爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
スタジオでの撮影を全て終えて店舗を出た後、デクの母親とは駅の改札前で途中で別れ、気づけばあたしとデクの2人は、いつもの見慣れた帰り道を並んで歩いていた。
私服に着替えたデクはもう普段の見慣れた姿に戻っていたが、ボサボサだった緑髪だけはプロのヘアメイクの手酷い名残りによって、普段よりも多少なりとも整った状態を保っていた。撮影が終わったのならさっさと自分の手で髪を乱していつものクソ頭に戻せばいいものを、そのままの整った状態で歩いているせいで、すれ違う通行人の視線が何となくあたしたちの方へ向けられているような気がして、あたしの不機嫌はさらに加速していた。
隣を歩くデクも、あたしの全身から放たれている殺気立ったオーラには痛いほど気づいているはずだったが、今日はいつものように黙って嵐が過ぎ去るのを待つ気はないらしく、何度か躊躇するように口を開きかけた末に、意を決したように声をかけてきた。
「かっちゃん……ちょっとだけ聞いていい?」
「もう聞いてんだろうが」
低く吐き捨てるように返すと、デクは困ったように眉を下げたが、それでも会話を打ち切ろうとはせず、まず何から確認すべきかを頭の中で整理するように少しだけ間を置いた。
「ボクがヒーローになるのは……やっぱり嫌なんだよね?」
「当たり前だろ」
そこに関しては、何度確認されたところで答えがブレる余地なんざ微塵も存在しない。無個性の身体のまま危険な現場へ飛び込もうとする狂人を間近で見せつけられる恐怖と不快感は、あの泥花事件を経てより一層強固なものになっており、雄英を受けること自体が気に食わないというあたしの根本的な主張は今も変わっていない。
「じゃあ……モデルは?」
「二度とやるんじゃねぇ」
「……かっちゃんが勧めたのに?」
「うるせぇ黙れ」
デクは到底納得がいかないというような顔で歩きながら熟考し、そのうち半分冗談のつもりだったのか、少しだけ口元を緩めて別の選択肢を提示してきた。
「じゃあ……女優さんとか?」
「もっとやめろ死ね!」
「なんでだよ!?」
自分でもさっきより一回り強い拒絶を返してしまった自覚はあったが、女優という単語を聞いた瞬間、見知らぬ人間に囲まれてカメラの前に立つ今日以上の最悪な状況が脳裏に勝手に浮かび上がってきたのだから仕方がない。
不特定多数の奴らに顔を見られるどころか、演技という仕事である以上、見知らぬ男の役者と並んで話したり笑ったり、役柄によっては物理的に距離を詰めたり接触することだってあり得るのだ。そんな胸糞悪い場面を想像しただけで頭が破裂しそうなほど腹が立ってきたのだから、検討する価値すらない。
「てめェには向いてねぇんだよ!」
「モデルは向いてるって言ったのに……?」
「女優とモデルは別物だろうが!」
「何が違うのさ!?」
知るかそんなもん。
そこまで職業ごとの細かな違いを分析して、こいつの人生の進路を決めてやる義理なんざあたしには存在しない。
「じゃあ……美容系とか? 今日メイクしてもらった時、スタッフさんから肌が綺麗だってすごく褒められたよ」
「やめろ」
「アイドルとか……」
「論外だ殺すぞ!」
流石にそこであたしたちの足は完全に止まった。
少し先まで大股で歩いたところで隣から足音が消えたことに気づき、あたしも不機嫌に振り返る。デクは夕暮れの路上で立ち尽くし、本気で困り果てたような表情を浮かべながら、あたしが一体何を考えているのかサッパリ分からないと言わんばかりの目を向けていた。
「じゃあ……かっちゃんはボクに、何になってほしいの……?」
言い返そうとして、喉の奥で言葉が完全に詰まった。
ヒーローは危険だからやめろ。
モデルは他人に見られるから嫌だ。
女優やアイドルなんざ考えたくもない。
だったらあたしの目の届く安全な場所にいろと、以前と同じ正論を叩きつけてやれば済む話のような気もしたが、それは職業や将来の進路の話ではなく、単にあたしの都合で危険な目に遭うなと要求しているだけの話だった。
