ」
と、フォックスが笑った。
程なくリビングに到着した。 そこには、ペッピーがコーヒーを片手に着席していた。
「おはよう、ペッピー」
「おはようマナ君。今日の朝ごはんは何かな?」
ペッピーに対しても、いつの間にか砕けた態度となっていた。 スターフォックスで一番の年長者だが、持ち前の包容力でマナの緊張を溶かすのに、時間はかからなかった。
「今日は、ペッピーの好きなチーズトーストとハーブポテトだよー♪」
と声に調子をつけながら、ペッピーに配膳する。
「ほっほ。美味そうだな!」
綺麗に皿へ盛り付けられた料理に、彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
「あれ、ファルコはー?」
と、スリッピーがキョロキョロとあたりを見る。
「あいつ、まだ寝てるな……」
フォックスが少し呆れた様子で、小さくため息をつく。 こういったことはよくあり、ファルコは朝が弱い。 任務が朝一番にある時は起床しているが、予定のない朝は決まって一番遅れて朝食にやってくる。
「みんな先に食べてて。私が起こしてくるよ」
マナが起こしに行く流れが、最近の決まりだ。
リビングに三人を残し、ファルコの自室へと向かう。 部屋のドアを軽くノックした。
「ファルコさーん、ファルコ先輩ー! 朝ごはんですー!」
────反応がない。
さらに強くノックする。
ドンドンドンっ!!
「ファルコさん!! 今日は昼から予定があるんですから、起きてくださ……」
────シュンッ
と音を立てて、突如ドアがスライドした。
「うわっ!」
また強くノックしようとしたマナが前のめりになり、ふらつく。
コケる、と思った瞬間、低い声が聞こえた。
「……っるせぇな」
ふわりと柔らかな羽毛が頬に触れた。 見上げると、バランスを失った彼女を受け止め、大きな欠伸をするファルコが立っていた。
「もう、寝坊多いですよぉ!」
彼から離れ、リビングに行くよう促す。
「ほらほら、いーきーまーすーよー!」
いつかの初日のように、ファルコの背後に回り込んで背中を押す。
「……分かったから、押すな……」
目を擦りながら、ノロノロとファルコが歩き出した。
✱
やっとリビングにメンバーが集合し、ファルコも少し遅れて食事をし始めた。
「フォックス、今日からみんなに研修して貰えるんだよね?」
「ああ、そうだ。俺とペッピーからは戦闘時の無線支援の演習。ファルコからは飛行演習。スリッピーは……もう初日からやってると思うが、メカニックの演習だな」
知識は広いが、まだまだ浅い部分があるマナを強化しようということになり、フォックスが考案した。
「プロの指導がこんなに盛りだくさんなんて……!! 幸せすぎるよ、フォックス!」
と、マナが目を輝かせる。
その様子を、ファルコが憮然と眺める。
「……」
視線を感じ、ファルコの方を向く。
「……何ですか?」
「お前、もう呼び捨てなのかよ」
「フォックスがそうしていいって」
「ふーん」
何となく皆、ファルコの不機嫌を感じ取っていた。 微妙な雰囲気が流れるリビングで、首を傾げたフォックスが口を開く。
「……? ファルコもそう呼んでほしいのか?」
「誰が言った!!」
そう言い放つと、バクバクと食事を平らげて、足早にリビングを去っていった。
「な、なんなの……?」
「まぁ気にするな。前から気難しい奴なんだ」
と、ほほっと笑いながら、ペッピーが怪訝な表情のマナをなだめた。
✱
────グレートフォックス・整備室
まずはスリッピーのメカニック研修から始まった。 今朝約束していた、新型エンジンの搭載作業の補助だ。
「まずはマニュアルから読んでいこっか! アカデミーでもこの型は見たことないでしょ?」
スリッピーは分厚いマニュアルを片手に、ニコニコと笑顔を浮かべる。 新しい機器を触るのが楽しみで仕方ないといった様子だ。
「ここはね、このメモリを見て調整して」
「トラブルが起こった時は、慌てずまずエンジンの消火から」
「この技術はね、最新のものを積んでて……」
と、基礎から応用まで説明が飛んでくる。 マナは懸命にメモを取り、頭に叩き込んでいった。
「じゃあ、一回起動してみようか!」
