一番票が多かったので、達郎先生を先に書きました。
アンケートにたくさんの人が投票してくださって感無量です…
ありがとうございます!
えっと、今思ったんですが、現在のアンケートに「ラニ」とかって追加した方がいいですか?そういえば書いてなかったなって思ったので聞いてみたのですが……
一応アンケートに書いてあるやつは全部書きたい気持ちでいっぱいなのですが、執筆の時間も確保しないとなのでアンケートの上位順から書いてこうかな、って感じで始めたのですが…ラニとか、他にもアンケートに追加して欲しいキャラやエピソードがあれば感想で教えてくださると助かりますぅ(汗
深夜三時。
いつもより客が少なく、マスターの指示で早めに閉めることになったバーの片付けを終えて外に出ると、八月の夜風が容赦なく薄手のシャツを通り抜けていった。
昼間の蒸し暑さが嘘のように冷え込んだ夜道を、俺はポケットに手を突っ込んで歩く。
外着に半袖では少し寒かったな、などと思いながら片方の手でもう片方の腕をさする。
このままアパートに帰って泥のように眠るつもりだったが、渇いた喉が冷たい炭酸を求めていた。
つい今少し寒いと思ったのにも関わらず、である。
これがいわゆる程よく暑く、程よく寒い、というやつだ。いわゆるとは言っても俺が勝手に言っているだけなのだが。
俺は吸い寄せられるように、帰り道にあるコンビニへと足を向ける。
深夜の街にぽつんと浮かぶ、白くて眩しい蛍光灯の明かりが、なんだか妙にありがたかった。
自動ドアをくぐり、ドリンクコーナーで適当な炭酸ドリンクを手に取る。
あとは煙草があれば満足だ。
レジへ向かおうとしたその時、入ってきた時には気づかなかったが、雑誌コーナーの棚の前で、あからさまに不審なオーラを放っている人物が目に留まった。
ズレたメガネに、目の下の濃いクマ。ボサボサの髪に、ヨレヨレのスウェット姿。お世辞にも健康的とは言えないその背中には、見覚えがありすぎた。
「……達郎先生?」
声をかけると、その背中がビクゥッと跳ね上がった。
ゆっくりと振り返った顔は、まるで魂が半分口から出かかっているかのようだ。
達郎先生───もといおちんぽ達郎はこの女性のペンネームだ。
…相変わらず名前のインパクトがすごいが、これでも彼女は漫画家で、青年誌に連載を抱えているプロでもある。
俺と同じくあの獣人アパートに住んでおり、なんと部屋は俺の隣である。
最初は、まさか隣の部屋にプロの漫画家が住んでいるとは思わず、ヤニ子から聞いた時はかなり驚いた。
引っ越してきてからというもの、ヤニ子、ヤク、アル子などなど、厄介な獣人の世話をする羽目になってしまっていたため、それまで隣の部屋に挨拶をしたことがなかった。
ネットで名前を調べるとすぐに作品が出てくるほど、それなりに有名という事実を知ったことも相まって、
…まあ、それも最初のうちだけだったわけだが。
俺の顔を認識した瞬間、その死んだ魚のような目にパッと光が灯った。
「あ、ああ……飯酒盃くん……! 私やったよ…! なんとか入稿間に合ったんだよ……!」
片手にモンスターエ◯ジーと、なぜかTEN◯Aを握りしめたまま、先生は泣きそうな顔で笑った。
…何はともあれ、どうやら、地獄の締め切りを無事に生き延びたらしい。
「その様子を見るに、またギリギリだったんすか?」
「そうなんだよぉ〜聞いてくれる? 聞いてくれるよね? ね! ね!?」
「わかったわかった。聞く、聞くからTEN◯A下ろして。んでもって隠せ」
