西さん(カンサイねこ)って...いいですよね。
午後の四時過ぎ。
俺は自室で出勤の準備をしていた。
今日はいつもより早く家を出なければならない。
昨日は残業で帰宅が遅くなったせいで、ろくに寝てもいない。
正直、かなり眠い。
「……あー、眠い」
欠伸を噛み殺しながら、時計を見る。
そろそろ出ないとまずい時間だ。
鞄と今日の夕飯の作り置きを手に取って、玄関へ向かう。
その途中、ふと隣の部屋──ヤニ子の部屋が目に入った。
「……そういや、あいつの昼飯どうするかな」
今日──正確に言うと明日は帰りも遅くなる予定だ。
そのため、帰ってくれば流石の俺でも昼飯を作る余力もなく、深い眠りにつくだろうことは容易に予想できる。
ヤニ子のことだから、放っておけば虫で済ませるか、最悪何も食わずに昼を凌ぐのだろう。
まあ、スマホにメッセでも来たらなんか買って行ってやるか。
...いや、まてよ。
以前大家から菜園のキャベツ畑をあいつ一人に食い荒らされたって聞いたような......。
そもそも相手はあのヤニ子だ。
ものぐさでぐーたらで大の自分勝手。
あいつならメッセを送る前に何かをやらかしかねないではないか。
「……しゃーねーな」
俺は小さく息を吐く。
冷蔵庫の中身を思い出しながら、明日の昼飯をどうするか考えつつ、ヤニ子の部屋のドアを叩く。
「ヤニ子ー」
返事はない。
「……寝てんのか?」
まあ、いつものことだ。
俺は特に気にすることもなく、ドアノブに手をかけた。
「入るぞー」
そして、そのままドアを開けた。
「おいヤニ子、俺今日早めに家出るから夕飯の作り置き───」
「なんか言えや!!!」
すると、突然中から女性の怒鳴り声が聞こえた。
何事かと思い、居間まで行くと、見慣れない獣人が、胡座をかいて無表情のまま漫画雑誌を読み座っているヤニ子に詰め寄っていた。
その顔には何故か鼻フックが装着されている。
「いや、本当になんだよこの状況」
「んにゃ...? 上善。どうしたにゃ?」
「それはこっちのセリフだわ。呼びかけても反応しないし、寝てたのかと思ったぞ。てか、その人誰?」
「こいつはカンサイにゃ。くそつまらねーボケとツッコミが得意なここの住人にゃ」
「あ゛ぁん? ワレ、喧嘩売っとんのか! そもそもこれ付けろ言うたんはあんたやろが! それやのになんや! ふーん、て。いやいや、そこ黙るとこちゃうやろ、と。笑うなり茶化すなりするのが普通やろが! なんか言うてくれる思てソワソワしとったウチがアホみたいやんか!」
「ん〜思ったより何も思い浮かばなかったにゃ。そもそも普段から自分のボケで滑りまくってるカンサイが鼻フックつけただけの状況をボケとしてニャーに突っ込んでもらえると思ってる事自体なんか甘えてないかにゃ?」
「ぐ...ぬぬ...こいつ、普段呆けてるくせしてどストレートで刺しにくるやんけ......あぁ〜もうええわ! ...そんで、この男前はだれや? あんた、知り合いみたいやけど」
「こいつはテンにゃ。ニャーの隣に住んでるやつにゃ」
「テン...?」
(テン...って、もしかしてバーテンの”テン”からとったのか? こいつのセンスも大概だろ。てかテンて誰だよ。チャオズとセットの天さんかよ)
「テン...テンさん...天さん...って──」
「「それはドラゴ◯ボールやろがい(だろうが)!!」」
(ん、あれ?)
「被ったにゃ」
自分でもわからないうちにこの人のツッコミに自然と乗っかってしまった...いや、なんで?
