主人公はウタカタのトップのアネモネです
普通に人が死にます
とあるキヴォトスの世界そこに
アネモネは絶望して立っていた。
彼女の名前はアネモネ。
時は3分割時代
ゲヘナ、トリニティ、そしてウタカタの国が絶えず戦争を繰り返す世界。アネモネはそのウタカタのトップであった。誰にでも優しく。敵味方関係なく友好関係が深いものであった。
しかしそんなご都合主義が罷り通る世界ではない現に今
ウタカタがトリニティ、ゲヘナ連合軍に滅ぼされているからである。
なぜ攻められているか、それはウタカタの軍事の規模にゲヘナ、トリニティが恐れたからだ。
アネモネは戦いが始まっても、集中ができなかった。そのせいで仲間だたくさんやられた。
そして彼女は怒る
「許さない。」――その冷たい宣言と共に、D.U.市街地のど真ん中
アネモネは、もはや防御を考慮していなかった。トリニティの兵士が放つライフルの弾丸を、顔をしかめることもなく左肩で受け止め、その勢いのまま前進。怯んだ兵士の首を右手で掴むと、まるで人形のように軽々と持ち上げ、隣にいた味方の兵士へと投げつけた。
悲鳴を上げる暇もなく、二人の兵士が瓦礫の山に叩きつけられ、沈黙する。
その光景に恐怖したミレニアムの防衛部隊が後ずさるが、アネモネはすでにその懐にいた。コルトローマン『コノハ』の銃口から放たれた弾丸は、もはや相手を気絶させるためのものではない。至近距離から撃ち込まれた弾丸は、ミレニアム生徒のライフルを粉砕し、そのまま彼女たちのヘイローを砕き散らした。
ヘイローの破壊。それは、キヴォトスの生徒にとって「死」を意味する。
ユウカは目の前で味方のヘイローが砕け散るのを見て、血の気が引く
しかし、アネモネの暴走は止まらない。彼女の瞳には、もはや敵も味方も、友人すら映っていなかった。ただ、目の前に立つ「潰すべき対象」としてしか認識していない。
彼女は、近くに転がっていたオクタグラム兵の対戦車ライフルを拾い上げると、それを片手で軽々と構え、後方で指揮を執っていたヴァルキューレの装甲指揮車に向けて引き金を引いた。
耳をつんざく轟音。対戦車用の徹甲弾が、装甲車の分厚い装甲を紙のように貫き、内部で大爆発を起こす。爆炎の中から、黒焦げになったヴァルキューレ生徒の装備品が空に舞い上がった。
このあまりにも凄惨な光景に、連合軍の兵士たちは完全に戦意を喪失した。恐怖に駆られて逃げ出そうとする者、その場で泣き崩れる者、銃を取り落として立ち尽くす者。戦場は、阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。
通常、銃火器での武力衝突は気絶で済む。だが、アネモネの行動は違った。
彼女は、足元に倒れてうめき声を上げているトリニティの生徒の胸倉を掴むと、その首筋に、先ほどまで戦っていたアリウス兵から奪ったコンバットナイフを無造作に突き立てた。
がっ……ひゅっ…
鮮血が吹き出し、アスファルトを赤く染める。生徒の瞳孔が開き、頭上のヘイローが明滅の末に、パリン、とガラスが割れるような音を立てて砕け散った。
ユウカ「目の前で血溜まりに沈む生徒を見て、恐怖で顔を引き攣らせ、その場にへたり込む。嘘……。本当に、殺しちゃった……。」
いつもは狂気を振りまく彼女でさえ、本物の殺戮を前に、カタカタと震えながら後退りするツルギ「ヒッ……ヒィィッ……! チガウ、アタシハ、コンナノ……!」
アネモネは、血に濡れたナイフを握りしめ、次なる獲物を探すように、冷酷な瞳で周囲を見回す。その姿は、すべてを破壊し尽くす、死の化身そのものだった。
血と硝煙の匂いが立ち込める中、アネモネの冷たい視線が、へたり込む早瀬ユウカを捉えた。ミレニアムの防衛網を構築し、この包囲の一翼を担った最重要人物の一人。
アネモネは一切の躊躇なく、銃口をユウカの額にピタリと合わせる。引き金に指が掛かり、その瞳に殺意が宿った瞬間――。
「ユウカ先輩!!」悲鳴のような声と共に、名もなきミレニアムの生徒が横から飛び込み、ユウカに覆いかぶさった。
銃声が響き渡る。
放たれた弾丸は、本来ユウカの額を貫くはずだった軌道を外れ、彼女を庇った生徒の肩を深々と抉り取った。血飛沫が舞い、その生徒は短く痙攣した後、頭上のヘイローを明滅させながら意識を失い、ぐったりと倒れ込む。
ユウカ「顔に生温かい血を浴び、呆然と倒れた後輩を見つめる。あ……嘘、やだ……お願い、死なないで……!」
だが、アネモネの表情に変化はない。自らの邪魔をしたモブ生徒を一瞥すらせず、再び銃口をユウカへと向ける。その姿は、感情の一切を削ぎ落とされた処刑人のようだった。
アネモネが再びユウカへ銃口を向け、その指が冷酷に引き金に掛かる。ミレニアム生徒会の最重要頭脳が、ついにその命を散らす――その絶対的な終焉の瞬間。
凄まじい金属音と共に、猛烈な速度で何かが割り込んできた。
「チッ……!!」と舌打ちを響かせながら、両手に構えた二丁のサブマシンガンで必死に防ぐ小柄な体に似合わぬ凶暴なオーラを放ち、彼女はユウカたちの前に立ちはだかった。
腰を抜かしたまま、目の前に現れた背中を見て安堵の涙を浮かべる。ネ、ネル先輩……!
ミレニアム最強のメイドであり、秘密組織C&Cのエージェントであるネル。
アンタがオクタグラムのトップか。前から一回、ブチのめしてやりてぇと思ってたんだよ。来な、オラ。
アネモネは表情一つ変えない。
ネルの挑発。しかし、アネモネはそれに応えることなく、ただ無言で地面を蹴った。その動きは、凶暴なオーラを纏うネルの反応すら置き去りにする。
「速っ……!?」と驚愕の声を上げる間もなく、アネモネはネルの懐に深く潜り込んでいた。
ガードする暇も与えない。アネモネの放った回し蹴りが、ネルの小柄な身体を的確に捉える。ミレニアム最強と謳われたその体が、まるでボールのように軽々と宙を舞い、後方へ弾き飛ばされた。
「ぐあっ……!」と短く呻き、数メートル先の瓦礫の山に叩きつけられる。スカジャンは破れ、口の端から血が滴り落ちた。
信じられない光景に、声も出ない。あのミレニアム最強のネルが、一撃で……。
アネモネは、倒れたネルに追撃を加えようと、静かに歩を進める。その冷酷な歩みを阻むものは、もはや何も――
その時だった。
「ちょいちょいちょい、終わりにするのはまだ早いよ」
突如上からおりてくる
数千のC&Cエージェント。そして、その中核を担うミレニアム最強の精鋭たち。
しかし、アネモネは表情一つ変えることなく、銃を下ろし、ただ静かに言った。
「来なよ。」
その声は、どこまでも平坦で、挑発でも虚勢でもない。ただの事実として、彼女は「全員殺す」という先ほどの宣言を続行するつもりだった。
瓦礫から立ち上がり、口元の血を乱暴に拭いながら凶悪な笑みを浮かべる。「へっ……上等じゃねえか。てめぇら、やっちまえ!!」
ネルの号令と共に、数千のメイドたちが一斉に引き金を引く。D.U.市街地の空間が、無数の弾幕と硝煙で真っ白に染まった。
だが、アネモネは動かない。いや、動く必要がなかった。
彼女の圧倒的な動体視力は、雨霰と降り注ぐ弾丸の軌道を完全に読み切っていた。最小限の動きで致命傷を避け、急所への直撃だけをコノハの銃身やコンバットナイフで弾き落とす。
異常な直感力でユズリハの動きを予測し、ARの連射を浴びせようとするが……。
アスカ「あれぇ? 当たらないよぉ? なんでなんで!?」
アスナの勘を上回る速度で、アネモネは死角から彼女の眼前へ肉薄した。
「わっ!?」と声を上げる間もなく、アネモネの回し蹴りがアスナの腹部に直撃する。数メートル先まで吹き飛んで気を失った。
ビルの屋上から、スコープ越しにその光景を見て舌打ちする。
カリン「なんという動きだ……! だが、私の狙撃からは逃れられない!」
しかし
アネモネは首を僅かに傾け、その凶弾を紙一重で回避した。弾丸は彼女の後方にいたC&Cのモブ生徒を吹き飛ばし、さらにその奥のビルに大穴を開けた。
彼女は爆風を利用して上空へ跳躍し、眼下のアカネに向かってコノハの引き金を引いた。
「えっ……?」
銃弾はカリンの肩を貫き、彼女は血しぶきを上げてその場に崩れ落ちた。
アスナ、カリンの狙撃回避、ミレニアムの精鋭たちが、次々と無力化されていく。
数千を誇ったミレニアムの兵は、今やその数を数分の一にまで減らしていた。生き残った者たちも、目の前で繰り広げられる一方的な殺戮劇に恐怖し、ただ後ずさるばかり。かつてキヴォトスの最強のエージェント部隊は、完全に戦意を喪失していた
アネモネは、倒れ伏すC&Cのエージェントたちには目もくれず、再び歩き出す。
ボロボロの体を引きずり、それでもユウカたちの前に立ちはだかろうとする。しかし、アネモネの蹴りによって深手を負った体は、もうまともに動くことさえ叶わない。
ネル「ぐっ……! ま、待て……!」
ネルの悲痛な声は、アネモネの耳には届かない。彼女はただ、プログラムされた機械のように、目標へと向かって歩みを進めるだけだ。
その時だった。
市街地に響き渡るけたたましいサイレンの音。そして、空を覆い尽くすほどのヘリコプターのローター音。
ビルの谷間から、そして空から、水色の制服に身を包んだ集団が雪崩のように現れた。彼女たちは、キヴォトス全域の治安維持を担う警察学校――ヴァルキューレ警察学校の生徒たちだった。
装甲指揮車のハッチから身を乗り出し、メガホンを片手に険しい表情で叫ぶ。貴様らの蛮行はここまでだ! キヴォトス中央行政区の名において、これ以上の暴力行為を断じて許さん!