店員のおっさんが変な目でこっち見てきてるだろうが。
*
「───そんでさぁ〜派遣の獣人ちゃんがね〜? "あ!ウチ宿題あるの思い出しました! すみません、帰ります! "って言ってまだ時間残ってたのに帰っちゃってさ〜」
誘蛾灯に群がる蛾を避けつつ、煙草とともに会計を済ませた俺は、コンビニ前の喫煙スペースで煙草を口に咥えながら、TEN◯Aを握りしめている達郎先生の話を静かに聞いていた。
「それまで何とか締め切り間に合うペースだったのが一気に苦しくなっちゃってさ〜? もうほんと、死ぬかと思ったよ〜。あ、火ちょっともらえる?」
達郎先生はそう言って煙草を取り出すと、俺の差し出したZIPPOの火に近づけた。
先端に火がついたところで「あんがと」と言ってまた離れた。
「それはそれは……まぁ、獣人はそういうやつ多いっすよね」
「そうだよね〜。ヤクちゃんみたいな子ってほんと少数派だったってのを思い知らされたよ。……でもいいんだ。なんだかんだで締め切り間に合ったし、その獣人ちゃん可愛かったから」
そう言って先生は無意識か、故意にか、TEN◯Aの電源を入れた。
ウィンウィンという音が深夜のコンビニ前の喫煙スペースに小さく響く。
「……さいで」
少し呆れたように相槌を打つと、俺はふと気になったことについて尋ねることにした。
「ていうか、よく間に合いましたね。そいつ帰っちゃってペース狂ったのに」
「だよね〜。ほんと、自分でも不思議なんだけどさ〜……」
達郎先生の口から白い煙がふぅ、と出ていく。
「私、ついさっきまで、もう意識があるのかないのかわかんなくなるまでずっと描き続けてたんだよね。そしたらさ、なんかよくわかんないんだけど時計の針が行ったり来たりするようになったんだよね」
ふと、訳のわからないことを言い出した達郎先生に、俺は思わず眉が八の字に曲がった。
すると、そんな俺の様子に気づいたのか、慌てて達郎先生が話しかけてきた。
「あ、いや、実際そんなことあるわけないんだけど…締切時間を、こう、針が行ったり来たりしてて、それの繰り返し? みたいなのを延々とやってたら何とか描き終わってさ〜。そこでようやく意識がハッキリして、ふと時計見たら締切のなんと一分前! ちょうどドアのインターホンが鳴って担当さんに無事入稿できたんだ〜」
「へ、へぇ…それはよかったですね」
達郎先生が何を言っているのかあんまり理解できなかったが、俺は適当に相槌を打つことにする。
「フフッ。飯酒盃くん、何言ってんだコイツ、って顔してるよ?」
ふぅ、と煙を吐きながら達郎先生がこちらを覗き込んでくる。
「え、あ、いやその…」
バレた、と思い、少し慌てる。
「いいんだよ。自分でもよくわかってないし」
「…そっすか」
「まあ、あれだよね。職柄上、極限まで切り詰めると幻見ることなんてよくあるしさ。今回のも多分それだよ」
達郎先生が言い終えたところで、俺もふぅ、と煙草の煙を吐き出す。
だがしかし、まったく関心のない話というわけでもなかった。
「…でも、俺も店に来る客からそういう系の話、よく聞きますよ」
「そうなの?」
「ええ。大学生とかブラック企業のサラリーマンとか、新聞記者とか。あ、デザイナーもいたな。他にも、イラストレーターとか」
「あーめっちゃ共感できそうな職種ばっかだ〜」
アハハ、と笑って達郎先生は再び煙草を咥える。
「…まあとにかく、体には気をつけたほうがいいっすよ。体壊したら、描けるものも描けなくなっちゃうでしょうし」
