爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」   作:ギャウルギュラ

9 / 10
見るな

 撮影当日。スタジオの重い扉をくぐった瞬間から、あたしは今すぐデクの首根っこを掴んで家へ連れ帰りたい衝動に駆られていた。

 

「こちらが今回の撮影で使用する媒体の概要になります。店頭ポスターと公式サイトのトップページ、それから店舗の公式SNSアカウントですね」

 

 担当の女性スタッフがテーブルの上に資料を並べながら丁寧な口調で説明を続けている。

 

 デクの母親は横で真面目に頷きながら耳を傾けており、デク本人も分かったような分かっていないような顔で首を縦に振っていた。あたしは少し離れたパイプ椅子に腰掛け、腕を組んだままその説明を鋭い視線で監視していた。

 

 使用される媒体や掲載期間はもちろん、撮影の具体的な内容や謝礼の金額、用意される衣装の露出度から撮影された写真データの扱いに至るまで、あたしは細かくチェックしていった。

 

 どこか1箇所でも不審な点があれば即座にテーブルを蹴り飛ばしてデクを連れて帰るつもりだったが、契約周りの説明は保護者に対して極めて誠実に行われており、撮影現場も清潔感のある明るいスタジオだった。スタッフどもも未成年のデクに対して不必要な馴れ馴れしさを見せることもない。

 

 何の落ち度もないまともな現場であることにあたしは盛大に舌打ちを鳴らし、横の母親から不思議そうな目で見られたため無言で視線を逸らした。

 

「それじゃあ緑谷さん、先に奥のメイクルームでヘアメイクをお願いしますね」

 

「は、はい!」

 

 デクが案内されて奥の部屋へ連れて行かれ、母親も付き添いとして一緒について行った。

 

 あたしだけが待合スペースの椅子に残されたが、現場の安全確認は完璧に完了したのだからさっさと一人で家に帰ればいいはずだ。それなのに当たり前のように座り続けている自分に呆れつつも、万が下手くそなメイクでデクの素材を台無しにされたら文句を言ってやらなきゃならないと自分に言い訳を言い聞かせていた。

 

 待つこと十数分、奥の廊下からスタッフたちの楽し気な話し声が近づいてきてデクが出てきた。

 

 ボサボサだった緑髪を整えて額が見えるように前髪を流し、肌の透明感を活かす程度の薄いメイクが施されていた。着せられている服は店舗の新作で、今のデクの細身の身体にぴったり合った綺麗なシルエットのものだ。最近身体を鍛え始めたおかげで立ち姿まで多少マシになっており、それだけで十分すぎるほど劇的な変化を生んでいた。

 

 こうなることなんざ何年も前から分かっていた。

 

 元々の顔のパーツの配置自体は最高級の素材だったのが、手入れをしていない髪と自信なさそうな猫背のせいで隠れていたに過ぎない。前髪を整えて隠れていた目元を露出すれば長い睫毛と大きな目が主張し、頬の余計な肉が削ぎ落とされたおかげで輪郭の綺麗なラインも表に出る。

 

 ほら見ろ、あたしの見立てが100パーセント正しかったんだ。

 

「やっぱりすごく映えますね! この緑の髪色もスタジオの自然光が入るとすごく綺麗で!」

 

 女性スタッフが歓声を上げた瞬間、あたしの胸の奥で急速に気分が悪くなった。

 

 数日前に街でたまたま見つけただけのくせに、全部理解したような顔をして喜んでいるのが猛烈に気に食わない。カメラマンの男がデクの前へ歩み寄り、顔をじっくりと凝視して指示を出し始めると、あたしの頭の中にはハッキリとした苛立ちが湧き上がってきた。

 

 見るな。

 

 ヘアメイクの女性が寄ってきて前髪を微調整し、別の女性スタッフが襟元を整えるためにデクへ顔を寄せるたびに、触るな、距離が近いと脳内で殺気立った言葉が渦巻く。現場の人間は誰一人として不純な真似なんざしておらず、プロとして自分の仕事をこなしているだけだと頭では分かっていてもイライラが収まらない。

 

「か、かっちゃん……」

 

 高い声で呼ばれて見ると、デクが助けを求めるような目でこっちを凝視していた。ライトが焚かれた撮影台の前に立った瞬間に緊張が押し寄せてきたらしく、泳ぐ目があたしの方を必死に見つめてくる。

 

「何だ」

 

「いや……その……」

 

「ビビってんのか」

 

「ちょっと……すごく緊張してきて……」

 

「その程度の小道具でビビってんじゃねぇよ。ただ立って撮られるだけだろうが」

 

「……うん」

 

 あたしが吐き捨てると、デクの肩からすっと余計な力が抜けて強張っていた顔立ちがほぐれた。何であたしの一言で安心したような顔をしてんだと毒づきながらも、あたしは端の椅子に深く腰掛けて撮影を見守った。

 

 モデルに向いていると見抜いたのはあたしだし、実際完璧に向いていた。カメラの前での緊張さえ除けば外見のポテンシャルには何の問題もなく、満足そうなスタッフどもの反応を見れば素晴らしい写真が撮れているのは明らかだった。

 

 あたしの予想通りの結果が出ているのだから、大満足して鼻で笑うところだろう。

 

 だが、連続してシャッター音が響き渡り、カメラマンやスタッフどもが感心したようにデクを見つめている光景を見ていると、胸の底にどろりとした重い塊が落ちてきた。

 

 これが広告として街に張り出されれば、見知らぬ大勢の人間たちがデクの顔を見て勝手な評価を下すのだ。

 

 嫌だという強烈な反発が込み上げてくる。

 

 モデルになれと勧めたのは自分自身で、他人に見られる職業だということくらい最初から理解していたはずなのに、実際目の前でその光景が繰り広げられると殺意に近い激しいイライラが収まらない。

 

 撮影しているカメラマンに対しても、周りのスタッフに対しても、この先完成した写真を目にするであろう見知らぬ大勢の雑魚どもに対しても、見るなという言葉があたしの頭の中で繰り返し叫ばれていた。

 

 自分自身で意味不明すぎる感情だと分かっているからこそ口に出せるわけもなく、あたしは早く終われと心の中で本気で祈り続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。