アンケートに新たに欄を追加するのってできないんですね…
いやあ、知らないことだらけで頼りないところもあるかと思いますが、暖かく見守ってくださると、嬉しくて投稿ペースが上がるかもしれないし、上がらないかもしれないです。
みんなペンペン好きなんだなぁ…と思ってたら佐藤静江も結構票入っててびっくりしました。
みんな忠実やなぁ…え? いやなんでも。
午前十一時を少し回った頃──。
夏の強い日差しもようやく落ち着いてきた頃、俺とヤニ子は並んで朝の散歩に出掛けていた。
と言っても、ヤニ子の普段の散策に付き合わされているというのが実際のところだ。
歩き始めてしばらく、どこへ向かうともなくブラブラと歩いていたが、ふと、ヤニ子が何かを思い立ったようにぴょこんと耳を跳ねさせた。
「思い出したにゃ。上善、ちょっとついてくるにゃ」
「ん? どこに行く気だ」
「いいからついてくるにゃ。ニャーは優しいから上善にもご馳走してやるにゃ」
ご馳走…ねぇ。
こいつにご馳走されたものといえば
─────────────ない、な。
ん? ない、ないぞ。
こいつにご馳走されたことなんて一回たりともないじゃないか。
と、いうことは、今回が初めて…になるのか?
いや…でも…今まで本当になかったのか?
ないな、全く記憶にない。
おかしいなぁ、記憶力はいい方なんだが、ヤニ子に奢られた記憶だけ綺麗さっぱり抜け落ちている。
まるで、元からそんな事実がなかったかのような───
あ。
そういえば俺、いつもご馳走
「……お前の口から『ご馳走』なんて言葉が出てきたことに俺は心の底から感動を覚えている。
「? 何言ってるにゃ? いつもニャーが持ってるシケモクやってるにゃ」
「あれはご馳走でもなんでもねぇよ!!」
あんなもの、即座に捨てようと思えども、喜んだことなど一度たりともない。あるわけがない。
あいつの寄越すシケモク自体、あいつが吸ったものであるとは限らない。
すなわち、拾ったシケモク──誰が吸ったのかもわからない、他人の唾液がべっとりとついたものなど、手で持ち捨てれども、どうして口をつけようなどと思えるだろうか、いや、思えない。
そもそも、ヤニ子が吸ったものだからいい、と言うわけではないのだ。
「お前…よく俺の家来る時シケモク吸ってるけどさ、よくあんなの吸えるよな。怖くねぇの?」
「ん? 何がにゃ? あ、上善には言ってなかったけど、ニャーはいつも拾ったシケモクの種類当てゲームしてるにゃ。吸ってみてメンソールの味がした時は結構嬉しいにゃ」
「……」
感染症が…と口にしようとしたところで、俺はやめた。
言って聞かせたところでヤニ子ならそのまま吸うだろう…いや、むしろ持ち帰ってストックしてるまである。
ていうか、すでにやってたわ。
この前こいつの部屋掃除したとき、ビニール袋に詰められたやけに汚い吸い殻の山を見かけて処理したんだった。
あと普通に汚かった。
ティッシュに包まれた毛玉が、俺が置いたゴミ箱から溢れ、そこら中に落ちていた。
(全く、俺が掃除する前に少しは片付けておけっての、このヤニカス。)
そう心の中で文句を垂れつつも、ヤニ子に服の裾を引っ張られるがまま、俺たちは街を外れ、いつの間にかガードレールの脇から土手へと続く緩やかな坂道を登っていた。
目的地を聞いても「上善にもご馳走してやるにゃ」と繰り返すばかりで、肝心の"何"をご馳走するつもりなのかはぐらかされ、相変わらず要領を得ない。
やがて、たどり着いたのは、穏やかに水の流れるにゃがみ川の河川敷だ。
(川…か。この様子ならご馳走はシケモクじゃなさそうだな。もしかして、川魚とかか?)
