お待たせしたでごんす…
返信は基本しないのですが、感想は全部読ませてもらってるので、いつも励みになってます。
ほんとありがとうございますm(_ _)m
休日の日曜日。
晴れ渡った青空の下、俺と薫子は並んでアスファルトの道を歩いていた。
目的地は、アル子が運ばれたにゃがみ原市総合病院だ。
先日の一件でドタバタした疲れがまだ少し残っているが、をとっていたおかげで、こうして落ち着いて見舞いに向かう時間が作れたのは幸いだった。
隣を歩く薫子は、いつもの軽快な調子とは少し違って、どこか心配そうな面持ちで視線を前方に向けたままだ。
「にしても、ヤニ子のやつ…アル中の見舞いに酒ってどういうつもりだよ」
俺が口を開くと、薫子は苦笑いをしてから答えた。
「ま、まあまあ。ヤニ子も悪意があってやった訳やないんやし」
「そこが一番問題だ。なおさらたちが悪いだろうが」
というのも、家を出る直前、ヤニ子が忘れ物だと言って冷蔵庫に冷やしていた日本酒を"アルねこへのお見舞いには欠かせないにゃー"とか言って、満面の笑みで持たせようとしてきたのだ。
「そもそも、あれはあいつの酒じゃなくて実家から送られてきた俺の酒だってのに……あの野郎」
そこには悪意は微塵も感じられず、あるのは百%の善意のみだった。
アル中の治療をしている友人に対して、いったい
というか、いい加減、人様の冷蔵庫を勝手にあさるのを──いや、相手はあのヤニ子だ。考えるだけ無駄。考えるだけ無駄…
そうして俺は、思考をすぐさま切り変える。
「そういえばなんだが…薫子、ひとつ聞いてもいいか?」
「ん? なんや改まって」
「アル子のことだ。バーテンやってる俺から見ても、この年齢でそこまでアルコールに依存してるのは尋常じゃない」
「………せやろうな」
「あいつ、なんであそこまで酒に溺れるようになったんだ?」
俺の問いかけに、薫子は少しだけ歩を緩め、遠い目をしながら口を開いた。
「……あいつ、元は普通やったんよ」
「元は…っていうとアル中になる前か?」
「せや。同じ大学やから昔から知っとるけど、昔は普通っちゅうか、メガネもかけてむしろ真面目な方やった。やのに、大学入ってすぐの頃にしょーもないサークルに入ってしもてな……」
「サークル?」
「いわゆる『飲みサー』みたいなとこや。そこで無理やり酒の味覚えさせられたらしくてな、ウチが気づいたら、あっという間にあんなんになってもうたらしいわ」
薫子はやや悔しそうに、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……実を言うとウチ、ほんま、どうしたもんかってずっと気にしとったんよ。あいつ、しょっちゅう寝ゲロで死にそうになるし、居酒屋行くとすぐ迷子なるし……酔った勢いで川に落ちかけた時もあったな」
「マジかよ…」
(ヤニ子も大概だが、アル子に関してはあのアパートで一番死に近い生活をしているのではないか?)
内心で、アル子への関心度が上がった。いや、すでに他人に向ける感情を普通に超えているのだが…
「せやから、同じアパートやからってウチがちょくちょく今まで面倒見てたんよ」
「……ん、待てよ? お前、俺がアル子と初めて会った宅飲みで先に酔ってたよな? なんなら、ノリでアル子に禁酒させてたよなぁ?」
ギクっとして、薫子が顔をこちらに向ける。
「そ、その節はご迷惑を掛けて……自分でも反省してる。ほんま、上善が来てくれなかったら今頃どうなってたか…自分でもわからん……」
薫子は、耳を垂れさせ、顔に影を落とした。
その姿を見た俺は、少し罪悪感を感じて
「……ったく、その件はもういいって言っただろう。俺が振ったのも悪かったから…そんな泣きそうな顔をするな」
そう言って、俺は薫子の頭を撫でる。
「……うん。ありがとう」
撫でるごとに、薫子の表情が明るくなっていく。
「お前はもう少し酒の飲み方を知るべきだ」
「うん…」
「確かにみんなでワイワイする飲み会ってのも悪くはない、むしろ素晴らしいと思う。だがな、アル子と同じでお前はまだ大人の酒の美味しさを知らないはずだ」
「大人の酒……?」
「今度俺のとこの店に来い。この俺が直々に接客してやる。それで大人の酒がどんなものかを知ればいい」
「うん…わかった」
「ふっ。どうした、いつになくしおらしいじゃないか?」
「……言わせんで
「誰だってラインを超えて飲めば正常な判断なんてできるわけがないんだ。なんなら俺だって、飲み過ぎたら全裸になって庭で踊っちまうさ」
「うん…………って、おいぃぃぃぃぃぃいいいいっっっっ!!! なんでその話知ってるん!!??? 誰から聞いた!!! 」
「おっと…いや、すまんな。俺には守秘義務がある。
「春蘭…………あいつ、今度
おやおや、俺は一言も名前を言っていないのに…これが姉弟愛というやつか。なんて偉大なんだろう。
