u .c 0079 1月23日 サイド3 ズム・シティ
ルウムの戦いから、一週間近くが経過した。
特別の休暇を取ることのできたグスタフは、ズム・シティの裏通りにある、行き付けのバーにいる。
「ルウムでの活躍おめでとう。タンネンベルク准将」
「今まで通りグスタフと呼んでください。ハモンさんにそのような呼び方をされてはたまりません」
カウンター席に腰かけ、金髪の女店主と言葉を交わす。
「あら、そう。タンネンベルク『少将』ならいいのかしら?」
口の中の液体を吹き出しそうになる。
内示を受けたとはいえ、まだグスタフは正式に辞令を受け取ったわけではない。
バーの女店主、クラウレ・ハモンはどこからどのようにその情報を手に入れたのか。
「グスタフ坊やもずいぶんと偉くなったものだな」
店の奥から男が姿を見せる。
「あなたの教えのおかげですよ。大尉」
「ザビ家の犬としての心得を教えたつもりはない」
男はグスタフに背中を向け、酒棚を物色している。
「ザビ家の犬になったつもりはありません。私が忠誠を誓うのはドズル閣下に対してです」
フン、と鼻を鳴らす音。
「三十億だぞ。あれはな、悪魔の所業だ。お前はその片棒を担いだのだぞ」
「悪魔、確かにそうです。手を貸さずに予備役に戻ったあなたの行いは正しい。しかしそれでも、私は忠誠を捨てられません。あなたも、あなたのお父上もそうでしょう」
男の動きが止まる。
だが、すぐ何事もなかったように一本の酒瓶を取り出すと、無造作にグスタフに放ってきた。
「生還祝いだ。いいな、昇進祝いではないぞ」
そう言うと、男は再び奥へ引っ込んでしまった。
「あらあら……ごめんなさいね、あの人はああいう人だから」
ハモンは苦笑しながらそんなことを言う。
「ええ。わかっていますよ」
「お詫びと言ってはなんだけれど、一つとっておきの情報を教えてあげる」
ハモンの教えてくれた情報は、「とっておき」の名に恥じないものだった。
「捕虜になったレビル将軍。彼を救出するための特殊部隊がサイド3に入国したそうよ」
「なんですって!?」
なぜ、どうして、彼女がそれを知っているのかといった疑問はどうでもよくなるほどの衝撃だった。
「あなたは、それを」
「軍の人には、あなた以外の誰にも伝えていないわ」
そのように重大なことをなぜ黙っているのか。
そんなグスタフの疑問を察したように、ハモンはいたずらっぽく笑いながら言う。
「私、今のこの国がそんなに好きではないのよ」
妖艶でありながら無邪気さを感じさせるその笑みに阻まれて、グスタフはそれ以上踏み込んで聞くことができない。
「だから、これはあの人と同じ『生還祝い』。どう使うかはあなたに任せるわ」
そう言われてしまっては、グスタフにできるせめてもの抗議は、コップを傾けて一息に酒をあおることだけだった。
「死なないでね、グスタフ坊や。あの人も直接は言わないけれど、そう思っているわ」
「ええ、わかっています。では、ハモンさん。ラル大尉にもよろしくお伝えください」
そう言い残し、グスタフは店を出た。
先程のハモンの言葉について考えながら歩いていたが、すぐ側の路地から怒鳴り声が耳に入り、足を止める。
「俺はルウムで巡洋艦を撃墜したエースだぞ!その俺が誘っているというのに、なんだお前は!?」
「私はクズに語る自分を持たない。さっさと去るがいい」
「なんだと!この女!」
このような裏通りに喧嘩は付き物だが、一方が若い女性の声となると、見過ごしては置けない。
ましてや、軍人が狼藉を働こうとしているならばなおさらだ。
グスタフは声の聞こえた路地に向かう。
そこにいたのは、銀髪の女性と三人の軍服を着崩した男たちだった。
一人が女性の胸ぐらを掴み、今にも殴りかかろうとしているのを、二人が下卑た笑いを浮かべながら眺めている。
止めようと声をかけようとした時、女性が男の腕を掴み、捻りあげた。
「私に触れるなよ、下郎」
女性はそのまま男の足を払って転倒させた。
「てめえ!」
見ていた二人の男が血相を変え、女性に殴りかかる。
それを難なくかわし、女性が一人の顎に肘打ちを、一人の側頭部に拳を当てると、男たちはその場に倒れる。
「ふん、クズが」
倒れ伏した男を見下ろす女性を呆然として眺めていたグスタフだが、最初に倒れた男が女性の背後で、地面に落ちていた酒瓶を握って立ち上がったのを目にする。
「危ない!」
思わず、女性を庇うように飛び出す。
ゴン、という鈍い衝撃が頭に響いて、グスタフは意識を失ってしまった。
「ほう、いい目をした子だ」
精悍な軍服の男が、まだ幼かった頃のグスタフの目を覗き込んで言う。
「あなた、この子をどうするおつもり?」
脇に立つ金髪の女性の問いかけに、男はしばらく考えた後で答えた。
「そうだな。この子の父親への義理もある。ワシが教えられることなど大してありはしないが、それでも出来ることはしてやろう。ドズル・ザビ直々の頼みでもあるしな」
「軍人にするので?」
「それはこの子次第だ。だが、いっぱしの男にはしてやりたい。構わんな?ハモン」
「フ、子ができたような気分ね。坊や、この人の言うことをよく聞くのよ」
そう言うと、金髪の女性はその場を離れる。
「おい、どこへ行く?」
「まずは坊やに何かを食べさせてあげなくては。あなたも召し上がるでしょう?」
「おお、頼むぞ」
少しの間が経つと、女性の向かった方からいい香りがしてくる。
きっともうすぐに、あの女の人が、美味しい料理を手に戻ってくる。
そう思ったところで、グスタフは目を覚ました。
「やっと起きたか」
開いたグスタフの目にまず入ったのは、金ではなく銀色の髪だった。
自分が意識を失っていた少しの間、幼い頃の夢を見ていたことを認識する。
「大丈夫か?全く、無茶をする」
気付けば、先程大立ち回りを演じていた銀髪の女性の膝に頭を置かれていた。
「ああ、大丈夫のようだ。しかし、君ほどの無茶ではないさ」
グスタフは体を起こしながらそう応じる。
女の身で男三人とやり合う相手に無茶と言われるのは心外だ。
「さっきの奴らは?」
「逃げていった。私一人だったら、骨の一本や二本折ってやったところだが」
「そうか。いらぬ助けだったかな?」
上体を持ち上げ、起きあがってみる。
特に吐き気などの不調は感じない。
どうやら、体の心配は不要なようだ。
「いや、助かった。礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
女性も立ち上がると、礼を言ってきた。
改めて見てみると、男性として長身な部類に入るグスタフの肩ほどの身長のある、背の高い女性だった。
その長身の腰辺りまで、月の光を連想させる美しい銀髪が届いている。
切れ長の目とスッと通った鼻梁がどこか冷たさを印象づけるものの、十二分に美人といえる。