そんなことを思いながら、川沿いにまっすぐ伸びる、周りより一段高く盛り上がった河川敷の遊歩道を、ヤニ子と並んでのそのそと歩いていると、ふと、前を歩いていたヤニ子がピタリと足を止めた。
次の瞬間、まるで獲物を見つけた野良猫のように、ヤニ子がスタコラと遊歩道から土手の斜面を下るようにして走り出していく。
「おい、急に走り出すなよ……まったく」
面倒くさそうに嘆息しながら、俺はその後ろをトボトボと追いかけた。
ヤニ子が駆け込んだ先は、遊歩道から少し下った河川敷の斜面──そこに設営されていたのは、お世辞にも綺麗とは言えない、やや色褪せて薄汚れた一張りのキャンプ用テントだった。
青空の下で一際異彩を放つその粗末な隠れ家を目の当たりにして、俺は思わず足を止める。
なんだこれは。
河川敷のホームレス…か?
怪訝に思っていると、ヤニ子は迷うことなくテントの入り口に近づき、遠慮なしに声を張り上げた。
「おい、ぺんぺん。いるかにゃ? シケモクもらいにきたにゃ」
その直後、ヤニ子の呼びかけに反応するように、テントの入り口を塞いでいたチャックがシャッと乱暴に開けられた。
中からひょっこりと姿を現したのは、糸目で容姿の整った女だった。
粗いつぎはぎのあて布がいくつも縫い付けられた奇妙な帽子と、くすんだ薄汚れたマントを羽織っているため、形無し、と言った様子ではあったが、それでもなかなかの美人だった。
見ると、頭に被られた帽子の形がピンと尖った猫耳のようになっているため、どうやらヤニ子たちと同じ獣人のようだ。
「やぁ、ヤニねこちゃん。今日もいい風が吹いているね」
「んなことよりもシケモクよこせにゃ」
「はいはい、シケモクなら昨日ちょうどたくさん拾ったところだよ。ほら、こんなにいっぱい」
そう言ってテントの中から取り出された空き缶にびっしり詰められた無数の吸い殻を見るやいなや、ヤニ子は「おお……!」と露骨に目を輝かせ、尻尾をパタパタと嬉しそうに揺らし始めた。
そんなやり取りを少し離れた位置から眺めながら、俺は目を細める。
テント暮らしの怪しげな風貌といい、どこか世間離れしたミステリアスな雰囲気を醸し出すその女に、俺は少しだけ興味を惹かれ、少しの間じっと見つめた。
すると、糸目の獣人はヤニ子の背後にいる俺の存在にようやく気づいたらしい。
「ん? おや? 見知らぬ顔がいるね。ヤニねこちゃんのお友達かい?」
「こいつは上善にゃ。ニャーの飼い主にゃ」
「へぇ、ヤニねこちゃんの飼い主さんなんだね…………………へぁっ!?!?」
直後、彼女の糸目が信じられないほどカッと見開かれたかと思えば、文字通り飛び上がるほど仰天した。
「おい、明らかに誤解してるぞこの人。いつも言ってるが、お前の言い方なんか紛らわしいんだよ」
俺は頭を押さえながら、思わずツッコミを入れた。
「ニャーは何も悪いことしてないにゃ」
「口を開けば自己保身かよ…」
素知らぬ顔で、シケモクを選び続けるヤニ子に、俺は呆れてため息を吐いた。
こいつは出会った頃から本当にブレないな……もちろん悪い意味で。
「まあ、言葉の中身は否定しない…というかできないけどよ、もっと言い方があるだろうが。扶養者とか世帯主とか生計維持者とか…」
「いや! そっちの方がより意味がはっきりしちゃってるよ!?」
俺の言葉に驚いたのか、糸目の獣人は震えながら慌てふためき始めた。
それはさておき、なかなかいいツッコミである。
薫子と気が合いそうなノリだ。
「ニャーはそんな難しい言葉は知らねーにゃー」
ヤニ子はそんな周囲の混乱などどこ吹く風とばかりに、当たりをつけたシケモクを一本をつまみ上げ、ライターで火をつけて口に咥えた。
