獣人アパートの綺麗好き   作:猫パンチDX

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ヤクねこって...いいよね...




2mg

 

 

 

 時刻は朝の十一時。

 

 俺の貴重な睡眠時間を奪っていったのは、目覚まし時計の電子音でも、鳥のさえずりでもなく、隣の部屋から聞こえてくる、ドタバタとした足音と、低い話し声だった。

 

「……あのヤニカス、朝っぱらから一体何やってやがる……」

 

 たった今不快な目覚めを体験した俺は、体を起こすとヤニ子の部屋の方を睨む。

 

 最悪な新生活のスタートを切ることになったあの日以来、俺はなりゆきでヤニ子の面倒をちょくちょく見るようになった。

 

 昼と夜の飯の提供に、二日に一回の掃除。

 

 バーテンダーという夜職の俺にとってすでに日中の過ごし方の一部となっていた。 

 

 眠気まなこを擦りつつ、寝巻きのまま部屋を出て、ヤニ子の部屋を開けた。

 

 相変わらず鍵をかけてないらしい。全く、不用心なやつだ。

 

「おいヤニ子! 朝からうる───って、あぁ?」

 

 ドアを勢いよく開けるや否や、抗議の声を張り上げたところ、居間にヤニ子以外の人がいるのがわかった。

 というか、そのうちの一人は見知った大家だったのだが、もう一人は獣人のようで見覚えがなかった。

 

「にゃっ上善! もう飯できたにゃ?」

 

「飯はまだだっつーの。てか、うるさいんだよ。午前中は大体寝てるから静かにしろって言っただろ?」

 

「そ、そうだったにゃ。悪かったにゃ」

 

「つーか、なんで大家がここにいるんだ?」

 

「お、おう。いや、ヤニねこんとこに回覧板回しにきたらやけに部屋が綺麗でよ。一瞬部屋を間違ったかと思ったくらいだわ。これって、お前がやったの?」

 

「ああ。実は入居二日目の朝、隣のこいつの部屋から異臭がしてよ───」

 

そこから事情を説明すると、大家は驚いた様子だったが、やがて納得したように呟いた。

 

「……なるほどなぁ」

 

 大家は腕を組み、しばらく黙り込んだ。

 

「いやぁ、悪い。入居初日に面倒かけちまったみたいだな....」

 

「ん? 何で大家が謝るんだ?」

 

「実は、こいつの部屋の汚さに関しては俺も何度か注意はしてたんだが、そこまで酷いとは思ってなくてよ」

 

「それに関しては完全にこいつの責任だから大家が謝る必要は全くない。てか、むしろ大家は詫び入れられる側だろ。おいヤニ子。とりあえず今この場で謝っとけ」

 

「なんでニャーがこいつに謝らなきゃいけないにゃ? だるいから嫌だにゃ」

 

「そうか......なら、昼夜の飯(俺のお手製ドリンク付き)はこれからは俺の分だけ作ることにするか」

 

「...! ま、待つのにゃ。それだけは勘弁してくれにゃ!ニャーはあのご飯なしじゃもう生きていけない気がするにゃ!」

 

「ほう? なら、お前がすべきことはわかるな?」

 

「........ごめんにゃ」

 

()()()()()()だろ? あ、あと土下座な? 自分が何をして何を悪いと思ってるのかも言えよ。ほら、早くしろ」

 

「……借りてる部屋汚してごめんなさい.....にゃ」

 

「あ、あの先輩が...謝罪......!? しかも土下座....!?!?」

 

「お、おう。いいよ...いや、よかねぇんだけどよ。もう上善がここまで綺麗にしてくれてるんなら、俺としては今後一切汚さなければもう文句ねぇ。......もういいから土下座はやめろ。ほら、体起こせって。な?」

 

(し、信じられない。この人がまともに誰かの言うこと聞いてるの初めて見た.....って言わんばかりの顔だなこの金髪は。普段からこいつがどんな感じなのかが一目瞭然だな...別に驚きはしねぇけど)

 

 ヤニ子のことを驚愕の表情で見つめているプリンのような金髪の獣人を見て、そんなことを思う。

 

 すると、大家は改めて部屋の中を見渡す。

 

「それにしても……見違えたなぁ。畳もなんか新品になってるし」

 

「だろ?全く、大変だったぜ」

 

「入居したばっかりのお前に、ここまでやらせちまったのは、ほんと申し訳ねぇ限りだ。普通なら大家の俺がもっと早く対応すべきだった」

 

 そう言って、大家はヤニねこの方を見る。

 

「ヤニねこ。お前も上善に甘えすぎずに少しくらい片付けろよ?」

 