スリッピーが端末を操作すると、低い駆動音と共にエンジンが目を覚ます。
「……あれ?」
マナが表示された数値に眉を寄せた。
「出力、少し低くない?」
「うん。でもエンジン本体じゃないよ」
スリッピーは迷うことなく別の画面を開いた。
「冷却系統の応答が遅れてる。安全制御が働いて、出力を抑えてるんだ」
「……もう分かったの?」
「たぶんね。ここ開けてみよ!」
パネルを外すと、スリッピーは内部を覗き込み、すぐに一本の配管を指さした。
「ほら。やっぱりここのバルブだ」
マナは手元のマニュアルを慌ててめくる。
「そんなこと、どこにも書いてないんだけど……」
「うん。この機体では初めて見たトラブルだから」
「初めて見て分かったの!?」
「だって仕組みは同じだもん」
スリッピーは何でもないことのように笑った。
普段の親しみやすさについ忘れそうになるが、彼は間違いなく一流のメカニックなのだ。
自分では到底その技術には敵わない。 けれど、その仕事の一端を担えることが、マナには少し誇らしかった。
✱
────グレートフォックス・作戦室
数日間のスリッピーの研修が終わり、無事エンジンも搭載出来た。 次は、フォックスとペッピーの研修だ。
「さて、今日はシミュレーションを使って戦闘の指揮・通信補助の研修だ」
フォックスが作戦室のパネルを操作すると、目の前に巨大なホログラム画面が現れる。
「現場の重要な決定はフォックスが下すが、マナ君はワシらが出撃している間、戦闘のサポートを頼みたい」
ペッピーが手にした教鞭を伸ばし、ホログラムを指す。
「今回のシミュレーション任務は、敵の補給基地を撃破することだ。迅速に達成しないといかんミッションだな」
ホログラムの映像が移り変わり、敵機数体と基地、そして四機のアーウィンの記号が現れる。
フォックスが再び操作すると、敵機とアーウィンが動き出した。
「アーウィン達の動きはオートだが、俺たちの飛行データを積んである。さあマナ、俺たちが無事ミッションをやり遂げられるよう導いてくれ」
フォックスの挑戦的な目が、マナに注がれた。
「はい! ミッション開始します!」
────30分後。
「えっと……フォックスがそこにいるから……敵機が右から来ます!」
『制限時間あと30秒』
ピッピッと無慈悲にタイムが進んでいく。
敵機の位置、味方の機体状況、残り時間。 次々と更新される情報に、視線が追いつかない。
「ファルコに旋回を頼んで……!」
ビーっ!!
『TIME UP』
ホログラムの画面に、メッセージが大きく表示される。
「あ〜!! 間に合わなかった……!」
何とか今持てる知識を出し尽くしたが、全く歯が立たなかった。
肩を落として落ち込むマナ。 フォックスが隣に来て、背中をポンと軽く叩く。
「そんなに落ち込むな。実戦経験がないんだから難しいに決まってる。これからポイントを教えるから、よく聞くんだ」
「ほほっ! 筋はいいぞ。教えがいがある」
フォックスが画面を巻き戻す。
「まず、マナ。今回の任務の目的は?」
「敵の補給基地を破壊すること……」
「そうだ。じゃあ、これは?」
フォックスが途中の映像を止める。
敵機三機に囲まれたファルコを助けようとして、マナがフォックスとスリッピーまで援護に向かわせた場面。
「ファルコが危なかったから、援護を……」
「気持ちは分かる。でもファルコなら、この程度は一人で抜けられる」
ここでファルコの飛行データが、自力で敵機の包囲を抜ける。
「……抜けた」
「俺たち全員を動かす必要はなかった。そのせいで基地への攻撃が止まって、時間を失った」
「なるほど……」
「戦場では全部を助けようとすると、全部失うことがある。だから最初に決めるんだ。今、一番守らなきゃいけないものは何か」
ペッピーが別の場面を止める。
「さてマナ君。ここを見てみぃ」
敵機が急に二機だけ後退している。
「……逃げてます?」
「そう見えるだろ?」
ペッピーがニヤッとする。
シミュレーションを少し進める。
するとアーウィンが追撃した先から、隠れていた敵部隊が出現した。
「待ち伏せ!?」
「そうだ」
「どうして分かったの?」
