爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
スタジオで本格的な撮影が開始されてからかなりの時間が経過していたが、あたしの胸の奥底で渦巻いていたイライラは一向に治まる気配を見せず、それどころかシャッター音がスタジオ内に響き渡るたびに、不快な熱となって少しずつ積み重なっていた。
デク自身がカメラを向けられるという行為に全く慣れていないせいもあるのだろうが、ファインダーへ向けているその顔つきは普段あたしが見ているものとは露骨に異なっており、スタッフに指示された通り口元だけをぎこちなく持ち上げたような引き攣った作り笑いを見せるたび、それを見つめているあたしの眉間には勝手に深いシワが刻み込まれていった。少なくともあたしが日常的に視界に収めているデクはそんな引き攣った気味の悪い表情なんざ作らないし、笑う時にいちいち頬の筋肉の形や口角の角度なんぞを意識して表情を作り作ったりもしない。
「緑谷さん、もう少し肩の力を抜いて楽にいきましょうか。こういう撮影が初めてなら緊張して当然ですからね」
撮影を担当しているカメラマンの男は別段苛立つ様子も見せず、手元のモニターで撮影済みの画像を確認しながら、柔らかい声でデクに声をかけていた。
「す、すみません……! こういう時に、カメラの前でどういう顔をすればいいのか、自分でもよく分からなくて……」
ペコペコと恐縮しながら謝り、またしてもさっきと同じような引き攣った貼り付けたような笑顔を作るデクを見つめながら、そういう薄っぺらい笑い方じゃねぇんだよと心の中で毒づいてみたものの、じゃあ正解の笑顔とはどういうものなのかを言葉で説明しようとすると、自分でも何を主張したいのかサッパリ分からなくなっていた。
あいつが日常の中でどんな顔をして笑っているかくらいは、幼馴染として嫌というほど理解している。大好きなヒーローの話題になれば目尻を下げて目まで一緒にふにゃりと緩ませるし、学校からの帰り道にくだらねぇ雑談をしている時はもっと警戒感のない口元を開いて笑う。生まれた頃からずっと近くで顔を合わせ続けてきたせいで判別できるだけであって、別にこいつの笑顔の種類を意識してデータとして記憶したことなんぞ一度もないはずだった。
「普段はどんな時に笑いますか? 何か自分の大好きなことや楽しいことを頭の中で想像してもらってもいいですよ」
「ボクの好きなこと……」
女性スタッフから優しく尋ねられたデクは、少しの間だけ真剣に首を傾げて考え込み、おそらく頭の中でオールマイトの戦闘シーンか何かを思い浮かべたのだろうが、結果として出来上がった顔面はさっきの引き攣った笑顔と大差ない微妙なものだった。何が好きなことを考えろだ、こいつの場合にヒーローのことを考えさせたら、今度は表情をほぐすどころか口を尖らせてブツブツと気味の悪い分析を始めだすに決まっているだろうが。
そんなことを冷めた目で考えながらパイプ椅子で腕を組んでいると、カメラマンの男がふとあたしの方へ視線を向け、何か良いアイディアでも思いついたかのように軽い調子でデクに提案を持ちかけた。
「じゃあさ、そこに座っている幼馴染の彼女の方を見てみようか。カメラのレンズじゃなくて、普通にそっちを見て何か話してみてよ」
何であたしが撮影のダシに使われなきゃならないんだ。
思わずカメラマンを睨み返したところで、デクまで素直にあたしの方へ顔を向けてきたものだから、さっきから見知らぬ大人どもに囲まれてイライラが限界に達していたあたしは、思考を挟むより早く口を動かしていた。
「こっち見んなクソナード」
「かっちゃんがそこに座ってるから見ちゃったんでしょ」
困り果てたように言い返してきたデクが、そのまま少し呆れたような脱力した顔でふっと笑った。
直後、連続してシャッターを切る機械音が静かなスタジオに響き渡った。
今の顔には、痛いほど見覚えがあった。あたしが学校で理不尽な理由で怒鳴りつけた時、真っ向から反論するほどの度胸もないデクが仕方なさそうに浮かべる呆れ顔であり、幼少期のチビだった頃から今日まで何千回、何万回と見せられてきた極めて馴染み深い表情だった。
「あ、今の表情すごく良いね! そのまま身体だけこっちに少し戻してみて!」
手応えを掴んだらしいカメラマンは機嫌良く次の指示を出し、デクもさっきまでの固い緊張が解けたまま、身体の向きだけをカメラの方へ滑らかに戻していった。
「あの……かっちゃんと普通に話してても大丈夫ですか?」
「もちろん! そのまま彼女の方を見ながら喋ってもらって全然構わないよ!」
何であたしまで撮影の進行に巻き込まれているような空気になってんだ。
「かっちゃん、今日スタジオに来てからずっと怖い顔してるよね」
「あたしは元からこういう顔だわ死ね」
「でもさっきメイク室で髪いじってもらってる時から、ずっと眉間に深いシワが寄ってたよ」
「てめェが無防備にボケッとしてっから見張ってんだろうが!」
あたしが言い返すたびにデクの表情がころころと変わり、その素直なリアクションにカメラマンが面白いくらい食いついて怒涛の勢いでシャッターを切っていく。
さっきまでどう笑えばいいのか分からないと困り果てていた奴が、あたしに向かって話し始めた途端にそんなくだらねぇ悩みを忘れてしまったらしく、口を尖らせたり、眉を下げたり、最後にはまた困ったように笑ったりしている。どれもカメラの前で作られた撮影用の表情という感じが一切なく、普段からあたしの視界の正面に入り込んでいる緑谷出久そのものの顔だった。