「善処するにゃ......上善が」

 

「おい、そこで俺が出てくるのはお前マジで終わってるぞ」

 

「でもなんだかんだ言って助けてくれるにゃ」

 

「.......チッ」

 

 こいつは本当に分かっているのだろうか。

 

 時々本気で不安になる。

 

「フッ。いやぁ、でもよ……」

 

 大家は俺の方へ向き直ると、どこか感心したような顔を浮かべた。

 

「まさか越してきたばっかりの奴が隣ってだけでここまでこいつの面倒を見てくれるなんて......。よかった。よかったよ。本当に...」

 

 大家はどこか安堵しきった様相であった。

 

「こいつどうしようもないやつだけど、これからも面倒見てやってくれ。ほんと、頼むわ」

 

「大家から頼まれちゃあ仕方ねぇな。ま、元々こいつの面倒は見る予定だったけどな。ほっといたらまた隣から変な匂いしてきそうだし」

 

 

「ハハっ。それもそうか。とにかくありがてぇ。こいつが一番の問題児だったからよ。まじで助かるわ。じゃ、俺はそろそろ行くぜ。今度一杯おごるわ」

 

「おう。じゃーな」

 

 そう言い残すと、大家は去っていった。

 

 大家が出ていったあと、部屋には俺とヤニ子、それから見知らぬ金髪の獣人の三人が残された。

 

 改めて見ると、その獣人はヤニ子とは少し雰囲気が違っていた。

 

 同じ獣人ではあるようだが、プリンのような髪色にもかかわらず、こちらはどこか落ち着いた印象を受ける。

 ヤニ子のようなだらしなさも感じられない。

 

 俺がじっと見ていると、向こうもこちらを見返してきた。

 

「あの……」

 

 先に口を開いたのは、獣人の方だった。

 

「お兄さん。もしかして、先輩が最近話してた隣人さんっスか?」

 

「……先輩?」

 

 俺が聞き返すと、ヤニ子が口を挟んだ。

 

「こいつはヤクねこにゃ。ニャーの後輩にゃ」

 

 ヤクねこは軽く頭を下げた。

 

「どうも。初めましてっス」

 

「ああ、どうも。……っていうか、俺のこと知ってんのか?」

 

「はいっス。先輩から結構聞いてるっス」

 

「ほーん。お前、俺のこと何て話してんだよ」

 

「ニャーに優しい隣人にゃ」

 

「……」

 

 意外な言葉に、俺は一瞬黙った。

 

「あとニャーにうまい飯くれるにゃ」

 

「おい」

 

「あとニャーの部屋を掃除してくれるにゃ」

 

「お前なぁ……」

 

 俺が眉間を押さえると、ヤクねこが苦笑する。

 

「へぇ……先輩、本当にこのお兄さんにお世話になってるんスね。どうりで最近臭くなかったわけだ」

 

「ああ。こいつ普通に風呂キャンするからな。俺が風呂に入れてやってるんだ」

 

「へぇ、お風呂に......へぁっ!?」

 

「心外だにゃ! ニャーは臭くなんてないにゃ!」

 

「いや......初めて会った時からお前は臭ぇよ」

 

「Σฅ(º ロ º ฅ)ガーン......」

 

「せ、先輩.......お風呂まで面倒見てもらってるんすね...へ、へぇ......///」

 

 なんか勘違いしてそうなので訂正しておく。

 

「あ、言っとくが別に好きで色々やってるわけじゃねぇぞ? 放っといたらこいつ、すぐ部屋をゴミ屋敷に戻すからな。そうなったら真っ先に被害を受けるのは部屋が隣の俺だからってだけだ」

 

「ひどいにゃ!」

 

「事実だろうが」

 

「……まあ、確かにそうっスね」

 

「いや、お前も納得しちゃうのかよ...」 

 

 思わずヤクねこにツッコむ。

 

「まあ、先輩とは付き合い長いんで」

 

 

 すると、ヤクねこは少し笑った。

 

「すんません。お兄さん、なんか想像してた人柄と違って」

 

「お前はどんなのを想像してたんだよ……」

 

「もっと怖い人かと思ってたっス」

 

「......ええと、なんで?」

 

「先輩が『拳骨で殴られた』って言ってたんで」

 

「…………」

 

 俺はゆっくりヤニ子を見る。

 

「お前、よりにもよってそこだけ話したのか?」

 

「事実にゃ」

 

「いや、まあ否定はしねーけどよ……」

 

 ヤクねこは苦笑しながらヤニ子を見る。

 

「でも先輩、あんまりお兄さんに迷惑かけちゃダメっスよ」

 

「大丈夫にゃ。ニャーは迷惑かけてないにゃ」

 

