魔法科高校のメタモン   作:大浦泉

1 / 2
第1話 入試、謎の少女

 国立魔法大学付属第一高校――通称、一高。その正門前には、桜のつぼみがまだ固いままの並木道が続いていた。

 

 二〇九×年、四月上旬。入学試験当日の朝である。

 

 制服姿の受験生たちが、緊張した面持ちで正門をくぐっていく。その流れの中に、一人だけ明らかに毛色の違う少女が紛れ込んでいた。

 

 茶色い髪をふたつに結い、白地に紫のラインが入ったキャップを目深に被った少女だ。紫のパーカーに身を包み、どこか幼い顔立ちをしている。周りの受験生が緊張のあまり顔をこわばらせている中、彼女だけはきょろきょろと辺りを見回し、まるで初めて見る遊園地に迷い込んだ子供のような顔をしていた。

 

 彼女の名は、まだない。

 

 少なくとも、この時点では。

 

 ――さっきまでは、違う姿だった。全身が薄紫色をした、輪郭のはっきりしない不定形の体。表面はつるりと滑らかで、顔には点のような丸い目が二つと、たどたどしい笑みのような口があるだけ。そもそも、性別という概念すら持たない生き物だった。気がついたらこの奇妙な世界に迷い込んでいた。慌てて、なんとなく覚えのある「人の形」に変わってみたら、これになった。どこかで見たことのある、人間の女の子の姿。それが今の彼女だった。性別のない生き物が、たまたま選んだのが「女の子」の姿だった、というだけのことである。

 

「……ここ、どこもん」

 

 小さく呟く。誰も聞いていない。

 

 周りの人間たちが皆、同じ方向に向かって歩いているので、なんとなくついていくことにした。お腹が空いていたし、眠かったし、何より一人でいるよりは、大勢の中に紛れている方が安心できる気がした。

 

 ――そうして彼女は、深く考えないまま、魔法科高校の入学試験会場に足を踏み入れた。

 

---

 

 実技試験の会場は、大きな体育館のような施設だった。受験生たちが一列に並び、順番に前へ出ては、何かをやっている。

 

 少女は、隣の列に並ぶことにした。特に理由はない。空いていたからだ。

 

 前の受験生が呼ばれるたびに、何か光るものが飛んだり、風が渦を巻いたりする。少女はそのたびに「わあ」と小さく声を漏らして拍手しそうになったが、周りが誰も拍手していないので、慌てて手を引っ込めた。

 

(みんな、すごいことしてるもん……)

 

 自分の番が近づいてくる。少女はだんだんと落ち着かなくなってきた。何をすればいいのか、まるで分かっていない。

 

 そして――とうとう、その時が来た。

 

「次、五十一番」

 

 試験官の声が響く。少女は弾かれたように顔を上げた。それが自分の受験番号だと気づくまで、数秒かかった。

 

「……あ、あたし、もん?」

 

 周りの視線が一斉に集まる。少女はおずおずと前に進み出た。心臓が、どくん、どくんと大きく鳴っている。

 

 何をすればいいのか、まったく分からない。手渡された小さな装置――後に「CAD」と呼ばれることになるそれ――を、他の受験生たちがやっていたのを真似て、なんとなく構えてみる。

 

 だが、それだけだった。何も起きない。

 

 試験官が怪訝そうな顔でこちらを見ている。周りの受験生たちのひそひそ声が耳に入ってくる。「どうしたんだろう」「発動しないのか」――そんな言葉の断片が、少女の耳に届いた。

 

「な、なんかしないと、もん……!)

