爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
デクがあたしに隠してコソコソと何かをやっている。
その事実を確信してからのあたしの行動は早かった。本人が口を割るつもりがない以上、普段の生活態度や些細な肉体の変化から何をやってやがるのかを割り出せばいいだけの話だ。
別にこいつのプライベートに特別な興味があるわけではない。雄英高校を受けるとかふざけたことを言い出した無個性の出来損ないが、あの泥花事件の恐怖を経てもなお懲りずに何かをやっている。しかも最近のデクは身体の至る所に傷を増やし、飯の量を増やし、授業中に眠そうなマヌケ面まで晒しているのだから、身近に不審な動きを見せる奴がいれば防犯の意味でも警戒するのは当たり前の反応だった。
月曜日。
デクの右の頬に小さなかさぶた状の擦り傷ができていた。
昼休みに友達の女子と適当な雑談をしながら、デクは何度か無意識にその頬へ手を伸ばしかゆそうに擦ろうとしていたが、傷口に触れると痛むのかその度に顔を歪めて指を引っ込めていた。
傷自体は浅いし跡に残るような酷いものではないが、問題なのは先週の時点ではそんな場所に傷なんざ存在しなかったことだ。
火曜日。
デクの目の下のクマが前日よりもわずかに濃くなっていた。
机に突っ伏して本格的に寝こけるほどではないし、教師の解説もしっかりノートに取ってはいるが、休み時間になるとタガが外れたように小さく欠伸を繰り返している。
慢性的な寝不足と高負荷な運動に耐えながら身体に小傷を増やしているのは明らかで、やっぱりあたしの知らない場所で何かをやっているという確信が深まるばかりだった。
水曜日になると、デクの前髪がわずかに短くなっていることに気づいた。
これはトレーニングとは直接関係がない変化だが、伸びすぎて目元にかかっていた前髪が邪魔になったから自分でハサミを入れて切ったのだろう。切り方が雑で素人くさく、右側の前髪だけが左側より少しだけ長く残っていた。本人は朝から自分の髪型のことなんざ1ミリも気にしていない様子だったが、あれだけ鬱陶しそうに大きな目を隠していた前髪が短くなれば、あたしの目には嫌でも変化が分かってしまう。
昼休み、新しいヒーローノートに何やら熱心に書き込んでいるデクの机の横を通りかかった時、あたしは思わず足を止めて言葉を吐き捨てていた。
「てめェ、前髪を切るならもうちょっとマシな切り方をしろや。右側だけ長く残ってんだよ」
デクは驚いたように顔を上げ、自分の手で前髪の端を触ってから妙な表情であたしの顔をじっと見つめてきた。
「……わかるの?」
「あ?」
「いや……何でもないよ」
何だその意味深な反応は。髪を切った奴に向かって切ったと指摘して何がおかしいんだ。
木曜日。
体育の授業が終わった後、下駄箱の前で靴を履き替える際、デクだけが踵をかばうように動作を微妙に鈍らせていた。ちらりと足元を見れば、右足の踵に小さな絆創膏が貼られている。
靴擦れだ。日常的なウォーキング程度であそこまで靴擦れを起こすはずがないため、学校の外で相当な距離を走り込んでいる証拠だった。
そんな具合に1週間観察を続けていれば、こいつが最近ずっと自分の身体を過酷に酷使していることくらい嫌でも理解できた。
そして金曜日。
相変わらずデクの目元には疲労の影が濃く残っており、腕には新しい擦り傷が1つ増えていたが、何故か本人の機嫌だけは妙に良かった。
放課後の授業が終わった後も、眠そうに目をこすりながら自分の書き込んだノートを眺め、口元を緩めて嬉しそうに微笑んでいる。
不快極まりない。一体何がそんなに嬉しいんだ。
この前まで雄英を受けるの受けないのだとあたしに怒鳴り散らされていた奴と同一人物とは思えない余裕を見せていやがる。
あたしの知らないところで何かしらの計画が進んでいるのだろうが、あたしの関知しない領域で物事が動いている事実そのものに胸の奥で得体の知れない激しいイライラが跳ね上がったので、あたしはそれ以上考えるのをやめた。
あたしは不審な動きを見せる幼馴染を監視しているだけであり、毎日同じ教室にいる奴の肉体的な変化に気づく程度で、おかしいことなんざ何一つない。ずっとそう自分に言い聞かせながら帰路についていた。
「かっちゃん」
少し前を歩いていたデクが、分かれ道の手前で突然足を止めた。
後ろを歩いていたあたしも反射的に足を止めてしまい、危うく舌打ちを鳴らしそうになる。
「何だよ」
デクは振り返ったものの、すぐには言葉を発しなかった。口を開けては閉じ、戸惑うように大きな目を泳がせ、何度もあたしの顔を凝視してくる。
「言いたいことがあるならハッキリ言えや」
「うん……あのさ」
随分と言いづらそうに躊躇った後、デクはおずおずと首を傾げた。
「かっちゃん……最近、ボクのことずっと見てない?」
「は?」
頭の中に冷たい風が吹き抜けた。
「見てねぇよ。自意識過剰になるのも大概にしろクソナード」
「そ、そうかな……」
「そうだ」
即座に言い捨ててそのまま横を通り過ぎようとしたが、デクも同じペースで足を進めて横に並んできた。
「でも昨日、ボクが前髪切ったのすぐ気づいたよね」
「1センチ以上切り落としてりゃ、目のついている人間なら誰だって気づくだろ」
「8ミリくらいしか切ってないんだけど」
あたしの足がピタリと止まった。
デクも隣で足を止め、探るような綺麗な目であたしの横顔を見つめてくる。
8ミリだと?
