爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
進路希望なんぞわざわざ紙に書いて出させる学校の制度そのものが、あたしには心底くだらねぇと思えてならなかった。
少なくともあたしに関する限り、そんなもんは小学校に入学するよりずっと前から決まっている。雄英高校ヒーロー科。そこにトップの成績で入ってそのまま一番のヒーローまで駆け上がる。それ以外の選択肢なんざ最初から思考の隅にすら置く価値がねぇし、他の雑魚どもみたいに迷う時間があるなら個性の威力を1ミリでも上げる訓練をしていたほうが遥かにマシだ。
担任が教卓の前で進路希望票の束をポンポンと雑に叩きながら話をしている間も、教室の連中は揃いも揃って似たような生温い反応ばかりを返していた。
「まあ爆豪は雄英一択だよな」
「推薦とかもう来てたりしねぇの?」
「つーか普通に受かるだろ。あの個性、街1つ吹き飛ばせるレベルだしな」
うるせぇ。
わざわざ口に出すまでもねぇ決定事項を何人も並んで確認し合って何が面白いんだ。あたしが雄英に受かるなんざ当たり前すぎる前提であって、今問題にすべきなのは入った後に2位以下の奴らをどれだけ絶望的な差で突き放してやるかだろうが。
くだらねぇ雑音を適当に受け流しながら窓の外の空でも眺めようとした瞬間、ふと斜め前の席に座っている奴の背中が視界の端に引っかかった。
デクだ。
あの癖の強ぇ緑色の頭は今日も今日とて適当極まりなく、朝にちゃんと櫛を通したのかすら怪しいレベルで散らかっている。前髪なんざ自分の好き勝手な方向へ跳ね放題跳ねているし、着ている制服もただ学校の規定通りに袖を通してボタンを留めているだけだ。色気もクソもあったもんじゃねぇ。
まあデクみたいな奴が急に自分の見た目を気にし始めて、毎朝鏡の前で髪を整えたりおしゃれを意識し出したりしたら、それはそれで吐き気がするほど気色悪ぃけどな。
ただ。
顔のつくりだけなら昔から整っている。
これが昔からたまらなく腹立つ。
無駄に目がデカい。丸っこくて小動物みたいな形をしているくせに全体のバランスは全く崩れていねぇし、目の上の睫毛も無駄に長くて濃い。鼻筋も通っていて、輪郭だってこのまま成長していけばそれなりに綺麗なラインに整うことが目に見えている。肌の質だって幼少期から荒れにくい体質らしく、変なニキビやシミなんかとも縁がない。今は本人が何の手入れも意識もせずに放置し続けているから全部まとめてボサボサの地味な外見に埋もれているが、元々の素材だけで言えばその辺で調子に乗っている女子どもよりずっと上の部類に入る。
何であたしがそんな細かいことまで把握してんだって?
知らねぇよ。普通に見りゃ分かるだろ。
こいつとは物心つく前からの付き合いなんだ。生まれた時から同じ近所で育って嫌でも目に入る位置にいたんだから、観察しようとしていなくても自然と頭に記憶されるに決まっている。
昔、まだあたしたちが互いに今よりずっと小さくてチビだった頃のくだらねぇ光景を思い出す。
デクの母親とあたしの母親が近所の道端で立ち話をしていて、そのすぐ横でデクがテレビ画面に齧り付くような勢いでオールマイトのニュース映像を食い入るように見つめていたことがあった。
「出久ちゃんは本当にお母さん似ねえ。大きくなったらきっと綺麗な美人になるわよ」
通りかかった誰だか知らねぇ近所のババアがそんな言葉を口にした。
当のデクは画面の中のヒーローに夢中で、自分に向けられた言葉なんざ1文字も聞いていなかった。
「見て見て、かっちゃん! 今の敵を倒すところ! もう1回巻き戻して見てもいい!?」
ババアに言われるまでもねぇだろ。
当時のあたしは鼻を鳴らしながら幼心にそんなことを考えていたのを覚えている。
可愛いとか美人とか、そんなものは顔を見りゃその場で判定できる単純な事実だ。個性と違って発動条件も訓練も要らねぇし、目の前についているパーツを並べれば誰だって分かる。
肝心の本人だけが自分の顔についてまるで分かってねぇのが本当にイライラする。
現在に意識を戻してみれば、デクは相変わらず担任の退屈な話を聞くふりを装いながら、じっと自分の机の下へと視線を落としていた。
あの首の角度。
まただ。
少し身体を横にずらして覗き込んでやれば案の定、机の引き出しの隙間で例の気味の悪いノートを広げてやがる。どこかのプロヒーローの戦い方だの個性だのを細かく分析して書き込んでいるらしく、時折小さく頷きながら猛烈な勢いでシャーペンを走らせていた。
クソナードが。
毎朝鏡の前で自分の顔を1分眺める時間すら作らねぇくせに、会ったこともねぇ他人のヒーローの分析なら何時間でも楽しそうにやりやがる。
最高に気に食わねぇ。
あたしは自分が持って生まれた価値ある資産をそのまま腐らせて平気でいる奴が、この世で一番嫌いだ。
強い個性を持って生まれたなら使える限界まで鍛え上げて使う。頭が回るならその知恵をどこまでも研ぎ澄ます。身体の線が細いなら血を吐くようなトレーニングで肉体を補う。自分ができる限りの手段を全て注ぎ込んで、その上で一番高い場所を奪い取りに行く。
それが当たり前だろうが。
デクは全く違う。
自分の目の前にある価値ある素材を全部ほったらかしにしておいて、自分に決定的に欠けているものばかりを指くわえて欲しがっている。
