上位存在ヤンデレもの 作:ヤンデレスキー
月の光に包まれるような夜。ガヤガヤという酔っ払いたちの喧騒に囲まれながら道を歩く。
今日は久しぶりの飲み会だった。バイトで金銭面に余裕ができたおかげである。
誘ってくれたのは金髪の同期だが、当然のことながら未だにバイトの実態は隠し続けている。まあ、お人好しのあいつと言えど、俺が普通のバイトだと言い切ればそれ以上は分かるはずもないし、追及もしてこないだろう。
──というのは、どうやら甘い考え方だったらしい。
「なあ塁、これ見ろよ」
乾杯の音頭と共に飲み会が始まった瞬間、金髪の同期は俺のすぐそばに座ってこんなことを言ってきた。
差し出されたスマホには、『このサイトにアクセスできません』の文字。
「……これが、どうかしたのか?」
「お前が言ってたバイトの求人ページだよ。消されてるんだ」
なんと、この人が良すぎる友人はわざわざ俺の応募した求人ページまで遡ったらしい、……よく見つけたな。そもそも、今回の飲み会に俺を誘ったのはこれが主な理由なのかもしれない。
表情は真剣そのものだ。「おいおい、そんなことより今日は飲もうぜ」なんてセリフでスルー出来るとは思えない。
「いや、別に、応募が終わったら消すこともあるん──」
「それ以外におかしな所はいくつもある」
俺の言葉を遮り、反論など許さないという様子で矢継ぎ早に続ける。どうしよう、直近で一番困った状況だ。
「お前が言ってた、碧落機関、だっけ? そんな名前の組織、ネットのどこを探しても見つからなかった」
「……いや、まあ、うん」
めっちゃダサいなと思って共有したのは間違いだったかもしれない、今更後悔した。
「今時ネットの拡散力ってのは侮れない。そんな高待遇の怪しいバイト、どこかで噂になっててもおかしくないのに、それもない」
「た、たまたまじゃない?」
反論になってないと理解しながら、何とか言葉を繋げる。もっとも、この様子を見るに俺の反論など聞いてすらいないようだが。
「そもそも、高度な資格も技能もいらないのに高時給。これだけで怪しむ理由は十分すぎる。……なあ、お節介だとは思ってる。けど、やっぱり辞めた方がいいと思うんだ、そのバイト。ダメだって言うんなら、せめて詳しい事を教えてくれよ」
友人は真剣な声色を保ったまま言い切り、深く頭を下げた。俺は狼狽してオロオロしたまま何も言えない。
まずい、思ってたよりも友人が聖人だ。前も思ってたけど、俺はこういう真っ直ぐすぎる善意に弱い。
かと言って、「美少女二人とお喋りして、たまにお茶を入れる仕事だよ。たまに湯呑みが凍ったり、美少女が瞬間移動したりするけど楽しいよ」なんて言えるはずもない。
……というか、分岐点に立たされているような気がする。このままバイトを続けるのか、やめるのか。
続けるべき理由は……ぶっちゃけほとんどない。当面のお金は稼ぎ終わったし、社会人になる前の最後の長い休みとして俺も目一杯遊びたい。コイツの言う通り、明らかに怪しいバイトなのは確かだ。下手したら内定取り消しなんてことも……ないとは言えない。
何より、友人にここまで心配をかけさせてしまっている、その事実が苦しい。
続ける理由が一つあるとすれば、緋雪と澄が悲しむかもしれないってことぐらいだ。緋雪は間違いなく寂しがるだろう、澄は……どうなんだろうか、ちょっとよく分からない。
立花さんに聞いた話だと、辞めることに関して障害はないはずだ。俺の後に新しく入ってきた人は三日で辞めていったのこと。
周りの騒音に包まれる中で、一分ほどの沈黙。彼は俺の答えを黙って静かに待っている。
考え抜いた末に、絞り出した答えを告げた。
「……分かった、数少ない友人にそこまで言われちゃしょうがないな。辞めるよ、バイト」
「そうか! いやー、良かった! 本当に心配してたんだよ……」
安心したように、胸を撫で下ろす。表情は肩の荷が降りたのかすっかり緩んでいた。
思ってたよりもはるかに心配をかけていたらしい。……反省だな。
「そうと決まれば、今日は飲むか」
俺は視線をテーブルの上に戻し、まだ一口もつけていなかったビールのジョッキを煽り、一気に飲み干す……ことは出来ず、三分の二ほど飲んだ時点で一旦置く。残念ながら酒はそこまで強い方ではない。
はあ、と一つため息をつく。いずれこうなる事は決まっていたし、遅かれ早かれという話ではある。けど……もう辞めるのか、思ったよりも短い関係になった。
あの二人にも、もう会うことは無い。そう思うと、少しだけ胸がチクリと傷む。別れの挨拶ぐらいは、しないといけないだろう。
しんみりした気持ちを抑えるため、もう一度ジョッキを煽って今度こそビールを飲み干す……はずだったが、何故か飲みきれない。というか、気持ちジョッキが重いような気がする。
