ボードゲームをみんなで楽しんだ翌日、遅い朝食をとるため、それぞれリビングへと向かっていた。
「あー、フォックスおはよー。もうお昼ご飯の時間だね」
ケラケラと笑いながら、通路で出会ったフォックスに声をかける。
「そうだな。ちょっと飲みすぎたよ。」
フォックスもつられて笑う。
すると、リビングとは逆方向へ歩いていくマナの姿が見えた。
「やぁ、マナ。おはよう。どうしたんだ?」
「おはよう、フォックス。どうせ、あの鳥さんは起きてこないから……行ってきマースっ。」
食事の準備はしてあるから、と苦笑しながらフォックスたちとすれ違っていく。
「……随分打ち解けたな。最初は結構険悪だったように思ったが……いいことだな。」
マナの後ろ姿を見送りながら、フォックスが頷く。
その隣で、スリッピーはニヤニヤと笑っていた。
「フフフ……そうだねぇ!」
一方、マナはここに来てから何度繰り返したか分からないほど、すっかりお馴染みになった行動を、今日も実行することになっていた。
「ファルコォ。おーい! もうお昼だよー!」
ドンドンドンッ!
遠慮なくドアを強く叩く。
寝起きが悪いことは、もう十分把握している。これくらいしないと彼は起きない。
「ファルコ! 今日、夜から任務だか……ら……あれ、ロックされてない?」
扉の表示を見ると、『UNLOCK』と示されている。
昨日、ファルコは大分酔いが回っていた。
マナに負け続けたせいで意地になり、調子に乗って酒を飲み続けたのだ。
「んー、私の責任もあるかぁ……」
任務にエースパイロットを遅刻させるわけにはいかない。
そう思い、マナは開閉ボタンを押した。
────シュンッ
ドアがスライドし、部屋の中があらわになる。
フライトスーツや勲章、トロフィーなど、様々な物が雑然と置かれていた。
その奥で、毛布に包まれたベッドが僅かに上下している。
「ファルコ? ほんとに起きて準備しないとっ!」
ベッドの傍で屈み、ファルコに声をかける。
「…………。」
返ってくるのは、スースーという寝息だけだ。
「もう! ファルコってば!」
ファルコの肩に手を当てる。
その瞬間、視界がぐるりと反転した。
「……ん? ……ん?」
何が起こったのか分からず、ただ天井を見上げるマナ。
「なんで天井……って……うわっ!?」
横を向くと、ファルコの寝顔が至近距離にあった。
そこでようやく、自分がファルコのベッドの中にいることに気づく。
「ちょ、ちょ……っ、ちょっと……!?」
狼狽えたマナは、すぐに脱出しようと身を捩る。
だが、それはすぐに阻まれてしまった。
「……んー……っるせぇ……」
ファルコの両腕が絡みつき、がっちりと抱え込まれてしまう。
「あ……の……ちょっ……」
あまりに突然の出来事に、マナはまともに言葉を紡ぐことすらできない。
抵抗してみるが、力強い腕はびくともしなかった。
「……どうしよう」
────羽毛、あったかい。ファルコの匂い。なんか、フワフワしてる……。
触れている場所から次々と感覚が押し寄せ、顔が熱くなっていく。
胸元に押しつけられていた顔をなんとか上げ、ようやく空気を吸う。
「ファルコ、起きてよ……」
情けない声が漏れる。
真正面には、ファルコの顔。
普段、こんな至近距離で見ることなどない。
いつも鋭い眼光を放っている目は閉じられ、瞼の赤が僅かに揺れている。
硬質な嘴も、こうして間近で見ると整った形をしていた。
「……ファルコって……綺麗な顔してるんだな……」
────人間だったら、きっとすごい美形なんだろうな。
こんな状況だというのに、そんな呑気なことまで考えてしまう。
「んあ? もう朝か……?」
ようやく目を覚ましたファルコ。
その瞬間、彼の目の前には信じ難い光景が広がった。
マナの顔が目と鼻の先にある。
そして、自分の両腕が彼女の身体にしっかりと回っていた。
「────っっっ!!」
声にならない声を上げ、ファルコは勢いよくベッドから転げ落ちた。
「あはは! 大丈夫? ファルコ?」
あまりの驚きように、マナは思わず吹き出してしまう。
「なっ……なんでお前が!?」
「ファルコが私を引っ張ったんじゃん!」
「俺が!?」
驚愕するファルコを横目に、マナはベッドから降りる。
「女の子に乱暴するなんてひどぉい!」
冗談っぽく両手を胸元に当て、ショックを受けたふりをする。
唖然としたままのファルコを背に、出口へと向かった。
「早く準備して? ほんとに遅刻するよ!」
何事もなかったかのように告げると、マナは部屋を出ていった。