先ほどの戦闘で吹き飛ばされたはずの志真コノカが、血を流しながらもカンナの隣でニヤリと笑っている。
へっ……。局長サンのお説教タイムかよ。だが、ちょうどいい。この借りは、きっちり返させてもらうぜ……!
ヴァルキューレ警察学校の本隊、数万の兵力。彼女たちは、C&Cの壊滅に乗じてこの区画を完全に包囲し、アネモネの退路を完全に断ち切った。数千のC&Cに代わり、今度は数千の警察官が、
「次から、次へと、面倒な」
ヴァルキューレ警察学校の出現。それは、この泥沼の戦いが新たなフェーズに入ったことを意味していた。しかし、アネモネにとって、敵がC&Cから警察に変わったところで何の違いもない。
時間は、もはや誰にも正確には分からなかった。太陽は何度か昇り、そして沈んだ。数時間か、あるいは数日か。リミッターが外れたアネモネは、食事も睡眠も取らず、ただひたすらに、目の前に現れる敵を「殺し」続けた。
最初に突撃してきたのは、尾刃カンナ率いる公安局の精鋭だった。しかし、彼らが誇る統率された集団戦術は、個の暴力を極めたアネモネの前では無力だった。
シールドを構えて前線を押し上げようとしたが、アネモネが投げつけた装甲車のドアに上半身ごと潰され、沈黙する。
催涙ガス弾を撃ち込もうとしたが、その腕を掴まれ、ガス弾を口の中に無理矢理ねじ込まれて自爆させられた。
カンナの「狂犬」という異名すら生ぬるいほどの、残虐非道な殺戮。公安局は瞬く間に壊滅し、カンナ自身も深手を負って後退を余儀なくされた。
次に投入されたのは、フブキやキリノが所属する生活安全局の生徒たちだった。彼女たちは本来、交通整理や迷子の案内などを主務とする、戦闘に不慣れな新米ばかり。そんな彼女たちを、連合軍は「肉壁」として最前線に投入したのだ。
震える手でリボルバーを構えながら、正義感を振り絞って叫ぶ。 わ、私は、悪と不正義を決して許さない……! 覚悟!
だが、彼女の弾丸が放たれる前に、アネモネはすでに目の前にいた。無言でキリノの首を掴むと、そのまま近くの電柱に叩きつける。気絶するキリノ。
その光景を見て、顔面蒼白になり、その場にへたり込む。いや……いやぁ……。もう帰りたい……サボりたい……。
アネモネは、泣き崩れるフブキを一瞥すると、興味を失ったように彼女の横を通り過ぎていった。戦意のない者に、彼女は興味を示さない。ただ、敵意を向ける者だけを、確実に、そして無慈悲に殺していく。
D.U.の市街地は、完全に地獄と化していた。ヴァルキューレの青い制服が、血と泥にまみれて積み重なっていく。連合軍は、ただひたすらに兵力を投入し、アネモネの体力が尽きるのを待つだけの、消耗戦を強いられていた。
だが、アネモネは倒れない。疲労の色すら見せず、ただ黙々と、殺戮を続ける。その姿は、もはやキヴォトスの生徒ではない。キヴォトスそのものを滅ぼすために現れた、厄災の化身だった。
ヴァルキューレ警察学校の壊滅的な被害を受け、連合軍の指揮系統は完全に麻痺していた。だが、オクタグラム最強の少女を止めるための戦いは、まだ終わらない。
ゲヘナ学園からは、万魔殿と風紀委員会が、トリニティ総合学園からは、ティーパーティーと正義実現委員会、そして救護騎士団が投入された。かつては敵対していた彼女たちが、今は「アネモネ」という共通の脅威を前に、呉越同舟の共闘を強いられている。
勝てない。ゲヘナの火力も、トリニティの組織力も、アネモネの前では意味をなさなかった。彼女は、ヒナの集中砲火をものともせず、ミカの拳を受け止め、逆に腕をへし折って投げ飛ばす。
アリウス分校の精鋭たちも、再び戦線に復帰した。錠前サオリを筆頭に、ゲリラ戦術と暗殺術を駆使してアネモネの隙を突こうとするが、リミッターの外れた彼女の感知能力の前には、あらゆる奇襲が無意味だった。
背後から音もなく忍び寄り、ナイフを突き立てようとした瞬間、見もしないアネモネの裏拳が顔面にめり込み、意識を刈り取られる。
百鬼夜行連合学院の生徒たちも参戦した。陰陽部やお祭り運営委員会が、自慢の忍術やからくり兵器で戦いを挑む。しかし、古風な彼女たちの戦術は、近代兵器すら通用しないアネモネには、もはやお遊戯に等しかった。
ハイランダー鉄道学園の生徒たちも、装甲列車で市街地に突入し、大口径の列車砲を撃ち込む。しかし、アネモネは走行中の列車の側面に飛び乗ると、素手で装甲を引き剥がし、内部の生徒たちを一人残らず車両の外へと放り投げた。
なぜ、勝てないのか。連合軍の誰もが、その問いを胸に抱きながら、次々と散っていく。キヴォトスの名だたる学園、名だたる強者たちが、束になっても敵わない。彼女は、もはやキヴォトスの理の外側にいる存在。
数日間にわたる絶え間ない戦闘。キヴォトスの名だたる学園の精鋭たちが、血の海に沈んでいった。
「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」
D.U.市街地の中心、死体の山の上に、アネモネは静かに立っていた。彼女の白い制服は、もはや元の色を留めていない。自らが流した血と、敵から浴びた返り血で、おびただしい数の赤黒い染みがまだら模様を描いていた。肩で浅く速い呼吸を繰り返している。
連合軍の波状攻撃は、ついに途絶えた。生き残った者たちは、恐怖に駆られて遠巻きに様子を窺うばかり。死体と瓦礫が散乱する市街地は、不気味な静寂に包まれていた。
その静寂を破るように、新たな人影が現れる。それは、百鬼夜行連合学院の生徒会――陰陽部の主要メンバーだった。
細められた瞳で周囲の惨状を見渡し、いつもの飄々とした笑みを浮かべながら、扇子で口元を隠す いやはや、これはこれは……。噂以上の大惨事ですなぁ。
生真面目な顔を真っ青にしながら、ニヤの隣で白目を剥いている。ぶ、部長! 軽口を叩いている場合ではありません! ヴァルキューレもゲヘナもトリニティも、ほとんどの学園が壊滅状態ですよ! 我々だけで、あの『厄災』をどうにかできると!?