しかし、深く吸い込んだ直後、それまでニコニコとしていたヤニ子は途端にどんよりとした、どこか絶望的な表情に変わる。
「……ペンペン、こいつMEVIUSじゃねーにゃ……ピースのキツいやつにゃ……」
地獄の底から這い上がってきたような顔でそう呟き、ヤニ子は河川敷の風に吹かれながらその場に崩れ落ちそうになっていた。
「おやおや、今日もハズレかい? ふふっ、どうやら、ヤニねこちゃんの運気は僕が全部吸い取ってしまったようだね」
そう言って、糸目の獣人はヤニ子の肩をツンツン、とつついている。
「ていうか、ご馳走って結局シケモクだったのかよ……」
すっかり絶望に染まった顔で崩れ落ちかけているヤニ子を横目に、俺は思わず呆れたような、盛大なため息を吐き出した。
すると、面白がるような目でヤニ子がこちらを見る。
「上善も吸うにゃ? 運が良ければ上善の好きな丸出しボロンに当たるかもしれないにゃ」
「アパートでも俺が吸うわけねーだろ、そんな汚物。つか、マールボロな」
なんだ丸出しボロンって。
締め切り間近の達郎先生じゃねーんだから、そんなアホみたいな間違え方をするな、全く。
こんなんだからヤニ子のような獣人は白い目で見られるのだ。…いや、完全に自業自得だし、何も問題はないか。ヤクのように評価されてる獣人もいるわけだしな。うん。
俺が心の中で毒づいていると、ヤニ子は気を取り直したのか、すました顔でテントの前に立つ糸目の獣人に声をかけた。
「ペンペン、こんな感じで上善は変な銘柄の煙草が好みの変人にゃ。仲良くしてやって欲しいにゃ」
「え? あぁ…うん。もちろん、それはいいけど…」
「変な紹介の仕方してんじゃねーよ。あとそれ、変人って、お前にだけは言われたくねーわ」
俺がそうピシャリと突っ込んだ瞬間、ヤニ子がくわえていたシケモクをポロッと口から地面に落とし、両目を見開いた。
「にゃっ……!? 心外にゃ! ニャーはあいつらと違ってまとも枠にゃ!」
「どこがだっ!! てめーはあいつらの中で一番
その容赦ない一言に、ヤニ子はガーン、と全身から色を失い、文字通り地面に膝をついて放心し始めた。
「ニャーはアパートでは割とまともな方にゃ…終わってなんかないにゃ…部屋が汚くなるのは上善が掃除をサボるからにゃ…ニャーは悪くないにゃ…妹ちゃんだって最近は前より触れてきてくれるにゃ…知らないジジババに道端で貢がれることも少し増えたにゃ…そうにゃ、自信を持てにゃヤニ子。お前は終わってなんかない、まだセーフ、そう、セーフなのにゃ……」
一人でぶつぶつと呟き続けるヤニ子。
確か前にもこんなヤニ子を見たことがあった。
あのときは確か、妹子に見張られて一日間禁煙していたんだったか。
獣人向けの健康診断に向けての練習、とかなんとか言っていた気がする。
んで、ヤニ子の様子がおかしいってんで妹子が俺の部屋のドアを叩いたのは、禁煙開始から四時間ほどたった頃だったな。
とりあえず部屋に行くと、一人隅っこで誰かと話しているヤニ子がいた。バッチリ幻覚を見ているようだった。
ヤニ子にしては耐えたほうだろう、と思い、ただ、メンソール系の持ち合わせがなかったので、持っていた煙草を吸わせると、十分ほどでもとに戻ったのだった。
その後、ヤニ子みたいに重度のヘビースモーカーにいきなり禁煙させると中毒症状を起こすことがある、と説明すると、それを聞いた妹子が青ざめた顔でヤニ子に謝っていたのは、まだ記憶に新しい。
その時ほどではないにしろ、禁煙もしていないというのに中毒症状みたいな振る舞いをするヤニ子は、どこかトリップの才能でもあるのかもしれない。
そんなことを思い出しつつ、使い物にならなくなったヤニカスをひとまず放置し、俺は自分のポケットから愛用の煙草を取り出して火をつける。
