遂にジオン公国は地球連邦に対し宣戦を布告。
「ブリティッシュ作戦」を発動し、ジャブロー壊滅を狙うジオン軍と、それを阻止せんとする連邦軍。
勝利の女神は、どちらに微笑むのか。
ジオン公国(u.c0058~u .c 0082)
地球連邦の植民地的支配に対するコロニー居住者の不満を背景に、地球から最も遠いコロニー群、
サイド3での独立宣言により建国された国家。
u .c 0079、地球連邦に対し宣戦布告、MSの先進的な運用による電撃戦を行い各地で勝利を収め、u .c 0080に月面都市グラナダにて連邦との間にグラナダ講和条約を結ぶ。
これにより地球連邦の支配体制は崩壊、地球圏はジオンの強権的支配下に置かれるが、将軍ガルマ・ザビの反乱をきっかけに国内の諸勢力が離反、ア・バオア・クーの戦いにより総帥ギレンが戦死したことで政府が反乱軍への降伏を宣言。ジオン共和国と体制を改め、ガルマの元で汎地球圏統一連合へと組み込まれる。
アナハイム・テクストブック
「近代史」271P
u .c0078末 ズム・シティ
ジオン軍服に身を包んだ男が、公国軍参謀本部内を歩いている。
やせ形だが上背があり、彫りの深い目鼻立ちは西暦時代の彫刻のようで、ピンと伸びた背筋も相まって、意思の強さを感じさせる。
彼の名は、グスタフ・タンネンベルク。
ジオン公国宇宙攻撃軍所属の軍人で、階級は大佐である。
(まずいな。この時間では、作戦会議は既に始まってしまっている)
ちら、と腕時計を見たグスタフは足を早め、会議室へと急ぐ。
「申し訳ありません。グスタフ・タンネンベルク大佐、ただいま到着いたしました」
グスタフは室内に入り、敬礼する。
彼以外の参加者は既に揃っているようだった。
「うむ。ご苦労。月面連絡船で磁気嵐に巻き込まれるとは運がなかったな」
上座に座る強面の大男は、ドズル・ザビ中将。宇宙攻撃軍の司令官である。
「ラコック」
「はっ」
名を呼ばれたドズルの副官が、遅れてきたグスタフに説明を始める。
ドズルのような男の側で仕えていれば、このように察しがよくならなくてはやっていけないものなのだろうか、とグスタフは彼の後退した頭髪の生え際を見て考えた。
「タンネンベルク大佐、これが現時点での我軍と連邦軍の戦力比較です」
モニターに、図が写し出される。
「我がジオン軍は国防軍発足以来軍拡に努めてきましたが、いまだ連邦との国力差は絶大です。各種戦闘艦、戦闘機等の保有数では、約6分の1程度と言えるでしょう」
開戦後のシミュレーションは、必ずこの前置きから始める。
今回の会議も、その例には漏れないようだった。
そして、この後に繋がる言葉も決まっている。
「しかしーー」
「我軍は全く新たな戦闘方式ーーMSとミノフスキー粒子による機動戦術を確立しており、単純な戦力比較にはさほどの意味はない、ですね」
先取りされ、ラコックが一瞬言葉を失う。
「その通りだ。こう毎度毎度繰り返されていては、耳にタコができてしまうわ」
豪快な笑い声と共に、ドズルが言った。
一同は呆気に取られていたが、思い出したような咳払いと共に、ラコックが説明を再開する。
「その上、連邦は各サイド及び軍事基地を含む広範囲に軍を分散して配置せざるを得ず、これも我軍の有利と言えましょう」
サイド3以外の各サイド、宇宙基地ルナツー、月面都市フォン・ブラウン……守らなくてはならない範囲の広い連邦宇宙軍は、自然と小規模な艦隊編成で分散配置されることになる。
「そこで我軍は軍を二つに分け、開戦後速やかに敵の諸艦隊を攻撃、一挙に各サイドを制圧します。ここまでが開戦後作戦計画の第一段階です」
「うむ。その為の軍編制の改組でもある」
ドズルが丸太のような腕を組み、頷く。
開戦計画に先だって、ジオン軍は軍を三つに分割した。
ドズル・ザビ中将配下の宇宙攻撃軍。
キシリア・ザビ少将配下の機動突撃軍。
そして総帥ギレン・ザビ配下の親衛隊。
分割したそれぞれの軍のトップには、階級に関係なくザビ家の兄妹達がつく。
今のジオンとは、そういう国であった。
「そして第二段階ですが、えー……」
ここでラコックが言葉を濁した。
これまでの計画では、戦力を減じた連邦宇宙軍に対し艦隊決戦を挑み、連邦の戦力を壊滅させる、というものであったはずだ。
「そこから先は、俺が続けよう」
ドズルが立ち上がる。
彼が自ら計画のようなことを喋るのは珍しく、参加者たちが多少驚いた顔をする。
「先程も述べたように、我軍と敵の戦力差は大きい。ここで敵に決戦を挑んで勝ったところで、連邦が降伏するとはとても思えん」
(連邦の降伏だと?一体何を言っているんだ)
ジオンの戦争目的はあくまで「独立」である。
そこに連邦の降伏を求める理由はなく、せいぜい有利な講和を結べればいい程度のはずではないか。
グスタフの戸惑いを他所に、ドズルは言葉を続ける。
「そこで我らが総帥、ギレン・ザビ閣下は画期的な策をお考えになった。地球連邦軍本部ジャブローを壊滅させ、閉じ籠る土竜達を一網打尽にする決定的な策だ」
連邦軍本部、ジャブロー。
無数の対空砲と岩盤、周囲のジャングルと岩盤とに守られた難攻不落の要塞で、核の直撃にも耐えると言われている。
そんなジャブローを壊滅させる策とはーー
「コロニーを奪取し、ジャブロー上空から大気圏に突入させる」