「あ、あんた...今、ウチと同じツッコミを...」
俺がやや困惑していると、ヤニ子からカンサイと呼ばれた獣人がその身を震わせながら話しかけてきた。
「あー、自分でもよくわからないんだが、なんか自然と口が動いた...っていうか...」
「!...そ、そんなことあるん? でも...」
カンサイと呼ばれる獣人からじっと見つめられる。
「な、なんだよ」
「.......ほーん」
なんだろう、すごくむず痒い。
もどかしさに耐えかねて、俺はこの場の沈黙を無理やり破ることにした。
「コホン....俺は飯酒盃上善っていう。こいつの隣の部屋にこの前新潟から越してきた。えと、あんたは...」
「わ、わ、これは失礼。ウチは西薫子いいます。今年で大学四年生になります。兄さんは、見たところ年上そうやけど...」
「俺は今年で二十四になる。大学四年生...ってぇと、西さんは二十二か?」
「せやねー...ってか、やっぱ年上やったんや! そか、ようやくこのアパートにもまともな年上が来はったんやなぁ。あ、兄さんはもう働いてるん?」
「ああ。駅近の店でバーテンやってる」
「へぇ〜夜のお仕事か! ええなぁ! かっこええやん! ウチも今度お邪魔させてもらおうかなぁ」
「おう。そん時は歓迎するぜ」
「じゃあそん時はよろしゅう。...にしても、この部屋本当綺麗になったなぁ。ヤニ子も口はともかくとして、なんか全体的にあんまり臭くないし...ひょっとして兄さん...」
「あぁ、それは俺だ。実は──」
薫子に聞かれた俺は、引っ越してきた時のことを話した。
「へぇ〜そないなことがあったんや。にしても畳にカーテン、果てには襖まで変えてまうなんて..兄さんあんた、どんだけ
「......」
「...? 兄さん、どないしたん?」
出たか、"お人好し"。
久しく聞いていなかったが、聞いてしまったからには仕方がない。
ここは、キッパリと言って間違いを正さなくてはな。
「一応勘違いしないでもらうとだな、こいつの部屋の畳とカーテンと襖の交換費用:七万三千二百円は俺へのツケだ。いつかちゃんと耳を揃えてこいつに払ってもらうつもりだぞ」
「はにゃ!? 上善そんなの聞いてないにゃ!」
「何驚いてんだ。掃除費用は手間賃含めて全部こっち持ちだぜ? 畳と襖とカーテンの代金くらい、オメーに請求すんのは当たり前だろ」
「そ、そんにゃ! 酷いにゃ! 理不尽にゃ!横暴──」
「それとよぉ、ヤニ子。お前にいつもやってるこの飯もだが.......俺がなんの見返りもなくただ飯を提供するとでも?」
「そ、そんにゃこと言ってなんだかんだ上善はニャーのことが好きだから結局は助けてくれるのにゃ...」
ヤニ子の甘ったれた言い様に、俺はため息をつく。
「あのなぁ、ヤニ子。世の中そんな甘くねぇって。曲がりなりにも二十年生きてきてんだ。お前だって本当はわかってるだろ?」
「に、にゅぅぅ...」
「俺がお前に飯を食わしてやってたのはな、債務者であるお前の健康を維持して返済を後押しするためだ。他の諸々見てやってた面倒も全部それのため......だからな、ヤニ子」
「...にゃ?」
「"働け"」
俺はヤニ子の肩に手を置くと、精一杯優しい笑みでそう言った。
「...(ガーン)」
ヤニ子はガックリと肩を落としたようだったが、俺はなるべく見ないようにする。
(...決まったな)
こっちだって慈善事業のつもりは毛頭ない。
求めるところを求めなくては、いつかこっちが身を滅ぼすだろう。
そうならないためにも、やはりここは強く言っておくのが吉だ。
これだけ言ってやったんだ。
流石にものぐさなこいつでも定職に就くだろう。
「それじゃ、俺は仕事だからもう行くわ。夕飯はそこに置いとくから食ったら食器はいつもの俺の部屋の前に置いとけ」
その日の必要事項だけ言い残すと、俺はヤニ子の部屋を後にするため、玄関へ向かう。
すると、薫子も「ほんならウチもそろそろ帰るわ。じゃな、ヤニ子」と言って合わせるように立ち上がり、俺の後をついてきた。