「ククク」
「……ってか、あんたら仲良くなりすぎやろ。会ってまだ経ってないってのに」
「そうか? ま、俺の周りは女性ばっかだからな。男の友達…それも獣人ともなれば、そりゃ仲良くもなるわ。あんまし叱ってやんなよ? あいつが店に来た時に酔って喋ったことだからな」
そう言って俺はまた薫子の頭を撫でる。
「……ふんっ。あんたも大概やないか」
こいつ、やはりチョロいな。撫でるとすぐおとなしくなる。
「ハハハッ。ごめんって、今度店来た時奢るから」
「言うたな? 十本分きっちりボトル開けたるわ」
「おい、ウチはキャバクラじゃねーっての」
そう言って、しばらく談笑しながら病院への道を歩いていく。
「それにしても」
ふと俺は腕を組んで、アル子のことを思い浮かべる。
酒というものは、時として人の心を癒やし、楽しい時間を演出してくれる最高の嗜好品だ。
しかし、一歩間違えれば、人間の精神も肉体も簡単に壊し尽くす劇薬へと変わる。
特に、酒の本当の「美味しさ」や「嗜み方」を知らないまま、ただその場のノリや依存心に流されてアルコールそのものを流し込み続けていたとしたら──。
「……上善?」
俺が黙り込んだのを見て、薫子が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもない。…だが、それならアル子はまだ『本当の酒』を知らないってことか」
「何言うとるん? あいつは毎日アホみたいに浴びるほど飲んどるやろ」
「薫子、それは間違いだ。あいつが飲んでるのはただの『アルコール』であって、酒じゃない」
俺の言葉に、薫子は目を丸くして立ち止まりそうになった。
「……ホンマ、すっかり男前な顔になっとるなぁ」
「俺にとっては商売道具だからな。それに、人の作った酒を美味いって言ってもらうのが俺の仕事だ。酒がアル中の依存先として消費されるなんてあってはならないって俺は思ってる。あと、いざという時の俺は結構男前だ」
「……ふふっ。かっこええこと言うやん。それに意外や。自覚あったんやね、自分が男前やって」
「接客業だからな。バーテンともなると、客の理想像を演じないといけないから結構苦労してるんだぜ?」
「へぇ、じゃあ普段も演じてるってことなん?」
「はぁ? 昼間は演じてなんか─────くそっ」
「ふふっ」
若干染まった俺の顔を見て薫子はふっと柔らかく笑い、それからまた前を向いて歩き出した。
そんな他愛のない会話を交わしながら歩いているうちに、やがて視界の開けた場所に、白く大きな『にゃがみ原市総合病院』の建物が見えてきた。
────────────────────────
総合病院の自動ドアをくぐり、俺たちはエントランスで面会手続きの受付を済ませた。
エレベーターで四階へと上がり、降りるとすぐ目の前がアル子の病室だ。
俺は軽くノックをしてから静かにドアを開けた。
「……入るぞ」
部屋の中は、アル子のアパートの部屋とは打って変わって、驚くほど静かで殺風景だった。
窓際のベッドに腰掛けていたのは、間違いなくあのアル子だった。
点滴のチューブが繋がれた手で、彼女はぼんやりと窓の外を眺めていたが、俺たちの気配に気づくと、ゆっくりとこちらを向いた。
「あ、薫子〜それに上善さんも〜お見舞い来てくれたの〜?」
その声は、相変わらずのんびりとした、どこかフニャッとしたテンポだった。
「なんだ、素面でもそんな感じなのか」
「なんや、上善は知らんかった? てっきりもう見てるもんやと…」
「あの時は病院に着いたらすぐ運ばれてったからな。てっきり素面はもっと違う感じかと思ってたわ」
「そか。……ほんとはな、アル中なる前のアル子はもう少し違う雰囲気だったんや。長いこと酒浸りやったからそこんとこも少し変わってしもうたんかもしれん」
「そうか…」
確かに言われてみれば、あの常に酒臭かった纏う空気が綺麗になくなっているどころか、顔色も少し青白い。そして何より、その瞳には底知れぬ暗い影が落とし込まれていたのが、俺には一目でわかった。
「暗い顔してるが、大丈夫かアル子?」
「よく見るとホンマや! アル子、入院中なんかあったん? 」
薫子が心配そうにベッドの脇へと歩み寄り、覗き込むように声をかける。
アル子はふにゃりと笑ったが、その表情はどこか壊れかけていた。
「……やっぱりわかる〜?」
「そりゃ見ればな、入院初日の時の顔と全然ちゃうってわかるわ。…何かあったん?」
「そっか〜そんなに顔に出てたんだ」
アル子はそう言うと、膝を抱えて小さく丸まった。
「なんかね、お酒やめてから今まで目を逸らしてたことが頭の中でくっきり浮かび上がってきちゃってさ〜留年し続けてることとか、お金溜まってもすぐに無くなっちゃうこととか色々〜…」
のんびりした口調は変わらないのに、発しているオーラは猛烈に病んでいる。
