爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
休日の商店街の風景は、出久にとって幼い頃から見慣れた馴染み深い場所だった。
母親の引子に頼まれて日用品の買い出しに付き合い、その帰りに夕飯の材料をスーパーで選んで帰る途中だった。オールマイトとの海岸での秘密の特訓が始まってからは休日らしい休日もほとんどなくなっていたため、今日くらいは母親の荷物持ちくらいしておこうと考えていたのだ。
「出久、その袋重くないかしら?」
「全然大丈夫だよ。お母さん、これくらい平気だから」
以前の自分なら少し重いと感じて肩をすぼめていたはずの買い出し袋が、今の自分にはそれほど苦にならない重さに感じられた。
日常のふとした瞬間に自分の肉体の確かな成長を実感できるのは素直に嬉しかった。毎日の特訓は身体が千切れそうになるほど過酷で、家に帰り着いた瞬間に床へ倒れ込んで眠ってしまうような日もあるが、憧れのヒーローという目標へ一歩ずつ確実に近づいていると思えば辛い運動も嫌ではなかった。
そのあたりの最近の充実感が端から見ると妙に機嫌が良さそうに見えているのだと爆豪に知られたら、また理由もなく怒鳴られるかもしれないと頭の片隅で考えながら歩いていた。
不意に声をかけられたのは、商店街の中ほどにあるアパレルショップの前を通った時だった。
「あの、すみません。少しお時間よろしいでしょうか?」
最初は母親が話しかけられたのだと思ったが、振り返るとスーツを着た30代くらいの女性が出久と母親の両方に向かって丁寧にお辞儀をした。
「突然の怪しいお声がけで申し訳ありません。私、こちらのお店の広告企画とプロモーションを担当しております者なのですが」
女性から差し出された名刺を母親が受け取り、出久は何の話をされているのかさっぱり分からず、名刺と女性の顔を交互に見比べることしかできなかった。
「今度、こちらの店舗とウェブサイト用に、地元の学生さんをモデルにした小規模な撮影を予定しておりまして。もしよろしければ、お嬢さんにモデルとしてご協力いただけないかと思いまして」
「えっ」
そこで初めて、その話が母親ではなく自分に向けられているのだと理解した。モデルになって写真撮影をして、お店の広告に出るというのかと、頭の中が全く追いついていなかった。
「ぼ、ボクですか……!?」
「はい。もちろん突然のお声がけですので、今すぐこの場で返事をいただく必要はありません。未成年の方ですし保護者様の同意が絶対に必須となりますから、撮影の詳しい内容や掲載期間、謝礼の金額についても全て書面でご確認いただいてからのご判断になりますので」
女性は慣れた手つきでテキパキと説明を続けながら、バッグから取り出した詳しい説明書類を母親へ渡した。
「無理にとは申し上げません。ただ、今回の新商品の爽やかな雰囲気に、お嬢さんの素材がすごくぴったり合っていたものですから。印象的な綺麗な緑の髪色もそうですし、何よりお顔立ちのパーツがすごく綺麗で整っていらっしゃるので」
出久はその場に凍りついた。
顔立ちが綺麗で整っているという似たような言葉を、最近になって口が裂けるほど叩きつけてきた幼馴染の顔が脳裏をよぎる。自分の顔面のパーツについて何故か異常なほど詳しく把握している爆豪勝己の言葉と、目の前の女性の評価が重なっていた。
「出久? どうしたの?」
「ご、ごめん! 何でもないよお母さん!」
女性から丁寧な説明と連絡先だけを受け取り、その場では返事を保留にしたまま帰宅した。
家に帰り着いてからリビングのテーブルで母親と2人で渡された書類を広げてみたが、記載されている内容は思っていたよりもずっと健全なものだった。撮影期間は1日のみで地元の服飾店舗の広告用であり、衣装は店側が用意してプロのヘアメイクも入る。写真の使用先と掲載期間も明確に規定されており、未成年者の撮影には保護者が当日必ず同伴することと明記されていた。