あれ? と疑問に思うよりも先に、
「そもそも、高度な資格も技能もいらないのに高時給。これだけで怪しむ理由は十分すぎる。……なあ、お節介だとは思ってる。けど、やっぱり辞めた方がいいと思うんだ、そのバイト。ダメだって言うんなら、せめて詳しい事を教えてくれよ」
「……は?」
友人は真剣な声色を保ったまま言い切り、深く頭を下げた。俺は間抜けな声を出す。
おかしな事態に遭遇することが増えてきて、もうどんな状況でもすぐに適応できると自負していた俺でも、一瞬、頭が追いつかなかった。
固まったまま、視線だけを動かして辺りを見渡す。飲み会はつつがなく進んでいて、何も異常はないように見える。
何も言わない俺に痺れを切らしたのか、友人はさらに続ける。
「……なあ、頼む」
さっきまでの緩んだ顔が嘘のように、真剣極まりない硬い顔で彼は懇願する。ほとんど飲み干したはずのビールは、未だ十分な量が残ったまま。
情報を処理しきれないまま、脊髄反射的に言葉が口から溢れでる。
「……うん、だから、辞めるって」
「そうか! いやー、良かった! 本当に心配してたんだよ……」
彼は安心したように、胸を撫で下ろす。表情は肩の荷が降りたのかすっかり緩んでいた。
同じ言葉、同じ仕草、同じ表情。そして、パチリと視界が切り替わる感覚。
「そもそも、高度な資格も技能もいらないのに高時給。これだけで怪しむ理由は十分すぎる。……なあ、お節介だとは思ってる。けど、やっぱり辞めた方がいいと思うんだ、そのバイト。ダメだって言うんなら、せめて詳しい事を教えてくれよ」
友人は真剣な声色を保ったまま言い切り、深く頭を下げた。俺は今度こそ固まった。
……ループね、なるほど。いや、落ち着け、冷静になれ。
「……ちょっと待ってくれ」
下を向いて、深呼吸を一つ。荒ぶる心臓と、高まる感情を落ち着かせる。テーブルの上のビールは、口一つつけていない並々と注がれたままの状態に戻っていた。
俺が座っている場所の正面に設置された時計を見る。針は9と3を指していた。飲み会の音頭があったのがちょうど九時だと考えると、少しばかり時間の進みが遅い気がする。
『万能な力というものは、存在しません。一見全能に見えても、必ずルールや制約が存在します』
立花さんが言っていた事を思い出す。ルール、制約。時計の針は、9と4を指していて、秒針も動いている。少なくとも、この瞬間はループが発生していない。
トリガーは、何だ? 俺が「バイトを辞める」と答えること? 何故、誰が、何のために。
……この場で考えても埒が開かない。諦めと共に口を開いた。
「しばらく、考えさせてくれ」
「そもそも、高度な資格も技能もいらないのに高時給。これだけで怪しむ理由は十分すぎる。……なあ、お節介だとは思ってる。けど、やっぱり辞めた方がいいと思うんだ、そのバイト。ダメだって言うんなら、せめて詳しい事を教えてくれよ」
友人は真剣な声色を保ったまま言い切り、深く頭を下げた。すぐさま時計に目を向ける。時計の針は9と2を指していた。
ダメだ、イラつく。自分の選択が「無かったことにされる」という状況が、気持ち悪くて仕方ない。
バイトを辞めるかの質問に回答したらループが起きる。それなら、このループを抜け出す方法は俺が「はっきりとバイトを続ける」と宣言することだろう。というか、そうじゃ無かったら本当にお手上げだ。
無理やり選択させられた回答をすることに苛立ちを抑えきれない。しかし、他に打つてがないため、渋々返事をする。
「いや、続けるよ。時給いいし、何より楽だしな。後、守秘義務があるから内容についても教えられない」
「……そうか、分かった。仕方ないか」
一瞬だけ悲しそうな顔をした後、無理に作ったのがありありと分かる笑顔でそう言われる。罪悪感がすごい。
その後、友人はバイトのことについて追及してくる事はなかった。完全に諦めたのか、まだ説得する材料を探しているのは分からない。
まださっきの現象による感情の昂りが抜けきっていない俺と違い、全くさっきまでのやり取りの遺恨を感じさせない陽気な友人の姿を見て、『コミュニケーション能力重視』の求人に応募したのは間違いだったと痛感した。
結局二次会が終わりお開きになり、すっかり月も闇夜に覆われてしまっても尚、俺の怒りが収まることはなかった。
友人と別れ際、「じゃあな」と手を振り合った一瞬、不意に漏れてしまったのだろう、悲しげな瞳が目に焼き付いている。
「……ほんと、どうしてやろうか」
あんまり感情的になるタイプじゃ無いと思っているんだが、今回ばかりは腹が立って仕方ない。とりあえず、犯人を一発ぶん殴らない限りは怒りが収まりそうにも無かった。