爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
最初の変化に気付いたのは、デクが授業中に猛烈な眠気と戦っていたことだった。
5時間目の授業中、黒板に向かって教師がチョークを走らせている間、斜め前に座っているデクの頭が舟を漕ぐようにゆっくりと落ちていった。ハッと跳ね起きて慌ててノートを取り直すものの、数分後にはまたゆっくりと首が落ちていき、再びビクッと跳ね起きる。
学校で寝てんのか。何をしているんだこいつは。
普段のデクは授業態度だけは無駄に真面目な奴だ。ヒーロー関連の話題になると気味が悪いほどの集中力を発揮するが、普通の座学の授業でも手を抜くようなタイプではない。
そのデクがあからさまに睡魔に負けそうになっている。珍しいこともあるもんだとその時はただそう思っただけだった。
だが次の日もデクは猛烈に眠そうだった。その次の日も変わらず、目の下にはうっすらと黒いクマが浮かび上がっていた。
授業中に完全に寝こけて怒られるほどではないし、教師に指名されれば普通に正解を答えてノートも取っているが、明らかに肉体が疲労困憊している。
変化がそれだけなら、入試に向けた夜遅くまでの受験勉強でもこっそり始めて居眠りしているのだろうで片付けられた。
問題はそれ以外の異変が同時進行で増えていったことだ。
体育の時間に半袖のジャージから出たデクの細い腕には、新しい擦り傷が増えていた。翌日には足首のあたりに傷があり、その次の日には指先に痛々しい傷痕がついている。1つ1つは擦りむいた程度の小さな傷だが、増えていく頻度があきらかにおかしい。
デクが誰かと喧嘩をするはずもないし、運動部に所属しているわけでもない。家の中で毎日階段から転げ落ちているなら別だが、そこまでドジなわけでもあるまい。
さらに昼飯の時間の異変だ。こいつは以前よりも明らかに食べる量が増えていた。ドカ弁とまではいかないが、弁当箱のサイズが一回り大きくなっている。
最初は母親が適当に詰め込みすぎただけかと思ったが、何日経ってもその大盛りの弁当箱は変わらず、残すことなく綺麗に完食している。それどころか食い終わった直後、まだ物足りなさそうに腹を押さえている姿すら目撃した。
おかしい。絶対に陰で何かをやっている。
そう確信を持って観察を続けていると、身体のラインにも明確な変化が目につき始めた。
気味の悪い猫背は相変わらずだったが、以前よりもほんの少しだけ背筋が伸びて肩の位置が変わっている。冬場の制服越しだから分かりづらいものの、幼少期から毎日見続けてきたあたしの目をごまかせるはずがない。肩の周囲に以前にはなかった引き締まった肉がうっすらと付き始めている。
体育の授業でジャージ姿になった時も、太ももからふくらはぎにかけてのラインが以前より締まって見えた。
身体を鍛えている。何のためにだ。
雄英高校の入試のためか。あれだけ言ってもまだ受ける気でいるのは知っている。なら実技試験に向けて最低限の体力作りを始めようと考えるのは自然な流れだ。
だが問題なのは、デクが今まで自主的に筋トレなんてトレーニングをしていた記憶がただの一度もないということだ。中学3年のこの土壇場になって急に何を始めやがった。
あの泥花事件の後からか。いや、もしかしたらそれよりも少し前から始まっていたのかもしれねぇ。
一体いつからだ。
思考を巡らせているうちに、また胸の奥からイライラが湧き上がってきた。何であたしがデクの運動開始時期を名探偵みたいに推理してやらなきゃならないんだ。本人に直接問い詰めれば済む話だろうが。
放課後、鞄を抱えて教室を出ようとしたデクを昇降口の手前で捕まえた。
「おい、デク」
「ひゃっ!?」
こいつは毎回毎回、同じように大袈裟に驚きやがる。
「てめェ最近、裏で何やってやがる」
「え……?」
「だから、陰で何コソコソやってるのか聞いてんだよ」
デクの大きな目が泳いだ。分かりやすすぎる反応だ。何か重大な隠し事をしている時の顔そのものだ。
「な、何って……普通に学校来て、勉強して……」
「そういうくだらねぇ話を聞いてんじゃねぇよ」
「えっと……」
「腕や足首に不自然な擦り傷が増えてるのも、弁当箱が一回り大きくなって完食してるのも、全部裏で身体を鍛えてる証拠だろうが。授業中に死にそうな顔で居眠りしてまで何やってんだ」
観察した事実を矢継ぎ早に叩きつけると、デクは完全に口を噤んだ。何でそこまで知っているんだと顔全体に書いている。
「……かっちゃん、本当にボクのことよく見てるね」
「うるせぇ! 質問に答えろ!」
前にも似たような軽口を言われた気がする。気にする必要なんざ微塵もない。毎日同じ空間で視界に入ってくれば、嫌でも変化に気づくだけの話だ。
「ちょっと……運動をね」
「は?」
「最近、ちょっとだけ運動を始めてるんだ。受験もあるから、体力をつけなきゃと思って……」
嘘をついている風ではなかったが、それが全てでもない。答えるまでに挟まれた間が長すぎたし目線も泳ぎっぱなしだ。こいつが嘘をつくのが下手くそなのは昔から何一つ変わっていない。