 

 何か。とにかく、何かしなければ。少女は必死に頭を働かせた。

 

 ――そうだ、これなら知ってる。

 

 少女は、覚えている中で一番自信のある「わざ」を、自分の意思で繰り出すことにした。人間の魔法のことは何も知らないが、これなら勝手が分かる。

 

「――ッ!!」

 

 少女の体が、一瞬にして輪郭を失った。ぐにゃりと形を崩し、そしてすぐに再構成される。誰かの目には、それはほんの一瞬の出来事にしか見えなかっただろう。まばたきの間の出来事。

 

 次の瞬間、少女の口から、こんな声が漏れていた。

 

「――みずでっぽう、もん!」

 

 叫び声と同時に、少女の口から勢いよく水が噴き出した。まるで消防車のホースのような、太く力強い水流。それは会場の天井近くまで届くほどの勢いで放たれ、そのまま弧を描いて床に叩きつけられた。

 

 水しぶきが会場中に飛び散り、辺りは一瞬、しんと静まり返った。

 

 誰も、何が起きたのか理解できていなかった。

 

---

 

「な――なんだ、今のは!?」

 

 試験官の一人が、思わず声を上げた。

 

 少女はCADを構えていた。だが、そこから展開されるはずの魔法式は、ついぞ発動しなかった。それなのに、これほどの現象が起きている。一体何が起きたのか、誰にも説明がつかない。

 

「水……? 水が出た、のか? あの子から?」

 

「起動式が見えなかった……いや、そもそも展開されていない。演算領域を使った形跡がない」

 

 試験官たちがざわめく中、少女本人は、びしょ濡れになった床の真ん中で、きょとんとした顔で立ち尽くしていた。

 

(あれ……なんか、出た、もん)

 

 何が起きたのか、正直よく分かっていない――というのは、まあ半分本当だ。何かしなきゃと思って、知っている技を出しただけなのだが、それがどうしてこんな大騒ぎになっているのか、少女にはさっぱり分からなかった。

 

 周りを見回すと、みんなが自分を見ている。何十もの視線が突き刺さる。少女は居心地悪そうに、少しだけ肩をすくめた。

 

「あ、あの……ごめん、なさい、もん……」

 

 誰に謝っているのか自分でもよく分からないまま、とりあえずそう口にした。

 

 試験官たちは顔を見合わせた。困惑と、そして――ある種の興奮が入り混じった表情だった。

 

「これは……前代未聞の事態だぞ」

 

「無系統魔法……いや、それにしても発動速度が異常だ。起動式が見えないというのは……」

 

「まさか、新種の魔法体系なのか?」

 

 少女には、彼らが何を話しているのかまるで理解できなかった。ただ、なんだか大変なことになってしまったらしい、ということだけは肌で感じ取っていた。

 

---

 

 試験終了後。少女は、控室のような小さな部屋に呼ばれた。

 

 部屋の中で待っていたのは、白髪交じりの、穏やかな顔つきをした老紳士だった。仕立ての良いスーツを身にまとい、どこか飄々とした空気をまとっている。

 

「やあ、驚かせてしまったね」

 

 老紳士は柔和な笑みを浮かべて言った。

 

「私は百山東(ももやま あずま)。この学校の校長を務めている」

 

 少女は、こてん、と首をかしげた。

 

「こうちょう……?」

 

「うん、まあ簡単に言えば、この学校の一番偉い人だよ」

 

 百山はそう言って、向かいの椅子に座るよう促した。少女は素直に腰を下ろす。

 

「早速だが、聞かせてもらえるかな。君の名前は?」

 

「な、まえ……」

 

 少女は少し考えてから、はっきりと答えた。

 

「メタモン、もん」

 

「めたもん……?」

 

 百山は片眉を上げた。予想していなかった答えだったのか、少し面食らったような顔をしている。

 

「それが、君の名前かい?」

 

「うん。メタモン、もん」

 

 少女は自信満々に頷いた。それ以外の名前を、彼女は知らなかった。

 

 百山は笑いながら顎に手を当てた。

 

「じゃあ、君はどこから来たんだい? 学校の記録には、君の名前が見当たらないんだが」

 

「どこから……えっと……」

 