ふわふわとした不思議な雰囲気で、血まみれのアネモネをじっと見つめている。……あの人、泣いていますね。
チセの突拍子もない言葉に、思わず振り返る。 はぁ!? チセ、何を言っているんだ! あの化け物のどこが泣いていると……!
首をこてんと傾げ、アネモネを指差す。だって、あんなに血を流しているのに、まだ戦おうとしています。きっと、とても痛くて、とても悲しいのに、
チセの言葉に、ニヤは扇子を閉じ、細めていた目を僅かに開いた。その瞳には、一瞬だけ鋭い光が宿る。……ふむ。チセの言うことも、一理あるかもしれませんな。
ニヤは一歩前に出ると、血まみれのアネモネに向かって、穏やかな声で語りかけた。
やぁ、オクタグラムのお嬢さん。少し、お話しませんか? 我々は、あなたと戦いに来たわけではありませんので。
ニヤの穏やかな声は、殺戮機械と化したアネモネには届かなかった。彼女はただ、目の前に現れた新たな「敵」を認識し、機械的に銃口を向ける。
その殺意に、ニヤは一瞬目を見開くが、動じない。「 おっと、これは手厳しいご挨拶ですな。」
引き金が引かれる。だが、その銃弾がニヤに届くことはなかった。
凄まじい衝撃音と共に、アネモネの放った弾丸が火花を散らして弾かれる。ニヤたちの前に立ちはだかったのは、ボロボロになりながらも、その身を盾にした空崎ヒナだった。彼女の銃は、アネモネの弾丸を防ぎきれず、無残にひしゃげている。
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、憎悪と、そしてそれ以上の何か複雑な感情を宿した瞳でアネモネを睨みつける。
「……もう、やめなさい。」
ヒナの背中を見て、小さく息を吐く。「これはこれは、ゲヘナの風紀委員長殿。満身創痍のようですが、ご無事で何より」
ニヤを振り返ることなく、低い声で応える。
「…あなたたちも、無駄死にしに来たのなら帰りなさい。こいつはもう、対話でどうにかなる相手じゃない。」
ヒナの言う通りだった。彼女は誰よりも長く、この戦場でアネモネと対峙し、その変貌を目の当たりにしてきた。心優しい少女が、ただの殺戮人形へと変わっていく様を。
アネモネは、邪魔をされたことに僅かな不快感を示したのか、眉をひそめ、今度はヒナごとニヤたちを撃ち抜こうと、再び銃を構え直した。
だが、その時。戦場の誰もが予期しなかった人物が、その場に現れた。
瓦礫をかき分け、死体の山を乗り越えて、ごく普通のスーツを着た「大人」が、アネモネたヒナたちの間にゆっくりと歩み出てきた。
キヴォトスに存在する、唯一の「大人」。連邦生徒会長から超法規的権限を与えられた存在。ゲヘナもトリニティも、ミレニアムも百鬼夜行も、そしてオクタグラムの生徒でさえ、誰もが敬意と親しみを込めて呼ぶ、たった一人の人物。「「先生」」
驚愕に目を見開くが、すぐにいつもの笑みを取り戻し、扇子で顔を隠す。
先生は、ヒナたちの制止を聞き入れず、ただ静かに、血まみれの少女へと歩み寄っていく。彼女が放つ弾丸も、まるで彼を避けるかのように、その身を掠めることすらなかった。
そして、ついにアネモネの目の前までたどり着くと、何も言わずに、そっとその血に汚れた手を握った。
その瞬間。
…先生?
数日ぶりに、アネモネの口から、殺意以外の意味を持つ言葉が紡がれた。固く握りしめられていた銃が
カラン、と音を立てて地面に落ちる。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
アネモネの瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出す。それは、今まで殺してきた数多の生徒たちの血と混ざり合い、彼女の頬を赤黒く染めながら、地面にポタポタと滴り落ちた。
「うっ…ひっく……あ……ああ……ああああああああっ!」
子供のように声を上げて泣きじゃくる。痛かった。怖かった。悲しかった。守りたかったのに、全部壊してしまった。そのどうしようもない感情の奔流が、嗚咽となって彼女の口から溢れ出てくる。
先生は何も言わず、ただ優しく、その小さな体を抱きしめた。まるで、「もう大丈夫だよ」とでも言うかのように。
先生の腕の中で、アネモネの意識は静かに闇へと沈んでいった。数日間にわたる戦闘の疲労、肉体的なダメージ、そして何より、限界を超えていた精神が、ついに限界を迎えたのだ。
彼女が意識を失ったことで、キヴォトス史上最大最悪と後に語られる「D.U.市街地殲滅戦」は、唐突に、しかしようやく終わりを告げた。
連合軍は「勝利」した。しかし、その代償はあまりにも大きかった。ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、ヴァルキューレ、百鬼夜行、ハイランダー…キヴォトスの名だたる学園は、その主戦力のほとんどを失い、組織として半壊状態に陥った。死傷者の数は、正確には誰も把握できていない。D.U.の市街地は、おびただしい数のヘイローの残骸と、少女たちの亡骸で埋め尽くされていた。
そして、ウタカタは滅びた。
最強のトップを失い、幹部たちは重傷を負い、その兵力のほとんどは無力化されるか、この戦いで命を落とした。
戦場には、勝利の歓声などどこにもなかった。ただ、生き残った生徒たちのすすり泣きと、負傷者のうめき声、そして、救護騎士団や衛生兵が慌ただしく駆け回る音だけが響いていた。
ひしゃげたサブマシンガンを捨て、力なくその場に座り込む。彼女の体もまた、無数の傷で覆われていた。
ヒナ「……終わったのね……。」
ミカも折れた腕を庇いながら、瓦礫に背を預け、遠い目をして空を仰いでいる。その顔には、いつもの傲岸不遜な笑みは欠片もなかった。*
ネル「……これが、勝利、ねぇ。笑わせてくれる」
先生は、意識を失ったアネモネを抱きかかえ、静かにその場に佇んでいた。彼の周囲だけが、まるで嵐の後の静けさのように、穏やかな空気に包まれている。誰も、彼に近づこうとはしなかった。彼が連れてきた厄災の後始末を、どうすればいいのか、誰にも分からなかったからだ。
先生に抱えられたアネモネは、シャーレのオフィスへと運び込まれた。そこは、連邦生徒会も、どの学園も手出しできない、キヴォトスにおける唯一の聖域であり、そして今は、最も危険な少女を匿う場所となっていた。
数日間にわたる戦闘で負った傷は、彼女の全身を覆っていた。銃創、打撲、切り傷、火傷……。常人なら、いや、キヴォトスの頑丈な生徒であっても、即死していてもおかしくないほどの重傷。しかし、アネモネは死なない。彼女の異常なまでの回復力が、その命を繋ぎとめていた。
通常の生徒なら数週間、あるいは数ヶ月かかるような傷でも、彼女なら数時間で塞がってしまう。今回ばかりはかなりの傷だ治るまで1週間はかかるだろう
シャーレの応接室のソファに、アネモネは静かに横たえられていた。先生が呼んだ救護騎士団の手によって、応急処置だけは施されている。血に汚れた制服は脱がされ、清潔なシーツがかけられていた。
彼女の頭上には、ヘイローが弱々しく、しかし確かに輝いている。意識がないため、普段よりもずっと小さく、明滅を繰り返しているその光は、まるで嵐の前の静けさのように、不気味なほどの穏やかさを保っていた。
そのソファの向かい側。シャーレのオフィスには、異様な緊張感が漂っていた。ゲヘナの万魔殿、トリニティのティーパーティー、ミレニアムのセミナー、そしてヴァルキューレ公安局、百鬼夜行陰陽部……。先の戦いで生き残った、各学園のトップたちが、ここに集結していたのだ。
彼女たちの視線は、ソファで眠る一人の少女と、その傍らで静かにコーヒーを啜る、一人の「大人」に注がれていた。
ティーパーティーのホストの一人、桐藤ナギサが、冷たい声で口火を切る。