「うん。そうだよね、心配してくれてありがとう」
達郎先生はそう言って、少しだけ視線を逸らした。
横顔を見やると、コンビニの明かりが差し込んで目の下のくまが再び目立っていた。
「……先生、今日はさすがに顔色が悪すぎますよ」
「あ〜…やっぱり? ごめんね〜、あんまり見てて気分のいいものじゃないでしょう?」
苦笑しつつ、達郎先生は煙草を吸った。
「今日みたいに追い込まれてる日は自分のことなんて構ってられなくなるからさ〜…ましてや顔なんて、なんもケアしてないや。それでも、あんまし人に見られたくないし、今日に限らずそういう日はなるべく夜に出歩くようにしてるんだ〜。あ、アパートのみんなは別だよ?」
ふぅ、と煙を吐くと、「他の人だと絶対変な目で見てくるからね」と小さく笑って達郎先生はまた口に咥えた。
「…ま、確かに初見の人からしたらビビるかもしれないですね」
ふぅ、と煙を吐いたところで、俺は、けど、と言葉を続けた。
「達郎先生がどのようにしてその表情になるに至ったのか、俺はよく知ってるんで」
「……え」
「たまに今みたいな顔してるの見かけますけど、頑張ったんだなぁ、とか、元が美人なのにもったいない、ってしか思わないっすね」
「………」
「他の人がなんて言おうと、達郎先生は綺麗ですよ。人のある一時の、それも一部分しか見ない奴らのことなんて気にしなくていいんすよ。俺らもお前らのことなんかどうとも思ってないから、って」
「………」
「だから、達郎先生は今のままで大丈夫ですよ。自信持ってください」
「……あれ、これ私、口説かれてる?」
「いや違ぇよっっ!!!」
思わず叫んでしまった。
わかってはいた。
いたのだが、いざとなるとどうしても抑えきれなかった。
どうせ励ましてもこの人は、ありがとう、と言って顔を綻ばせるようなバーの客とは違って、絶対に茶化してくるだろうとは思っていたさ。
なんてったって漫画家だからな。
日々を創作という世界の中で生きる生粋のネタ狂いに、励ましの言葉なんて漫画のネタくらいにしか捉えられないだろうさ。
「あはは…ごめんね? 私空気読むの苦手でさ〜」
片手で頭の裏をかきながらごめん、と謝ってくる達郎先生を横目に俺は、はぁ、とため息をつくように煙を吐いた。
「はぁ…ま、いいんですけどね。そのほうが達郎先生らしいっすよ」
「うん、ありがとね。なるべく体調にも気をつけるよ」
「ええ。あと、今回みたいにアシスタントが飛んだときはヤニ子を使ってやってください」
「え、……いいの!?」
達郎先生は少しポカンとした後、グルッと首をこちらへ回転させた。
思ったより達郎先生の反応が良かったので、俺はニコりと笑身を浮かべた。
「はい。アシスタントに限らず、資料撮影の被写体にでもなんでもござれです」
「! …そ、それって、ヤニねこちゃんを素人モノのA◯シチュの撮影に付き合わせてもいいってこと?」
「ええ」
「わ、私、結構際どい衣装着せちゃうよ? スリット深めのチャイナ服とか、ナース服、紐ビキニとか色々…」
「屋内ならいいんじゃないすかね」
屋外はもう少し控えめな服が望ましいのではないだろうか。まあヤニ子ならどちらであろうとあまり気にしなさそうではあるが。
「なら! ほ、他にも、今度描こうと思ってる"いろんなオ◯ニーで◯◯まくる変◯獣◯シチュ"のモデルにしちゃうかもよ? ほんとにいいの!?」
「ええ。なんなら、多少過激な要求も甘んじて受け入れるように言って聞かせておきますよ」
