今回ちょっと暗いかもです。
あと下ネタも少ないかも。ごめんなさい。
仲夏のジリジリとした日差しが、アスファルトと木々の緑を容赦なく照りつける昼下がり──
俺と妹子、そして自身の傷心を引きずるヤクの三人は、クワガタを求めて近場の裏山へと歩いていた。
ひょんなことから同行することになった、隣で尚も不機嫌そうな麻呂眉をした佐藤妹子という獣人は、なんと、あの佐藤ヤニ子の妹らしく、現役の女子高生とのこと。
先ほどまでのアパートの廊下での修羅場が嘘のように、妹子は虫取り網とカゴを不服そうに持ちながらも、どこか誇らしげな、そして観察するような視線を俺に向けている。
(お姉ちゃんを誑かした方法、この私が徹底的に監視して暴いてやるんだから……!)
背中からそんな声が聞こえてきそうなドヤ顔だった。
さっき俺が廊下で土下座した影響で、すっかり「自分はこの男よりも上だ」、とでも勘違いしているらしい。
まったく…チョロいというか何というか、あの時の優越感を引きずっているのか知らんが、妙にご機嫌なのがバレバレだ。
だが、そんな妹子の数歩後ろを歩くヤクの様子は、それどころではなかった。
肩を落とし、生気の抜けたゾンビのように足を引きずるヤクの背中からは、周囲のジージー鳴いてる蝉の声さえかき消しそうなほどの暗いオーラが漂っている。
合流してからはずっとこんな感じだ。
なにせ、つい先日まで新たな生きがいとも言えるほど気に入っていた「花屋のアルバイト」をクビになったばかりなのだから無理もない。
だが、そんなヤクのためのこの
山に着く前に、先に話を聞いてから、虫取りでパーッと楽しくワイワイやれば、ヤクの気持ちも晴れるだろう。
そう思い、俺は立ち止まってヤクの方へ振り返ることにした。
「なぁ、ヤク。率直に聞くがよ、バイト、なんでクビになったんだ?」
「………」
ヤクは立ち止まるとしばらく黙っていたが、程なくして両手を前に──俺の方へ伸ばすと力なく俯いた。
「おんぶ……」
消え入りそうな声で発せられたその言葉に、俺は瞬きするが、しょうがない、とヤクの前に背を向け屈んだ。
「ほれ、ちゃんと掴まってろよ」
ヤクが首元までしっかり手を回したのを確認して、俺はよっこいせ、と立ち上がり、また再び歩き出す。
「んで、何があったんだ? 少しずつでいいから話してみろ」
すると、ヤクは俺の背に顔を埋めながらポツリポツリ、と話し始めた。
花屋のバイトは、最初までは順調そのものだったらしい。
以前の職場と違い、履歴書で自分を見ようとせず、自分の仕事ぶりでもって評価をしてくれる、そんな職場だったそうだ。
なんなら、店長から正社員にならないか、と誘われていたほど、信頼関係が築けていたという。
しかし、それらは一瞬にして崩れ去った。
店長の逮捕によって
店長は、自身の店の奥にある部屋を立ち入り禁止にした上で、大麻の違法栽培を行っていたらしく、加えてその所持の罪で逮捕されたらしい。
そのまま勾留されて、しばらく、というか数年は戻ってこないってんで、店長を除く従業員は軒並みクビになった…という感じらしい。
しかも、それがバレた経緯があの"ヤニ子"だというのだからこれまた驚きだ。
たまたま助っ人で来ていたヤニ子が、件の部屋から大麻草が植え付けられた鉢をわざわざ店の前に出したことで、それに気づいた通行人により通報され、現行犯での逮捕に至ったそうだ。
まさかのヤニ子がきっかけ、という事実に俺はなんとも言えない気持ちに襲われた。
しかし、ヤクにとっては寝耳に水だったようで──
「自分…本当にあの職場気に入ってたんスよね。お客さんは優しいし、そんなお客さんに説明できるように花の種類とかも勉強したりして…店長さんも、コワモテだったけど仕事も優しく教えてくれて………大麻なんてやってるようには見えなかった」
「ヤク…」
「でも実際は、ようやく更生できるんだ、社会の一員として認めてもらえるんだ……って思い上がってたのかもしれないっスね」
そう言うと、自嘲するようにヤクは耳元で笑った。
「"店長が大麻作って捕まった"、"店長はしばらく帰ってこないから今日から私たちはクビだ"、って聞かされた時、表向きに、というか咄嗟にえぇー!、って驚くような反応はしたんですけど、内心ではなぜだかあんまり動揺してなくて。逆に納得してるような感じだったんスよね」
俺はその時点で大体察したが、ヤクはそのまま話し続ける。
「自分でも変だなぁ、とは思ったんスけど、一晩布団の中で考えるうちにすんなりと合点がいったんス」
ふと、ヤクがしがみつく力を強めた。
「やっぱり、現実はそう簡単に許しちゃくれないんスよね。いくら改心したって主張しても、職場の人が、お客さんが、友達が、それを認めてくれたとしても………………
そのままヤクは、自身の暗い過去をポツポツと話していたが、俺は黙ってヤクの