玄関で靴を履き、先に外へ出る。
薫子も続いて部屋を出ると、二人並んでアパートの廊下へ出た。
後ろからドアが閉まる音がして、ようやく静かになる。
俺の心は今、ヤニ子にガツンと言ってやったことからの達成感でいっぱいだ。
これからのあいつの更生された素晴らしい未来を想像すると、胸が高鳴る。
そうして俺は、しばらく愉悦に浸っていたが、突如として引き戻されることになる。
満面の笑みを浮かべた薫子の言葉によって。
「兄さん、ほんま優しいんやなぁ」
「......何がだ?」
「えぇ? わかってるくせにぃ」
どうしたというのだろう、首筋から冷や汗が止まらない。
「普通な、出会ってすぐのやつに七万円もの金を立て替えて、毎日飯まで作って、部屋まで掃除して……そこまで面倒見んて」
「いや、だからそれは、あいつに返済してもらうためだって」
「ふーん.......ほんなら聞くけど、ヤニ子がもし逃げたら?」
「......」
「ヤニ子がもし払えんくなったら?」
「...まぁ、その時は......その...」
「それでも飯、ヤニ子に作るんやろ?」
「.......」
「んでもって、掃除も風呂も歯磨きも、隣人だからーって理由で全部ぜーんぶ面倒見るんやろ?」
く、くそ。
どうしても否定の言葉が浮かばない。
そして薫子が笑みを浮かべたまま、言う。
「兄さん、それを世間ではなぁ──」
「……言うな」
「
ダメか。
またもや言われてしまった。
俺はまだあの頃から変われていないというのだろうか。
「はぁ、バレちまったかぁ...それもさっき会ってすぐのやつに...」
「ふふ。兄さん、意外と顔に出とるからわかりやすいよ」
「...それもよく同僚に言われる」
言い当てられたことにショックを感じつつも、そこまで不快な気にはならなかったので、自分でも驚いた。
「少しは変われたと思ってたんだが、俺もまだまだだったようだな...」
そうポツリと自虐の意を込めて呟くと、薫子に背中をバシン、と思い切り叩かれた。
「なーにそんな辛気臭い顔してるん?」
「……?」
「そない悪いことみたいに言わんでもええやん。人に飯作って、掃除して、困ってたら助ける。それのどこが悪いん?」
「いやでも」
「あのなぁ、兄さん。さっきのセリフ聞いたら誰でもわかるわ」
「...そんなにわかりやすいのか、俺って...」
「それはもう、手に取るようにや」
(まじか、そこまで言われるとはよほど俺ってポーカーフェイスが下手なんだろうな)
自分で自分に呆れる思いだ。
「自分、昔その性格でなんかあったんやろ? どうせ兄さんが人に優しくしすぎてそれを相手が勘違いしたとかそんなしょーもない話やろうけど」
「......」
あまりにも完璧に過去を言い当てられたので、俺は思わず呆気に取られてしまった。
「...お前、ひょっとしてエスパーか? もしよければ僕がコーチに」
「えー! 君が、あたしの? ど、どうしよっかな〜...って、エスパー◯美ちゃうわ!」
過去をテレパシーで覗かれたのではないかと思うくらい端的で正確だったので、俺は誤魔化すために咄嗟に自分でもマニアックなボケをかましてしまった。
そしたらこちらも正確にツッコミを入れてきたので、またもや面をくらったような気持ちである。
「にしても、なかなかにエスパー◯美の解像度が高いな。七十五点」
「喜んでいいのかわからん点数やな...ってそれよりも兄さん! なかなかノリのいいボケやん!」
「薫子こそ、俺らの年代でエスパー◯美を知ってる人がいるとは驚きだ」
「いやいや、ウチかてエスパー◯美くらい知っとるわ。……まあ、ちょっと古いけどな」
「ちょっと...?」
「……そこは突っ込まんといてや。それに、知っとるんは兄さんも同じやろ!」
「ククッ、じゃあここはお互い様ということで」
薫子は苦笑いを浮かべながら、俺の隣を歩いていく。
「元気...少しは出たんとちゃう?」
「あぁ。薫子のおかげでな」