デクが今あたしに尋ねているのは、一体何になればあたしが満足して納得するのかという根本的な問いだった。
そこまで思考が辿り着いた時、一瞬だけ、あたしの言うことだけをおとなしく聞いていればいいという身勝手な欲望が脳裏をよぎった。
ヒーローになるなと言えば夢を諦め、モデルも嫌だと言えば断り、あたしが気に食わないことは一切選択せず、勝手に危険な場所へ突っ込むこともなく、いつだってあたしの顔色を伺いながら安全な場所で大人しく座り続けている。
確かにそんな都合の良い存在になってくれれば、泥花事件のような惨劇を二度と目の前で見せられる心配はなくなるし、今日のように見知らぬ大人どもに顔を見られて激しいイライラを覚えることもなくなる。
だが、そこまで思考を進めて完成した存在は、あたしが生まれた頃から知っている緑谷出久という人間とは、似ても似つかない何かに過ぎなかった。
目の前で誰かが困っていても助けの手を伸ばさず、ヒーローの話を振られても目を輝かせることもなく、自分が何をしたいかという意志よりも先にあたしの顔色を伺い、あたしに指定された安全な道だけをおとなしく歩いている。
もしもそんな腑抜けたデクが現実の目の前に存在していたとしたら、間違いなくあたしはそのクソみたいな存在に対しても激しい殺意を抱くだろう。
何だその魂の抜けたような惨めな面は、てめェはそんなつまらねぇ奴じゃなかっただろうがと、自分が望んだ結果であるにもかかわらず、自分から怒鳴り散らして殴り倒すところまで容易に想像できてしまった。
「かっちゃん……?」
黙り込んだまま一切の反論を返さないあたしの顔を、デクが不思議そうに覗き込んでくる。
自分が一体こいつにどうなってほしいのか、あたし自身の手で益々理解できなくなっていた。雄英高校へ行かれるのは死ぬほど嫌で、モデルとして有名になられるのも嫌で、あたしの言うことだけに大人しく従うデクを想像しても気に食わないとなれば、こいつがどんな選択肢を選んだところで、あたしは最終的にブチギレることになる。
「……知るかよ」
「えぇ……!?」
「てめェの進路なんざ、てめェの頭で勝手に考えろと言ってんだ!」
散々他人の進路に首を突っ込んで暴言を吐き散らしてきた奴が何を言っているんだという顔をされたが、反論される前にあたしは大股で歩き出した。
デクはすぐ後ろを追ってきたものの、それ以上は無理に答えを要求してくる気はないらしく、少しだけ離れた位置からあたしの横顔をじっと見つめていた。その無言の視線が妙に居心地悪く感じられ、見んなと怒鳴りつけるのも墓穴を掘りそうだったので、あたしは黙って前だけを見つめて歩いた。
歩調を合わせながら歩く帰り道で、さっきのデクの質問が何度も何度も脳内でリフレインした。
何になってほしいのか。
そう問われても、あたしには何1つ答えられる選択肢が存在しなかった。
あたしが頭の中で考えていたのは、こいつが将来どんな素晴らしい人間になるべきかではなく、何になったらあたし自身が嫌なのかということばかりであり、ヒーローになって死なれるのも、モデルになって見知らぬ連中に消費されるのも、女優やアイドルになって大勢の前で輝くのも、その全てが耐えがたいほど気に食わなかった。
何でそこまであたしがデクの人生の進路に対して異常な執着を見せているのかまで深く掘り下げて考え始めると、さらにろくでもない破滅的な結論に行き着きそうな気がした。
「……かっちゃん」
「あァ!?」
「……ううん、何でもない」
今度はデクの方が先に視線を逸らし、口を閉ざした。
何だその意味深な態度は。
言いたいことがあるならハッキリ言えと思いはしたが、今日これ以上追求されて質問攻めに遭うのも面倒だったので、そのまま放置することにした。
結局、自分の家の前へ着くまでの間、あたしの頭の中で答えが出ることはなかった。
ただ1つハッキリと理解できたのは、あたしがデクにどんな大人になってほしいかなど今まで一度たりとも真面目に考案したことはなく、ただひたすらにこいつにどうなってほしくないかばかりを妄想していたという、我ながら意味の分からない滑稽な事実だけだった。