「いや、迷惑ではあるだろ」

 

「はにゃ!?」

 

「もういいよ。お前は黙ってろ」

 

「理不尽にゃ!」

 

 朝っぱらから、また騒がしくなってきた。

 

 ……昨日までなら面倒臭いとしか思わなかっただろう。

 

 だが、今となっては。

 

 この空気を心地よく感じてしまう自分がいるのも事実だ。

 俺は、なんだかんだでここの住人もとい獣人に絆され始めているのかもしれない。

 

 ヤニ子(こいつ)を筆頭に。

 

「……そういや、まだ俺も名乗ってなかったな」

 

 俺はヤクねこに向き直る。

 

「飯酒盃上善だ。最近こいつの隣に越してきた。よろしくな」

 

「飯酒盃……上善さんっスね」

 

 ヤクねこは一度名前を口の中で転がすように呟くと、改めて頭を下げた。

 

「自分は越司丸益子って言うっス。よろしくお願いしますっス」

 

「越司丸益子......あーだからヤクねこか。なるほどな。こちらこそよろしく」

 

「......そ、その通りっス。あ、あの、自分のあだ名、決して変な意味はないですからね? ほんと、ただ名前から付けられたってだけですから」

 

「お、おう。わかってるって」

 

 そんな必死で否定されると逆に怪しくなるって、と言おうとしたがやめた。

 

「それにしても……」

 

 ヤクねこは改めて部屋を見渡した。

 

「先輩の部屋、ほんと綺麗になったっスね」

 

「だろ? 俺が最初にここへ来た時なんて、それはもう酷かったんだぞ」

 

「上善、もうその話はいいにゃ」

 

「いや、ぜひ聞きたいっス」

 

「おいヤク、お前どっちの味方にゃ」

 

「もちろん上善さんっス」

 

「即答にゃ!?」

 

「だって先輩、昔から片付け苦手だったじゃないっスか。上善さんが来てくれなかったら今頃エイリアンの卵が生えてきそうなくらい汚かったっスよ」

 

 俺がやっぱりな、と思いヤニ子を見ると、ヤニ子は気まずそうに顔を逸らした。

 

「……昔のことは忘れたにゃ」

 

「おい。嘘つけ」

 

「いいや、あえて言いますが先輩は昔から全く変わってないっス」

 

「へぇ、やっぱそうなのか?」

 

「先輩のことをよく知るあたしが言うんで間違いないっス」 

 

なんだか面白くなってきた。

 

「具体的には?」

 

「はいっス。自分、高校から先輩と後輩の関係だったんすけど、先輩は普通に学校で煙草吸ってたっス」

 

「......まじかよ」

 

 ある程度は覚悟していたが、まさか天下の教育施設たる学校で吸っているとは......舐めるべからず、ヤニねこ。

 

「他にも妹さんに家で吸ってるのバレてお尻ペンペンされ───」

 

「もう十分だにゃ!ニャーの尊厳はとっくに死んでるにゃ!これ以上はオーバーキルだにゃ!」

 

「自覚あったのかよ……」

 

 ヤクの口を必死に塞ごうとするヤニ子に俺が呆れていると、ヤクねこがまたもや小さく笑った。

 

「でも、安心したっス」

 

「?」

 

「先輩のこと、ちゃんと面倒見てくれる人ができたんだなって」

 

「…………」

 

 また、妙に真面目なことを言う。

 

 ヤニ子を見ると、本人は何のことか分かっていないような顔で煙草を弄っていた。

 

「……お前、こいつのこと結構心配してるんだな」

 

「まあ、先輩ですからね。本当なら一番身近な自分が見るべきなんだろうけど、自分にはできなかったんで」

 

「ふーん」

 

 俺は少しだけヤクねこを見る目を変えた。

 

 ただのヤニ子の知り合いだと思っていたが、ここまでどうやらそうでもないらしい。

 

「じゃあ、せっかくだしヤク。お前も昼飯食ってくか?」

 

「え?」

 

「さっきから腹減ってそうな顔してるぞ。昼飯まだなんだろ?」

 

「いや、でも……いいんすか?」

 

「一人分増えたところで大して変わらねぇよ」

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「やったにゃ! 今日はいつもより一人多く飯が食えるにゃ!」

 

「なにヤクの分取ろうとしてんだてめぇは! 一人につき一人分だっつーの!」

 

「な、なんでにゃ。ヤクは後輩だから許してくれるにゃ」

 

「おめーは後輩をなんだと思ってんだ... いや、言わなくていい。その顔を見れば十分だ」

 

 後輩なんてただのパシリにゃ、とでも言わんばかりのヤニ子を無視してヤクに向き直る。

 

「おいヤク、いいのか? こいつめっちゃお前のこと舐めてるぞ」

 

「いや、全然問題ないっス。自分先輩のことめちゃ尊敬してるんで。舐められてOKっす」

 

「......この、ヤニカスがぁぁぁ!!!」

 

ゴチンッ!