「補給基地を守る敵が、理由もなく背中を見せると思うか?」
画面を見ていた視線をマナに向け、真剣な眼差しと目が合う。
「戦闘ではな、敵が何をしているかだけを見るんじゃない。なぜそうしたかを考えるんだ」
「そんなの一瞬で分からないよ……」
「ほほっ。ワシも最初から分かったわけではない。何度も痛い目を見たから分かるようになったんだ」
「……経験を積むってことだね」
「そうだ」
と、ペッピーが大きく頷く。
「じゃあ、もう一回やってみよう」
フォックスが画面をリセットする。
「えっ、今すぐ!?」
先程、頭をフルスロットルで使ったところだ。 たった30分のことでも、マナには長く思えた。
「今教えたこと、忘れないうちにな」
「鬼!」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
にこりと爽やかな笑みを浮かべながら、容赦なく二度目のシミュレーションを開始するフォックスであった。
二回目のシミュレーションは、同じデータではなく、敵機の数や配置が異なるデータだった。
教わったことを胸に、必死に情報を追う。
ファルコの機体が敵機に囲まれる。 マナが一瞬目を止め、判断を考える。
「……待って。ファルコなら抜けられる」
隣に立つフォックスが、少し微笑む。
戦況が後半に入り、敵が後退していく。
「追わないで! 補給基地を守ってるのに撤退する理由がない。待ち伏せかも!」
「ほほっ。いいぞマナ!」
────20分後。
『MISSION FAILED』
マナの健闘も虚しく、画面にその文字が表示される。
「また失敗したぁ……!」
「でも、今度は基地への攻撃態勢には入れていた。一回目よりずっといいさ」
「それに、二つは自分で気づけただろ? 進歩しとる」
二人の総評を聞き、少し気分を持ち直す。
「そうだね! 少し良くなったかも!」
「じゃあ三回目」
嬉しそうなマナを横目に、無情にもリセットボタンを押すフォックス。
「まだやるの!?」
「ほほっ、若いうちは覚えが早いからのう」
✱
────数日後。
フォックスとペッピーの鬼のような訓練はあの後も続き、十回目の挑戦でようやく成功を収めることが出来た。
「フォックスもペッピーも普段すごく優しいのに……訓練では容赦ないんだな……」
『はい、次』
と爽やかな笑顔を浮かべながら、リセットボタンを押すフォックスの顔が脳裏に浮かぶ。
すっかり凝り固まった肩を回しながら、本日の訓練場へと向かう。
「今日はファルコさんとの飛行訓練……」
メンバーの中で、まだ少し距離のあるファルコとの一対一の訓練だ。 初対面の時よりは軽く話せるようにはなったが、どこに地雷があるのか分からない。
「とにかく怒らせないようにしよ!」
むん! と拳を握り気合いを入れ直して、格納庫に続く道を進んだ。
程なく格納庫に到着し、そこには愛機にもたれ掛かるファルコがいた。
「ファルコさん、よろしくお願いします!」
彼に近づいていき、声をかける。
「……ああ、お前の乗る機体はこっちだ」
────なんかもう、機嫌悪い?
声が低い。 目線がこちらに向いていない。
「えっと……分かりました! ていうか、私も一人で機体に乗るんですか?」
マナは戦闘要員ではない。 それはファルコも承知しているはずだ。
「飛行訓練も受けてんだろ? まずは、お手並み拝見だ」
ファルコはこちらを相変わらず見ず、アーウィンに乗り込んでいく。
「先に行ってるぞ」
コックピットに収まったファルコは起動準備に入り、あっという間に宇宙空間へ飛び立っていった。
「……なんか、もう既に怒らせている……?」
唖然とその様子を見ていたマナ。 早くしろとまた怒られる前に、気を取り直して用意された機体に乗り込む。
「アーウィンの旧機体かぁ」
コックピットに並ぶ機器類を確認し、順に起動していく。
「最新のアーウィンに乗れないのは残念だけどっ……よし! 発進だっ!」
エンジンが唸りを上げ、マナは星空に飛び出した。
『ほう、様にはなってんな』
無線からファルコの声が聞こえる。
「あれ、ファルコさんどこにいます?」
探せども、ファルコのアーウィンが見当たらない。
『ここだ』
