人攫い事件から数日。
新世界の爽やかな風が吹き抜ける甲板で、木刀を持った二人の少年の声が響いていた。
「そりゃあッ!」
「くそっ、負けるかよ!」
シャンクスとバギーが、素振りを繰り返しながら互いに汗を流している。
その少し離れた場所で、腕を組みながら二人を静かに見つめているのは、背に名刀『政宗』を背負ったミラだった。
「シャンクス、踏み込みが甘い。腰のタメが抜けているぞ。……バギー、振り下ろした後に軸がブレている。そんな体勢では次の攻撃に対応できない」
ミラの冷徹だが的確な指摘に、二人は必死に姿勢を正す。
「は、はい! ミラさん!」
「くぅ~……! 腕がパンパンだぜ……!」
へたり込みそうになるバギーだったが、ミラの黄金の瞳に見つめられると、慌てて木刀を構え直した。
甲板の端では、レイリーとギャバンが酒を酌み交わしながら、その光景を楽しそうに眺めていた。
「わっはっは! ミラの奴、すっかり『師匠』の顔になってるじゃねぇか!」
酒樽に腰掛けたロジャーが大笑いする。
「だが、教え方は実に理にかなっているな」
レイリーが眼鏡の位置を直しながら頷く。
「シャンクスの鋭い筋性と、バギーの体の柔らかさ……それぞれの長所を見抜いて指導している。……ミラ自身が、己の圧倒的な力量に奢らず、地道な練修を積み重ねてきた証拠だ」
「バレットの奴も、最初はイライラして見てたが……今じゃ影でフンフン聞いてやがるぜ」
ギャバンが指差す先には、船の物陰から腕を組んでミラの指導に耳を傾けているバレットの姿があった。
「よし、素振りはここまでだ。次は……『覇気』の感覚を教える」
ミラがそう言うと、シャンクスとバギーは目を輝かせた。
「覇気……! ロジャー船長やレイリーさんが使ってる、あのスゴいヤツ!?」
「俺もあのバリバリしたやつ使えるようになるのか!?」
「……一朝一夕で身につくものではない」
ミラは二人の前に腰を下ろし、目線を合わせた。
「覇気とは、すべての人間の中に眠る『潜在的な気配』と『意志の力』だ。相手の動きを事前に察知する『見聞色』、己の身を硬い鎧となす『武装色』……そして、選ばれし者のみが持つ威圧の力『覇王色』」
ミラはそっと手を伸ばし、二人の額に指先を触れさせた。
「まずは、己の体の中にある『気配』を感じろ。目を閉じ、呼吸を整え、周囲の音と繋がるんだ」
シャンクスとバギーは素直に目を閉じ、ミラの言葉通り深呼吸をする。
ミラの指先から、ほんの僅かに優しく心地よい気配が流れ込む。それは黒龍の恐ろしい覇気ではなく、澄み渡るような穏やかな波動だった。
「……あ、なんか聞こえる。風の音それに船が波を叩く音……」
シャンクスがぽつりと呟く。彼の秘めたる資質が、見聞色の芽生えとして早くも反応を示していた。
「えっ!? 嘘だろシャンクス! 俺……何も感じねぇぞ!?」
一方のバギーは目を丸くして焦り出していた。額に汗をかきながら必死に目を閉じるが、聞こえるのはお腹の鳴る音と自分の心拍数くらいだ。
「おいバギー、集中しろ。俺の呼吸に合わせろ」
「ぜ、集中してるって! なのに全然ピリッともしねぇ! なんでシャンクスだけなんだよーっ!」
バギーが頭を抱えてジタバタと地足を踏み鳴らす。そんなバギーの様子に、ミラはクスリと笑みを漏らした。
「焦る必要はない、バギー。シャンクスが感覚派なら、お前は経験を重ねて身体で覚えるタイプだ。今は何も感じ取れなくても、日々地道に叩き込んでいけば、必ず己を護る力になる」
ミラはバギーの真っ赤な鼻をちょんと指で突いた。
「ほんとか……? 俺、置いていかれないか……?」
「俺が保証する。お前にはお前の強さがある」
「……へへッ、ミラさんがそう言うなら頑張るよ! よーしシャンクス、勝負だ! 俺は素振りもう百回やるぞ!」
「おう! 負けないぞバギー!」
張り切って木刀を振り直すバギーと、それに付き合うシャンクス。
二人の無邪気な成長を温かく見守るミラの胸中には、確かな「仲間」への愛着が根付いていた。
(この少年たちが、いずれどんな剣士となり、どんな海賊となるのか……それを見届けるのも、悪くない)