ふと、目の前で消沈しているヤニ子と俺を見比べるように視線を向けてきたかと思うと、奇妙なマントを羽織ったテントの主──ペンペンが諭すように口を開いた。
「二人とも、喧嘩は良くないよ」
「…ん? お、おう」
咄嗟にそう返したが、待てよ、と俺は内心で冷や汗をかいた。
ペンペン自身が喫煙者かどうかもわからないのに、その目の前で煙草をふかすのはマナーとしていささか失礼ではないか。
そう思い直した俺は、慌ててポケットから携帯灰皿を取り出し、今つけたばかりの火を消そうとした。
すると、ペンペンは優しく手をひらりと振る。
「ああ、そのまま吸っていて大丈夫だよ」
「……すまんね」
そう言われて、俺はそのまま煙草を吸い続けた。
どうやら、喫煙者に寛容な獣人のようだ。
お言葉に甘えてしばらく吸い、少し落ち着いたところで、俺は改めて顔を向けた。
「…っていうか、自己紹介がまだだったな。すまん。俺は飯酒盃。飯酒盃上善だ」
「ご丁寧にどうも。こちらも名乗りたいのはやまやまなんだけど、僕は世捨て人でね。あいにくと名乗れるような名を持ち合わせていないんだ」
「あー、そうなのか? まいったな…なんて呼べばいい?」
「ああ、そんなに気にしなくていい。ヤニねこちゃんみたいに気楽にペンペン、とでも呼んでくれればいいよ」
「そうか、じゃあペンペンで。あ、一応俺、駅近のバーでバーテンダーやってるんだ。もし良ければ来てくれ」
そう言って、俺は最近作ったばかりの真新しい名刺をポケットから取り出して差し出した。
ペンペンはそれを受け取ると、まじまじと見つめ、やがて「へぇ、バーテンダーさんなんだ…………あ、ここ」と呟いた。
「ん? もしかして知ってたか?」
「あ、いや。僕は行ったことないんだけど…その………(ママの行きつけだったところだ)」
「あー、その様子を見るに、名前だけは知ってるけど入ったことない、って感じか」
「う、うん。実はそうなんだ…」
(…この人…上善くん…だったっけ…危うくママに情報が行くところだった…)
ペンペンはそう心の中で呟きながら、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
俺はその妙に怯えたような、安堵したような様子を少し不思議に思いつつも、言葉を続ける。
「あ、でもそうか。世捨て人? とかならバーとか行ったりしない、よな。ヤニ子が世話になってるみたいだし、少し奢ったりしようかと思ってたんだが……誘っといてなんだが、さっきのは無かったことにしてくれ。すまん」
「う、うん。お気になさらずに……」
(う、うわぁぁぁ〜〜! せっかくご飯にありつけるチャンスが〜〜!!)」
「…?」
なんだこいつ。
さっきまであんなに悟りを開いたような顔をしていたのに、分かりやすすぎるだろ。
俺は思わず首を傾げた。
その後も、しばらく河川敷のテントの前で会話が続いたのだが、どうにもペンペンの口から飛び出す言葉の端々には、独特の哲学というか、世俗を捨てた文明否定論者や、さながら山奥の仙人のような達観した思想が滲み出ていた。
資本主義の闇がどうとか、労働に縛られ続ける世のサラリーマンが哀れだーとか、それはもう流暢に語ってくれる。
「へぇ〜…」
と、俺は当たり障りない相槌を打ちつつも、心の中では少し冷めた目を向けていた。
いや、こいつ、そんなこと言ってるけど、こいつ明らかに市販の小綺麗なキャンプ用テント使ってるしな……
ペグもしっかり打ち込んであるし、入り口のチャックの滑りだってやけにスムーズだ。