「……細かいことを気にすんじゃねぇよ」
「切り落とした本人がボクだからね。ミリ単位で切ったから分かってたんだ」
「だから何だと言ってんだ」
「かっちゃんは、一目見ただけでそれが見分けることができたんだよね?」
うるせぇ。たかが2ミリ程度の誤差だろうが。
1センチも8ミリも感覚的にはほぼ一緒で、日常的に見慣れている顔なら気づいて当然の範囲内だと言い返してやろうとした瞬間、デクが自分の指を折って数え始めた。
「一昨日は肌が荒れてるって言ったでしょ。その前は猫背が前よりマシになったって言ってたし、その前は頬の肉が落ちたとか、肩の肉つきが変わったとか――――」
「うるせぇ黙れ!!」
いちいち指を折って数えるな。他人が言った暴言を1つ1つ記憶して保存してんじゃねぇ。
あたしが急に怒鳴りつけたことで、デクは肩を竦めて身体を縮こまらせたが、逃げ出そうとする気配はなかった。それどころか本気で理解できないというような顔で、自分の頬に手を当てて深く考え込んでいる。
「ボク、自分でもそこまで細かく自分の身体のことなんて分かんないよ。前髪だって切った後に鏡を見て、ちょっと短くなったかなって思った程度だし」
「てめェが自分の体に無頓着すぎるだけだろ!」
「そうなのかな……」
「そうだ! 毎朝顔を洗う時に鏡くらいしっかり見ろ!」
「見てるよ。寝癖を直す時とか」
「1ミリも直ってねぇだろうがそのクソ髪!」
あの散らかりきった緑頭のどこをどう手入れして登校してきているんだ。何も手入れをしていない状態と何一つ変わっていないだろうが。
デクは自分の頭の毛先を両手で触りながら、小さく唸り声を上げた。
「やっぱり……不思議だなあ」
「何がだよ」
「ボク自身より、かっちゃんの方がボクの変化を知ってること」
思考が一瞬だけフリーズした。
デクの顔にはあたしをからかったり煽ったりするような色は微塵もなく、ただ純粋で重大な真実に思い至ったというような綺麗な目で、まっすぐあたしを見つめて言葉を紡ぐ。
「じゃあ……ボクの代わりに、かっちゃんがボクのことを見てくれてるみたいだね」
その言葉の意味を脳が理解するより早く、全身の血が頭頂部へ逆流するような猛烈な怒りと恥辱が弾けた。
「気色悪ぃこと言ってんじゃねェ!!」
「えぇ!?」
「てめェが自分の姿を見なさすぎなんだよ! あたしの観察眼が普通なんだよ!」
「普通って……8ミリの変化に気づくのが!?」
「うるせぇ死ね!!」
これ以上このクソナードと会話を続けていたら本当にこいつの顔面を爆破してしまうため、あたしは大股で地面を蹴ってデクを置き去りにし、一人で前へ進んだ。背後でデクが何か焦ったような声を上げていたが、一切無視した。
家に帰り、熱いシャワーを浴びて夕飯を機械的に胃へ流し込み、受験勉強のノルマを終わらせる頃には、あんなくだらねぇ会話なんざ綺麗さっぱり忘れているはずだった。
自分のベッドに入り込み、部屋の電気を消して目を閉じると、暗闇の中で脳裏にハッキリと半角の数字が浮かび上がってきた。
8ミリ。
「……」
何であたしはそんな微小な変化に気づけたんだ。
いや、前髪なんざ顔の正面の一番目立つ場所にあるパーツなのだから、毎日同じ空間で視界に入ってくれば少しでも長さに変化があれば直感で気づくのは当然の能力だ。
じゃあ他のクラスメイトだったらどうだと考えかけて、あたしは思考を蹴り飛ばした。そもそもあたしは他の雑魚どもの前髪の長さなんざ1ミリも覚えていない。
デクは幼馴染で、幼少期のチビだった頃から何年間も同じ顔を突き合わされてきたのだから、前髪の長さや肌のコンディションの変化くらいすぐに分かって当然だ。
長年の付き合いという事実だけで全ての疑問に完璧な説明がつくのだと頭の中で納得を作り上げ、あたしは激しく寝返りを打った。
何の問題もない。ただ、あたし自身にとっても8ミリという数字を正確に言い当ててしまった自分の観察眼だけは、ほんの少しだけ気味が悪かった。