そして、ヤクは再び消え入りそうな声で言う。
「やっぱ、一度手を染めたら、
そう言って、ヤクは力なく笑った。
背中に感じるヤクの体温が、どこか震えているのがわかる。
自嘲と諦めが入り混じったその呟きに、俺は少しだけ眉をひそめた。
「……なーにバカ言ってんだ、ヤク」
背負ったまま、俺は歩みを止めずに呆れたように吐き捨てる。
「え…?」
俺は肩に顔を乗せたまま惚けるヤクに語り聞かせるように話を続ける。
「店長が大麻やってたのは事実だし、お前がそこに巻き込まれてクビになったのも不運だったとは思う。だがな、だからって『自分もそっち側の人間だ』なんて勝手に線引きしてんじゃねぇよ。お前がこれまで真面目に花屋で働いて、客のために勉強した日々が、その店長のせいで全部嘘になるわけか?」
「それは……っ! でも、あたしの過去は……」
「過去が消えねぇのは事実だ。だが、過去のせいで未来の選択肢まで縛られる義理もねぇ。そうだろ? だってお前は、自分の足で更生しようと働き先を探して真面目に働いてたんだ。断言するが、この時点ですでに他のボンクラどもよか立派に更生してるよ。俺が認める」
「で、でも…….
俺は、そのまま続けた。
「前にも似たようなことを言ったかもしれないが、あえてもう一度言うぞ」
俺は立ち止まって、背中の方を向く。
「お前のその頑張りを、履歴書の経歴欄のたった一行で全部否定されていいわけがないんだ」
背中の上で、ヤクが息を呑む気配がした。
「……上善さん」
「お前はもっと自分を誇っていい。お前は自分で思ってるよりもすごいやつだ。………だから、いつまでもそんな湿気た面してると、あの世からお前のじいちゃんが慰めに化けて出てきちまうぞ。"可愛い孫を悲しませるのは誰だー"ってな」
ま、お前のじいちゃんとは会ったことないんだけど、と付け足した。
「……っく……ぅ……」
背負われたヤクの肩が、小刻みに震え始めた。
ポタ、と俺の肩口に、温かい水滴が落ちてくる。
やれやれ、と思いながらも、力が抜けて下がってきていたヤクの体をもう一度背負い直した。
────────────────────────
(──少し離れた場所から、その光景を眺めていた私の脳内は、完全にフリーズしていた)
小柄な体にTシャツと短パン、頭には麦わら帽子という夏の少年のような格好をしたヤク子さんが、上善さんの背中で肩を震わせ泣いている。
しかし、泣いているのは自分も同じだった。
なんなら、ズビズビと派手に鼻水を垂らしながら号泣してしまった。
言い訳をするようだが、自分でも仕方がないだろうと思う。
なんせ、お姉ちゃんの後輩のヤク子さんにそんな辛い過去があったなんて夢にも思わなかったのだ。
いつも姉と仲良くして、時には面倒も見てくれる優しい人。
そんな、意外な人の意外な過去に、気づけば私は涙が止まらなくなっていた。
絵面だけ見れば、まるでどこかで転んで泣きじゃくっている子供のようにも見える。
ヤク子さんを知る人にとっては少し情けない図かもしれない。
だが、自分はそうは思わなかった。それどころか──
(なんなの……これ……)
さっきまで、自分がこの男を正座させて土下座まで追い込んだ───だから自分の方が優位に立っているんだ、なんていう下らない優越感は、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。
過去の傷やどうしようもない絶望を抱えた彼女を、嘲笑うでも見捨てるでもなく、真っ向からその絶望を否定して、一人の人間として真っ直ぐ向き合って受け止めてしまうこの男の器の大きさ。
お姉ちゃんがどうしてあんな風に骨抜きにされ、この男の部屋に入り浸っているのか。その理由を、私はここであっけなく、それでいて痛いほど理解させられたのだった。
(──ずるい、じゃん……あんなの……)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような、今まで感じたことのない熱いものがこみ上げてくる。
自分の中の「警戒心」や「敵意」なんて言葉は、あの男の優しさの前にあっけなく溶かされ、いつのまにかどこかに消えてしまった。
気づけば、顔の熱さが止まらない。
(上善さん……か)
私は慌てて両手で自分の真っ赤な頬を隠し、再び上善さんの隣に並んだときも、そっと視線を逸らすのであった。
────────────────────────
背負われたままのヤクが、鼻をぐすっと鳴らして、自身の服の袖で乱暴に目頭を拭った。
「す、すみません上善さん……また、見苦しいところを見せちゃって……」
「気にすんな。お前は色々と溜め込みがちだからな、こうして誰かに話すのが一番効くんだ。普段は真面目な益子ちゃんだって、たまには泣くことも必要だろ」
「ちょっ…揶揄わないでくださいよ! 恥ずかしいっス…///」