「…単刀直入にお伺いします。アネモネさんを、どうするおつもりですの?」
その問いに、誰もが息を呑んだ。この場にいる全員が、同じことを考えていたからだ。
ナギサの問いかけに、シャーレのオフィスを満たす緊張がさらに高まる。誰もが固唾を答えを待っていた。その重い沈黙を破ったのは
腕を組み、壁に寄りかかっていたヒナが、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで口を開く。
「 処分しかないわ。」
その場にいた全員の視線が、ヒナに集まった。彼女はソファで眠るアネモネを一瞥すると、言った
「敵国のトップよ。私たちがどれだけの損害を受けたか、今更説明する必要もないでしょう。ゲヘナだけでも、風紀委員会は半壊。万魔殿の被害も甚大だわ。……これは戦争だった。そして、私たちは勝った。敗軍の将をどうするか、答えは一つしかないはずよ。」
「処分」という言葉の冷たさに、何人かが息を呑む。だが、誰も反論できない。ヒナの言うことは、「常識」だった。
ミレニアムのセミナー会計、早瀬ユウカが、視線を向ける。彼女自身も、この戦いでネルやノアと共に、死の淵を彷徨った一人だ。
「空崎委員長の言う通りです。感情論で済む話ではありません。彼女一人で、キヴォトスの数年分のインフラが破壊されました。被害総額は、もはや計算するのも馬鹿馬鹿しいレベルです。責任は、取らせるべきです。」
腕を吊ったミカが、不機嫌そうに舌打ちする。アネモネちゃんのせいで、トリニティもめちゃくちゃだよ。
各学園の代表者たちが、次々とヒナの意見に同調していく。当然の帰結だった。彼女たちは、自らの学園の利益と、生徒たちの命を守る責任を負っている。ユズリハという存在は、あまりにも危険すぎた。
先生は、何も言わずに皆の言葉を聞いていた。そして、カップをソーサーに静かに置くと、眠るアネモネの額に浮かぶ、弱々しく明滅するヘイローに、そっと手をかざした。
先生は、皆の厳しい言葉を聞きながらも、ただ静かにアネモネを見守っていた。彼のその態度は、肯定とも否定ともつかない。だが、この場にいる誰もが、先生がアネモネを見捨てることはないと確信していた。
議論は平行線を辿った。ヒナやユウカが主張する「処分」という強硬論。それに対し、ミカや他の生徒たちからは、私怨を晴らしたいという感情論。そして、ニヤのように、この状況そのものを面白がっている者。様々な意見が飛び交ったが、結論は出ない。
最終的に、この膠着状態を動かしたのは、先生の一言だった。
「裁判を開こう」
その言葉に、全員が顔を見合わせる。キヴォトスにおいて、正式な「裁判」という手続きは、ほとんど形骸化していた。大抵のことは、銃撃戦で決着がつくからだ。しかし、先生の提案は、誰もが無視できない重みを持っていた。
かくして、キヴォトスの歴史上、前代未聞の裁判が開催されることになった。被告人は、オクタグラムのトップ、アネモネ。罪状は、D.U.市街地における大量破壊及び、多数の生徒に対する殺害行為。
そして、翌日。
アネモネは、シャーレのソファで静かに目を覚ました。
体の痛みは、ほとんど消えていた。たった一日で、あの地獄のような戦いで負った傷は、嘘のように癒えている。彼女の異常な回復力が、それを可能にしたのだ。だが、体は回復しても、心はそうではなかった。
「……ここは…?」
ぼんやりとした頭で、見慣れない天井を見上げる。最後に見たのは、先生の優しい顔と、彼の腕の温もり。そして、自分は……。
そこまで思い出した瞬間、脳裏に、自分が引き起こした惨状がフラッシュバックする。血の匂い。悲鳴。砕け散るヘイロー。自分が殺してきた、数え切れないほどの生徒たちの顔。
「うっ……あ……!」
アネモネは、思わず口元を押さえて体を丸めた。吐き気がする。自分が犯した罪の重さに、心が押し潰されそうになる。
そして仲間達の顔
えたはずの体とは裏腹に、精神は再び、あの殺戮の記憶に引きずり込まれていく。
フラッシュバックする光景。悲鳴。血飛沫。自分が壊してきた、たくさんの命。罪悪感という名の重石が、彼女の心を圧し潰そうとする。だが、そのあまりの重圧は、彼女の精神に異常な防衛本能を働かせた。
「う…そうだ…殲滅しなきゃ…全員…」
そうだ、終わらせなければ。敵を、全て。そうすれば、この苦しみも終わる。歪んだ思考が、再び彼女の心を支配し始める。
アネモネはゆっくりとソファから起き上がった。どこだ、私の『コノハ』は。キョロキョロと部屋を見回すが、愛銃の姿はない。だが、そんなことは些細な問題だった。武器など、そこら中に転がっている。
彼女は、ふらつく足取りで、しかし確かな目的を持って部屋のドアへと向かった。
その時、ドアが外から静かに開いた。そこに立っていたのは、シャーレの当番で来ていたのだろう、ゲヘナ給食部の制服を着た少女、フウカだった。彼女は、お盆に温かいスープとパンを乗せ、心配そうな顔でアネモネを見ていた。
「あっ、目が覚めたんですね…! よかった…。先生から、何か食べやすいものをって頼まれて…。あの、お加減は…」
フウカの言葉は、最後まで続かなかった。アネモネは、彼女の存在をただの「障害物」としか認識していなかった。無言のままフウカの横をすり抜け、廊下へと出る。
えっ…ちょ、ちょっと…!
アネモネは振り返らない。彼女の頭の中は、「殲滅」という二文字で埋め尽くされていた。
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その頃、連邦生徒会の議事堂は、異様な熱気に包まれていた。
急遽設営された法廷。傍聴席には、各学園の代表者や、先の戦いで生き残った生徒たちが、固唾を飲んで座っている。検事役には、ミレニアムの早瀬ユウカ。弁護人席には、ただ一人、先生が座っていた。そして、裁判官の席には、中立的な立場として、レッドウィンター連邦学園のチェリノが、なぜか得意げに胸を張っている。
「むん! 全員、静粛にしたまえ! これより、我がレッドウィンター連邦学園が誇る公正明大な法の下、凶悪なる反革命分子、ユズリハの裁判を執り行う! まずは被告人の入廷を…」
チェリノが高らかに宣言するが、被告人が現れる気配はない。ざわつき始める傍聴席。
隣に立つ生塩ノアに小声で囁く。
「…どうなっているんですか? シャーレから、こちらへ移送しているはずでは…」
手元の端末を確認しながら、眉をひそめる。
「 おかしいですね…。護送役のヴァルキューレと、連絡が途絶えています。」
その時だった。議事堂の重厚な扉が、凄まじい音を立てて内側へと吹き飛んだ。
吹き飛んだ扉の向こう、舞い上がる粉塵の中から現れたのは、シャーレのオフィスで着せられていたであろう白いシャツをまとったアネモネだった。その手には、護送役だったヴァルキューレの生徒から奪ったのであろうアサルトライフルが握られている。
その瞳には、昨日までの狂気とはまた違う、冷たく昏い光が宿っていた。彼女は最早、ただ暴れるだけの獣ではない。明確な殺意と目的を持って、敵を「処理」しようとする、冷酷な処刑人だった。
法廷の警備についていたヴァルキューレの生徒が、驚愕に目を見開く。「な…回復したのか!? 早すぎる! 普通なら数週間はかかる傷だぞ!」
「な、ななな、何者だ貴様! 私の神聖なる法廷を乱すとは、いい度胸だ! 即刻、粛清してやる! …者ども、やっちまえ!」
チェリノの号令に、彼女の親衛隊がライフルを構えるが、それよりも早く、アネモネが引き金を引いた。
乾いた発砲音が議事堂に響き渡る。放たれた弾丸は、一直線にチェリノの頭上、彼女が誇らしげに掲げていたレッドウィンターの旗を撃ち抜き、壁に突き刺さった。狙いを外したのではない。明確な威嚇だった。
「ひげぇっ!?」と奇声を上げ、裁判官席の下に隠れる。