「ま、まじ…かよ……」
やや頬を紅潮させ、鼻息を荒くさせながらぶつぶつと呟き始めた達郎先生だったが、煙草の煙を吐きながらふとこちらを見つめてきた。
「…色々と勝手に盛り上がっちゃったけどさ、そもそもヤニねこちゃん、私のお願い聞いてくれるかなぁ? そりゃ、飯酒盃くんの言うことなら聞いてくれそうだけど…普段も煙草を餌にしても時々しか被写体になってくれないし…」
「そこは心配いらないですよ。あいつ、俺の言うことは絶対聞くんで。てか、もし聞かなくても
あいつ、ここんとこまたものぐさしてるからな。そろそろ働かないと癖になってしまうだろう。
あと借金も返させないと。
「え…飯酒盃くんとヤニねこちゃんってそういう…?」
「脳内ピンクに染めてネタ作りしてるとこ悪いですが違いますよ」
「え? ごめん…私てっきり飯酒盃くんがヤニねこちゃんの飼い主なのかと思っちゃって…性的な意味で」
「ほんと、全部言っちゃうんですね」
せっかく濁したというのに、遠慮なく台無しにしてくるんだもんな、この人は。
「あいつ、俺に借金あるんですよ」
「えっ…借金を盾にヤニねこちゃんにあんなことやこんなことを要求する間柄…!? 飯酒盃くん、それ次の冬コミで出す同人誌のネタにしてもいい!? 『借金苦のヤニカスが隣人のサバサバ系バーテンダーにぐっぽり搾り取られる話』…うん、いいよ! めっちゃいいタイトルだ! そ、そうだ。ひいてはヤニねこちゃんだけじゃなくて飯酒盃くんも撮影に協力を──」
「するわけねーでしょ」
完全に妄想の世界に飛び込んじまった。こうなった時の先生はしばらく元に戻ることはない。
このまま放っておいて帰るか、適当に相槌を打ってやり過ごすか────ま、後者だな。
「え〜いいじゃん! あ、もしかして成人向け作品って抵抗ある?」
「いや、そういうんじゃなくて──」
「じゃあ読むのには抵抗ないんだね?じゃあ十分素質(?)あるよっ! 大丈夫! 飯酒盃くんは初めてかもしれないけどヤニねこちゃんは何回か撮影に協力してくれてるし、それにほら、私というプロの専門家がいるからさぁっ!」
"そもそも俺が出る前提で話進めんな"、って言おうとしたのに見事に遮られてしまった。
すげぇな、人ってここまで急に癪変するもんなのか。
さっきまではきちんと会話が成立していたのに、随分と都合のいい耳に成り下がってしまったものだ。
俺は、目の前で煙草を咥え、TEN◯Aを激しく上下に振り、世界でも類を見ないほど最悪なシェークを披露し始めたプロ漫画家を見つめ、ため息を吐いた。
「───あ、そうだ」
しばらくぶつぶつと何やら卑猥なことを呟いていた先生がとつぜんだまったかと思うと、こちらを見つめてきた。
俺は咄嗟にまた何か要求されるのかと身構えた。
「今度はなんですか? 言っときますが、俺はやりませんからね」
だが、俺の予想に反して、達郎先生の目は非常に穏やかだった。
「ああ、それは冗談だよ。ま、ヤニ子ちゃんのは本気だけど」
あ、ヤニ子は許されないんだ。
許可しておいてなんだが、この人は変なところでしっかりしている。
「じゃあ、なんなんですか?」
「うん。その──これ、なんだけどさ」
そう言って、先生はおずおずと、電源が入って絶賛稼働中のTEN◯Aを差し出してきた。
コンビニの光がちょうど差し込んで、その赤と白の線が入った大きな体躯があらわになる。
「……こいつを俺にどうしろと?」
まさかこの場で俺に使えとでも言うのだろうか?