「でも、なんやろなぁ」
「ん?」
「兄さんって、もっと堅い人やと思ってたわ」
「俺が?」
「せやせや。ヤニ子の部屋に入ってきた時なんて、めっちゃ真面目そうやったし。話してみたら急にエスパー◯美のボケしたり、ウチのツッコミに点数つけ始めるし」
「……こうして聞いてみると、我ながらよくわからんな」
「自覚あるんやね。意外やわ」
「ああ」
俺は小さく笑った。
「まあ……これが俺なんだろうな。別に自覚してなかったわけじゃない。自分がお人好しだってことも知ってたさ。だから変わろうと決めて、俺なりに頑張ってたんだ」
「そか。ま、一つ言うなら兄さんはてっぺんに"超"がつくほどのお人好しやけどな」
「......」
「ええやん、それで」
「……」
「さっきも言うたけど、別に悪いことやないと思うで。人に優しくできるんやったら、それでええやん」
「……そう簡単に言うけどな」
「わかってる。簡単やないよね」
薫子は少しだけ前を向いた。
「せやけど、自分が嫌やと思ってへんのやったら、無理に変える必要なんてないやろ」
「……」
「まあ、ヤニ子みたいなんに付き合い続けるんは大変そうやけどな」
「それに関しては本当にその通りだ」
「即答かいな!?」
「そこは断じて否定できん」
「ハハっ! なんや、やっぱり兄さんおもろいやん!」
「そうか?」
「そうやって真顔で返すところが特におもろいわ」
「……褒められてるのか、俺」
「ちゃんと褒めとるよ〜」
そう言って、薫子は楽しそうに笑った。
その笑顔を横目で見ながら、俺も少しだけ口元を緩める。
「……ありがとな」
「ん?」
「その……色々と」
「なんや、急に」
「いや。久しぶりに、自分の性格について言われたからな。自分でもありがたいというか」
「ふふっ。ほんなら、今度は兄さんにウチの話でも聞いてもらおうかな」
「あぁ。世話になったからな。そん時はぜひうちの店で」
「ふふっ。楽しみやわ」
「だがうちの店は他よりちょっと格式高いから薫子のボケツッコミはちょっと、その、ご遠慮願うわ。すまん」
「なんでやねん! そないな店聞いたことないわ! あと謝るな! ウチが惨めになるやろが!」
「冗談だ」
「いや冗談なんかい!」
薫子の声が、夕方の廊下に響いた。
俺は思わず笑ってしまった。
──どうやら、このアパートにも少しずつ馴染めてきたらしい。
「じゃ、俺はそろそろ行くわ。またな」
「おう! いってらっしゃい!」
階段を降り、薫子と別れて店へと向かおうとするが、ふと思い出したことを薫子に述べるため、俺は振り返った。
「薫子ー!」
「ん〜? なんや兄さん、忘れ物か?」
幸いにもまだ別れてほんのすぐだったので、アパートの陰から薫子が顔を出す。
「薫子の付けてる鼻フック、ずっと付けてるのあんまり良くないから外したほうがいいぞ〜!!」
「っ......!?」
俺の言葉を聞くや否や、顔を、特に鼻や首元付近をペタペタと触っていく薫子。
すると、見る見る頬が紅潮していく。
そうして次の瞬間には、アパートの陰に引っ込んでしまった。
「あ〜あの反応を見るに気づいてなかった系か。てっきり、ふざけて付けてみたら意外と馴染んで外したくなくなっちゃったのかと思ったが...悪いことしたな」
そう呟いて、俺は今度こそ駅の方角へ向かって歩き出した。
今日はいつもより早い出勤だ。
昨日の疲れも若干まだ残っている。
それでも、不思議と気分は悪くなかった。
ヤニ子の隣人として始まった、このアパートでの生活。
今日もまた、新たな獣人と知り合ってしまった。
「……まあ、悪くはない」
そんなことを呟きながら、俺は夕暮れの街へと歩いていった。
今回はオリ主の性格や過去がメインの話になっておりました。
自分でも上手く書けている自信がないので、原作と違う部分があればビシバシ指摘していただけると嬉しいです。
その都度修正させていただきます!
最後に、感想・応援等全て読ませていただいて、大変励みになっております!ありがとうございます!