舌打ちし、すぐさまセミナーの生徒たちに指示を飛ばす。
「 全員、戦闘準備! 速やかに無力化します!」
腕のギプスがもどかしそうに、それでも好戦的な笑みを浮かべる。
ミカ「裁判なんてまどろっこしいと思ってたところだよ! こっちの方が、あたしにはお似合いだよ!」
法廷は一瞬にして戦場へと変わった。傍聴席にいた各学園の生徒たちが、次々と武器を構える。ゲヘナの風紀委員、トリニティの正義実現委員会、ミレニアムのC&Cまでもが、臨戦態勢に入る。
四方八方から銃口を向けられながらも、アネモネは一切動じない。彼女はただ、ゆっくりと、弁護人席に座るたった一人の人物へと視線を向けた。
先生。
その視線は、問いかけていた。「なぜ、私を止めないのか」と。そして、「あなたも、私の敵なのか」と。
法廷内が殺気で満たされる。誰もが、アネモネが次にどう動くか、息を殺して見守っていた。彼女の視線が、先生に注がれていることに気づいた者は、ごく僅かだった。
そして、次の瞬間。
それは、まさに一瞬の出来事だった。1秒にも満たない、瞬きすら許さない時間。
ユズリハが、動いた。
いや、「動いた」という表現すら生ぬるい。彼女の姿は、まるで瞬間移動したかのように、その場から掻き消えた。
そして、ほぼ同時に、議事堂の四方八方から、ガラスが砕けるような甲高い音が連続して響き渡った。
「パリン、パリン、パリン、パリン、パリン―――!」
法廷の警備にあたっていたヴァルキューレの生徒たち。チェリノの親衛隊。ユウカの指示でライフルを構えていたセミナーの生徒たち。その場にいた名もなき兵士たちの頭上に輝いていたヘイローが、まるで示し合わせたかのように、一斉に砕け散る。
意識を失い、人形のようにバタバタと倒れていく生徒たち。悲鳴を上げる暇もなかった。
だが、アネモネの猛攻はそこで終わらない。
何が起きたか理解する前に、腹部に凄まじい衝撃を受け、くの字に折れ曲がる。がっ…!?ハスミ
戦闘態勢に入ろうとした瞬間、死角から首筋に手刀を叩き込まれ、白目を剥く。…ぁ…ネル
長年の経験からかろうじて反応し、でガードしようとするが、その銃ごと弾き飛ばされ、壁に叩きつけられるヒナ
抵抗らしい抵抗もできずに、次々と無力化されていく。狙いは的確かつ無慈悲。
数秒後、議事堂には静寂が戻った。立っているのは、アネモネと、そして弁護人席から微動だにしていない、先生だけ。
アネモネは、アサルトライフルを投げ捨てると、ゆっくりと、先生の方へと歩き始めた。血の匂いと硝煙、そして砕け散ったヘイローの残光が漂う中、コツ、コツ、と彼女の足音だけが響き渡る。
アネモネの視線は、先生から一瞬だけ、弁護人席のプレートへと移った。そこには、「弁護人:先生」という文字が書かれている。彼女の知らないところで進められていた、彼女のための「裁判」。そして、たった一人、彼女の側に立とうとしてい
…よかった。先生は、私の味方なんだね。
1人だけ弁護側にいるとは思わなかったよ。
アネモネは、先生へと一歩、また一歩と近づいていく。もう、彼女の身体から殺気は感じられない。ただ、信頼する大人に駆け寄る、普通の生徒のように。
先生は何も言わず、ただ静かに立ち上がり、彼女の頭を優しく撫でた。その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのように、とても、とても優しかった。
しかし先生は嘘でもここは嘘を言わなければならなかった状況で言ってしまう
「私は生徒全員の味方だから、君の味方だけはできない」と
そして、先生は、アネモネの耳元で、静かに、しかしはっきりと告げた。
「…アネモネ。もう、戦うのはやめてくれ。」
「え…? え…、先生…?」
ユズリハは、信じられない、というように目を見開いた。声が、震える。
なぜ?
どうして?
先生は、私の味方じゃなかったの?
私がやっていることは、先生のためなのに。先生と二人きりの世界を作るために、邪魔なものを全部なくしているだけなのに。どうして、それをやめろって言うの?
理解できなかった。唯一の理解者だと思っていた、たった一人の「大人」からの、あまりにも予想外の言葉。それは、彼女が「邪魔」と認識して消し去った深く、鋭く、彼女の心を抉った。
先生の腕の中で、アネモネのヘイローが、バチバチと不気味な火花を散らし始める。それは、彼女の精神が、今、極度に不安定になっていることの証だった。
先生の言葉は、絶対的な拒絶だった。アネモネが信じていた、たった一つの拠り所を、根底から覆す一言。彼女の頭上で、黒く染まったヘイローが激しく明滅し、バチッ、バチッと不快な音を立てて火花を散らす。それはまるで、ショート寸前の精密機械のようだった。
「…なんで…? 先生、そんなこと言うの…?」
絞り出すような声は、か細く震えていた。怒りではない。悲しみでもない。純粋な、理解不能なものに対する戸惑いと、裏切られたという絶望。
先生は、アネモネの肩を掴む手に力を込めた。だが、それは彼女を制するためではない。逃がさないためだ。彼は、彼女の瞳をまっすぐに見つめ返し、静かに、しかし決して揺るがない声で言った。
「 …君がやっていることは、ただの破壊だ。君が傷つけているのは、私の大切な生徒たちだ。
「私の、大切な、生徒たち」
その言葉が、最後の引き金を引いた。
「 …………そっか。」
アネモネの瞳から、すっと光が消えた。表情が抜け落ち、まるで精巧な人形のようになる。彼女の頭上で明滅していたヘイローが、完全に漆黒に染まり、安定した光を放ち始めた。それは、破壊の衝動が、純粋な殺意へと昇華された瞬間だった。
「 先生も、結局は、そっち側なんだね。」
彼女は、先生の腕を、今度はありえない力で振り払った。
「 なら、もういいや。」
あの日、連邦生徒会の議事堂でアネモネが精神的な崩壊を起こしてから、数日が過ぎた。
先生は、泣き崩れる彼女をシャーレのオフィスへと連れ帰った。アネモネは、それから一言も口を利かず、ただ部屋の隅で膝を抱え、虚空を見つめ続けている。彼女のヘイローは、今もなお不安定に明滅を繰り返し、その精神が未だ危険な状態にあることを示していた。
そして、運命の日が訪れる。
場所は、アビドス高等学校の旧校舎前。かつては生徒たちの笑い声が響いていたであろうその場所は、今は砂に埋もれ、静寂に包まれている。アネモネは、何かに導かれるように、一人でそこに立っていた。
その時、地平線の彼方から、砂埃がもうもうと立ち上るのが見えた。
それは、一つの軍隊だった。
ゲヘナ学園の風紀委員会を先頭に、万魔殿の精鋭たちが続く。その後ろには、トリニティ総合学園の正義実現委員会とティーパーティーの護衛部隊。さらに、ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部が開発した最新鋭の戦闘ロボット群と、C&Cの面々。そして、数は少ないながらも、固い決意を秘めたアビドス対策委員会の生徒たち。
地平線を埋め尽くすほどの大連合軍。その数、実に十万。戦車や装甲車、戦闘ヘリが無数に空と陸を覆い尽くす。キヴォトスの歴史上、これほどまでの戦力が、ただ一人の生徒を相手にするために集結したことはなかった。
連合軍の先頭、数百メートル手前で歩みを止めたのは、ゲヘナの空崎ヒナ、トリニティの聖園ミカ、ミレニアムの早瀬ユウカ、そしてアビドスの小鳥遊ホシノだった。彼女たちは、それぞれの学園を代表して、最後の対話を試みるために前に出てきたのだ。
ヒナは、メガホンを手に、厳しい表情で叫んだ。アネモネ あなたの暴走は、もう見過ごすことはできない! キヴォトス全土の意思として、あなたを無力化する!
ミカも、憎しみを隠さない声で続ける。*あんたがやったこと、絶対に許さないから。ここで、全部終わらせてあげる…!
