上位存在ヤンデレもの 作:ヤンデレスキー
識別番号:碧落-003
危険度:C
個体名『緋雪』は外見上二十代半ばの女性で、長い黒髪と赤色の虹彩を有する。犬歯がわずかに突出しており、伝承上の吸血鬼に類する特徴を示すが、対象がこれを直接肯定した記録はない。対象は物質生成、温度干渉、念動といった様々な能力を有しており、発生規模の上限や原理は不明である。また、対象の推定年齢は少なくとも三桁を超えると考えられるが、対象自身が正確な年数を明かしたことはない。
自身が所有する数十冊ほどの書物に強い愛着を見せており、現存する話者がごく僅か、あるいは絶えて久しいとされる複数の言語を読解できる。蔵書の内容から、対象が少なくとも数世紀にわたり、独自に知識を収集・保持してきたことが窺える。これらの書物に対する接触は害意の有無に関わらず強い抵抗を引き起こす。
対話による安全な交流が可能な数少ない個体だが、友好的な関係の構築は困難と見られる。例外として、担当職員『塁』との積極的かつ友好的な交流が確認された。
対象と直接対面した人物は一部の例外を除き、対面直後もしくは、数時間から数日の潜伏期間を経て、原因不明の恐怖症状が発現する事例が報告されている。症状は軽度の不安感から、重度の睡眠障害・パニック発作まで、個人差が大きい。
恐怖症状に対する各種対策(抗不安薬の事前投与、宗教的護符の携行、簡易催眠療法等)が試行されたが、いずれも症状の発現を防止する効果は確認されなかった。当該症状の発生原因は不明である。
担当職員『塁』は、着任から現在に至るまで、当該症状は一切確認されていない。定期的な問診でも、恐怖感・不安感の類を一度も報告していない。原因は不明。
下記に恐怖症状の発症者との会話記録を記す。
会話1
気分はどうですか?
『ああ? 最悪だよ。全く、仕事の安請け合いはするもんじゃないな。大金に釣られた』
対象について何か分かったことは?
『さあ。ただ、アレを吸血鬼か何かなんて推測した研究員は首にしちまった方がいいぜ』
……施設の研究員がほとんどいなくなってしまいます
『はは、そりゃ傑作だ。そもそもアレを研究しようなんて考える気狂いどもの集まりだしな』
不可能だと?
『ああ。ただ、好きにすればいい。アレは無害な存在だ、安心して時間を無駄にしてくれ』
強大な力を持つ存在とはそれだけで無害ではない、というのがこちらの見解です
『無害さ。子供だって蟻は潰しても、わざわざ微生物を潰したりしないんだ』
会話2
最初に対象を観察した際の所感を聞かせてください
『……所感、ですか。学術的には、非常に興味深い対象だと思いました。今も、思っています。ただ……』
ただ?
『興味深い対象を目の前にした時、普通は、もっと近づいて調べたくなるものです。……私は今、逆です。できる限り対象から離れた場所で、資料だけで研究を続けたいと、心から思っています』
理由は?
『分かりません。理由もなく怖い、というのが、一番説明のつかない怖さなんですよ。せめて殴られでもすれば、納得できるのに』
会話3
対象について、詳しく聞かせてください
『……勘弁してください』
簡単な質問だけでも
『本当に、勘弁してください……もう、この施設に来たくないんです。それだけなんです』
識別番号:碧落-004
危険度:A
個体名『澄』は外見上二十歳前後の女性型で、白色に近い髪と瞳を有する。背部には、平常時は完全に不可視化された翼状の器官が存在すると推定されているが、直接視認された記録は限定的である。対象は外部からの呼びかけや接触、その他の刺激全てに反応を示すことはない。
特例として、担当職員『塁』との接触においては自発的な交流が確認された。対象による物と思われる妨害により、担当職員と対象の交流に関して詳細は確認できていない。
対象と直接対面した人物は一部の例外を除いて、後日、未知の神格への急激な傾倒が確認されている。該当者は、人種や性格、生い立ちに関わらず一切の例外なく未知の神格及び対象に強い崇拝の態度を示すようになる。未知の神格と対象についての関係性は不明。
これと並行して、既存の宗教・信仰体系、あるいは他者の信条一般に対する攻撃的・侮辱的な言動が増加する傾向が確認されている。
この症状の発症者に共通して、宝くじが当たる、寝たきりの家族が完治する、超常能力の発現に成功するなど、極めて稀な事象が頻発している。