だいたい、その手口や妙な気負い方からして、大方、親と大喧嘩でもして家出してきた中途半端な世捨て人崩れ、といったところだろう。そのへんの事情は、見ていれば大体察しがつく。
しかし、ペンペンは時折話しながら小さくお腹を鳴らし、それでも恥ずかしがるどころか、テントのポケットから食べられる雑草(見た目はまんまキャベツだが)を取り出してモシャモシャと頬張っていた。
こうして、ペンペンなりに必死に世捨て人の生活を頑張っている姿を目の当たりにすると、なんだか変に追求するのも野暮な気がしてくる。
むしろ、ここはあえて彼女のプライドを立ててやり、理解者として振る舞ってやった方が面白そうだ。
俺は「すげぇな」「へぇー知らなかったわ」と、いかにもその達観した持論に感銘を受けましたと言わんばかりの、これでもかというほど分かりやすいドヤ顔を引き立てる相槌を打ってやった。
案の定、ペンペンはまんざらでもなさそうに、ふふんと鼻を鳴らしている。
(バーに来た客以外、普段はしないようにしてるんだが…ま、ペンペンには特別にいいか。ヤニ子が世話になってるみたいだし。………世話と言っても、シケモクに関してだが)
やがて話題は、俺とヤニ子の話へと切り替わった。
「そう言えば、上善くんはヤニ子ちゃんとどういう関係なのかな? まさか、本当に飼い猫と飼い主の間柄、というわけでもないだろう?」
「当たり前だ。至って健全な関係だ」
不本意な気持ちを込めて返しつつ、俺はざっくりと、あのヤニカスと関わる羽目になった経緯や、現在の不毛な状況について語って聞かせた。
「借金かぁ………でもそれって、なんだかヤニねこちゃんへの押し付けみたいじゃないかい? いや、責めるつもりはないんだけどね? その、ヤニねこちゃん」
「何言ってんだ。あいつの部屋を放っておいたらいずれこっちに被害が出てくるところだったんだぜ? ペンペンは知らないかもしれないが、引っ越してきた時、あいつの部屋は信じられないほど──」
「汚かった…うん。わかるよ。あれは汚いなんて言葉で収まるようなものじゃなかった............半年くらい前にお邪魔した時、飛んできたゴキブリに驚いて間違って床に長年放置されたカップ麺を踏んじゃったんだよなあ。あのときは足の匂いが水でも取れなくてお風呂入りに実家に帰ろうかと思ったんだったっけ……」
ペンペンは、聞き取れないくらいのボリュームでなにかをボソボソと呟き、直後に気まずそうに視線をそらした。
まるでヤニ子のあの凄まじい部屋の実態を自分も知っているかのような、妙に生々しい言い分だったが、こいつの家に遊びに行ったことでもあるのだろう、と俺は勝手に納得した。
「だろう? 引越し早々、隣人トラブルなんてごめんだったしな。ほら、行政がよくやる強制代執行ってあるだろ? 俺もそれをやってやったのさ」
まあ、引っ越してすぐ動いてる時点で隣人トラブル発生と言えなくもないのだが、放っておいて明確な実害を被る前に動くことにしたのは、我ながら今でも英断だったと思っている。
「うん…言われてみれば、そうだね。借金の話も納得するよ。あの汚さなら仕方ないのかもしれない」
「ペンペンならわかってくれると思ってたぜ。さすが、世捨て人は聡明さまで他の奴らとは段違いだ」
俺はふう、と煙草の煙を吐き出しながら、からりと笑顔を向けてやった。
「そ、そんな…褒めても何も持ってないよ…///」
ペンペンは急に真っ赤になってあたふたし始める。
そうこうしているうちに、スマホの画面で時刻を確認すると、すでに正午──お昼を回っている頃だった。
いくら夏と比べて暑さが落ち着いてきたといっても、この時間帯の日差しは少々強すぎる。
そろそろキリのいいところでお開きにしようと、俺は未だに地面に突っ伏して放心しているヤニ子の服の襟をグイッと掴み、無理やり引きずり起こした。