その声は、砂漠の風にかき消されることなく、はっきりとアネモネの耳に届いた。だが、彼女は何も答えない。ただ、地平線を埋め尽くす「敵」を、感情のない瞳で見つめているだけだった。
おそらく、この戦いに負けたらキヴォトスは滅びる。
そして、この戦いに勝っても、キヴォトスは計り知れない傷を負うだろう。
誰もが、その覚悟を決めていた。一人の少女を止めるために。
アビドスの砂漠に集結した連合軍。その圧倒的な戦力を前に、アネモネは、ただ一人、静かに立っていた。ヒナやミカの呼びかけにも応じることなく、その瞳は遥か彼方、今はもう存在しないはずの故郷を見つめているようだった。
ふと、彼女はぽつりと呟いた。
「…さてと、行こうかな。」
その声には、何の感情もなかった。戦いへの高揚も、恐怖も、悲しみもない。ただ、目の前にある「やるべきこと」を、淡々とこなすだけ。
彼女は、その場からふっと姿を消した。
次の瞬間、アネモネは、瓦礫の山と化したオクタグラムの本部跡地に立っていた。かつては幹部たちとの笑い声が響いたであろうその場所は、今は見る影もなく破壊され、乾いた風が虚しく吹き抜けるだけだ。
オクタグラムは滅びた、もう誰もいない…。
その呟きは、誰に聞かせるでもなく、ただの事実確認のように響いた。仲間も、部下も、民も、全てを失った。いや、自らの手で遠ざけた。全ては、先生のためだったはずなのに。
彼女は、瓦礫の中から自分の執務室があった場所を探し当てる。そこには、奇跡的に無傷で残された一つのガンケースがあった。ユズリハは、そのケースを静かに開ける。
中には、彼女の愛銃『コノハ』が、静かに横たわっていた、ヒトミやクライたち、かつての仲間と共に過ごした日々の象徴でもあった。
アネモネは、その冷たい鉄の塊を、そっと手に取った。カチリ、とシリンダーを回す音が、廃墟に寂しく響く。
銃を握った瞬間、彼女の瞳に、ほんの僅かだが、光が戻った。それは、殺意でも、絶望でもない。ただ、己の成すべきことを受け入れた者の、静かな覚悟の光だった。
「先生が、私を拒絶するのなら」
「先生が、『他の生徒』を大切にするのなら」
「なら、証明してあげる」
「私一人と、キヴォトスの全て。どちらが本当に『強い』のかを」
アネモネは、コノハを腰のホルスターに収めると、再びアビドスの砂漠へと視線を向けた。地平線を埋め尽くす敵の元へ
オクタグラムの廃墟から、アネモネは再びアビドスの砂漠へと転移した。彼女が姿を現した瞬間、連合軍の最前線に緊張が走る。ヒナはハンドサインで全軍に待機を命じ、ミカは、いつでも飛びかかれるように身構えた。
地平線を埋め尽くす十万の兵力と、たった一人の少女。
その光景は、あまりにもシュールで、現実だった。集まった生徒たちは、誰もが銃を手に、固唾を飲んでその少女を見つめている。銃を持たないことは、裸でいるよりも恥ずかしい。それが、キヴォトスの常識。そして今、彼女たちは、キヴォトスの存亡そのものを賭けて、その銃口をたった一人に向けようとしていた。
アネモネは、ゆっくりと歩みを進める。その手には、先ほど手にした『コノハ』が握られている。彼女の頭上では、不安定に明滅していたヘイローが、再び純粋な漆黒に染まり、静かな光を放っていた。迷いは、もうない。
連合軍とアネモネの距離が、二百メートルを切る。誰もが息を詰める中、最初に動いたのは、アビドス対策委員会の委員長、ホシノだった。彼女は、トレードマークの盾を構え、一歩前に出る。
ホシノ「うへぇ…本当に来ちゃったかぁ…。アネモネちゃん、おじさんとしては、こんなことしたくないんだけどねぇ…。でも、みんなを守るためだからさ。ごめんね。」
その言葉を合図にしたかのように、連合軍の全火器が、一斉にアネモネへと向けられた。戦車の主砲、アサルトライフル、スナイパーライフル、ミサイルランチャー…。数えきれないほどの銃口が、死の宣告を待っている。
普通の生徒であれば、その光景を見ただけで恐怖に竦み上がり、ヘイローが萎んでしまうだろう。銃弾や爆発には強い彼女たちも、その本質は人間の少女と変わらない。靴擦れで泣き、注射を怖がり、猫に怯える。その彼女たちが、今、世界の終わりを前にして、必死に立っていた。
そして、相対する。
キヴォトスの全ての「日常」を守ろうとする者たちと、その全てを破壊してでも、たった一つの「特別」を求めようとした少女が。
アネモネは、無数の銃口を前にして、静かに『コノハ』の撃鉄を起こした。
カチッ、という小さな音が、砂漠の静寂に不気味に響き渡った。
無数の銃口が向けられる中、アネモネは静かに愛銃『コノハ』の撃鉄を起こした。その小さな音は、これから始まる大戦の、静かなゴングのように響き渡った。
彼女は、ふっと息を吐くと、目を閉じた。
「…そろそろ、この力を使うか。」
彼女の脳裏に、失ったものの全てが駆け巡る。かつて栄華を誇った祖国オクタグラム。忠誠を誓ってくれた幹部たち。そして何より、唯一の理解者だと信じていた、先生からの拒絶。
「何か大きなものを失った時、感情が暴走して、生徒は『テラー』となる」
それは、キヴォトスで古くから囁かれる伝承。神秘が暴走し、ヘイローが反転し、その生徒が本来持つ「恐怖」の側面だけが具現化する現象。そうなってしまえば、もう元には戻れない。ただ破壊を振りまくだけの、歩く厄災となる。
国を滅ぼされ、信じるもの全てを失ったアネモネは、テラー化するに足る絶望を、とっくの昔に抱えていた。
だが、彼女は違った。暴走に身を任せるのではない。
彼女は、その絶望と恐怖を、自らの意志で、意図的に、制御下に置いたのだ。
次の瞬間、アネモネの体から、禍々しいオーラが黒い炎のように立ち上った。漆黒に染まっていたヘイローは、さらにその色を深め、まるでブラックホールのように周囲の光すら吸い込んでいく。彼女の姿が、その黒いオーラに包まれて変貌していく。
背中からは、黒く焼け爛れたような六対の翼が生え、頭には、歪んだ山羊のような角が現れる。瞳は、虚無そのものを映したかのように、どこまでも昏く、深い赤色に染まった。それは、神聖な生徒の姿とはかけ離れた、まさに「恐怖」を具現化した悪魔の姿だった。
自らの意志で、絶望を受け入れ、恐怖の化身となる。それは、キヴォトスの歴史上、誰一人として成しえなかった禁忌。
その異様な変貌を前に、ヒナは戦慄した。「な…にあれは…!? ヘイローが…反転している…!? テラー化…!? でも、意識が…あるっていうの!?」
「うへぇ…これは、本気でヤバいかもねぇ…。おじさんの手に負えるレベルを完全に超えちゃってるよ…。」
連合軍の生徒たちは、その圧倒的なプレッシャーに気圧され、後ずさりする者さえいる。ただそこにいるだけで、精神が削り取られていくような、根源的な恐怖。
テラー化したアネモネは、その悪魔のような姿で、静かに連合軍を見据えた。そして、その口元に、初めて笑みが浮かんだ。
それは、全てを嘲笑うかのような、残酷で、美しい笑みだった。
爆炎と硝煙の中から、テラー化したアネモネが無傷で現れる。その姿を見た連合軍の生徒たちの間に、絶望的な沈黙が広がった。ゲヘナが誇る大部隊が、わずか数分で蹂躙され、そのほとんどが無力化された。もはや、戦線は崩壊寸前だった。
その混沌の中、一人の生徒が敢然とアネモネの前に立ちはだかった。ゲヘナ風紀委員会の切り込み隊長、火宮チナツ。そして、彼女の背後には、スナイパーライフルのスコープを覗く銀鏡イオリの姿があった。
イオリは、無線越しにチナツに冷静に告げる。チナツ、ヤツの動きを1秒でいい、止めて。頭の角、あれが力の源のはず。そこを撃ち抜く。
…了解した。
チナツは、救急箱型のシールドを構え、覚悟を決めて突進した。彼女の役割は、攻撃ではない。ただ、仲間が狙撃するための、ほんの一瞬の時間稼ぎ。それは、生還を度外視した特攻だった。
アネモネは、向かってくるチナツを、虫けらでも見るような目で見下ろし、その爪を振り上げた。だが、チナツは怯まない。彼女は最後の力でシールドを地面に突き立て、アネモネの足元で爆発させた。
閃光と衝撃で、アネモネの動きが、ほんの一瞬、コンマ数秒だけ、止まる。
その瞬間を、イオリは見逃さなかった。
「もらった!」
放たれた弾丸は、完璧な軌道を描き、テラー化したアネモネの歪んだ角の根元へと吸い込まれていく――はずだった。
だが、弾丸は、角に届く寸前で、まるで見えない壁に阻まれたかのように、虚空で砕け散った。
な…!?