 少女はしばらく考え込んだ。どう説明していいのか分からない。そもそも、自分でもよく分かっていないのだ。

 

「……気づいたら、いた、もん」

 

「気づいたら……ふむ」

 

 百山はしばらく黙って少女を観察していた。要領を得ない答え。しかし、そこに嘘や作為の匂いはまるでしない。むしろ、あまりにも純粋で、あまりにも無防備な様子だった。

 

「先ほどの試験だが」百山は話題を変えた。「あの水を出す魔法――というより現象、あれは一体どうやったんだい?」

 

「あれは……」

 

 少女は少し考えて、正直に答えることにした。

 

「あぶない、と思ったら、出た、もん。よく分からない、もん」

 

「無意識、ということかな?」

 

「うん、たぶん」

 

 百山は目を細めた。何かを面白がっているような、そんな表情だった。

 

「起動式もなく、演算領域を経由した形跡もない。それでいて、確かに現象は起きた。試験官たちは口を揃えて『新種の系統外魔法』だと言っている」

 

 少女には、その言葉の意味はほとんど分からなかった。ただ、目の前の老人が、なんだか楽しそうにしていることだけは伝わってきた。

 

「面白い」

 

 百山は、にんまりと笑った。

 

「実に、面白い子だ」

 

 少女は、その笑顔にどこか安心感を覚えて、つられるようにへにゃりと笑い返した。

 

「――決めた。君を、この学校に入れよう」

 

「え……?」

 

「特待生としてね。手続き上のあれこれは、こちらでなんとかする。心配しなくていい」

 

 少女はぽかんとした顔で百山を見つめた。話の展開が早すぎて、まったくついていけていない。

 

「がっこう……はいる、の?」

 

「そうだよ。君さえよければ、だけどね」

 

 少女はしばらく考えた。学校というものがどういう場所なのか、正直よく分かっていない。だが、なんとなく――ここにいれば、ご飯にありつけそうな気がした。それに、この優しそうな老人のそばなら、安全な気もする。

 

「うん。いる、もん」

 

 少女は素直に頷いた。

 

「よし、決まりだ」

 

 百山は満足げに立ち上がると、机の上の書類に何やら書き込み始めた。

 

「ただ、『メタモン』とカタカナのままでは、学籍に登録するのは少々難しくてね。何か、漢字を当てないといけない」

 

「かんじ……?」

 

「うんうん、心配しなくていい。私に任せなさい」

 

 百山はしばらく考え込んでから、ふと思いついたように筆を走らせた。

 

「『芽田紋』――『めたもん』読みで、悪くないと思うが、どうかな。芽生えの『芽』に、田んぼの『田』、それから紋様の『紋』」

 

「めた……もん?」

 

 少女は自分の名前を口の中で転がしてみた。不思議と、しっくりくる響きだった。

 

「気に入った、もん」

 

「よし、これで決まりだね。芽田紋くん、これからよろしく」

 

 百山は笑顔で手を差し出した。少女――いや、芽田紋は、その手をぎゅっと握り返した。

 

「よろしく、もん!」

 

 こうして、誰も知らないところで、一つの奇妙な入学が決まった。

 

 試験会場に残された、あの謎の水の跡について、その後もしばらく職員室では議論が続いていたという。「新種の無系統魔法」「前代未聞の発動速度」――そんな言葉が飛び交う中、当の本人はと言えば、控室で出された温かいお茶とお菓子に夢中になっていた。

 

「おいしい、もん……」

 

 彼女がこれから足を踏み入れることになる世界が、どれほど複雑な思惑と権力構造に満ちているか。そして、自分自身の存在が、これからどれほど周囲を振り回すことになるか――芽田紋は、まだ何も知らなかった。




メタモンの人間の姿は、ぽこあポケモンのメタモンの姿です。
色々無理やりな部分多いですが、ラフな作品にしようと思っていますので、温かくみていただけますと幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。