当時の酔っ払ったテンションの面影は微塵もなく、ただ現実の重圧に押しつぶされた一人の人間の姿がそこにあった。
「……とりあえず、命に別状がなくてよかったな」
俺はそう言って、ベッドのそばに置かれたパイプ椅子に腰を下ろした。
「そうだね〜助けてくれてありがとね、上善さん」
「さん付けはしなくていい」
「じゃあ上善くん〜」
「……まあいい。それより、具合はどうなんだ?」
「お医者さんにはもう退院していいよ〜って言われたんだけど〜なんかおうちに帰りたい気持ちがないんだよね〜」
「アル子…」
「家に帰るとさ……一人になっちゃうから……」
アル子はポツリと、消え入りそうな声でそう呟いた。
「一人になると、またあの怖さとか不安とかが押し寄せてきて……結局、気を紛らわせるためにまたお酒に手を出しちゃいそうなんだもん……。それが怖くて、動けないの……」
アル中の人間が直面する、退院後の「恐怖」。
孤独と現実逃避のループから抜け出せない自分への絶望が、彼女を病院のベッドに縛り付けていた。
それを聞いた俺は、心の中で小さく息を吐いた。
……まったく、本当に手のかかる連中ばかりだ。
「……なら、当面は俺の部屋に顔を出せ」
「え……?」
アル子が驚いたように、虚ろな目をぱちくりとさせた。
隣に立っていた薫子も「――っ、上善?」と目を見張る。
「お節介なのは承知の上だ。だがな、一人でアパートにこもってまた酒に逃げられたら、せっかく病院で抜いた意味がねぇだろ。ヤニ子の面倒を見てるついでだ、お前一人増えたところで大差ねぇよ」
「でも僕、また迷惑かけちゃうかも……」
「迷惑ならすでに散々かけられたから今更だ。安心しろ、当面は俺の部屋で飯を食え。一人にさせなけりゃ、余計な不安に押し潰されることもねぇだろ」
「で、でも僕」
「でももへちまもねぇ! いいか、アル子。今お前に必要なのはな、休息期間だ」
「き、きゅ〜そく…?」
「ああ。心の休まる時間が足りてねぇんだ。ここらでしっかり休んでおかないと、この先真っ暗だぜ」
俺がそう言ってふんぞりかえると、アル子はしばらくポカンとしていたが、やがて、小さく笑った。
「…じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。一人でいたらまたお酒飲んじゃいそうだし」
「おう。俺はあのヤニ子の面倒を見てるんだぜ? お前の分もきっちり面倒見てやるよ」
「……相変わらずのお人好しやな〜」
隣に立っていた薫子が、呆れたような、それでいてどこか誇らしげな、温かい目を向けながらそう呟いた。
「クククッ。だろう? 誰かさんが"悪くなんてない"って言ってくれてからは、むしろ誇りに思ってるんだぜ」
「……っ、アホ」
俺がサラリとそう返すと、薫子は急に頬を染め、バッとそっぽを向いてしまった。
「なになに〜? 薫子どうしたの〜? 僕が目一杯お酒飲んだときみたいに、顔が真っ赤っかになっちゃってるよ〜」
ベッドの上で、アル子がのんびりとした口調で、ふにゃふにゃとニヤニヤしながらいじり倒す。
「だぁーーー!! ドアホ! 赤くなんてなってない! なってないわーっ!」
薫子は自分の両手で真っ赤になった頬を隠しながら、耳まで真っ赤にして声を裏返させたのだった。
───こうして、アル子の退院手続きを済ませた俺たちは、そのまま彼女を連れてアパートへと帰ることになった。
帰り道、夕日が沈みかけて茜色に染まる空の下を、四人(俺と薫子、そしてアル子と、なぜかアパートの近所をウロウロしていたヤニ子)で並んで歩く。
相変わらず騒がしい日常は変わらないし、アル子の抱える問題が今日明日ですべて解決するわけでもない。
けれど、一人で抱え込んで壊れかけていた彼女に、ようやく本当の意味での『今日』が戻ってきたのだ。
アパートの階段を上がりながら、俺はふと思う。
このどうしようもなく厄介で、だけど温かい連中との生活も、案外悪くないかもしれないな、と。
部屋の扉を開けると、床に佇む巨大なウ◯コの匂いと、どこかホッとする我が家の生活の匂いが迎えてくれる。
「の、野良猫が入ってきてしたにゃ。にゃ、ニャーは悪くないにゃ。て、ていうか、あいつクソにゃ。クソねk──」
俺はヤニ子に拳骨を入れ、アル子たちに廊下でしばらく待つように言う。
部屋に入ると、今にも動き出しそうなくらい大きな
「さてと……さっさと片付けて、今日はヤクやハメ子なんかも呼んで盛大に、アル子の退院祝いの飯でも作ってやるとするか!」
かくして、アル子の退院を口実に、今日も今日とて、ろくでもない面々による賑やかな夜が始まろうとしていた。
不格好で、どうしようもなく騒がしい。だけど、そんな悪くない日々が、またここから動き出していく──。
春蘭くんと上善くんとの出会いはまた後ほど書こうかと思います。