いや、まさかな─────いや、今の状態のこの人なら言いかねないだろうが。
恐怖に震えている俺を尻目に、達郎先生は言葉を続けた。
「あー………プレゼント?」
「頭湧いてんのかあんた」
どんなプレゼントだよ。
包装もされていなければ、既に箱から出ている状態だし、電池式だから電池も入っていて、これではもはや使用済みの中古品ではないか。まあ、達郎先生は使おうにも使いようがないから実質未挿入の作動済み、という状態になるのであろうが。
…って、そんなくだらないことよりも、なぜこの流れでプレゼントしようと思ったのか。そっちの方が気になる。
俺はてっきり、『資料のため…資料のためだからっ!』って言ってこの場で着用を迫られるものかと思ったのだが。
どっちにしろ、頭がおかしいことには変わりないのだが。
「あー…やっぱいらないか。まあそうだよね。飯酒盃くん、自分の持ってるもんね。そりゃ、二つも持ってても仕方ないよね。男の子におちん◯は一人につき一本だけだったのを忘れてたよ〜」
「いや、第一俺はTEN◯Aなんて持ってないし、ちん◯はどうやっても一本しか生えてないだろうが」
複数あってたまるかってんだ。もしあっても生理的に受け付ける気がしないし、そもそもあんたは一体どこの世界の話をしているんだ。
…おそらく漫画の話なのだろう、ということはなんとなく察せられるが、そのジャンルはまるで浮かんでこなかった。
この世界にそんな設定を好む輩が果たして存在するのだろうか…
そこまで思案したところで、俺はいい知れぬ恐怖を抱いた。
「……ていうか、そうじゃなくて! 人からTEN◯A貰うシチュエーションがまずありえねーでしょうが、って言ってんですよ」
俺は煙と共にはぁ、とため息を吐く。
なんかもう、この人の存在そのものがアウトな気がしてきた。
ここは本人の言うとおり、真昼間じゃなくて深夜に行動した方がいいのではないだろうか?
「あー……ね」
「ほんとにわかってんすか?」
「わかってる、わかってるよ。大丈夫。さっきよりだいぶ落ち着いてきた。ん〜…なんか賢者タイムみたいな気分だなぁ」
そう言って先生は短くなった煙草をスタンド灰皿へと落とした。
「…賢者タイムって女性もなるんすか?」
話の流れを変えるためにも、なんとはなしに、聞いてみた。
言い終えたところで、これも下ネタじゃねぇか、と気づいたが、既に遅かった。
いつものバーテンのトークスキルはどうした、俺。
「お、鋭いところに気づいたね〜。答えは私もよく知らない。ま、私オ◯ニーしたあとにぼーっとする時よくあるしそうなんじゃない?」
「そうなんすか…」
俺の経験では、行為後の女性はいつも気絶するか、そのまますぐ寝入ってしまうことが多い。
一般的にそういうものなのだと勝手に思っていたが、どうやら人による可能性もあるらしい。
「……まあ、結局のところ、個人差ってやつですかね」
「多分ね〜。まぁ、人間なんてそんなもんだよ〜。漫画のキャラクターみたいに、何もかも理屈どおりにはいかないんだよねぇ」
煙草の先の灰を落としながら呟く先生は、どこか達観したように見えた。
「なんか、あんたが言うと妙に説得力あるな……」
「えっ、褒めてる?」
「どこをどう解釈したらそうなるんすか」
達郎先生は、へらへらと笑いながら空になった缶を眺めていた。
つい先ほどまで、締め切りに追われて死にかけていた人間とは思えないほどのんきな顔である。いや、実際には今も顔色は悪いし、目の下のクマも相変わらずだ。違うのは、死相のようなものが多少薄れたくらいだろう。
そうして、そのまましばらく他愛のない(下ネタ)話を続けたところで、いい時間だったこともあり、流れでお開きにすることになった。
「………あ、そうだ」
吸い殻をスタンドの灰皿に捨て、コンビニから立ち去ろうとした矢先、またもや先生が何かを思い出したようにふと呟いた。