「んじゃ、そろそろ行くわ。またな、ペンペン」
「うん。今度はもっとシケモク集めておくよ。またおいで」
「いや、それはいい。俺は未来永劫シケモクなんて吸う気はないし、こいつも、シケモクなんか吸わなくてもいいくらい働いて稼げばいいわけだしな」
そしたら俺の借金もそろそろ完済の兆しが見えてくるだろう。万々歳である。
「あ…そっか」
俺のその言葉を聞いた途端、ペンペンはまるで飼い主を失った犬のように、途端にシュンと寂しそうな顔をした。
猫、というか獣人なのに犬みたいな反応をするペンペンが少し可笑しくて、クク、と思わず笑みをこぼしてしまう。
少しその様子を眺め、やがて俺は安心させるように付け加えることにした。
「…また来るからさ、そん時は今日みたいになんか話でも聞かせてくれ」
「……! う、うんっ。わかった!」
途端にパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに頷くペンペン。
やれやれ、と肩をすくめながら、俺は放心状態のヤニ子を引きずり、軽く片手を振りながら土手の坂を登り、元の遊歩道へと戻っていったのだった。
◇
河川敷のテントを後にして、俺たちは再び一段高い遊歩道をのそのそと歩き始めた。
しばらく歩いていると、ふと、先ほどまで地面で放心していたはずのヤニ子が、いつの間にか不貞腐れた様子で俺の腕をガシッと掴んできているのに気づく。
獣人特有の、あの尖った爪が生地越しにチクチクと皮膚を刺激してくる。
──おいおい、掴まれているというより、これじゃあまるで、腕に鋭利な刃物を複数突き立てられているような気分だな。
「
はぁ、と盛大なため息をついて立ち止まり、俺がヤニ子の方へ振り返ると同時に、ゴンッ!と勢いよく俺の胸に頭のてっぺんをぶつけてきた。
ヤニ子の顔は下を向いているため、その表情を窺い知ることはできないが、よっぽど気に食わないことがあるらしく、ヴ〜〜、と苛立った猫のように低く唸り声を上げ続けている。
その姿はまるで、飼い主へ不満を示す猫のようだった。
俺は苦笑いを噛み殺しつつ、いつまでもこうして突っ立っていると、爪が皮膚を突き破りそうだったので、観念してヤニ子に話しかけることにした。
「…どうした? 何が不満なんだよ」
しばらくの間、返事はなく、ただ不気味な唸り声だけが周囲の蝉の声に混じって響いていたが、やがてヤニ子はボソッと、しかしはっきりと口を開いた。
ぴくっと動いた耳の隙間から、不満げな声が零れる。
「………ニャーは終わってなんかないにゃ。まだセーフにゃ……」
──こいつ、さっきの俺の言葉をまだ気にしていたのか。
そう気づいた瞬間、俺は自分の放った「てめーはあいつらの中で一番終わってるやつだわ」という言葉をまざまざと思い出し、わずかに胸が痛むような、気まずい罪悪感に駆られた。
散々面倒をかけられているとはいえ、一応俺は自称こいつの保護者で、債権者、かつ、なんだかんだこうして行動を共にしている相手だ。
流石に言い過ぎたか、と俺はしばらくの間、頭の中で言葉を選んで逡巡した。
やがて、俺はぽつりと謝罪の言葉を零した。
「……わかったよ。俺が悪かったって……少し、言い過ぎた」
俺の謝罪の言葉に、ヤニ子の耳がぴくぴくっと激しく反応した。
しかし、それですぐに機嫌が直るわけでもないらしく、なおも「ゔ〜……」と低い唸り声は続いている。
やがて、ヤニ子は伏せたままの顔で、小さく、しかし絶妙にはっきりとした声で呟いた。
「………3301」
その数字を聞いた瞬間、俺は思わず「はぁ……全く……」と盛大に呆れ返ってしまった。