「誰とやってんだ」
「えっ」
「どこで、誰と一緒に何やってるか聞いてんだよ」
「それは……ちょっと言えないかな」
「何だよそれ」
「色々事情があって……」
最高に怪しい。何を隠してやがるんだ。
普通に自重トレーニングやランニングをしているだけなら堂々と言えるはずだろう。誰かに指導を受けているのか。スポーツジムにでも通っているのか。中学生の分際でそんな金があるはずもない。
吐き出させようとしてあたしが一歩距離を詰めると、デクが警戒するように半歩下がった。逃がすかよ。
「顔を上げろ」
「え?」
「いいから上げろ」
首をすくめていたデクが渋々といった様子で顔を上げた。至近距離でその顔を凝視する。
そこであたしはまた新しい変化に気づいてしまった。
頬の余計な肉が落ちている。元々は丸っこい幼さが残っていた顔立ちだったのが、運動のせいでわずかに肉が引き締まり、顔の輪郭のラインが前よりはっきり主張していた。
そのおかげで中央にあるパーツが際立っている。元々デカかった目が輪郭の引き締まりによってさらに強調され、長い睫毛と相まって目元の印象が以前よりはっきりしているせいで、嫌でもそこへ視線が誘導される。
クソが。やっぱり元々の素材が良いんだ。
何も手入れをしていない段階でパーツの配置だけなら悪くなかったのが、ヒーローのために身体を鍛え始めた副産物として余計な脂肪が削ぎ落とされ、勝手に顔立ちが整い始めてやがる。
当の本人は美容やおしゃれになんざ1ミリも興味がなく、髪型はボサボサで肌の手入れも服へのこだわりもゼロだ。全部ほったらかしにしているくせに、勝手に見た目の美しさまで底上げされているのが心底腹立たしい。
「……かっちゃん……?」
「あ?」
「何か……すごく怒ってる……?」
「怒ってねぇよ」
「絶対怒ってる顔だよ……」
「てめェのそのクソみたいな猫背がムカつくんだよ!」
咄嗟に適当な怒りの理由をっち上げつ吐き捨てると、デクは自分の背中を気にするように体を縮めた。
「猫背……?」
「前から何度も言ってんだろうが! 姿勢が悪ぃんだよ!」
「あ、うん……」
デクがおそるおそる背筋をピンと伸ばした。丸まっていた肩が開き、落ちていた首が上がって自然と顔が真っ直ぐ前を向く。
冬用の制服の上からでも身体の縦の綺麗なラインがはっきりと浮かび上がり、手足の長さのバランスの良さが引き立った。猫背で小さく縮こまっていた時よりも全体のシルエットが圧倒的にすっきりして見え、削ぎ落とされた頬とデカい目元が合わさって無駄に見栄えが向上している。
元に戻せと、思わず怒鳴り散らしそうになった。
あたしが姿勢を直せと命令したくせに、直させたら直させたで気に入らないのはどういうことだ。いや、不健康な猫背よりは遥かにマシだから直させた方が正しい。あたしの言っていることと美学は完璧に正しいはずだ。
「……これでいいのかな……?」
「……」
「かっちゃん……?」
「……ずっとその姿勢でいろ」
「え、うん……」
口にしてからまた自分自身に激しい腹が立ってきた。デクは何が何だか分からないという顔をしているし、あたしだって何が何だか意味が分からない。
その後も裏で何をやっているのか吐かせようと詰問を続けたが、結局デクはトレーニングをしているということ以上の情報を口にしなかった。
誰か指導者がいて隠し事をしていることだけは間違いなく確定だ。普段のこいつならあたしが本気で詰め寄ればすぐに泣きそうになって白状するはずなのに、今回は妙に口が固い。
その頑固さも心底気に食わない。
「変な犯罪にでも巻き込まれてんじゃねぇだろうな」
「変なことじゃないよ! 絶対に!」
「じゃあ吐けよ!」
「今はちょっと……言えないんだ」
「クソデクが」
「ご、ごめんなさい……」
謝るくらいなら最初から全部喋れ。
結局それ以上の情報は聞き出せず、あたしはイラつきを隠さないまま先に帰路についた。
家に着いて自分の部屋に入っても、喉の奥に刺さった魚の小骨みたいに違和感が引っかかり続けた。裏で何をやっている。誰と一緒にトレーニングをして、何で急にそこまで本気で身体を鍛え始めたんだ。
まあ目的だけなら雄英高校の入試のためだろう。あれだけヒーローという職業に執着している狂人だ。今更その情熱を疑う必要はない。
今までロクなトレーニングもせず口先だけで騒いでいたことの方があたしには理解不能だったのだから、身体を鍛えて引き締まっていくこと自体はあたしの掲げる能力主義から見ても筋が通っている。
だが、その過程で余計な脂肪が削ぎ落とされて顔立ちや全体のシルエットまで勝手に整っていくのはどういうことだ。美容もおしゃれも何一つ興味がないくせに、外見のポテンシャルを意図せず完成させていく様子が見ていて猛烈に苛つく。
何でこんなことに腹が立っているのかは考えないことにした。考える必要すらない。
デクがあたしに内緒で隠し事をしていること自体が問題なのだと結論づけ、あたしはその日ベッドに入った。翌朝学校へ行けば、どうせまた誰よりも先にデクの微小な変化を見つけてしまうのはあたしなのだから。