俺はその様子にふっ、と笑うと、よっこいせと勢いをつけてヤクを地面に下ろした。
急に足が地についたヤクは、少しよろめきながらも、麦わら帽子のツルをキュッと握りしめて照れくさそうにはにかむ。
「……でだ、ヤク」
俺は一呼吸置くと、真面目なトーンに切り替えて彼女に向き直った。
「これからどうすんだ? すぐに次の働き口が見つかるわけじゃねぇだろ」
「それは……またアルバイトでも探そうかと……。でも、履歴書は相変わらずだし、少し時間がかかるかもですね……ハハ」
苦笑いを浮かべるヤクの表情には、まだほんのりと寂寥感が残っている。
だが、さっきまでの生気の抜けたゾンビのような目とは違う。ちゃんと自分の足で前を向こうとしている目をしていた。
「ならよ」
俺は手を片方のポケットに突っ込み、煙草の箱を取り出すと、そのうちの一本に火をつけて加え、ふっと不敵に笑ってみせる。
「もしよかったら、ウチのバーで働かないか?」
「え……?」
ヤクが大きく目を丸くする。
隣で、赤面を必死に隠しながら聞き耳を立てていたヤニ子の妹も、思わず「は……?」と声を漏らした。
「実はちょうど一人分、人手が足りてなくてな。ああ、昼間はもちろん自由だ。前にも言ったが、うちは基本夜の営業だ。だから従業員兼、店で暴れる酔っ払いや厄介客を力づくで叩き出す『ボディガード』として……どうだ?」
「ボ、ボディガード……自分がですか?」
「ああ。お前のその真面目さと、いざって時の柔道譲りの腕っぷしなら、俺の店も大歓迎だ。それに、お前が花屋で客とどう向き合ってたかは、お前からだけじゃなくヤニ子からもそれなりに聞いてる。……どうだ?」
そう、実はヤクが花屋をクビになったと聞いたあと、ヤニ子がそれとなく働き口を探してやって欲しいと頼んできたのだ。
深くは聞かなかったが、今思えば、自分の行動のせいでヤクがクビになったことに少なからず負い目を感じていたのかもしれない。
ともあれ、以前からヤニ子から花屋でのヤクの様子を聞いていたこともあり、その真面目な勤務態度を見て、俺はヤクに暇なときに臨時で入らないかと誘おうと思っていたのだが。
ヤクはしばらく、ぽかんと口を開けたまま俺の顔を見つめていた。
やがて、その瞳にじわりと、さっきとは違う――嬉しさと生きる希望に満ちた涙が溜まっていく。
「自分……行っていいんですか? こんな、過去のある人間でも……」
「だから、さっき言っただろ。お前はもう立派に更生してるってな。他でもない俺が言ってんだ、自信持って胸を張れ」
「……っ! はいっ……! よろしくお願いします、上善さん……!」
ヤクはぐっと両手を握りしめ、力強く、そして晴れやかな笑顔で深々と頭を下げた。
その様子を目の当たりにして、妹子は胸の奥が熱くなるのを抑えられなかった。
(……この人、本当に……)
絶望の底にいた女の子に救いの手を差し伸べ、新しい居場所をサラッと用意してしまう。
さっきまで確かに警戒すべきだ、と思っていたはずなのに、今目の前にいる上善は、どこまでも頼もしくて、どうしようもなくカッコよかった。
(──もう、ずるすぎるでしょ……)
ヤニ子の妹はトコトコと少しだけ距離を詰めると、真っ赤になった顔を隠したまま、モジモジと裾を引いた。
「あの、上善さん……」
「ん?」
「……その、なんというか……私のお姉ちゃんのこと、いつも面倒見てくれて……ありがとうございます」
それは、今日初めて会ってから、彼女が初めて俺に向けた素直で、全くトゲのない言葉だった。
「……え? どうした急に?」
「いえ…その………誤解してた、というか、なんというか……とにかく、失礼な態度をとってすみませんでした」
そう言って、ヤニ子の妹は頭を下げた。
「ククッ、なんだそんなことか。俺は大して気にしてないからヤニ子の妹も気にするな」
「で、でも…………………私、お姉ちゃんの部屋を見たんです」
「そうか。ってことは、あれだな、驚いただろう?」
「ええ、それはもう。私がいつも行く時は防護服を着ないと入れないほど、ひどい有様でしたから。……畳やカーテンまで交換されていたのには流石に目を見張りました」
「ククッ、だろうな。ま、隣に住む身として放っておけなかった、それだけだ。ちなみに、ちょっとしたリフォーム費用も全部あいつに請求してるから、その件に関してもヤニ子の妹が気にする必要はない」
「……ほんとに、ありがとうございます」
再び頭を下げたが、続けて、意を決したように俺の目を見つめてきた。
「あの…ヤニ子の妹…じゃなくて、名前で呼んでください」
打ち解けた……と、と見せかけて、何かをしてくるつもりかと身構えていた俺は、拍子抜けした。
「……ククッ、なんだ、そんな目して言うことがそれかよ。やっぱ、なんか
「……っ!!」
名前で呼んでやると、サッ、と顔を逸らされた。
照れているのだろうか?
