爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
帰りのホームルームが終わりの鐘とともに終了した瞬間、デクは一目散に教室を飛び出していった。
正確には、あたしの視界から逃げ切れたつもりになっていたのだろう。
教室の扉を跳ね開けて階段を勢いよく下り、いつもより露骨に早足で昇降口へ向かっていたその背中を見る限り、あたしが放課後覚えておけと脅しつけたこと自体はしっかりと記憶していたらしい。
どれだけ頭の中がお花畑のクソナードでも、それくらいの恐怖は忘れねぇか。
「おい、デク」
「ひゃい!?」
昇降口の角を曲がろうとした背中に声をかけると、デクは裏返った声を上げて肩を大きく跳ねさせた。
恐る恐るこっちを振り返ったその顔面は、見事なくらい真っ青に引き攣っている。
「逃げるならもうちょっと足腰鍛えてからにしな」
「か、帰ろうかなって……ちょっと用事を思い出して……」
「あたしが放課後何つったか忘れたとは言わせねぇぞ」
「お、覚えてます……」
だったら最初から大人しく止まってろ。
あたしが顎でクイッと校舎の影を示すと、デクは完全に観念した様子でトボトボと足を取り、部活の連中からも見えにくい昇降口脇の陰へと移動した。
運動部へ向かう生徒たちの足音が遠くの廊下から響いてくるが、わざわざあたしたちのいる狭い陰に近寄ってくる物好きな奴はいない。普段ならその静けさは好都合だ。
だが今日は珍しいことに、デクの方から先に引き攣った口を開いた。
「雄英を受けることなら……その、ボクだって本当に受かると思ってるわけじゃないんだ」
あ?
「試験がどれだけ難しいかも分かってるし、今のボクの体力じゃ全然足りないっていうのも分かってる。でも受験資格があるなら、挑戦するだけはしてみたくて……」
「無理だと分かってんなら最初から出願なんざすんじゃねぇ!」
自分から落ちる前提で語っている奴が、何でわざわざ雄英なんざ受けようとするんだ。
夢を見るならせめて死んでも受かる気で来いよ。
そこまで怒鳴りつけてから、あたしは自分自身の思考の矛盾に急激な腹が立った。
あたしはこいつに雄英に来てほしくねぇのか。それとも来るなら本気で牙を剥いて来いと言いたいのか。一体どっちなんだ。
知らん。
どっちの理由にしろ、こいつの存在そのものがムカつくことに変わりはない。
「でも……ボクは、やっぱりヒーローになりたいから」
デクは小さく、だが頑固な声で呟いた。
またそのセリフだ。
昔から幼馴染として何千回、何万回と聞かされてきた吐き気のする言葉。
ヒーローになりたい。
オールマイトみたいにみんなを笑顔で救える存在になりたい。
どんなピンチでも人を助けられるヒーローになりたい。
目の前の現実というカードを1枚も持っていねぇくせに、綺麗事の夢だけは一人前に握り締め続けてやがる。
「個性もねぇ。戦える肉体もねぇ。ビビりで喧嘩のやり方すら知らねぇ。てめェにはヒーローになるための要素が何1つねぇだろうが!」
一気に捲し立てて言い切った。
そこで、あたしの思考のギアがカチリと妙な引っかかりを起こした。
何もねぇ?
いや、あるだろうが目の前に。
呆れるくらいわかりやすく、恵まれた素材が転がっているだろうが。
デクはあたしの怒声に押されて俯いていた。手入れのされていないボサボサの緑髪が額に重く落ちて、無駄に大きな目を半ぶんほど隠している。
クソが。
これも普段から髪を放置しているのが悪い。今すぐ美容院にでも行って短く整えて来い。
「だったら、その顔を有効活用しろや!」
「……え?」
デクがポカンとした顔で急に顔を上げた。
間抜け極まりない顔だ。
「顔……?」
そのポカンとした間抜け面を見ていると、何故だか胸の奥からさらに激しい苛立ちが湧き上がってきた。
顔と言ったら顔のことだろうが!
「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルにでもなれ!」
言ってやった。
言葉にして吐き出してやった。
これでようやく理解できただろ。
お前は何も持っていない哀れな弱者なんかじゃない。最初から使える強い武器を持っているんだ。命をかけるような危険な場所に首を突っ込まなくても、その顔面の素材を使えばもっと安全な場所でトップを目指せる道がある。
完璧すぎる理屈だ。ぐうの音も出ねぇ正論だ。
なのに当のデクは、口を半開きにしたまま化石みたいに固まっていた。
「…………」
「何だその死体みたいな面は」
「えっと……かっちゃん……?」
あたしが眉間にしわを寄せた瞬間、すぐ近くの上履き入れの前にいたクラスの男子2人が、動きを完全に止めてこちらを見つめていることに気がついた。
片方は片足を浮かせて上履きを履き替える途中の姿勢。
もう片方は鞄の紐を肩にかけたまま、あたしとデクの顔を信じられないものを見るような目交互で見比べる。
「爆豪……お前、緑谷のことそんなふうに見てたのか……?」
は?