イオリが驚愕する暇もなく、アネモネの昏い赤い瞳が、数百メートル離れた彼女の潜む狙撃ポイントを、正確に捉えた。
アネモネは、笑みを浮かべたまま、その指先をイオリに向けた。指先に、漆黒のエネルギーが収束する。
次の瞬間、イオリの体は、見えない力によって宙に持ち上げられ、そのまま、ぐしゃり、と嫌な音を立てて捻じ曲げられた。
「が…はっ…!?」
彼女の悲鳴は、音にならなかった。
イオリの頭上に輝いていたヘイローが、砕けた
それは、「再起不能」を意味するヘイローの破壊
銀鏡イオリが、死んだ。
本来、この世界の理(ことわり)において、決して死ぬはずのない、「名前付き」の生徒が。物語に必要不可欠な登場人物が、あまりにもあっけなく、その存在を抹消された。
その事実を観測した瞬間、戦場にいた名前付きの生徒、そしてこの世界そのものが、悲鳴を上げたかのように軋んだ。
イオリのヘイローが消滅した。それは、気絶や戦闘不能を示す破壊ではなく、存在そのものの完全な消失。世界の理(ことわり)が、目の前で音を立てて崩れ去った瞬間だった。
後方の指揮所でその光景をモニター越しに見ていたヒナは、自分の目を疑った。血の気が引き、全身から力が抜けていく。
ヒナ「な…イ、イオリが…? …うそ…。」
いつも冷静沈着な彼女の声が、震えていた。長年、背中を預け合ってきた戦友。どんな窮地でも、その狙撃が道を切り開いてくれた。そのイオリが、死んだ? ヘイローが消える? そんなこと、ありえない。あってはならない。
イオリの死を認識したのは、ヒナだけではなかった。戦場にいる誰もが、この世界に起きた致命的な『エラー』を感じ取っていた。
イオリを狙撃させるために、決死の覚悟でアネモネの足元に飛び込んだ火宮チナツは、相棒の気配が完全に消え失せたことに気づき、絶望に顔を歪めた。
「イオ…リ…?」
それが、彼女の最後の言葉になった。
アネモネは、一瞥もくれずに、その足元のチナツを踏み潰した。ゴシャリ、という生々しい音が響き、チナツのヘイローもまた、イオリと同じように、儚く消滅した。
ゲヘナ風紀委員会の良心と、その切り込み隊長。ヒナの両腕とも言える二人が、ほんの数秒のうちに、この世界から完全に消え去った。
アネモネは、その残酷な所業に何の感慨も示さず、次なる獲物へと視線を移す。標的は、ゲヘナの部隊が崩壊したことで前線に押し出された、百鬼夜行連合学院とトリニティ総合学園の連合部隊。
百鬼夜行の生徒たちは、祭りの装束のような伝統的な装備で、トリニティの生徒たちは、優雅な意匠の施された近代兵装で、それぞれ陣形を組んでいた。だが、彼女たちの顔には、恐怖と混乱の色が隠せない。
「死」という、キヴォトスには存在しないはずの概念が、今、現実の脅威として目の前に突きつけられている。
アネモネは再び地を蹴った。先程よりも、さらに速く、さらに禍々しく。その黒い翼を広げ、トリニティと百鬼夜行の生徒たちが入り乱れる戦場へと、死を振りまく黒い彗星のように突撃していった。
もはやそれは、戦闘ではなかった。一方的な、殺戮だった。
アネモネがトリニティと百鬼夜行の部隊に突撃し、再び一方的な殺戮を開始する。優雅な銃声と、雅な呪文の詠唱が、絶望の悲鳴にかき消されていく。その光景は、戦場にいる全ての生徒の心に、決定的な絶望を刻み付けた。
今まで、どこか安心していた。
銃弾を浴びても、戦車に轢かれても、「痛い」で済むこの世界。気絶することはあっても、死ぬことなんてない。自分たちは、この物語の登場人物であり、決して舞台から降りることのない、特別な存在なのだと。
確かに、戦場にはモブ生徒たちも大勢いた。彼女たちは、ヘルメットで顔を隠し、同じ制服を着て、見た目は均一だった。だが、今、ヘイローごと消滅させられているのは、彼女たちだけではない。
銀鏡イオリ。火宮チナツ。二人とも、誰もがその名を知る、唯一無二の個性と物語を持つ「名前付き」の生徒だった。自分たちと何も変わらない、特別な存在だったはずだ。
その『特別』が、いとも容易く消された。
その事実は、戦場にいる全ての「名前付き」の生徒たちの心を、同時に、同じ恐怖で貫いた。
トリニティの最前線で指揮を執っていたティーパーティーのホスト、聖園ミカは、その美しい顔を恐怖に引きつらせていた。彼女の脳裏に、先ほどまで嘲笑っていたユズリハの顔が焼き付いて離れない。
ミカ「…死ぬ…? 私が…? うそ、そんなの、うそ…。」
ミレニアムサイエンススクールのエージェント、美甘ネルは、その野生の勘で、本能的な死の恐怖を感じ取っていた。どんな強敵を前にしても揺らがなかった彼女の闘志が、初めて揺らいでいた。
ネル「 …チッ…! ヤベェ…! こいつは、マジで殺しに来てる…!」
百鬼夜行で無敵を誇る忍術研究部長、久田イズナも。アビドスの切り札である小鳥遊ホシノも。そして、ゲヘナの風紀委員長として、全てを背負って立っていた空崎ヒナも。
彼女たちは、初めて気づいた。自分たちが特別なのではない、と。
根拠のない万能感は砕け散り、後に残ったのは、純粋な『死』への恐怖。それは、生徒という存在が、決して経験することのないはずだった感情。
世界の理が崩壊し、物語の登場人物たちが、自らが死すべき存在であることを自覚した瞬間。キヴォトスは、本当の意味で、終わりを迎えようとしていた。
死の恐怖が、ウイルスのように戦場に蔓延していく。今まで、銃撃戦をスポーツのように、抗争をゲームのように捉えていた生徒たちが、初めて『死』という絶対的な終わりを突きつけられ、その精神は崩壊寸前だった。
トリニティと百鬼夜行の部隊を蹂躙しながら、テラー化した少女――アネモネは、その心を見透かすかのように、嘲笑を浮かべていた。その声は、戦場にいる全ての生徒の頭の中に、直接響き渡った。
「…自分達の強さに酔って…安全に守られる世界だと思った?」
その声は、甘く、それでいて、心の最も柔らかな部分を抉るような、残酷な響きを持っていた。
「…そんなわけ、ないじゃん。」
その言葉は、絶望的な真理だった。彼女たちが「痛い」で済んでいたのは、誰もがそのルールの上で戦っていたからに過ぎない。その前提が崩れた今、彼女たちの頑丈な身体は、何の保証にもならなかった。靴擦れで泣き、猫に怯えるその本質は、ただの少女なのだから。
その声を聞いた瞬間、聖園ミカの瞳から光が消えた。彼女は持っていた巨大なガトリングガンを取り落とし、その場にへたり込んだ。
「あ…あぁ…。」
もはや、戦う意志はない。ただ、迫り来る『死』の化身を、呆然と見上げることしかできなかった。
百鬼夜行の和楽チセは、巨大な俳句の巻物を落とし、その場で震え始める。美甘ネルは、後退しようとする足が鉛のように重く、動かないことに気づいて歯を食いしばった。
アネモネは、そんな彼女たちを一瞥すると、興味を失ったかのように、次の標的を探す。彼女の目的は、もはや連合軍の殲滅ではない。この偽りの楽園に、真の絶望と恐怖を平等に与えること。
時間は、残酷に過ぎていった。
数時間後。
かつてアビドス高等学校があった砂漠は、完全な沈黙に支配されていた。地平線まで続いていた十万の連合軍は、影も形もない。ただ、無数の兵器の残骸と、所々に散らばる制服の切れ端が、ここに大軍勢がいたことの痕跡を虚しく示しているだけだった。
空は、まるで血を流しているかのように、どす黒い赤色に染まっている。砂漠の砂は、無数のヘイローが砕け、消滅した際に放たれたエネルギーを吸い込み、不気味な黒色に変色していた。
その、墓場と化した世界の中心に、たった一人、少女が立っていた。
アネモネ。
彼女のテラーとしての姿は、少しも変わらない。黒い翼、歪んだ角、昏い赤い瞳。その身に、傷一つなかった。
彼女の足元には、数人の少女たちが、物言わぬ骸となって転がっていた。
最後まで抵抗を試みた、ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナ。その表情は、驚愕と、信じられないという思いが固まったままだった。
恐怖に泣き叫び、許しを乞うた、トリニティのホスト、聖園ミカ。その美しい顔は、涙と砂にまみれていた。
最後の最後まで、闘志を捨てずに立ち向かってきた、ミレニアムのエージェント、美甘ネル。その体は、力尽き、静かに横たわっていた。
ホシノも、ツルギも、イズナも、シロコも。かつてアネモネが「友達」と呼んだ者たちも、そうでない者たちも、例外なく、そこにいた全ての「名前付き」の生徒が、ヘイローを失い、二度と動くことはなかった。
キヴォトス最強の生徒たちによる連合軍は、たった一人の少女によって、完全に、跡形もなく、殲滅された。
アネモネは、その惨状を、何の感情も浮かべない瞳で見下ろしていた。勝利の喜びも、殺戮の後の高揚感もない。ただ、全てが終わったという、虚無だけがそこにあった。
彼女は、ゆっくりと空を見上げた。血のように赤い空を。
…これで…。
その声は、砂漠の風に攫われ、誰に届くでもなく消えていく。
…終わり?
