爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」   作:ギャウルギュラ

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持ってるもんを使え

「かっちゃん!」

 

 次の日の放課後、校門を出て少し歩いたあたしの背後から聞き慣れた高い声が響いた。

 

 完全に無視して歩幅を広げる。

 

「かっちゃん、ちょっと待ってよ!」

 

 再び名前を呼ばれた。

 

 あたしはさらに歩く速度を上げた。足早にアスファルトを蹴る。

 

「昨日の話のことなんだけど!」

 

 昨日。その単語が耳に届いた瞬間、あたしの足が勝手にピタリと止まった。

 

 別に後ろめたいことなんざ何一つ言っていない。

 

 ただ向いていないヒーローをやめてモデルにでもなれと正論を叩きつけてやっただけだ。

 

 何で立ち止まってんだあたしは。

 

「何だよ」

 

 背後へ振り返ると、デクは肩を上下させて少し息を切らせていた。

 

 教室からここまで走って追ってきたらしい。

 

 鞄の肩紐をぎゅっと手で握り締めながら、妙に真剣でまっすぐな目をこっちに向けている。

 

「昨日かっちゃんに言われたこと、昨日の夜ずっと考えてみたんだ」

 

「だったら雄英を受けるのをやめる気になったか」

 

「それはやめない」

 

「じゃあ失せろ」

 

「待ってよ!」

 

 迷いのない即答だった。

 

 だったら最初から何の話をしに来たんだこいつは。

 

 再び激しいイライラが込み上げて歩き出そうとした瞬間、デクがあたしのすぐ横へ並びかけてきた。

 

「モデルっていう仕事を馬鹿にしてるわけじゃないんだ。すごい仕事だと思うし、ボクなんかに務まるかどうかも全然分からない。でも、ボクにとってそれはヒーローの代わりにはならないんだ」

 

「代わりとかそういう話をしてんじゃねぇ。向いてねぇ無駄な道を諦めて、向いてる可能性がある方を選べっつってんだよ」

 

「向いてるって……顔だけで?」

 

「顔だけじゃねぇよ」

 

 思考を挟む隙もなく、反射で言葉が口から飛び出していた。

 

 デクが横目でこっちの顔をじっと見つめてくる。

 

 あ。

 

 またやってしまった。

 

「顔だけじゃないの……?」

 

「……」

 

「他に何がボクにあるの?」

 

 その純粋な探求心に満ちた聞き方をやめろ。

 

 何でちょっと自分のポテンシャルに興味を持ち始めてんだよ。

 

 昨日まで自分の顔の造形すらまともに把握していなかった奴が、あたしをカウンセラーか何かみたいに扱って適性相談をしてんじゃねぇ。

 

「……手足の長さのバランスも悪くねぇよ」

 

 言葉を飲み込もうとしたのに、あたしの口は勝手に答えを紡いでいた。

 

「今は手前が無駄な猫背で全部台無しにしてっから分かりづらいが、背筋を伸ばしてちゃんと立ちや、この先身長が伸びても体型が崩れねぇ骨格をしてんだよ。肩幅も変に張りすぎてねぇし、脚の長さだって胴体に対して短くねぇ」

 

「……」

 

「何だよ」

 

「かっちゃんって、本当によくボクのこと見てるよね」

 

「話を逸らすなクソナード!」

 

 こいつは昨日からあたしの発言のそこばかりに引っかかってやがる。

 

 そんな細かい観察眼の出処なんざどうでもいいんだよ。

 

 問題なのはお前の将来の進路だ。

 

「あたしがてめェの生き方で一番気に食わねぇのは、まさにそういうところなんだよ!」

 

「どこ……?」

 

「自分が最初から持ってる価値ある武器を使おうともしないで、持ってねぇ虚無ばっかり欲しがって伸ばそうとするところだ!」

 

 デクの足がふっと止まった。

 

 やっとあたしの言いたい真意を聞く気になったか。

 

「個性がねぇんだろ。その事実は今更どんなに泣こうが喚こうがどうにもならねぇ現実だ。だったら他の要素を限界まで伸ばせばいいだけだろうが。頭が回るならその知識で勝負しろ。勉強ができるならそっちの道でトップを取れ。顔と体型が使えるならその素材を極限まで磨いて使え! てめェ自身が最初から持ってるカードを全部腐らせておいて、持ってもいねぇ『個性』ってカード1枚だけを指くわえて見つめながら、夢だ何だと宣ってんのが反吐が出るほど気に食わねぇんだよ!」