「そんなふうって何のことだ」
「いや……モデルって……お前……」
「見りゃ分かること言ってるだけだろうが!」
何でこの男子どもまで揃って警察に取り調べられている犯人みたいな顔をしてやがるんだ。
デクの顔のパーツが良いことくらい、目のついている人間なら幼稚園児でも直感で判別できるレベルの話だろうが。
「こいつは髪の手入れをしてねぇのと普段の猫背がクソなだけで、顔の輪郭自体はめちゃくちゃ整ってんだよ! 目だって無駄にデカくて睫毛も並の女子より長ぇし、鼻筋も潰れてねぇ! 肌だって何の手入れもしてねぇ割に変な荒れ方一つしてねぇだろうが!」
「え」
「ちょっと髪型いじって最低限の化粧でもさせりゃ、その辺の雑誌に乗ってるモデルより遥かにマシな面になるわ! 今は本人が全部ほったらかしにしてっからボサボサして見えてるだけだ!」
昇降口の空気が静まり返って、一気に冷え切った。
何だ。何で誰も何も喋らねぇんだ。
男子2人はひそひそと何かを囁き合いながら、あたしから後ずさるようにジリジリと距離を取った。
デクも口を半開きのまま、固まった姿勢から1ミリも動かない。
「……何だよ。文句があるなら言えや」
「いや……めちゃくちゃ詳しいんだなと思って……」
「毎日視界に入ってりゃ嫌でも分かるだろうが!」
「そこまで細かく見てるのか……」
「見てるに決まってんだろ!」
事実をありのままに説明してやっただけだろうが。
あたしが苛立ちの限界に達してチッと激しく舌打ちすると、デクが恐る恐るという様子で震える口を開いた。
「か、かっちゃん……」
「あ!?」
「なんで……そんなにボクの顔のこと知ってるの……?」
頭の回転がピタリと止まった。
デクが口にした質問の意味が、一瞬だけ脳内で処理できなかった。
何でって、何がだ。
顔なんざ頭の正面についているんだから、同じ空間にいれば勝手に目に入ってくるだろうが。
「毎日同じ教室で視界に入ってくりゃ嫌でも理解するだろうが!」
「でもボク……自分でも睫毛が長いとか、そんなこと考えたこともなかったよ」
「てめェが自分の持ってるものを何1つ見てねぇクソナードだからだろ!」
「顔の輪郭とかも……?」
「見りゃ一秒で分かる!」
「肌の質も……?」
「わかるっつってんだろ!」
「鼻筋も……?」
「うるせぇ黙れ!」
何であたしが自分の正当性を証明するために尋問されなきゃならねぇんだ!
しかも腹立たしいことに、デクの顔にはあたしを煽ったり馬鹿にしたりする色が一切なかった。本気で意味が分からないというような、無垢で純粋な困惑の色しか浮かんでいないからこそ余計にタチが悪い。
自分の顔の造形なんざ、毎朝洗面所の鏡を見れば嫌でも理解できるだろうが。
まあ、朝起きて頭に寝癖をつけたまま学校へ来ているような奴には一生無理な芸当か。
「とにかく!」
無理やり怒声で話を強引に元の線引きへ引き戻す。
「てめェに言いたいのは、雄英ヒーロー科なんざ今すぐ諦めろってことだ! 向いてもいねぇ危険な道を選ぶ必要なんざ微塵もねぇだろうが!」
「モデルが……ボクに向いてるってこと……?」
「あたしがそう言ってんだろうが!」
「……ボクが?」
「何回同じことを言わせんだ死ね!」
デクは自分の手を上げて、おずおずと自分の頬に触れた。
柔らかい肌をペタペタと確かめるように触り、それから自分の額に落ちている前髪を指先でつまんでいる。
生まれて初めて、自分の身体に付いているパーツの存在を確認したみたいな間抜けな反応だ。
今まで何を基準にして生き人生を歩んできたんだこいつは。
オールマイトか。そうだったわ。
「話は以上だ。二度と雄英を受けるなんて抜かすなよ」
「え、でもそれは──」
「うるせぇ!」
これ以上このクソナードの相手をして居られるか。
あたしは激しく踵を返し、昇降口の自動ドアを蹴破るような勢いで外へ出た。
背後にはまだ呆然としたデクと男子2人が残されていたはずだ。
さっさと着替えて家に帰れ。
今日のくだらねぇ会話はこれで完全に終了だ。
「……モデル……?」
背中の遠くから、風に乗って小さなデクの声が聞こえた。
何故か足が一瞬だけ止まりそうになって、あたしは無理矢理そのままのペースで地面を強く蹴って歩いた。
クソが。
何なんだこの胸の底にへばりつく嫌な居心地の悪さは。
あたしは何も間違ったことは言っていない。極めて論理的で客観的な事実を突きつけてやっただけだ。
それなのに、家に着くまでの帰り道の間中、デクがあの時投げかけてきた質問が何度も何度も脳内で勝手に再生されていた。
『どうしてそんなにボクの顔のこと知ってるの?』
知るか。
幼馴染だからだ。
生まれた時から毎日顔を合わせているからだ。
嫌でも目に入ってくる位置にこいつがいたからだ。
それ以外の理由なんざ存在するはずがない。
決まっているはずなのに、夕暮れの街を一人で歩くあたしの胸の中の苛立ちは、家に着くまで何一つ消えてはくれなかった。