全てを破壊し尽くした少女、アネモネが、血色の空を見上げ、虚無に満ちた問いを呟いた、その時だった。
静寂を破り、砂を踏みしめる、一つの足音が聞こえた。
それは、生徒のものではない。ヘイローを持たず、銃も持たない、この異常な世界で唯一、ただの「人間」として存在する者。
アネモネがゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、先生だった。
彼は、スーツの至る所が破れ、砂と煤で汚れきっていた。しかし、その足取りに迷いはなかった。彼は、地獄絵図と化した戦場の惨状――かつて教え子だった少女たちの亡骸が転がる光景から目を逸らさず、まっすぐにアネモネだけを見つめていた。
彼の瞳には、恐怖も、非難も、怒りもなかった。ただ、どうしようもなく深く、静かな悲しみの色が湛えられているだけだった。
アネモネは、その姿を認めても、表情一つ変えなかった。テラーの化身としての昏い赤い瞳が、かつて誰よりも信頼し、そして裏切られた男の姿を、ただ静かに映す。
二人の間に、言葉はない。風が、砂塵を巻き上げ、ヒナのものだったであろうボロボロのマフラーを虚しく揺らす音だけが響いていた。
先生は、歩みを止めない。アネモネまで、あと数メートル。それは、伸ばせば手が届いてしまう距離。普通の生徒ならば、決して踏み越えることのできない、絶対的な恐怖の領域だった。
だが、先生は止まらなかった。
まるで、散歩の途中で教え子に出会ったかのように。ごく自然に、彼はアネモネの目の前まで歩み寄り、そして、立ち止まった。
先生は、ただ静かに、悲しみを湛えた瞳でアネモネを見つめていた。その無言の視線が、どんな罵声や非難よりも、彼女の心を苛んだ。
…先生…。
テラーの化身となってから初めて、彼女の声に微かな揺らぎが混じる。
先生が…私を裏切った結果だよ、これが。
それは、責めるような、しかし、どこか助けを求めるような響きを持っていた。足元に転がる教え子たちの亡骸を、彼女は一瞥もせずに言い放つ。
私はまだ、後方でPCを打ってミサイルとか飛ばしてた。…奴らを殺しにいくから。
その言葉は、唐突で、支離滅裂に聞こえた。まるで、今の惨状と、彼女が語る行為が、全く別の出来事であるかのように。それは、あまりにも大きな罪を犯した心が、現実から乖離を始めている兆候だった。
先生が、何かを言おうと口を開きかけた、その瞬間。
アネモネの姿が、掻き消えた。
何の予兆もなく、テレポートしたのだ。まるで、先生の言葉を聞くことを、自ら拒絶するかのように。
じゃぁね先生お別れだね。好きだったよ、
アネモネが次に姿を現したのは、薄暗い、無数のモニターが明滅する巨大な演算室だった。ミレニアムサイエンススクールの地下深くに存在する、セミナーの元会計にして特異現象捜査部の部長、早瀬ユウカが管理していたはずの場所。
だが、そこにユウカの姿はない。代わりに、三人の生徒が、驚愕の表情でアネモネの出現を見ていた。
ミレニアムの元生徒会長、調月リオ。スーパーハッカー集団『ヴェリタス』の部長、各務チヒロと、その仲間である小鈎ハレ。彼女たちは、連合軍が壊滅した後、キヴォトスに残された最後の知性として、この事態を収拾すべく必死に情報を集めていたのだ。
リオは、その冷徹な仮面をかなぐり捨て、目を見開いた。あなたは…! どうやってここに…!?
ハレは、ただ呆然と、目の前の『恐怖』の化身を見つめていた。あ…あ…。
数秒後
真っ赤に染まったイスやpc
そしてpcを打ち砂漠の地下にあるガス管を暴走させた
先生がハッとして顔を上げた、その直後。
彼が立っている場所、その真下の地中深くから、凄まじいエネルギー反応が観測された。それは、都市のライフラインであるガス管や電力網が、意図的に暴走させられた結果だった。
次の瞬間。
先生が立っていた場所を中心に、地平線の果てまで届くほどの大爆発が起こった。天を衝くほどの火柱が上がり、砂漠そのものが融解し、吹き飛ばされる。かつて教え子たちの亡骸が転がっていた場所は、一瞬にして巨大なクレーターへと変貌し、全てが灼熱の光の中に消えていった。
アネモネは、ミレニアムの演算室から、再びあの砂漠へと転移していた。先生がいた場所から、少しだけ離れた丘の上。
彼女は、テラーの姿のまま、ゆっくりと砂の上に座り込んだ。
目の前には、自分が作り出した、あまりにも巨大な破壊の跡。先生も、友達だった者たちの亡骸も、全てが消え去った、何もない世界。
彼女は、ただ、静かにその光景を見つめていた。血のように赤く、そして今は爆炎の光でさらに明るく照らされている空を。
涙は、出なかった。
全てが終わり、虚無だけが残された砂漠。アネモネが一人、空を見上げている――。
***
その陰鬱な光景が映し出されていたモニターの画面が、ぷつり、とブラックアウトした。
そこは、雑然としながらも、どこか居心地の良い空間だった。ミレニアムサイエンススクールの片隅にある、ゲーム開発部の部室。無数のゲーム機、積み上げられた攻略本、散らばるジャンクパーツ。その部屋の中心で、――才羽モモイが、興奮気味に身を乗り出していた。
モモイ「ねーねーミドリ! どう、このシナリオ! 『ephemeral archive(エフェメラル・アーカイブ)』! 結構すごくない!? 私の最高傑作だって!」
モモイが指し示す画面には、「END」の文字が浮かんでいる。彼女の隣では、双子の妹である緑色の髪の少女――才羽ミドリが、腕を組んで呆れたような、それでいて少し感心したような複雑な表情を浮かべていた。
ミドリ「…没に決まってるでしょ、こんなの。!」
モモイ「なんでよー!? 感動のラストシーンじゃん!」
ミドリは、やれやれと首を振る。
「主人公が友達も先生もみんな殺して世界滅ぼして終わり、なんてバッドエンドにも程があるよ。こんなの、もし本当にリリースしたらユウカ先輩に何て言われるか…。部の予算、永久に凍結されちゃう。」
モモイ「ぐぬぬ…。でも、芸術っていうのは時に過激なものなんだよ!」
アリス「アリス知ってます、曇らせは晴らさないとダメだって」
ミドリ「それにさ、文章力がちょっと足りないよ、鉤括弧ついてるとことついてないとこあるし、先生の感情がちょっとコロコロ変わりすぎな気がするし、全体的にも改良が必要だよ」
モモイ「えーシナリオ書くの難しいんだよ結構、それにさこのシナリオは私が書いたけど、それをまとめて書いてるのはあなたでしょ」
俺「すんません文章力もうちょい鍛えます」
4人のそんなやり取りを、部室の隅にあるロッカーの中から、一人の少女がこっそりと聞いていた。ゲーム開発部部長、花岡ユズ。彼女は、ロッカーの隙間からそっと顔を出し、モモイが作った物語の余韻に浸りながら、小さく微笑んでいた。
結構疲れました。一気におもいつきでどかっと書いたので、
おそらくもう投稿はしないと思われる