「今度はなんですか」
流石にそろそろうんざりしてきたが、とりあえず聞いてみる。
「このTEN◯A、やっぱり持って帰ってくれない?」
「まだ言ってんのかあんたはっ!!」
深夜は三時半を回ったところ。
コンビニの駐車場に、俺の悲痛な叫びが響き渡る。
ちなみに断ったのは決して既に所持しているからではない。決してだ。そこまで俺は性に奔放であるつもりはない。
俺は誰に言うでもなく、心の中で強くそう思うのだった。
*
「話聞いてくれてほんとにありがとね。おやすみ〜飯酒盃くん」
「はいはい。ちゃんと寝てくださいよ。あと、次に会うときはもうちょっとマシな顔色でお願いします」
「あははっ、わかったよ〜」
先生はTEN◯Aを持ったままの手をひらひらと振りながら、ドアを開けて部屋へと帰っていった。
そもそも、なんでそれを持って外出しようとおもったのだろうか…
このアパートは獣人も人間も変な奴が多い。もちろん、大家は除くが。
結局のところ、炭酸飲料を買いに立ち寄っただけのはずが、かなり長い立ち話になってしまった。
俺の方から聞いたわけだし、退屈も、まあしなかったからいいのだが。
……いや、退屈どころか、仕事の後だから精神的には余計疲れた気もする。全体的に卑猥な話が多かった気がするし当然か。
俺は手に持った炭酸飲料を一口飲み、げんなりと息を吐いた。
「……あの人、ほんとに漫画家なんだよなぁ」
改めて考えると、世の中というのは不思議なものである。
あんな人間が描いた漫画が、書店に並び、読者に読まれ、出版社から金をもらっているのだ。
いや、漫画の面白さと作者の人格は別物だというのはわかっている。わかっているのだが……
「……まあ、面白いんだよなぁ、あの人の漫画」
悔しいことに、である。
そんなことを考えながら、ポケットから鍵を取り出した。
ガチャリ。
ドアを開ける。
靴を脱いで部屋に上がり、玄関明かりをつける。
シンクで手を洗うと、家を出る前にすでに敷いておいた布団にそのままダイブしようと、リビングへの扉を開ける。
するとふと、違和感を覚えた。
「……ん?」
部屋の奥。
布団の上に、何かがある。
いや、何かというか。
見覚えのありすぎる、灰色がかった毛並みと、だらしなく投げ出された手足。
そして、布団を占領するように丸まった小さな身体。
「……おい」
近づいてみる。
くう。
くう。
規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……ヤニ子?」
返事はない。
ヤニ子は俺の布団のど真ん中で、気持ちよさそうに眠っていた。口からは滝のように涎が垂れていた。
しかも、ちゃっかり俺の枕まで使っている。
「…………」
俺はしばらく、その光景を無言で見つめていた。
……いや、待て。
なんでこいつが俺の部屋にいるんだ?
そもそも、どうやって入った?
俺は確か、出かける前に鍵をかけたはずだ。ベランダの窓だって閉めていたし、合鍵を渡した覚えもない。
俺の警戒心が頭の中で警鐘を鳴らす。
「……おい、ヤニ子。起きろ」
肩を軽く揺すってみるが、ヤニ子は布団をぎゅっと抱きしめ、顔を枕に埋めてしまった。
完全に起きる気がない。
俺は額に手を当て、深々とため息をついた。
今日という一日を振り返ってみれば、仕事を終え、コンビニで飲み物を買い、隣人の漫画家と遭遇し、深夜の喫煙所でわけのわからない話を延々と聞かされ、挙げ句の果てにはまで押しつけられそうになった。
そして、ようやく帰宅したと思ったら、今度は自室の布団を獣人に占領されている。なんなら、明らかにかけた覚えのないエアコンまでかかっているではないか。
なんて図々しい奴だ。
…いや、今に始まったことではないのだが。
「……しゃーねーな」