自室に取り残されたファルコは、しばらく固まったままだった。
やがて深く息を吐き、頭を抱える。
「……なんで、あんな普通にしてんだよ……」
一方、ファルコの自室から十分に離れたところで、マナも足を止めた。
壁にもたれ、そのまま大きく深呼吸する。
「落ち着け、落ち着け……」
ドキドキと、なかなか治まらない鼓動を意識する。
同種ではないとはいえ、異性にあれだけ密着したのだ。
だから動揺しているだけ。
そう自分に言い聞かせる。
「これから任務なんだから、余計なこと考えないで……!」
グッと奥歯を噛み締め、マナはリビングへと向かった。
*
────グレートフォックス・作戦室
「間もなく任務開始だ。ブリーフィングを始める」
フォックスがホログラムを起動させる。
作戦室にはマナを含む一同が揃い、フォックスの言葉に耳を傾けていた。
「今回はテロリストグループの補給基地を叩くことだ。」
ホログラム上に基地の位置や敵機の配置、現地の映像などが次々と表示される。
「敵機の数は多くない。俺たちなら余裕の任務だ。そうだろ、ファルコ? 二日酔いは大丈夫か?」
フォックスがファルコを振り向き、ニヤリと笑う。
「はっ! 舐めんじゃねぇ。たとえ調子が悪かったとしても余裕だ、こんなもん。」
ファルコは両手を軽く上げ、呆れたように首を振る。
「どんな時も油断はするな。追い詰められれば、敵も何をするか分からんぞ。」
ペッピーがすかさず釘を刺す。
その隣では、スリッピーが端末を操作しながらマナに声をかけた。
「今回はマナちゃんも参加だよね。初任務だ!」
「うん、スリッピー。頑張るよ!」
その声を聞き、フォックスが頷く。
「そうだ。今回がマナの初任務となる。訓練の成果を見せてくれ。期待してるぜ? 補助にはナウスをつける。」
『了解。マナノ支援端末ヘ作戦情報ヲ同期シマス。』
「よろしくね、ナウス!」
『コチラコソ。初任務ノ成功ヲ支援シマス。』
「まあ、気張らずにいこう。さあ、スターフォックス。全機、直ちに出撃準備だ!」
*
「こちらフォックス。目的地近辺の上空に着いた。聞こえるか、マナ」
『こちらマナ。問題ないよ。』
少し緊張した声が無線から飛んでくる。
「緊張するな、というのは難しいが……マナ君、君はよく訓練についてきた。自信を持っていいぞ。」
『……うん。ありがとう、ペッピー!』
「難しく考えんな。いつも通りやりゃあいいんだ。」
『わかった!』
それぞれの励ましを受け、マナは小さく息を吸った。
端末に置いた手が、僅かに震えている。
『全機、Gディヒューザーシステム確認。』
全員から「問題なし」と返答が返ってくる。
マナは、はぁ、と一度息を吐いた。
『戦闘開始! 目標は敵補給基地の撃破!』
「こちらフォックス。前方に敵機確認! 暴れるぞ!」
高揚したフォックスの声と共に、無線越しにエンジンの唸りが響く。
「こちらファルコ。俺も右から敵機を迎え撃つ! 邪魔すんじゃねぇぞ!」
ファルコも同じくブーストをかけ、前線へと躍り出た。
「おい! 飛ばしすぎるな、お前たち!」
ペッピーの制止もどこ吹く風。
二人は勢いそのままに敵陣へ突っ込んでいく。
『敵対空ミサイル、複数確認。敵機総数、約50機ト推定。』
ナウスが対空ミサイルの位置を作戦室のホログラム上に映し出す。
『ペッピー! 対空ミサイルに気をつけて! その位置だと狙われる!』
「了解だ!」
『まずは対空ミサイルを叩いて! スリッピー、3時方向に砲台!』
「はいよー!」
スリッピーが即座に指示された方向へ砲撃する。
直後、地上で大きな爆発が起きた。
『そのままペッピーとスリッピーは砲台を破壊! フォックスとファルコは敵機を散らして援護して!』
『対空ミサイル砲台、アト残リ僅カデス。』
「いいぞ、マナ! やるじゃないか!」
フォックスの嬉しそうな声が響く。
『フォックス! 後ろに敵ついてる!』
「分かってるさ!」
フォックスは鋭いロールで敵の射線を外すと、そのまま急旋回。
一気に敵機の背後へ回り込み、ビームで撃ち抜いた。
「ははっ! 次はちゃんと狙ってくれよ。」
『ファルコ! 後ろに一機! そのままだと囲まれる!』
「敵がトロいから問題ないぜっ!」
ファルコは追ってくる敵を引きつけたまま急上昇する。
頂点で機体を反転させ、そのまま真っ逆さまに降下。
追う側だった敵機の頭上を取り、雨のようにビームを浴びせた。
「はっ! その程度かよっ!」
『敵機、半数マデ減少。』
『順調だね。このまま……』
────ビー! ビー!