「うん、やっぱりこっちの写真の方がずっと自然で魅力的だね」
撮影の合間にスタッフがモニターの画面を覗き込み、カメラマンも満足そうに何度も頷いていた。
「最初のかっちりしたポーズも綺麗だったけど、こっちの写真の方が彼女らしさが引き立ってるよ」
あたしもパイプ椅子から立ち上がり、横から見える範囲でモニターの画像をチェックしたが、その出来栄えについて客観的に否定できる要素は1つも存在しなかった。髪と服装をプロの手で整えられた時点で外見の素材は十分に形になっていたし、そこに表情まで普段あたしに見せている自然なものが乗れば、最初より遥かに良く見えるのは当然の帰結だった。
そこで自分の見立ての正しさを誇って納得して終われば、何の問題もない話だったのだ。
モニターに映し出されているデクは、あたしに向かって呆れたように笑った時の顔をしており、その写真がこのまま選ばれれば店舗のポスターやWEBサイトに大々的に掲載され、商店街を歩く見知らぬ奴やサイトを閲覧する見知らぬ奴らにまで、あの顔を見られることになる。
さっきまでは、手入れされたデクの姿が見知らぬ他人に消費されること自体が気に食わなかったが、今度はそれ以上に激しい不快感が胸の底から湧き上がってきた。
あたしが普段独占して見ているこいつの顔を、何で関係もない雑魚どもに見せなきゃならないんだ。
当然ながら、デクの表情があたしだけの所有物だなんて本気で考えているわけではないし、そんな無茶苦茶な理屈が世間で通らないことくらい百も承知だ。それでも、日常の中でこいつがあたしだけに返してくる困り顔や呆れ笑いまで写真という形に閉じ込められ、それを不特定多数の人間が勝手に眺められる状態になるという事実だけで、反吐が出るほど気分が悪かった。
結局、撮影は予定されたスケジュール通りにスムーズに進行し、最後までこれといったトラブルも起きずに終了した。
「お疲れ様でした! 初めての撮影とは思えないくらい素晴らしい出来でしたよ!」
「ほ、本当ですか……!? ありがとうございました……!」
デクが深々と頭を下げて感謝を伝えている横で、母親の引子も嬉しそうにお礼を述べており、周囲のスタッフどもも一総じて満足気な表情を浮かべていた。
さっさと私服に着替えて家へ帰るぞと胸の中で吐き捨てていたところで、最初に商店街で声をかけてきた担当の女性スタッフがデクの元へ歩み寄り、今日の撮影の出来が予想以上に良かったことに味をしめたのか、軽い調子で次のオファーを持ち出してきた。
「もし緑谷さんが嫌でなければなんですけど、今後また別のプロモーション企画でモデルをお願いするかもしれません。その時はまた改めてご連絡させていただいてもよろしいでしょうか?」
「二度とやらねぇよ」
答えたのは、当事者であるデクではなく、横から割り込んだあたしだった。
あたしが吐き捨てた直後、女性スタッフだけでなく、デクとその母親までが一斉に驚いたような顔であたしの方を振り向いた。
「……かっちゃん」
「あ?」
「今のは……ボクに聞いてくれた話なんだけど……」
そんなことくらい分かっている。
「てめェは今すぐ断れと言ってんだ」
「なんで……?」
怒鳴り散らすでもなく普通に理由を問い返され、かえってその素直な態度があたしを追い詰めた。
お前にはモデルの適性なんざねぇからやめておけと言い捨てられれば話は簡単だったが、目の前のモニターには今撮り終えたばかりの最高品質の写真が映し出されており、スタッフどもの絶賛の嵐まで考慮すれば、適性がないという主張はいくらあたしでも無理がありすぎる。何より、最初にこいつに向かって「モデルになれ」と具体的にアドバイスしたのがあたし自身であり、今日このスタジオに来る羽目になった元凶を辿れば全てあたしの言葉から始まっているのだ。
「時間の無駄だからに決まってんだろ! てめェ、雄英高校を受けるんじゃなかったのかよ!」
「受けるつもりだよ! でも、撮影って今日1日だけだったし……」
「これから受験本番まで遊んでいるヒマなんざねぇだろうが! 裏で身体も鍛え直してんだろ!」
「それはそうだけど……」
何とかそれっぽい理由を口で並べ立ててはみたものの、あたし自身が一番その正当性の薄さを自覚していたし、デクも到底納得したような顔は見せず、少しの間だけ真剣に思案した後、以前からずっと胸の中に引っかかっていたであろう疑問をストレートに口にしてきた。
「でも……ボクにモデルになれって最初に言ったの、かっちゃんだよ……?」
言われなくたって痛いほど覚えている。
雄英なんざ諦めてモデルにでもなれと、あたし自身が誰よりも具体的にこいつの顔面のパーツを評価し、わざわざ向いている根拠まで並べて叩きつけてやったのだ。
そして実際にやってみれば、あたしの予想通り完璧に向いていた。
それなのに、何故あたしが全身の毛を逆立ててこいつを止めようとしているのか。
説明しようとしても合理的な理由が1つとして頭に浮かばず、完全に沈黙してしまったあたしを見つめるデクの目が、それまでとは明らかに違う色を帯び始めた。
こいつはこの日初めて、あたしの言っている暴言が単に乱暴で不機嫌なだけではなく、最初からどこか決定的に破綻しているのだという不都合な真実に気づき始めていた。