眠るヤニ子に向かって呟く。
明日は朝から買い出しに行かなければならないし、昼には店に顔を出す予定もある。ヤニ子の借金についても、そろそろ本格的に話をつけなければならない。
やることは山積みだ。
……なのに。
「くぅ……くぅ……」
当の本人は、そんな俺の苦労など知ったことかと言わんばかりに、幸せそうな寝顔を浮かべている。
その無防備な顔を見ていると、怒る気力さえ失せてくるから不思議なものだ。
「……はぁ、もういい。さっさと寝よ」
俺は諦めて、部屋の明かりを落とした。
とりあえず、こいつを起こすのは明日の朝でいいだろう。
どっちが先に起きるかは分からないが、どっちにしろ、起きたら真っ先に鍵のことについて問い詰めることにしよう。
「……せっかく綺麗にしてやってんだから自分の部屋で寝ろよな、まったく…」
もちろん、返事はない。
聞こえているのか、いないのか。
ヤニ子は相変わらず、すうすうと寝息を立てている。
窓の外では、夜明けにはまだ少し遠い街が静まり返っていた。
俺はヤニ子を布団の半分を埋めるくらいまで押しやってから、その隣で横になる。
……明日こそは、平穏な一日になりますように。
そんな、叶う見込みの薄い願いを胸に抱きながら、目を閉じようとした矢先、急激に自身の体が締め付けられる力を感じた。
「っ……!?」
驚いて横を見やると、右で寝ているヤニ子がいつのまにか寝返りを打って俺の体にがっちりとしがみついていた。
「……んにゃぁ…しょう…ぜん…」
こいつ、まんまと寝ぼけてやがる。
「おい、ヤニ子。離れろ。狭いんだよ」
「……んにゃ……」
「いや、返事になってねぇから。ほら、起きろって」
肩に回された腕を引き剥がそうとする。だが、こちらの抵抗など意に介さず、ヤニ子はむしろ抱きつく力を強めてきた。
「……しょうぜん…………臭ぇにゃ」
「…いや、おめーにだけは言われたくねぇわ!」
どうやら寝ぼけながら、俺の匂いを嗅いでいるらしい。
確かに仕事終わりだし、歩いてきたばかりだから汗くらいはかいている。だが、こいつには、こいつにだけは言われたくない。
まったく、寝言でまでふざけたことを抜かしやがって。
そう呆れながら、もう一度腕を引き剥がそうとした、そのときだった。
鼻先を、何かがくすぐった。
「……ん?」
ヤニ子の髪だった。
顔を寄せられているせいで、毛先が鼻に触れているらしい。
くすぐったさに顔を背けかけて、ふと、違和感を覚えた。
……臭くない。
いや、正確には、いつものあの臭いがしないのだ。
ふと、初めてこいつと出会った頃を思い返してみた。
出会った頃のヤニ子といえば、身体にまで染みついた煙草の臭いと、風呂に入ることを面倒くさがるほどの、ものぐさぶりが印象的だった。
近くに寄れば、まず鼻をつくのはヤニの臭い。本人はさして気にしていないようだったが、こちらとしてはなかなかに強烈で、気づいて即座に風呂に入れたのはまだ記憶に新しい。髪を洗う中で、ノミやダニ、果てにはハエの死骸まで出てきた時には、俺は一体何を洗っているのか、と思ったほどだ。
それが今はどうだ。
鼻腔をくすぐるのは、煙草の臭いではなく、ほのかに甘い、どこか覚えのある香りだった。
「……なんだ、この匂い」
もう一度、確かめるように鼻を動かす。
ふわりと漂う、柔らかな香り。
……ああ。
これ、俺のシャンプーじゃねぇか。
「…………ん?」
思わず、間の抜けた声が出た。
いや、待て。
俺の使っているシャンプーということは、つまり。
「……お前、風呂、入ったのか…?」
もちろん、返事はない。
ヤニ子は俺の胸元に顔を埋めたまま、すやすやと眠っている。
……いや、いやいやいや。
あの
俺が何度言っても、一人で入ろうものならそれが他人の風呂場であっても煙草を吸いながらでなければ重い腰を上げようとしない、あのヤニ子が?
