u .c 0079 3月28日
旧中国地区・河北地帯
ランバ・ラルの部隊に背後を任せ、第四機動師団は残る全力を持って最短ルートで北京を目指していた。
これに対して連邦軍は各地に散らばる全軍を北京に集結。
補給線が伸びきり、行軍によって疲れた敵を本拠地の近くで迎撃するというこの戦略は、中国地区の連邦市民に『ジオン軍に恐れをなし、進軍ルート上に位置する各都市を見捨てた』という想いを抱かせた。
グスタフもその空気を感じ取り、各都市に対しては不用意に手を出さず、物資補給のため一時的に空港を使用するに留める。
その結果として、大した抵抗を受けることのないまま北京南方の平原地帯へと進出することに成功したのである。
「哨戒部隊より報告。北西距離30の地点にて連邦の偵察小隊と遭遇、小規模な戦闘になったとの事です」
「うむ、そうか……」
この一両日だけで、両手の指に余るほど同様の報告が寄せられていた。
その頻度と敵の哨戒範囲の広さから、北京から大規模な敵軍が出撃してきたことは、ほぼ確実であると言える。
「ついに重い腰を上げたか」
北京に至るまでのどこかの地点において、一度大きな会戦を行うというのは元々グスタフが考えていたプラン通りである。
無論、作戦案も既に用意され、各指揮官への伝達も終了した状態であった。
グスタフは各部隊に通信を繋ぐよう、命令を下す。
「我が勇敢なる兵士諸君、重力の井戸の底へに降り立った我等は、密林を越え、山脈を踏破し、大河を渡り、ついに今、北京を指呼の間に臨む所まで来た!」
グスタフは通信を通じ、指揮下の兵に語り始めた。
「この歩みを、一体誰が止めること能おうか?少なくとも、我らに恐れをなし、北京に引きこもることしかできなかった連邦極東軍ではあり得ないこと、これだけは確かだ!」
努めて冷静に言葉を紡ごうとするが、ここまでの行軍の困難を思い、どうしてもその語気は荒さを増す。
密林ではその蒸し暑さと豪雨に苦しめられ、泥濘の中で歩を進めた。
山脈においては速度を可能な限り早めるために、モビルスーツに歩兵輸送用の装備を急拵えで備え付け、粗悪な設備で無理やり運ばせた。
長江を渡る際には不足した架橋用の資材調達のために木材の伐採に当たった。
どれも、地球の激しい環境を知らないジオン軍の兵にとっては初めて経験する困難だった。
それらの困難の全てを、グスタフは兵と共に味わうことに努めてきた。
士官の食事内容を兵と同様の物に変えさせ、その分を働きの良かったもの、勇敢な行為によって負傷したものに与える。
望めば屋根の下で眠ることができるにも関わらず、兵と同じ立場に自分を置くことを徹底し、野営を行う。
そうして兵の身近にあるべく過ごしたこの行軍の結果として、この会戦にまで漕ぎ着けたのだ。
「我等が地球で吸っている空気も、飲んでいる水も、本来ならば生きるために与えられてしかるべきものだ。しかし、連邦はそれすら許さない!自らがその特権を独占し、空気を吸うのに税金を払えと言う!そのようなことが許されるか!」
辛い行軍を兵が乗り越えたのも、空気の量を気にする必要のない地球の環境に触れ、それを独占していた連邦政府への怒りと憤りとが大きな要因となっていた。
「我等は勝利する!勝利のみが我等の前途にある!作戦開始は明朝、1000!ジーク・ジオン!」
「 ジーク・ジオン!」
「地球方面軍、万歳!」
「スペースノイドの自治と独立のために!」
至るところで響く、グスタフの檄に応じる喚声。
強行軍の疲労にも関わらず、兵の士気は既に敵を圧倒的する勢いだった。
「9時53分、か」
カイゼル髭を伸ばした初老の男は、古びた懐中時計で時間を確かめる。
「マイヤー大佐。各部隊、作戦準備完了したとのことです」
「うむ。了解した」
マイヤーは、知らせを持ってきた兵が不思議そうに手の時計を見ていることに気づいた。
「息子からの贈り物でな。他の時計が駄目になっても、これだけは狂わんし、壊れもせぬから、重宝しておるのだよ」