ナウスから警報が鳴り響く。
『敵機ノ増援ヲ確認。』
『そのままじゃ終わんないか……!』
ホログラム上に、一気に大量の情報が増える。
「うわー!」
『スリッピー!? 大丈夫?』
「大丈夫! まだ飛べるけど、右翼をかすめられちゃったよ。」
マナは一瞬息を呑む。
増援。
味方の損傷。
残存する敵戦力。
ホログラム上を情報が駆け巡る。
────全部を助けようとすると、全部失う。
訓練でフォックスに言われた言葉が脳裏をよぎった。
今、一番守らなければならないものは何か。
『……スリッピーは後方支援に! フォックス、ファルコ、ペッピー! 前方の敵を叩いて!』
素早く敵機の位置を確認する。
『フォックスは右の3機。ペッピーは左の2機。ファルコは……正面の6機!』
「俺だけ一人で6機かよ?」
『できない?』
「はっ! 誰に聞いてんだよっ!」
三人が同時に散り、激しい交戦が始まる。
『ファルコ、援護するからお願い!』
『右後方、一機!』
「見えてる!」
『その上!』
「……そいつは見えてねぇ!」
『あと、後ろに一機!』
「お前には追いつけねぇよ!」
ファルコが一気に速度を落とす。
勢い余った敵機が、そのままファルコの前へ飛び出した。
「もらった!」
敵が反応するより早くビームが直撃し、機体は宇宙の塵へと変わる。
ホログラムに別の警告表示が浮かんだ。
敵の対空ミサイルが、ファルコを追尾している。
その先には、まだ二機の敵機。
マナの頭に一つの考えが閃いた。
『ファルコ、そのまま高度維持! 三秒!』
「了解。」
理由を聞くことなく、ファルコはその高度を保つ。
『3、2、1……降下!』
マナの合図と同時にファルコが急降下する。
直後、ファルコを追尾していた対空ミサイルが、背後から迫っていた二機の敵機へと突き刺さった。
二つの爆発が空に咲く。
「ヒュー! 俺を狙ってたミサイルを利用したのか! やるじゃねぇかっ!」
口笛を鳴らしながら、ファルコがその勢いのまま残りの対空ミサイル砲台を破壊していく。
「こちらフォックス。右の敵は排除したぞ! 敵にしてはお粗末だ。」
フォックスがフンと鼻を鳴らす。
「こちらペッピー。左も問題ない。確かに少しやりごたえがなかったの。」
────なんか、みんなちょっと性格変わった?