危険がないと分かってしまったからこそ、余計に困ってしまった。
「出久はどうしたいの?」
「ボク……モデルになりたいわけじゃないんだ。ヒーローになる夢を諦めるつもりも絶対にないし」
「それはもちろん分かっているわよ」
引子は困ったように微笑んだ。
「でもね、たった1日だけの経験としてやってみるのは、出久にとっても良い経験になるんじゃないかしら。出久がどうしても嫌じゃなければの話だけど」
嫌かと聞かれると、心底拒絶したいという気持ちは湧いてこなかった。むしろ、出久は爆豪が見ている景色を確かめてみたいという小さな興味が胸の奥で芽生え始めていた。
自分にとっては鼻の頭にそばかすがあって髪に癖があるだけの見慣れた顔なのに、爆豪は睫毛の長さや輪郭のライン、肌のコンディションまで具体的に指弾してみせた。自分には見えていない自分の顔を、爆豪は一体どんなふうに見ているのかを一度確かめてみたいという気持ちが出久の中に生まれていた。
「……ボク、やってみようかな」
数日後。
学校からの帰り道で爆豪の背中を見つけた出久は、少しだけ躊躇った末に後ろから駆け寄って声をかけた。
「かっちゃん」
「あ?」
振り返った顔は相変わらず不機嫌そのものだったが、足を止めてこちらの話を聞こうとしてくれるあたり、最近の爆豪は以前よりも話を聞いてくれるようになった気がする。
「あのさ……ボク、1回だけモデルみたいな撮影をやってみることになったんだ」
爆豪の動きが完全に止まった。足だけでなく、表情の筋肉までもが固まっている。
連日のようにモデルになれと言い続けていた本人なのだから、てっきり自分の言う通りにしたかと吐き捨てられるものと思っていた出久は、その反応に驚いた。
「……何だと?」
「この前、商店街でお母さんと買い物してた時に声をかけられてね。地元の服のお店の広告なんだけど……」
「今すぐ断れ」
「え……?」
あまりにも速すぎる拒絶に出久が素で聞き返すと、爆豪自身も自分が何を口にしたのかを確かめるように一瞬黙り込んだ。
「かっちゃん……?」
「やめろと言ってんだよ死ね!」
「何でだよ!?」
今度は出久が大きな声を上げる番だった。
「かっちゃんが散々ボクにモデルになれって言い続けてたんだよ!?」
「知らねぇ怪しい奴らに声をかけられてホイホイついて行くんじゃねぇと言ってんだ!」
「ついて行ってないよ! お母さんも一緒にいたし、名刺ももらったし、家で書類も全部読んだよ! 母親が同伴することも契約内容も確認済みで、撮影場所も昔からある地元のショップだよ!」
出久が正論を重ねるたびに爆豪の眉間のシワが限界突破して深くなっていく。爆豪が何に対して怒っているのかが出久には益々理解できなかったが、爆豪はしばらく沈黙した後に忌々しそうに吐き捨てた。
「あたしもその撮影について行く」
「……なんでかっちゃんが来るの?」
「てめェ一人じゃ到底信用ならねぇからだ!」
「お母さんも一緒に来てくれるよ?」
「てめェ自身が信用ならねぇと言ってんだよ!」
「どういう意味だよ!?」
理不尽な言い分だったが爆豪は本気らしく、撮影の日時とスタジオの場所を吐けと鬼の形相で迫ってきた。出久が折れて詳細を教えると、爆豪は勝手に納得したように頷き、そのまま背を向けて歩き出した。
「じゃあ……本当にかっちゃんも来るの?」
「あたしが現場を見て少しでも怪しい真似をしようとしたら、即座にてめェの首根っこ掴んで連れ帰るからな」
「分かったけど……」
出久は首を傾げながら遠ざかる爆豪の背中を見送った。
一方、その日の夜。自室の勉強机で参考書を開いていた爆豪は、自分から現場へ同行すると言い出した行動の整合性が何1つ取れていないことに激しい苛立ちを覚えていた。
デクが怪しい大人たち相手に何をされるのかを現場で確認するだけだと自分に言い聞かせ、何故そこまで気にするのかという問いは思考の奥底へ押し込めることにした。