「これは……」
双眼鏡を覗き込み、グスタフは呻くように声をあげる。
「またしても、してやられましたな」
翌朝には、グスタフたちの眼前から連邦軍の姿は消え去っていた。
「夜陰に紛れて退却されたか」
「少将。MSの速度ならばまだ追い付けます。追撃のご指示を」
昨日の雪辱を晴らそうと意気込むアルベルトに対し、首を振る。
「いや、MSだけで向かっても、返り討ちに合うだけだろう。敵の規模が一個大隊程度ならば、昨日の戦いで機甲戦力は叩けた。今はそれでよしとしよう」
この戦いの戦略目的はあくまで「分散してハノイに向かってくる友軍部隊への脅威を取り除く」ということであり、一応の目的は果たせたといえる。
そうである以上、地の利のある敵に危険なジャングルで再びの戦いを挑む必要はない。
「……さようですか」
アルベルトも頭では理解しているのだろう、仏頂面で了承する。
「ハノイに戻る。ディエンビエンフーを落とす意味もなくなった。中国攻めに向けて、戦力の消耗は避けよう」
「是非、しんがりは私に」
「元よりそのつもりだ。今後も頼りにしているぞ」
部下には気にしていない素振りを見せながらも、頭の中では敵将のことを考えていた。
ファン・ヴァン・タンは、中国方面に退却し、北京の軍に合流したはずだ。
つまり、このまま作戦を進行させていけば自ずと再戦の機会は与えられる。
その時こそ、徹底的な勝利を納めてみせる。
その決意を新たに、グスタフはハノイへの退却指示を下した。
「迅速な進撃、それが必要なんだ。全力で北京を落とす。それで連邦の極東方面軍は終わりだ」
グスタフの言葉に、カイゼル髭のマイヤー大佐が異義を唱える。
「我々は南方、シンガポールに敵を抱えております。そちらを叩いてからの方が良いのでは?」
「シンガポール基地は堅固な要塞です。攻略に時間をかけては北京の敵軍との間に挟み撃ちにされる」
連邦軍は極東において、旧中国北京とオーストラリアのトリントンに戦力を二分している。
その中間地点に存在するシンガポール基地は、インド洋の入口という地理的条件も相まって連邦軍第三の拠点という位置付けにある。
降下作戦の衝撃から未だ立ち直れないではいるが、ここに有力な指揮官が着任した場合、厄介なことになりうるというのは、グスタフも骨身に染みて理解していた。
「私としては、少将の考えに賛成です。このジャングルではMSの能力を十全に発揮できない。北京を落として足元を固めたほうがよいのでは?補給のこともありますし」
MS部隊を率いるアルベルトも自らの立場からの意見を述べる。
地上降下部隊は、その補給を軌道上からの投下に頼っている。
現状では滞りなく必要な物資が投下されてはいるが、いつ状況が変わるかはわからない以上いつまでも根無し草ではいられず、どこかで確固たる地盤を築かなくてはならない。
成功ばかりが報じられる地球侵攻作戦だが、その内実はかなり苦しいものがあった。
その地盤を、第四機動師団は旧中国地域に持つ予定である。
「しかし、背後を衝かれる恐れがだな」
「少数の部隊を残し、連邦軍残存部隊とのゲリラ戦に当たらせるのはいかがですか?ちょうど適役もいらっしゃる」
口を開いた参謀長、フリッツ・グレーナー准将が目をやったのは、末席に座る男だった。
「いかがです?ラル大尉」
「それを命じられるのならば、慎んでお受けしよう」
名を呼ばれた男、ランバ・ラル大尉は腕を組み、目を閉じたままで返答する。
上官に対して不遜ととれる態度だが、それを咎める者はいない。
「確かに、ゲリラ戦の達人であるラル大尉ならば、我らも安心して背中を預けることができますな」
マイヤー大佐も納得したように頷く。
「わかった。本隊は北進。ラル大尉の部隊はここに残り、ゲリラ戦によって南から来る敵を食い止める。それで行こう」
「話は聞いたぞ。こっぴどくやられたようだな」
ラルのあけすけな言葉。
師団長として彼を呼び出した威厳も、彼の前では形無しのようだ。
「ええ。その通りです。大尉さえいらっしゃれば、このようなことにはならなかったと思うのですが」
機先を制されてしまったグスタフは、思わず敬語で話してしまう。
「過大評価をされても困るな。所詮ワシはゲリラ屋だよ。一軍を率いての戦いなど、やったこともない」
「それは、大尉が時を得なかったからに過ぎません」
ランバ・ラルはかつてのジオンにおいて、デギンと共にダイクンの下で彼を支えつつも勢力争いを繰り広げたジンバ・ラルの息子である。