「ご子息は今、何を?」
「死んださ。連邦の治安部隊に逮捕されてな」
独立運動の初期、まだ連邦の締め付けが激しかった頃にはよくあった話だ。
「ビラを受け取り、独立を求めるデモに参加しただけだったのだがな」
引き取った遺体には、無数の殴られた痕があった。
にもかかわらず、担当官は「取り調べ中の急病」と繰り返すばかりだった。
「昔話に付き合わせてすまなかったな。今は、正面の敵に集中するとしよう」
話をしているうちに、作戦の開始時間は僅かのところまで迫ってきていた。
「では、始めようか」
指揮下の部隊に前進指示を下す。
マイヤーの指揮する部隊は、ジオン軍の右翼に位置している。
彼の部隊が、会戦開始の鐘を鳴らす役割を持っていた。
「敵の抵抗線を確認!」
「ふむ。位置は」
「ポイントA-4、B-2及び3とのこと」
「よし。後方のマゼラ隊に指示を。制限時間に気を付けるように頼むぞ」
ジオン軍の主力戦車、マゼラ・アタック。
車高が高く、連邦の主力である61式戦車に対して上部からの攻撃が狙いやすいものの、基礎性能においては見劣りする。
しかし、砲頭部である「トップ」を分離して飛行することができるという、既存の戦車にはない特徴があった。
その飛行可能時間は5分と短く、一度分離してしまえば現地での再合体はできない。
しかし今は、ジオン軍は準備が間に合わず、連邦軍は軌道上からの攻撃によって互いに航空戦力を持たない状況だ。
防御線撃破のための地上支援機として使い捨てるつもりで使用するならば、それで十分だった。
「敵の抵抗ポイントへ地上攻撃!頭の上から無反動砲を降らせてやれ!」
「右翼、大きく前進」
「右翼が優勢か。あの老人、MS もないのに良くやる」
ジオン軍の兵力は、連邦軍に対しかなり劣勢だ。
MSがあるのは大きなアドバンテージだが、戦力を横一線に並べての単純な押し合いでは、一戦線で突破できても他で押し負けてしまう。
行軍の疲労もあり、長時間の戦闘が不利になるジオン軍に求められているのは完全なる速戦速決だった。
「左翼部隊を前進させろ。アルベルトに先鋒を努めるように伝えてくれ」
「はっ」
「ふん、61式なんぞに!」
叫びながら、アルベルトのザクは61式戦車の砲撃をシールドで防ぎつつ、無理矢理に掻い潜って接近、蹂躙する。
「少佐、ずいぶんと荒れてますね。珍しい」
「この間の負けのせいかな。部下に八つ当たりをしようとしない辺りは流石、少将の懐刀だが」
部下たちがそう囁き交わすほどに、アルベルトの戦いぶりは鬼気迫っていた。
一両の61式が煙幕弾を放ち、舞い上がったスモークはアルベルトの目から戦車隊を覆い隠す。
「同じ手を食うか!」
バーニアを全開にし、その場から背後に飛び退く。
バズーカ装備の僚機に弾頭を放たせれば、爆風で煙幕は呆気なく晴れてしまう。
「奇策は一度限り、ってことだ」
言いながら、無造作に戦車部隊を駆逐していく。
「悪いが、私はもうあの人の期待を裏切るわけにはいかないのでな」
「少佐、敵背後に新たな部隊。増援かと」
「そうか、規模は?」
「かなり大規模です。一個旅団規模はあるかと」
「どうやら、予備兵力をこっちに向けてくれたようだな。敵を引き付けつつ、一旦退くぞ」
「左翼部隊、アルベルト少佐より通信。『招待客はホールに入場せり』」
「よし。計画通りだ」
MSを配置していない右翼部隊を前進させれば、敵はすぐ、その攻撃が助攻だということに気づく。
その後でMSを先頭に立てて左翼部隊が攻撃を行い、そちらが主攻であると誤解させる。
最後に、予備兵力を左右に振り分けた敵に中央から温存したMS部隊による突破をかけるというのが、グスタフの作戦だった。
「よし。仕上げに移る。後備MS隊を突撃させろ!」
この攻撃が駄目押しとなり、連邦軍は指揮系統を分断され僅かな時間で壊滅状態に陥り、散り散りに敗走。
そして翌日、u .c0079、3月29日。
抵抗を廃した第四機動師団は、ほぼ無血で北京への入場を果たしたのだった。