顔の良さが将来なんの役に立つかなんざ今のあたしには知ったこっちゃねぇが、少なくとも世の中にはそれを活かせる場所がたくさんあるはずだ。芸能だのモデルだの広告だの、他の平凡な連中よりも最初から圧倒的に有利なスタートラインに立てる道なんざ幾らでも転がっているだろうが。
そういう有利な選択肢には一切目もくれず、無個性のくせにヒーローノートを何冊も作り溜めて喜んでいる。
馬鹿だ。
本気で救いようがねぇ。
「まあ、このクラスで雄英ヒーロー科を受けようなんて無茶言ってるのは爆豪くらいのものか」
担任の呑気な声が教室に響き、あたしは意識を完全に現実に引き戻した。
当然だ。
この中学校にいるような雑雑魚どもが雄英を受けたところで、記念受験にすらなりはしない。雄英のヒーロー科には全国から選び抜かれた化物の上澄みだけが集まってくる。生半可な個性や覚悟で夢を見たところで、入学試験の段階で現実の壁に叩き潰されて終わるだけだ。
あたしがフンと鼻で笑って腕を組んだ瞬間、すぐ近くの席からギギッと不快な音を立てて椅子が引かれる気配がした。
「あ、あの……」
聞き飽きるほど耳に染み付いた、気弱で高い声だった。
心臓の奥が嫌な跳ね方をした。
「ボクも……その、雄英高校を受けます」
一瞬だけ教室全体の空気が凍りついたように止まった。
そして次の瞬間、爆発的な大爆笑が静寂を塗りつぶした。
「緑谷が雄英!?」
「おいおいマジかよ! お前無個性だろ!?」
「実技試験で何するつもりなんだよ!」
周りの連中から容赦なく浴びせられる嘲笑に、デクはカメみたいに肩を小さく縮こまらせた。
挙げかけた手も今すぐ引っ込めたいみたいにプルプルと震えている。それでも、一度上げたその手を完全には下ろそうとしなかった。
「い、今は無個性でも受けられるように規定が変わったから……受験資格そのものはあるんだ。合格できるなんて思ってるわけじゃないけど、受けるだけなら……」
「……あ?」
何を言っているんだこいつは。
昔から頭のネジが数本飛んでいるとは思っていた。
ヒーローに対して異常な執着を持っていることも痛いほど知っていた。
だが、本気で雄英を受けるつもりだったのか?
雄英高校だぞ。
お気楽な学校見学なんかじゃない。危険な個性が飛び交うヒーロー科の入試だ。万が一入れたとしても、その先には救助訓練だの戦闘訓練だの、怪我じゃ済まねぇ過酷な実技が毎日待っている。
無個性で身体もできあがっていないこいつが?
意味が分からねぇ。
身の程知らずにも程があるだろ。
そこまで思考が辿り着いた瞬間、あたしの胸の奥底にどろりとした不快な感情がねっとりと引っかかった。
落ちる。
どうせ試験の初日で無様に落ちるに決まっている。
だったら別に放っておけばいい。あたしには関係ない話だ。
頭ではそう切り捨てようとしたはずなのに、脳裏に強制的に浮かび上がってきたのは、入試の巨大な仮想ヴィランの前でボロボロになって床に転がっているデクの姿だった。
何でそんな生々しい惨状まで勝手に想像してしまうのか自分でも分からない。
分からないことそのものが、あたしのイライラを極限まで跳ね上げた。
「デクゥ……!」
身体が勝手に動き、あたしは激しく立ち上がっていた。
右手の掌をデクの机の真上へ思い切り叩きつける。
バチァン! と激しい爆発音が教室に響き渡り、焦げた匂いと一緒に木製の天板が黒く変色した。周囲の連中が短い悲鳴を上げて一斉に後ずさる。
デクの背中がビクッと跳ね上がった。
「てめェ、何勝手に同じ土俵へ上がろうとしてんだァ!?」
「か、かっちゃん! 別に同じ場所に立とうとか、そういうつもりじゃ……!」
「無個性の出来損ないが雄英受けて何する気だ! 見学か!? あァ!?」
デクの顔が恐怖で完全に引き攣っている。
当たり前だ。幼少期からあたしが本気で怒鳴りつけた時はいつもこうやって怯え切っていた。
だったらそのくだらねぇ手を引っ込めろ。
受験をやめるって今すぐここで口に出せ。
そんな危険な場所には最初から近寄りませんと泣きつかせて言えば済む話だろうが。
「で、でも……受けるだけなら、ボクにも……」
引っ込めねぇ。
クソが。
怯えて俯いたせいで、無駄に長い睫毛の影が青ざめた頬の上に濃く落ちている。恐怖で全身を震わせているくせに、机の下から急いで抱え上げたヒーローノートだけは、命の恩人にでもすがるみたいに両腕で固く抱きしめていた。
その顔の造形がありや、ヒーロー以外にも輝ける場所なんざ幾らでもあるだろうが。
喉元まで出かかった暴言を、あたしは歯を食いしばって強引に飲み込んだ。
今ここで言うことじゃねぇ。
そもそも何であたしがこいつの人生の進路先まで親切に考えてやらなきゃならねぇんだ。
「……放課後、裏へ来い。覚えてろや」
「ひっ……!」
これで終わりだ。
心の中で吐き捨てて、あたしは乱暴に自分の席へ座り直した。
担任が咳払いをしながら授業を再開しても、胸の底で渦巻く黒い苛立ちは一向に収まる気配を見せなかった。
視界の端をちらりと見ると、デクは焦げて煙を上げる自分の机の端を怯えた目で見つめ、それからさらに強く大事そうにノートを胸に抱え直していた。
自分のくだらねぇ夢ごと抱え込んで守っているみたいなその態度が、あたしには死ぬほどムカついた。
放課後、きっちり分からせてやる。
てめェみたいな弱者には、ヒーロー以外にも使える道が存在するってことをな。