マナの機体の真裏から、ファルコの機体が横倒しになったままゆっくり上昇してくる。
そのままマナの機体の真上へ移動し、上下を逆さにした状態で水平に並んだ。
上を見上げると、逆さまになっているファルコの機体のコックピットが見える。
そこで初めて今日、ファルコと目が合った。
『俺に攻撃を当ててみろ。成功したら一つ、何でも言うこと聞いてやるよ』
ニヤリとファルコが挑発的に笑う。
「えっ、そんなの無理に決まって……」
とマナが言い切る前に、ファルコはブーストをかけ、虚空へ飛び出していった。
『やる前から諦めんじゃねぇ。手加減はしてやるよ』
鼻を鳴らしてさらに煽ってくるファルコに、マナも少しムッとする。
「っ、わかりました! なんでもって言いましたね!!」
これは訓練だ。 本当にビームが出るわけでもないし、敵から攻撃を受けるわけでもない。 ゲームみたいなものだと思い直し、マナはブーストのハンドルを押し出す。
『鬼ごっこ開始だ』
マナの機体が唸りを上げ、ファルコを追いかける。
後ろに付いたマナは懸命に照準を合わせようと、機体を微調整する。
しかし、左右へひらひらと機体を滑らせるファルコに、照準が定まらない。
『何してんだ? 日が暮れちまうぞ?』
笑いを含んだ声音。 明らかに実力差がある相手を、さらに挑発する。
「~っ! ちょっと黙ってください!」
焦りとイライラに巻かれる中、マナはようやくファルコに照準を合わせた。
「よし!」
すぐさまビーム発射のボタンを押そうとした瞬間、ファルコの機体が突如減速し、マナはそのまま追い越してしまう。
「あっ!! そんなぁ……」
かなり苦労して照準を合わせたのに、と肩を落とすマナ。
『おい、油断してんじゃねぇ。敵機が後ろに付いてるぞ』
「えっ! 私に逃げろって言うんですか?!」
『それ以外に何がある。もう俺の照準はお前に合ってるぞ。振り切ってみろ』
「無理がありますよぉ!」
と言いながらも、ファルコが許してくれることはないと思い、操縦桿を握り直す。
『……俺に撃墜されたら、お前が一つ言うことを聞け』
「いやいや、怖すぎるでしょ!」
撃墜される。 絶対に避けられない未来が見えすぎて、思わず笑ってしまう。
『はっ! 笑ってねぇで、あと一分以内に振り切れ。敵は待ってくれねぇぞ!』
ファルコの挑発を聞きながら、マナは頭をフル回転させる。
「……っ、分かってますよっ!!」
マナが操縦桿を思いっきり引き、機体が急激に上昇する。
「……っっ!!」
身体が強烈なGに押しつけられる。 何とか耐え、そのままファルコの頭上を越え、再び背後へ回り込んだ。
「やった! 宙返り成功っ!」
アカデミー時代に練習していた防御方法だ。 実戦形式で成功したのが嬉しかった。
『へぇ……やるじゃねぇか』
少し感心した様子の声が聞こえる。
「ほらほら! 照準も合いましたよ!」
再びビームを撃とうとした瞬間、ファルコが一気に加速する。
直後、機体を横転させるように鋭くロールし、そのまま急旋回して視界から消えた。
『悪くねぇが、遅いな』
探す間もなく、再びマナの背後に現れる。
『ゲームオーバーだ!』
ファルコが擬似ビームのボタンを押す。
マナのコックピットの画面に、
『Shot down(撃墜)』
と表示された。
「あー……やっぱ、ダメだよね……」
トホホと俯くマナ。 これから何をお願いされるのかと、気が重くなる。
一度格納庫へ戻るように言われ、マナは機体を降りる。
先に着いていたファルコの前まで行き、断罪の時を待った。
「ファルコさん、命令は何でしょうか……」
あまりにも理不尽ならフォックスに相談しようと考えていた矢先、彼から出てきた言葉は意外なものだった。
「……その“ファルコさん”っての、やめろ」
「え?」
言われたことが意外すぎて、思考が一瞬止まる。
「さん付けも敬語もいらねぇ。あと先輩も禁止だ」
「……それがお願い?」
「悪ぃかよ」
間が悪そうに、ファルコが頭を掻く。
「いや……なんで?」
「お前、他の奴には普通に喋ってんだろ」
「……そうだけど……」
「じゃあ俺だけ敬語なの、なんか気に食わねぇ」
「え、それだけ?」
「それだけじゃ悪ぃか」
「もっと無茶なこと言われると思ってた……」