ジオンの支配者へと成り上がったザビ家から見れば当然、警戒の対象だ。
「我が軍に加わっていただき、まことに感謝いたします」
地球への降下に先立ち、グスタフはドズルにランバ・ラルの説得を依頼していた。
彼の経験、そして『青い巨星』とまで評されるゲリラ戦の腕前は、地球での戦いに必要不可欠なものだと判断したのである。
当初は難色を示していた彼も、ドズルの粘り強い説得の結果、遂にグスタフの旗下に加わることを了承した。
「グスタフ坊やが無茶をせぬよう、近くで見ておかねばならぬのでな」
「これは手厳しい」
「作戦指示ならば先程の会議で済んだところをわざわざ呼び出したということは、何か用があるのだろう?早くそちらに移ってくれ」
やはり、見抜かれていた。
敵わないと思いつつ、グスタフは単刀直入に、本題へと入る。
「大尉のお持ちのネットワーク。これを、私にも利用させて頂きたい」
「……やはり、そのことかよ」
ダイクン死後、ザビ家はその混乱を最大限に利用して反対派を粛清し、権力を掌握した。
しかしその全てを排除できるはずもなく、粛清の生き残りや反ザビ家ではあるものの、親連邦ではないとされていた層はダイクン時代を懐かしむ、通称「ダイクン派」と呼ばれ水面下でかなりの規模を持っていると言われる。
ラルの内縁の妻、ハモンにはダイクンの愛人であり、行方知らずとなっている『キャスバル』『アルテイシア』の母親、アストライアと個人的な親交があったらしい。
そして、グスタフは目の前のランバ・ラルこそがジオン国内に生き残る「ダイクン派」の重要人物の一人である。
「大尉がザビ家の命令に従ったのも、その為なのでしょう?武勲を上げてザビ家に近付き、機会を得るための」
暫く沈黙を保っていたが、やがて観念した、というようにラルが本心を語りだす。
恐らく、ここで捕らえられて拷問を受けたとしても、何一つとして話すことはないという覚悟を決めたのだろう。
「そうだ。本来ならばそのようなことを考えるつもりはなかった。だが、あのコロニー落とし。あれを知って考えが変わった。誰かがザビ家を倒さねばならん。しかし、お前がそこまで知っているとはな」
キシリアの配下に殺されかけ、命からがらデギンのもとに逃げ込んでから、グスタフはずっと独自の情報源を得ることを考えてきた。
その結果として、「ダイクン派」のネットワークを利用するという考えにたどり着いたのである。
「その考えには、私も異論はありません」
これには少し、嘘が含まれている。
断固としてザビ家を倒さねばならない、などという考えはグスタフにはない。
コロニー落としも、 倫理的な問題を除けば純戦術的にはかなり有効な手であったと考えている。
「しかし、私はザビ家の全てを殺すべきだとは考えておりません。ザビ家の一員だから殺す、それでは奴らと同じレベルまで落ちてしまいます。しかし、ギレン及びキシリアの打倒。この点については、ダイクン派と利害を一致できるかと」
「そして、生き残ったドズルに政権を握らせるということか」
「いえ、そのつもりもありません。ドズル閣下はあくまで一軍人です。政権の掌握と運営は行えないでしょう」
忠誠を誓い、仕えてきたからこそわかる。
政治力が欠如し過ぎているドズル・ザビには、国家のトップに立つ能力はない。
それ故に、腹心の部下である自分がキシリアによって謀殺されかけたのだ。
そうである以上、後世に無能な政治家として不名誉な名を残させることはグスタフの望むところではなかった。
「なるほど、な。我々の目指すところも、まずはギレンの打倒だ。だが、我々に何の得がある?」
「軍内に根強い勢力を持つドズル派とのパイプができること。この作戦に成功した後、旧中国地域の経済力は私が握ることになるであろうこと。これでは不十分ですか?」
ランバ・ラルは考え込む。
あと一押し、そう思って畳み掛ける。
「私はあなたを父のように思っています。『グスタフ坊や』があなたを裏切るような事があるとお思いですか?」
グスタフは、ラルの表情が僅かに変わったのを見逃さない。
彼のような人間には、最後は情で押すのが効果的だろうという予想は、的中したようだった。
とりあえずここまでで一段落ということで、暫く更新できないかもしれません。
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