仕方がないからと、二日に一回、俺が強制的に風呂に入れて洗ってやっていて、妹子に言われてもなかなかは入ろうとしない、あのヤニ子が、か?
「……マジかよ」
思わず、まじまじとその寝顔を見つめてしまった。
もちろん、風呂に入ること自体は当たり前のことだ。褒めるようなことでもないし、驚くようなことでもない。
……ないのだが。
それでも、あのヤニ子が自分から身綺麗にしたという事実は、俺にとってちょっとした事件だった。
出会った頃は、身の回りのことすら満足にしようとしなかった奴が。
少しずつとはいえ、こうして変わってきているのだろうか。
……いや、単に今日は気が向いただけかもしれない。
明日になれば、またいつもの調子で「風呂めんどくせーにゃ」などと言い出す可能性だって十分にある。
それでも。
「……そう…か」
自然と、口元が緩んでいた。
なんだか、少しだけ嬉しかった。
自分でも単純だとは思う。
風呂に入った。それだけのことだ。
それだけのことなのに、こいつがほんの少しでもまともな生活を送ろうとしているのなら、それはきっと悪いことではない。
……俺があれこれ口を出してきたのも、まったくの無駄ではなかったのかもしれない。
かといって、ヤニ子が完全に真人間になってしまうのもそれはそれで寂しくはあるのだが。
「……まあでも、そうか、そりゃあ、風呂入ってこんだけいい匂いのやつからしたら、俺は臭いわな」
苦笑しつつそう呟いて、俺は再び天井を見上げた。
腕の中では、相変わらずヤニ子が気持ちよさそうに眠っている。
時折、耳がぴくりと動くのが妙におかしい。
……まったく。
こんな顔を見せられたら、無理に引き剥がす気も失せてしまうじゃないか。
先ほどまで頭を埋めていた鍵について聞こうと言う気も、すっかり消え失せていた。
仕事疲れの響く体に、深夜の長話で消耗した頭。
さっさと眠るつもりだったのに、帰ってみれば布団は占領されているし、おまけに妙な感慨まで抱かされてしまった。
……本当に、手のかかる奴だ。
けれど、まあ。
たまには、こんな夜があってもいいのかもしれない。
俺はヤニ子の体温をじんわりと感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
サラサラと、鼻先をくすぐるのは、いつもとは違う、柔らかなシャンプーの香り。
腕に伝わるのは、規則正しい寝息と、小さな身体の温もり。
それらが妙に心地よかった。
今日ばかりは、戸締りの心配も、借金のことも、仕事のことも、いったん頭の隅へと追いやることにした。
……明日の朝、こいつがどんな顔をして目を覚ますのか。
そんなことをぼんやり考えているうちに、まぶたが重くなっていく。
鼻先をくすぐる、柔らかなシャンプーの香り。
すぐ隣から聞こえる、規則正しい寝息。
……まったく、調子が狂うぜ。
そう思いながらも、俺はその温もりを追い払うことなく、静かに目を閉じた。
おちんぽ半分、ヤニカス(シャンプーのいい匂いつき)半分、といった感じでしたね。
達郎先生が完全メインじゃなくてごめんなさい。
でもこの作品、ヤニ子がいないとなんか落ち着かないんですよね…
あ、ちなみに上善くんが達郎先生に敬語を使っているのは、いくら"アレ"な人であっても、下ネタが絡まなければ普段は常識的で、定職にもついていて、かつ自分より年上のお姉さん(32歳)、というふうに認識しているからです。
アパートの住人の中では大家さんの次くらいに信頼度高いです。
他のキャラで次誰に出て欲しいですか?もしくは読みたい話
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字書きねこ(賀来詠子)
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おちんぽ達郎先生
-
西春蘭
-
佐藤静江
-
ペンペンねこ
-
ハメ子の存在忘れられてる...?
-
大家さんもっと出せや!!!
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カンサイと上善のバー回