『3301』。
それは少し前に行ったサイゼリヤのメニュー番号の中で、昼間から堂々と注文された「生ビール(ジョッキ)」を指す番号だった。
あの日も、こいつはこの番号を見つけた時にやけに感動していたっけか。
ただのビールなのに、外で──それもサイゼリヤで出されたというだけでなぜそんなにも嬉しそうだったのか、未だによくわからないが、同伴していたヤクもやけにテンションを高くして番号を口ずさんでいた。
何か、獣人に刺さる響きなのだろうか、『3301』という番号は。
ちなみに俺はその時『3401』を頼んだ。
商品は『グラスワイン(赤)』だ。
一杯百円という驚きの安さにもかかわらず、サイゼリヤのイタリア風料理ととても合うすっきりとした味わいだったので、俺的コスパ最強はこいつで決まりだろう。
他にもデカンタが四百円で飲めたり、マグナムボトルが千五百円で提供されていたりなど、あまりにも庶民寄りな価格に、バーテンとして少し危機感を覚えたほどだ。
だがまあ、客として訪れるなら、価格の面でサイゼリヤより満足できるファミレスは、にゃがみ原には存在しないはずだ。
長々と語ったが、言われてみれば今からのお昼にサイゼリヤは悪くない。
今から帰って飯を作る、というのも少し億劫になっていたところだ。
番号の商品やサイゼリヤの料理を考えていたのもあって、むしろ食べたいという気さえしてきた。
「……はぁ。わかったよ。今日の昼はサイゼリヤにしようぜ。それと、俺が特別に奢ってやるから、それで機嫌戻せよ」
そう言って、俺は不貞腐れるヤニ子の頭にそっと手を伸ばし、乱暴にならないよう優しく撫でてやった。
するとどうだ。
先ほどまで低く唸って殺気を放っていた野良猫はどこへやら、ヤニ子は「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」と、驚くほど分かりやすく喉を鳴らし始めたではないか。
──こいつ、本当にただの猫みたいなやつだな。
最近は特にそんなことを思う。
しばらくの間、気持ちよさそうに俺の手のひらの下で頭をすりすりさせていたが、やがて俺がふっと手を離すと同時に、ヤニ子はパッと顔を上げた。
さっきまでの暗い不貞腐れ顔はどこへやら、あからさまに尻尾の振りが高速になり、満面の笑みを浮かべている。
「全く……調子のいいやつだ」
呆れを通り越して、もはや感心すら覚える。
すっかり機嫌を良くしたヤニ子は、軽快な足取りで一歩先を歩き出し、スキップまじりに歌い始めた。
「3301〜♪ 3301〜♪ 上善の奢り〜♪ 上善の奢り〜♪」
上機嫌にメニュー番号と奢りの件を口ずさみながら歩く獣人と、その背中を気だるそうについていく俺。
日差しは相変わらずジリジリと照りつけていたが、俺たちは昼下がりのサイゼリヤを目指して足取りを速めたのだった。
汚いスナフ◯ン…って、誰が言い出したんですかね。
初めて聞いた時は的確すぎて原作のキャラ設定がガチでそれなんじゃないかと思ったくらいです。
あと、以下どうでもいい話です。
サイゼリヤが値上げするって聞いたんで、本当かよ、とスマホでニュースを見たら、ミラノ風ドリアが二十円の値上げと…いや、十分安いわっ!!
社長が申し訳なさそうに記者会見してまで報告する値上げじゃないでしょうがっ!元が安いから二十円高くなったところでそんな変わらんのよ!逆に今まで耐えてくれたことに感謝だわ!まったくもう!大好きサイゼリヤ!願わくば、シーフードパエリア復活してください。お願いします。なんでもしますから!
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