室内の空気が驚きで一変する。
スペースコロニーを、地球に落とす。
直接的な被害だけでなく気候や地形の変動まで考えれば、何億の人間が死ぬことになるのか想像さえできない。
「無論、犠牲は計り知れぬほどのものになるであろう。しかし、俺達は軍人だ。上からやれと言われれば、やってのけねばならん」
ドズルは、極力表情を変えないようにしているようだ。
しかし、日頃から感情を顔に出す彼がそのように試みていること自体が、部下たちに彼の心情が並みならぬものであることを伝えていた。
「しかるのち、総帥が連邦政府との交渉に入る。『イエスかノーか』である。以上だ。質問はあるか」
初老の男が手を挙げる。
キリング・ダニガン中将。
宇宙攻撃軍のNo.2だ。
「地球に落とすコロニーの住民は」
「疎開させる。彼らもスペースノイドである以上、我らの同胞だ」
「ではこの作戦においてだけではなく、戦争全体において必要な犠牲以外は出さぬようにするのですな」
「うむ。我々に虐殺者として歴史に名を残す意思はない」
自分達のトップには無思慮な虐殺の意志がないとわかり、会議の参加者たちが僅かに安堵する。
「いいか、もう一度言うぞ。我々は軍人だ。やれと言われれば、それをせねばならん。咎は俺と総帥のみが負う。本日は以上だ。三日後、改めて作戦会議を行う。割りきれぬ者は軍を離れよ。今なら咎めはせん」
その機を見計らったように、ドズルが言い、無理矢理のように会議を終わらせた。
三日で心の整理を付けてこい、ということらしい。
「ジーク・ジオン!」
部屋の中にいる人間を追い出すような、ジオン特有の忠誠の宣誓をドズルが叫ぶように口にする。
「ジーク・ジオン!」
グスタフ達もそれに唱和して返答し、部屋から退出していく。
「タンネンベルク大佐、少し残ってくれ」
部屋を後にしようとしたところで、グスタフはドズルに呼び止められた。
「MS部隊の訓練視察、ご苦労である」
「お心遣い、有り難く」
「それで、仕上がりはどうだ?」
「兵の技量は相当の水準まで来ております」
「キシリアの兵と比べては、どうだ」
キシリアの突撃機動軍は早期から艦隊戦力からMSを中心とした機動戦力へのシフトを試み、パイロットの育成に血道を上げていた。
根っからの艦隊指揮官であるドズルからすれば、ライバルとして気になる相手なのだろう。
「恐らく、個々の力ではまだ劣っているでしょう。しかし、戦争は数です。より言えば、数を活かせる連携と戦術です。その点においては、我々の方が上でしょう」
「そうか。ランバ・ラルもおることだしな」
それきり、沈黙が訪れる。
それに耐えきれず口を開いたのは、グスタフが先だった。
「先程の作戦、本当に実行に移すのですか」
グスタフの言葉を、ドズルは目を閉じたまま聞いている。
「我が軍の戦争目的はあくまで独立のはずです。であれば、各サイドと軍事基地を掌握し、制宙権を維持し続ければ自ずと叶うはず。そもそも、連邦に降伏を求める必要など……」
「もう、決まったことなのだ」
ドズルは目を開いて、言葉を続ける。
「俺はバカだ。そして総帥……兄貴は頭がいい。その兄貴がやれと言うのなら、何か俺には分からぬ考えがあるのだろう」
確かに、ギレン・ザビはIQ240の天才と言われている。
ジオン・ズム・ダイクン死後、ザビ家の実質的な当主として連邦の動きを読み切り国を掌握し、ここまでの軍を築き上げた彼ならば何らかの深謀遠慮があったとしても不思議ではない。
「さっきはああ言ったが、お前だけにはいなくなられては困るのだ。恩賞は思いのままにやる。納得はいかぬだろうが、どうか俺の元で働いてくれ」
そう言うと、ドズルは頭を下げる。
今度は、グスタフが目を閉じて考える番だった。
「頭をお上げください。閣下」
やがて覚悟を決め、グスタフは返答する。
「閣下には、大きな恩があります。そして私はそれを、まだ返してはおりません。非才の身ではございますが、我が任、務めさせていただきます」
そう。
グスタフ・タンネンベルクには、ドズル・ザビへの私的な恩がある。
グスタフがこの非人道的な作戦に参加するのを決めたのは、それが最終的な理由だった。
「そうか。礼は言わせてもらう。だが、俺にはあの程度のことでお前を拘束するつもりはない」
「ええ、私が軍人としての責務を果たしたいだけです。閣下がお気になさる必要はありません。では、これにて」
そう言って敬礼し、部屋を立ち去ろうとしたグスタフを、ドズルが再び呼び止める。
「何でしょう?」
「お前、いくつになった」
「26です。それが何か」
「うむ……どうだ、そろそろ身を固めては。俺が言うのもなんだが、家族とはいいものだぞ」
ドズルはザビ家の兄弟達の中で唯一の妻子持ちであり、細君のゼナには頭が上がらないことで有名である。
「しかし、相手がいなくては叶いません。それに今は、MSと軍務が私の恋人ですよ」
「む、そうか。お前ならば、相手などすぐに見つかると思うのだがな。まあいい。どうだ、久しぶりに家に来んか。ゼナも喜ぶ」
「申し訳ありません。この後、連隊本部に向かわねばなりませんので、またの機会としていただきます。では、失礼いたします」
「ああ、任せたぞ」
グスタフは改めて部屋を退出する。
後には、何かを考え込んでいる様子のドズルが残された。