姉と違って、
「二人とも、山でクワガタ捕まえたら一匹ずつあげるっス! 」
ふと、前をルンルンで歩いていたらヤクが振り返って言った。
「マジか。んでも、そんな簡単に捕まえられるのか?」
「任せてほしいっス! あたしにかかれば、たとえ空を飛んでいようがすぐに捕まえられるんスよ! こう、シャー! って!」
「ククッ、なんだそのポーズ」
まるでレッサーパンダみたいで可愛いじゃないか。
「ふふ、ヤク子さん楽しそう」
「そ、そうっスかね? 妹子ちゃんが言うならそうなのかも…あ! あそこにいるのヤニねこ先輩じゃないっスか? そうだ、先輩もちょっと誘ってくるっス!」
そう言って、ヤクは道路の先の方に慌ただしく駆けて行ってしまった。
「ふふふ、ヤク子さん、さっきまでとは目に見えて明るくなりましたね。これも全部お兄さんのおかげなんじゃないですか?」
そう言って、妹子はこっちを上目遣いで見てくる。
こうして見ると、姉妹揃って顔がいい。
目鼻立ちなんかは意外とヤニ子に似ているかもしれない。
それはさておき、妹子の言うことは否定はしないが、そう頭ごなしに言われると、性分ゆえに少し照れるというものだ。
俺は、照れを隠すように、加えていたタバコを携帯灰皿におもむろに突っ込んだ。
「……」
「…あれ? もしかして…照れてます? 耳たぶが赤いような気がしますけ──」
俺は、妹子のセリフを遮るように言う。
「あー! やっぱあれヤニ子じゃねぇか! お前の妹に土下座させられた挙げ句、靴も舐めさせられたって言ってやろー!!」
「は……はぁっ!?!?!? あれはもう気にしてないって…って、ちょっと! 虫かご持たせておいてどこ行くんですか! 逃げるなー!!!」
こうして、傷心を乗り越えた一人の獣人と、すっかり絆された獣人の女子高生とを引き連れ、ついでにヤニカスの獣人も加えたところで、俺たちの夏の雑木林探索はようやく本来の目的に向かって動き出したのだった。
上善「なあ、ずっと気になってたんだが…お前ら二人の母親ってどんな人なんだ?」
ヤニ子「静江は結構クズにゃ」
上善「お前が言うかそれ……妹子は?」
妹子「うーんと、お母さんはとにかくタバコが好きで、結構禁煙させてるんだけど、多分私がいないとすぐ肺炎で死ぬんじゃないかな」
上善「なるほどね……」
"姉妹でこうも見事に性格が異なるのだから、遺伝というのは面白い"、と思う上善だった。
〜あとがき〜
ということで、ヤクねこ、再雇用先、上善のバーに決定です。
結構書くのむずかった……
以下原作ネタバレ注意
今回は原作にも登場した花屋を出してみたんですが、読んだときは実はお花屋さんの店長が危険なお花も売っている、ということよりも、コワモテの人がその顔通りのヤバイこともやっていた…という予想外の展開の方に笑いを取られました笑笑
感想励みになります。ありがとうございます。
にしてもすごいですね、初めて二次創作書きましたがこんなにもコメントがモチベに繋がるとは……(二次創作処女がヤニねこという事実笑)
あ、誤字脱字、変な表現等あったらビシバシ教えてください。その都度修正しますので。
みなさん、『ヤニねこ』はどっちで見てますか?
-
アニメ勢
-
漫画勢
-
どっちも