発症者本人の証言いわく「願いが届いた」とのこと。対象は自らと未知の神格を信仰する存在の願望を叶える力を持つと推定される。対象の調査は現在難航しており、詳細は不明。
下記に症状の発症事例を示す。
事例1:施設職員が定期報告のため対象と直接面談。面談から三日後、当該職員は特定不能な神格への祈祷を独自に始め、同僚の信仰する既存宗教を「まがい物」と評する発言を繰り返すようになった。現在、当該職員は処分済み。
事例2:設備点検のため、対象の居室付近で作業していた施設職員の発症。作業中、対象と直接対面した記録はない。作業から一週間後、当該人物の家族より、「見知らぬ言葉で唱えごとをするようになった」との相談が施設に寄せられる。現在、当該人物の消息は不明。
事例3:碧落-004の症例分析を目的として、専門調査チームに配属された研究員の発症。対象との直接面談は一度もなく、既存の記録映像・音声資料の分析業務のみに従事していた。分析開始から十二日後、当該研究員は自室に無許可の祭壇を設置していたことが発覚。現在、当該職員は処分済み。
事例4:(氏名秘匿)が、収容区画の視察のため対象と短時間同席。当該人物は、長年の勤務経験から各種の異常現象への耐性が高いと評価されていた。同席から五日後、部下への訓示中に唐突に持論の宗教観を語り出し、これに異論を唱えた部下を「■■を理解できない哀れな人間」と評したとの報告があった。現在、当該職員は処分済み。
発症者は聞き取りの後隔離、もしくは第一処分を行うこと。
担当職員『塁』は、着任から現在に至るまで、当該症状は一切確認されていない。定期的な問診でも、異常は確認されていない。
下記に発症者との会話記録を記す。
会話1
最近の体調について聞かせてください
『体調は、いたって良好です。……むしろ、今までにないくらい、心が満たされている気がします』
満たされているとは、具体的にどういう状態ですか?
『うまく言葉にできないんですが……何と言うか、ずっと探していたものが、やっと見つかったような』
探していたものとは?
『……分かりません。ただ、確かに存在する、ということだけは分かります』
対象と対面した際、何か言われましたか
『いいえ、特には。けれど、彼女は与えてくれます』
同僚の方から、最近、他人の信仰について強い発言をされていると報告が
『……ああ、それは。すみません、少し言い過ぎました。ただ、あんな不完全なものを後生大事に拝んでいるのを見ると、つい』
不完全、ですか?
『あれは、何も与えてはくれませんよ』
会話2
お時間をいただき、ありがとうございます
『時間なら、いくらでも差し上げます。■■のためなら』
■■というのは
『あなた方には、分からないでしょうね。分かる必要もありません』
施設の規則で、面談にはご協力いただくことになっています
『規則、ですか。人間の作った規則になど、何の意味があるんでしょう』
落ち着いてください
『落ち着いています。とても、落ち着いています。……ただ、あなたの胸にある、その安っぽい十字架。よく平気な顔で身につけていられますね』
個人の信仰は自由です
『……そうですね、自由です。■■は全てをお許しになるでしょう』
会話3
ご自身の変化について自覚はありますか
『……あります。日に日に、おかしくなっていってる自覚は』
おかしくなっている、というのは
『妻の実家が、代々続く神社の家系なんです。結婚した時、妻の信仰も、大事にしようと約束しました。……昨日、その神棚を、思わず壊しかけました。理由なんて、自分でも分かりません。ただ、許せなかったんです、あの場に、あれが祀られていることが』
なるほど
『妻が、泣きながら止めてくれました。……でも、次はもう、止められる自信がありません』
それは喜ばしい事ですね
『……はい?』
……すみません、何でもありません
会話4
[以下、記録媒体の劣化により大部分が判読不能。判読可能な断片のみ抜粋する]
最後の質問です。■■について、他に何か
『■■は、真実そのものです。まだ気づいていないだけで、あなたも、いずれ分かるはずです』
……分かりました。以上で面談を終了します
『あなたの目にも、もう、少しだけ光が見え始めていますよ』
補記:症状が確認された職員については、規定に基づき速やかな第一処分、もしくは隔離が実施されている。本資料に記録された発言者のうち、現在も所在が確認できているのは、会話3の被聞き取り者のみである。