 

「ッ.....な、なんでニャーが殴られるにゃ!?」

 

「うるせぇ!黙れ!お前は黙って殴られとけ!」 

 こうして、俺の静かなはずだった昼前は、いつの間にか三人で昼飯を食う流れへと変わっていた。 

 

 

 俺の部屋に移動すると、三人分の食器を用意して、昼食の用意をした。

 

 昼食は、昨日の夜の味噌汁の残りとヒラメを塩で焼いたものに、ご飯という簡単な組み合わせだったが、二人して美味しそうに食っていた。

 

 最近はヤニ子と一緒に食べるようになったが、そこに真面目なヤクも加わるとより食卓の雰囲気が変わる。

 少なくとも、新潟にいた時よりはずっと賑やかだ。

 

「へぇ、上善さんってバーテンダーやってるんスか! だから部屋にいろんな国の酒が置いてあるんスね! ってか、この魚焼き加減ちょうどよくてマジ美味しいっス!」

 

「ああ。平日は夜の七時から朝の三時まででな。職場は比較的近いんだが、後片付けがあるからさ。どうしても帰りはいつも四時くらいになっちゃうんだよな」

 

「夜職の人ってやっぱ大変なんスねー。まじ尊敬するっス」

 

「ありがとよ.....そういやヤクねこ、お前普段何してんだ?」

 

「じ、自分っスか?」

 

「ああ。趣味とかあるのか?」

 

「まあ……色々っスね。時々バイトしたり、部屋でシーシャ吸ったり、あとは夏は虫取りに行くっスね!..............あ」

 

 言い終えるや否や、なぜか顔面が蒼白になるが気にせず俺は会話を続けた。

 

「へぇ。いいじゃん。こいつよりよっぽど充実した過ごし方じゃねえか」

 

「......へ?」

 

「上善、お前失礼にゃ」

 

「事実だろうが。ものぐさしてるお前よりヤクの方がまだマシだ。バイトして自分で金稼いでるって点でもむしろ立派とも言える」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「へ......変じゃないっすか?」

 

「? 何がだ?」

 

「いい年した自分が、その...虫取りしてるってこと...」

 

「? 虫取りの何が変なんだ? 今時虫取りなんて子供に限らず幾つになってもやるだろ。最近はそういう動画もよく見るし」

 

「......!」

 

「てか、いいじゃん。虫取り。夏は俺も休み増えるし誘ってくれよ」

 

「ニャーも虫取り得意だにゃ。前はニャーの部屋でよく取ってたにゃ。今は虫がいないから衰えてるかもだけど」

 

「お前のそれは家に沸いた害虫を食ってただけだろーが。断じて虫取りなんかじゃねぇよ」

 

「一緒にゃあ。ニャーは虫でも選り好みしない性格にゃ。煙草と同じにゃ」

 

「てめぇはまず虫を食うのをやめろ!! あの咀嚼音気持ち悪いんだよ! まだ耳に残ってんだぞ!」

 

「にゃはははは! あの時の上善の顔は傑作だったにゃ! にゃはははは!」

 

「笑いすぎだ! このヤニカス! 飯取り上げるぞ! …って、おい。その酒はやめろ! あとでテイスティングに使うんだ!」

 

「.............ハハッ..........深く考えてた自分が馬鹿みたいだ

 

「ん? どうした? ヤク」

 

「...いえ、なんでもないっス! じゃあそん時はぜひ上善さんを誘いますね!」

 

「おう。頼むわ」

 

「はいっス! 先輩もよかったらぜひ!」

 

「ニャーはその日は日当五万の日雇いが入る予定だから多分無理にゃ」

 

「えーそんなこと言わずに行きましょうよ! ね!ね!」

 

「嫌にゃ」

 

「先輩ー」

 

「面倒くせーにゃ」

 

「......ったく」

 

 こうして俺は、ヤニ子だけではなく、その後輩であるヤクとも知り合うことになった。

 

 ヤクとの出会いを一つの境に、今後の俺の日常がさらに騒がしくなっていくとは、まだこの時は知り得なかったわけだが。

 

 

 

 

 

 

 





〜部屋に戻った大家さん〜 

大家「上善に言われたとはいえ、まさかあいつが土下座までするとは...」

大家「.......ヤニねこの土下座......うっ.......」ボ キ キ

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