 

 吐き出してやった、これでいい。

 

 あたしがずっとこいつの存在に対して抱き続けてきた胸のつかえを、ようやく言葉として綺麗に整理して叩きつけてやることができた。

 

 あたしなら間違いなくそうする。

 

 強い爆発の個性を持って生まれた。だからその個性を誰よりも強く磨き上げる。

 

 肉体が足りないなら血を吐くような筋トレで補う。

 

 戦術が足りないなら知識を詰め込んで実戦で試す。

 

 自分が使える武器は全て使い倒す。

 

 それでも足りないならさらにその上に努力を積み重ねていく。

 

 持って生まれた資質を最大効率で使って勝ちに行く。それが生き物として当然の合理的な判断だ。

 

 デクは昔からその真逆を歩み続けている。

 

 無個性だと病院で宣告された後も、こいつが見つめていたのは自分に何が残されているかではなかった。

 

 どうすれば無個性のままヒーローになれるか。頭のてっぺんから足の先まで、ずっとそればかり。

 

 馬鹿だ。

 

 だからたまらなくムカつくのだ。

 

「……かっちゃん」

 

「あ?」

 

「じゃあ……もし、かっちゃんが無個性だったら?」

 

 眉間のシワが限界まで深く刻み込まれた。

 

「……は?」

 

「もしもの話だよ。もしもかっちゃんに、爆破の個性が生まれつきなかったとしたら」

 

「くだらねぇ仮定をしてんじゃねぇよ」

 

「でも、もしそうだったとしたら?」

 

「存在しねぇ前提を仮定して何の意味になんだよ」

 

「かっちゃんは……ヒーローになるのを諦めた?」

 

 すぐに罵声を返そうとして、あたしの口がピタリと途中で止まった。

 

 当然だ。

 

 あたしに爆破の個性がなければ、今のあたしという人間そのものが成り立たない。

 

 個性を持たないあたしという存在なんざ、想像すること自体が無意味だ。

 

 そんなあり得ない前提でヒーローを目指すかどうかを聞かれたところで、まともな答えなんて出てくるはずがない。

 

「くだらねぇ仮定だって言ってんだろ」

 

「それでも……かっちゃんは、ヒーローになりたいって思わなかった?」

 

「……」

 

 思わない。

 

 そう言い捨ててしまえばこのくだらねぇ会話は終わる。

 

 あたしの積み上げてきた論理に従えば当然そうなるはずだ。

 

 武器を持っていないなら別の場所へ行け。

 

 個性が存在しないならヒーローという職業を選択肢から除外する。

 

 簡単なことだ。

 

 あまりにも簡単な答えのはずなのに、そのたった一行の言葉が何故か喉の奥に引っかかって外へ出てこなかった。

 

 無個性の自分を脳内で想像してみる。

 

 オールマイトの圧倒的な強さを見て、街で輝くヒーローたちを見上げて、その眩しい世界へ自分だけが絶対に入れない現実。

 

 そこであたしは素直に首を縦に振って諦めるか? 

 

 知るか。

 

 そんな弱者のあたしなんざこの世のどこにも存在しない。

 

 ただ、諦めると言い切ってしまうことに対して、あたしのプライドが激しい拒絶反応を示していた。

 

「ボクにとってはね、それくらい大事なことなんだ」

 

 デクが静かに、だが揺るぎない声で言った。

 

「個性があるからヒーローになりたいって思ったわけじゃないんだよ。小さい頃にテレビで見て、助けてくれるオールマイトがすごく格好良くて……ボクもそんなふうになりたいって心から思っちゃったんだ。無個性だって分かった後も、それだけは絶対に消えてくれなかったんだ」

 

「だからって、無個性のまま現場に行って戦えるとは限らねぇだろ」

 

「うん」

 

「ヴィランに殺されるかもしれないぞ」

 

「……うん」

 

「だったら今すぐやめろや」

 

「それでも……ボクはやりたいんだ」

 

 馬鹿だ。

 

 どこまでも救いようのないクソ馬鹿だ。

 