すごくお喋りになるっていうか、挑発するっていうか……。
いつも騒がしくはあるが、戦闘中の彼らには、また違った顔があるようだ。
マナは思わず苦笑した。
『あとは残党を各自撃破。最後まで油断しないで!』
*
「こちらスリッピー! 目標を撃破したよぉ!」
スリッピー以外の三人が敵機を引きつけ、その隙にスリッピーが基地へミサイルを叩き込んだ。
『ナイス! スリッピー!』
「オイラがもう戦えないって思ったみたいだね。ざーんねーん!」
「メカニックを舐めないでよね!」と、スリッピーが楽しそうに笑う。
『目標撃破を確認! スターフォックス、全機帰投準備!』
全員からほぼ同時に「了解」と返答が返ってきた。
マナは一度、通信のマイクを切る。
「はぁーー……やったぁぁ……!!」
初めての実戦を、なんとか無事に終えることができた。
張り詰めていた緊張が一気に解け、マナはその場にへたり込む。
『マナ。オ疲レ様デシタ。素晴ラシイ戦イデシタ。』
「ありがと! ナウス、助かったよ。これからもよろしくね。」
暫くして、四人がグレートフォックスへ帰還した。
「マナ! 凄いじゃないか!」
作戦室へ戻ってくるなり、フォックスが駆け寄り、その勢いのままマナを抱きしめた。
「うわ! フォックス!?」
驚くマナをよそに、フォックスは興奮した様子で彼女を見る。
「特訓の成果がすごく出てたし、敵の対空ミサイルを利用して撃破するなんて……痺れたよ!」
「あ、ありがと」
褒められているのは素直に嬉しい。
だが、なぜか妙に視線が痛い。
ペッピーはニコニコと笑いながら、同じくマナの成果を喜んでいる。
スリッピーもすぐ傍まで来て、横でぴょんぴょんと跳ねていた。
ただ一人。
ファルコだけが、こちらをじっと睨んでいる。
「…………。」
「どうしたんだ? ファルコ。お前もマナを褒めてやらんか。」
振り返ったペッピーが、ファルコの様子に気づく。
「……まあ、よくやったんじゃねぇの。」
それだけ言うと、ファルコは踵を返し、一人作戦室を出ていった。
*
────なんで俺はイラついてんだ。
アイツが誰と仲良くたって、俺には関係ねぇじゃねぇか。
静かなデッキに一人佇み、ファルコは自問自答する。
────今日の朝だってそうだ。
なんでアイツと何かあるたびに……。
「……調子狂うんだよ。」
思わず言葉が漏れる。
任務中は朝の出来事などすっかり忘れ、いつも通りに接していた。
だが、戦いが終わった途端、鮮明に思い出してしまう。
「ファルコ……。」
「……! なんだよ、いたのか。」
いつの間にか後ろに立っていたマナ。
どうやら、ファルコを追いかけてきたらしい。
「任務お疲れ様。今日は、無理なお願い聞いてくれてありがとう。」
「あれくらいどうってことねぇ。」
思っていた以上に、ぶっきらぼうな声が出てしまう。
「そう……だよね! また頼むよ、エースパイロット!」
なぜかファルコがまた不機嫌になっている。
そう感じ取ったマナは、これ以上邪魔をしない方がいいと思い、この場を離れることにした。
「……じゃあ、また明日ね。おやすみ!」
振り返り、フォックスたちのところへ戻ろうとする。
その腕を、ファルコは反射的に掴んだ。
「っ……どうしたの?」
マナが再び振り返る。
「その……悪くなかった。」
ファルコは一瞬言葉を探すように視線を逸らした。
「お前の支援……楽しめたぜ。」
「……! ファルコ……。」
マナは、思いがけない言葉に目を丸くする。
一方のファルコは、相変わらず彼女から視線を逸らしたままだ。
マナは掴まれていた腕をそっと抜く。
そして今度は、自分からファルコの手を両手で握った。
「ありがとう、ファルコ! すごく自信持てる! これからも頑張るね!」
普段、ファルコから褒められることなどほとんどない。
だからこそ、その一言がたまらなく嬉しかった。
満面の笑みを浮かべ、握った手にさらにぎゅっと力を込める。
「……っっ!」
その感触に、ファルコの脳裏へ今朝の出来事が一気に蘇る。
ベッドの中で触れたマナの身体。
至近距離にあった顔。
そして以前、寝ぼけたマナに手を握られた時の感触まで。
「……あ! ごめん!」
マナもまた、ふと顔を上げたことで二人の距離の近さに気づく。
同じように今朝の出来事を思い出し、パッと手を離した。
「じゃ……じゃあ、まだフォックスたちと今日のおさらいあるから! おやすみ!」
俯いたマナの頬が、僅かに赤く見えた。
「お、おう……。」
パタパタと走り去っていくマナを見送りながら、ファルコはその場に立ち尽くす。
そして、先ほどまで握られていた自分の手を、呆然と見つめるのだった。
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