「お前、俺を何だと思ってんだよ」
ファルコがため息をつく。
「怖い先輩」
「先輩って呼ぶなっつっただろ!」
「あはは! ごめんごめんっ。わかったよ、ファルコ」
これ以上ファルコの不機嫌を進めるわけにもいかないので、笑ってファルコのお願いに従った。
ファルコは満足したように一息つき、次の指示を出してきた。
「次は俺のアーウィンの後ろに乗れ。支援する側でも、パイロットが何を見て、どう感じて飛んでるか知っとけ」
「やった!! 最新のアーウィン乗れる!!」
マナが飛び跳ねそうな勢いで目を輝かせる。 しかも、エースパイロットとの同乗だ。 こんなことは滅多にない。
「遊覧飛行じゃねぇぞ」
喜ぶマナの様子に、少し口元を緩めるファルコだった。
────数分後。
訓練用に設けられた後部補助席に収まったマナは、早くも先程までの浮かれた気分を後悔し始めていた。
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ!!」
ホログラムで現れた敵機の間を縫うように飛ぶアーウィン。 縦横無尽に身体が揺さぶられる。
「焦ってねぇで前見ろ」
ファルコの言った通り、彼の目線の先を見る。
敵の位置だけではない。
忙しなく変わるレーダーの情報。 退路。 機体速度。 次に敵が向きそうな方向。 自分が無理できる余地。
「そんなに一気に見てるの?」
フォックスとペッピーの特訓でも、情報の処理には苦労した。 それをリアルタイムで判断していくのだ。
「見てねぇと死ぬ」
突如、アーウィンの警報が鳴る。
「敵からロックオンされてる。旋回するぞ!」
先程マナが見せた宙返りとは比べ物にならない速度と角度で、アーウィンが一気に機体を捻る。
「ちょ、待って、無理無理無理!!」
「これくらいで騒ぐな!」
「これくらい!?」
ありえないほどのGが身体にかかり、視界がぐるぐると回る。
「う、酔った……」
青い顔をしてアーウィンから降りたマナ。 ファルコは平然として、ぐったりするマナを見下ろしていた。
「あれくらいで酔ったのか? ほら、ベンチに座れ」
ふん、と鼻を鳴らす気配を感じた。
ベンチに向かいながら、マナはパイロットの視界の広さに改めて驚いていた。
腰を下ろすと、ファルコもどかりと足を組んで横に座った。
「ファルコって、凄いんだね……」
アンドルフを討伐した部隊なのだから、腕前が一流なのは前から承知していた。 だが、改めて同じ視界に立ってみると、その凄みがありありと理解できた。
「今さら気づいたのかよ」
声音が一段上向く。 少し微笑むファルコを見ながら、マナは続ける。
「フォックスもこんな飛び方するの?」
フォックスもファルコと並ぶ技術を持つと聞いている。 一度、その飛行を間近で見てみたいものだ。
「……あいつの話は今いいだろ」
顔を顰めて、またいつもの不機嫌な調子に戻ってしまった。
「……? まあ、今日はありがとう。凄くためになったよ! パイロットにかかる負荷とか、何を見てるかとか」
酔いが収まった身体を持ち上げ、ファルコに向き直る。
「これからよろしくね、エースパイロット!」
と、ニコリと笑いかけ、改めてファルコに申し入れた。
「……まあ、頑張って俺についてこいよ」
「『よろしくした覚えはない』って言われなくて良かった」
ファルコのモノマネをしながら、マナが笑う。
「ははっ、まだ根に持ってんのかよ」
「結構グサッときたんだよー?」
その後も雑談をしながら、それぞれの自室へ向かっていった。
「じゃあね、ファルコ。おやすみ、また明日」
「おう、おやすみ」
自室のドアを閉め、一息つくマナ。
「……はぁーー! 疲れたーー!!」
そのままベッドにダイブする。
連日の訓練が、やっと終わった。 これからも臨時に訓練はあるだろうが、何とか乗り越えた。
「なんか……ファルコとも仲良くなれて良かったな……」
天井を眺めながら、ぽつりと呟く。
そのまま襲ってきた眠気に身を任せる。
こうして、マナの怒涛の研修の日々は、ひとまず幕を閉じた。
本作品はフォレストページ+にも同一作者名義で掲載しています。
フォレストページ+版では名前変換に対応しています。