 あたしが突きつけた正論は何1つ解決していない。

 

 あたしの言っている理屈が間違っているわけでもないし、デクの体内に今更都合よく個性が生えてくるわけでもない。

 

 顔が良いこととヒーローとして現場で戦えるかどうかになんざ、何の因果関係もない。

 

 こいつは自分が最も輝ける合理的な道を選ぶ気なんざ最初からさらさらないのだ。

 

 それなのに何故か、あたしは昨日よりもほんの少しだけ、この無茶苦茶な回答に納得してしまっている自分がいた。

 

 ああ。

 

 こいつはそういう絶望的に頭の悪い奴だった。

 

 昔からずっと。

 

 擦り傷だらけになっても泣きながら立ち上がってきたし、恐怖で脚をガクガク震わせているくせに誰かが泣いていれば真っ先に近寄っていったし、あたしがどれだけ殴り飛ばして突き放してもヒーローの話だけは絶対にやめなかった。

 

 もしも。

 

 あたしが昨日「モデルになれ」と言ったあの瞬間に、デクが「分かった、ボクヒーロー諦めてモデルになるよ」なんてあっさり答えていたら。

 

 あたしは脳裏にその光景を思い浮かべ、激しい不快感で顔を歪めた。

 

 間違いなく、あたしは今以上にキレていた。

 

 何年も何年もあたしの後ろを追いかけてヒーローヒーローと騒ぎ続けていた奴が、顔の造形を褒められた程度でヘラヘラと進路を変えたなら、あたしは間違いなくそいつを殴り殺していたはずだ。

 

「……チッ」

 

「かっちゃん……?」

 

「てめェ、やっぱ死ぬほどムカつくわ」

 

「ええ!?」

 

 何で急に怒り出すんだよ、と言いたそうな情けない顔でデクがあたしを見つめてくる。

 

 こっちが聞きてぇよ。

 

「じゃあ昨日からの話は一体何だったの!?」

 

「うるせぇ! てめェがモデルに向いてるのも事実だし、ヒーローに向いてねぇのも動かしようのない事実だ!」

 

「でもボクが素直にモデルになっても怒るんでしょ!?」

 

「怒るなんて一言も言ってねぇだろ!」

 

「今の言い方、絶対にモデルになってもキレる顔だよ!?」

 

「黙れクソナード!」

 

 これ以上こいつと会話を続けるだけ時間の無駄だ。

 

 あたしは地面を強く蹴って歩く速度を急上昇させた。

 

 後ろからデクが何かワーワーと叫びながら必死についてくる。

 

 そのまましばらく歩いて分かれ道の交差点へ着くと、デクは召集解除されたみたいにようやく足を止めた。

 

「じゃあ……また明日ね、かっちゃん」

 

「二度とあたしの視界に入るな」

 

「学校には行くよ!?」

 

 当たり前だろうが。

 

 最後までいちいち言葉の端々が鼻につく。

 

 デクが小さく手を振って自分の家の方角へ歩き去っていく。

 

 その背中をわざわざ見送ってやる義理なんざなかったから、あたしもすぐさま反対方向の我が家へ向かって歩き出した。

 

 数歩進んでから、夕暮れの影が伸びる路上で思考を巡らせる。

 

 持っている素材を使え。

 

 持っていない虚無に執着するな。

 

 今でもそのあたしの哲学にブレはない。

 

 デクは救いようのない馬鹿だし、無個性のまま雄英ヒーロー科を受けようとしている現実も到底許容できるもんじゃない。

 

 それでも、もし昨日あたしが提案した時に、デクがあっさりと夢を捨てて安全な道を選んでいたとしたら。

 

 多分あたしは、今日の何十倍も激怒していただろう。

 

「……どっちを選択してもムカつくじゃねぇか」

 

 自分の口から漏れた言葉の矛盾に、あたしは一人でさらに腹が立ってきた。

 

 意味が分からない。

 

 デクがどんな進路を選ぼうが、あたしの人生には何の関係もないはずだ。

 

 なのに、こいつがどの未来を選択したとしても、あたしの胸の奥の苛立ちは絶対に消えてくれない。

 

 クソが。

 

 結局その日は自分の部屋に着いてベッドに倒れ込むまで、あたしの不機嫌が直ることは一度たりともなかった。

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