「やっと終わったか……」
フリーダの示す仕事を終え、再び自分の執務室に戻ってこれたのは正午をだいぶ回ったころだった。
椅子に座り、大きく息を吐く。
「お疲れ様です、准将。今後は未処理の書類をお貯めにならないように心がけてください」
午前中の間に処理した仕事は随分な量だったが、それをテキパキと進めて今は書類の整理に取り掛かっているこの銀髪の秘書官は、かなり有能なようだった。
一息ついたところで、改めて昨夜のハモンの言葉について考えてみる。
『レビル将軍を救出するための部隊が、国内に潜入した』と彼女は言っていた。
もしレビルを逃がしてしまえば、今進んでいるはずの終戦協定の話も潰えてしまうだろう。
そうなれば、待っているのは開戦前から熱に浮かれた軍内強硬派の主張する『地球侵攻作戦』だ。
すでに地球圏の人口のうち半分近くが死に絶えているようなこの戦争がこれ以上続けば、どちらが勝ったとしてもろくな結果にはならない。
では、そうならないためにグスタフに出来ることは何か?
まず考えられるのはドズルにこの情報を知らせることだが、それには情報の出所を話さなくてはならず、ハモンに危害を加える結果になる公算が高い。
そうなると特殊部隊をグスタフの力で事前に発見し、摘発するのが一番手っ取り早く思えるが、これもほぼ不可能だ。
実戦部隊の一指揮官でしかないグスタフにはそのような権限も動かせる人員もない。
「何かお悩みですか?」
ほぼ手詰まりの状況に頭を抱えていると、それを察した副官に声をかけられた。
「ああ、少しな。レビル将軍のことを考えていた」
「連邦軍の中将、レビルですね。准将は直接会ったことがあるとお聞きしました。どのような人物なのですか?」
「どのような、か」
そう尋ねられて、レビルとの会話を思い返す。
「ドズル閣下のように威圧感のある人間ではなかった。だが、やはり何か特別な物を持っているような気がしたな。こちらの意思を感じとってくるような何かだ」
そう言葉に出してから、ふとグスタフにできることが思い浮かんだ。
「中尉、俺の午後の予定は決まっているか?」
「いえ、まだ未定ですが」
「わかった。レビル将軍の所に出かけようと思う。準備をしてくれ」
直接将軍と会ってみて、何か変わりがないかを確かめることならば、今のグスタフにも可能のはずだ。
今のジオンにとって最重要人物が収監されているにも関わらず、レビル将軍の軟禁場所となっていたホテルを警備する兵の数は少ないように思えた。
「止まってください。階級と姓名を名乗っていただきます」
ホテルの入り口で、警備兵の誰何を受ける。
「グスタフ・タンネンベルク。階級は准将だ。レビル将軍との面会を望む」
グスタフが名を名乗ったとたんに、警備兵の表情が緊張したものに変わる。
「じ、准将であられますか。了解しました。責任者を呼んで参りますので、少しお待ちください」
五分ほど待たされたのち、警備兵が一人の男を連れて戻ってきた。
「これはこれはタンネンベルク准将。お初にお目にかかります。突撃機動軍にて大佐の位を頂いております、マ・クベと申します」
そう名乗ったのは、どこか陰険さを感じさせる男だった。
「このような所でルウムの勇者と名高い准将にお会いできるとは、恐悦至極の極みでございます」
マ・クベは薄ら笑いを顔に張り付けて慇懃な言葉をかけてくるが、その目だけは笑っていない。
「世辞の言葉はいい。レビル将軍にお会いしたいのだが、入っても構わないか?」
「少々お待ちを。レビルはもうここにはおりません」
「どういうことだ?」
「それを閣下に説明する義務を、小官は有しておりません。レビルの監視は突撃機動軍の管轄下に移されましたので」
「私は准将なのだが?」
このように階級を使うのは好きではないが、やむを得まい。
そう思って圧をかけてみたのだが、マ・クベの態度は変わらなかった。
「キシリア少将から下された任務です。准将のご意志より優先されます。それとも何か、レビルと相談しなくてはならないことでもおありですか?」
「マ・クベ大佐。その発言は少々無礼なものかと思われますが?」
そう言ったのは、グスタフの背後で話を聞いていたフリーダだった。
「おや、そちらのお美しい女性は閣下の副官ですか。なるほど、宇宙攻撃軍の准将閣下ともなれば、いい趣味をお持ちのようですな」
ドズルの宇宙攻撃軍そのものを馬鹿にしたような言葉に、グスタフは怒りを覚える。
「大佐。今の発言には目をつぶろう。レビル将軍にお会いしたい。取り計らってもらいたいのだが」
どうしても今レビル将軍と会う必要があるわけではない。
しかし、ここまで来ると意地のような物だった。
「そこまでレビルに会いたいと。ふむ」
マ・クベは横を向き、何やら考え始めた。
「わかりました。特別にレビルのもとへとお連れします。それでよろしいのですね?」
さんざん渋っていたマ・クベが突然態度を変えたことに驚くも、グスタフは表情を変えずに頷く。
「では、申し訳ありませんが移動の間は副官ともども目隠しをしていただきます。レビルの居場所は最重要機密ですから、そのことはご了承いただけますね?」
これから会いに行く人物の重要度を考えれば、それも当然のことと言える。
「わかった。従おう」
用意された車に乗せられ、手渡されたアイマスクを装着すると、視界が闇に包まれる。
方向感覚と距離感を狂わせるためもあるのだろうか、何度か右折と左折を繰り返して現在地の把握が不可能になったあとで、二人は車から降ろされた。
警備兵に手を引かれ、建物の中に入る。
「目隠しを取ってくださって構いません」
アイマスクを取ると、グスタフはドアの前にいた。
恐らくはここもズム・シティの高級ホテルの一つなのだろう、廊下には高級そうなカーペットが敷かれている。
本来ドアの上に書いてあるはずの部屋番号が消されているのも、機密保持のためだろうか。
「副官はドアの外で待っていてもらいます。あまり長い時間は差し上げられませんが、ご了承を」
マクベに促され、グスタフはドアを開けて部屋に入る。
「君は、この間の」
突然の来訪者に、レビルは少し驚いているようだった。
「お久しぶりです。レビル将軍」
どうやら、机に新聞を広げて読んでいる最中だったらしい。
「ジオンの新聞は、随分と戦勝ムードを煽っているようだね。それにこの戦果は少々誇張されたものではないのかな?」
グスタフが反対側の椅子に腰を下ろすと、早速老将軍は話しかけてきた。
「新聞屋の手ですよ。過激なことを言っておけば、飛ぶように売れるのですから」
「ふむ。どこも同じだな。連邦の新聞を取り寄せて読み比べてみたいものだ」
「全くです」
レビルは近くにあったポットに入っていたコーヒーを、二人分用意する。
一つ礼を言うと、グスタフは渡されたカップに口を付けた。
「ところで、今日は何の用かな?尋問ならあのいけすかない男が担当のはずだが」