獣人アパートの綺麗好き   作:猫パンチDX

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今回ちょっと長くなってます。

そのせいで時間かかりました...すんまへん(_;´꒳`;):_

あ。あとがきにヤニねこ8話のこと書いてあります。

まだ見てない方は気をつけてください。

それではどうぞ。




6mg

 

 

 

「さて、料理はできた。あとは、お客様をお呼びするだけ......ヤニ子ー」

 

「...ふがっ...! な、なんにゃ? ニャーは何も悪いことしてないにゃ...」

 

「寝ぼけてねーで、ヤクを呼んできてくれ。ウチで飯食わないかって」

 

「わ、わかったにゃ。行ってくるのにゃ」

 

 そう言うと、ヤニ子は慌てて玄関を飛び出して行った。

 

 ヤニ子が出て行った扉を見つめつつ、俺は食卓の用意をする。

 

 

「あいつ、さらっと寝タバコしてやがったな.......目離して俺の家が燃やされちまったらたまったもんじゃねぇ」

 

 次からは気をつけよう、と思いつつ、俺は側で回していた空気清浄機のモードを()にする。

 

 巷で有名なAirなんたらの家庭用のやつだ。

 

 なんでわざわざ空気清浄機を、と思うかもしれないが、それには理由がある。

 

 実は俺、ベランダで野菜を育てていたりする。

 

 そのため、みんなが今頃忘れているであろう喫煙者という設定の俺は、()()()()で吸うことができないのだ。

 

 それなら外に出て廊下で吸えば、と思うかもしれないが、それではあのヤニカスみたく近所の外聞が悪くなってしまう。

 

 それはなんとしてでも避けたいところ。

 

 そのため、我が家では強力な空気清浄機を導入し、室内喫煙を実現しているのである。

 

「ヤニ子のやつ遅ぇーな、なにやってんだ?」

 

 ふと、出て行ったヤニ子がなかなか帰ってこないことに気づく。

 

 不思議に思っていると、玄関のドアが開く音がした。

 

「おう、よく来たなヤク...って、なんだ、ヤニ子だけか?」

 

 振り返ると、主賓のヤクねこはそこにはおらず、ヤニ子だけがなんともいえない表情で煙草を咥えていた。

 

「ヤクはどうした? いなかったのか?」

 

 そう聞くと、ヤニ子は煙草の煙を吐き出しつつ答える。

 

「いや、いたにはいたにゃ。でも断っといて欲しいって言われたにゃ」

 

「......なるほどな」

 

 どうやら、事態は俺が思っていたより深刻らしい。

 

「ヤクは他になんか言ってたか?」

 

「『今日はちょっと飯はいいっス』って」

 

「飯はいい、ねぇ……」

 

 俺は腕を組んで考える。

 

 単に仕事をクビになっただけなら、ここまで人との接触を避けるものだろうか。

 

 いや、俺だって仕事を失った経験があるわけじゃない。

 

 ヤクにはヤクなりの事情があるのかもしれない。

 

 だがしかし、飯はすでにヤク含めて三人分作ってしまっている。

 

 この部屋によほどの大食漢でもいない限り、今日で食い切るのは難しいくらいの量だ。

 

「……しゃあねぇな」

 

「にゃ?」

 

「俺が直接行ってくる」

 

「上善がにゃ?」

 

「ああ。せっかく作った飯を無駄にするわけにもいかねぇからな」

 

「それなら心配無用にゃ。ヤクの分はニャーが食べるにゃ」

 

「...お前はほんと、遠慮ってもんを知らねぇのな」

 

「環境には優しいにゃ」

 

 呆れながらエプロンを外す。

 

 玄関まで向かい、サンダルを引っ掛ける。

 

「ヤニ子。お前はおとなしく部屋で待ってろ」

 

「にゃ」

 

「勝手に人の家を漁るなよ」

 

「......しないにゃ」

 

「目、泳いでるぞ」

 

「き、気のせいにゃ。それよりも、早くヤクを迎えに行けにゃ」

 

「へーへー」

 

 俺はそのまま部屋を出た。

 

 廊下を少し歩けば、ヤニ子の隣がヤクの部屋だ。

 

 チャイムを押す。

 

 ……反応がない。

 

 ドアノブを回すと、鍵はかかっておらず、ドアチェーンも外されていた。

 

(ヤクにしては不用心だな...)

 

 内心で不思議に思いつつ、中へと入った。

 

「おーい、ヤク。いるかー? 上善だー」

 

 部屋の中はやはり真っ暗で、返事も返ってこなかった。

 

「......」

 

 俺は深呼吸を一つし、靴を脱いで上がると、意を決して居間の方へと歩いていく。

 

 ヤクは、ちゃぶ台を前に正座をしていた。

 

 その様子は決して普通ではなかった。

 ひっひっ、と、まるでうまく泣くことができないといった様子で、涙を流してぼんやりとしていた。

 

「ヤク......おい、おいヤク! なぁって!」

 

 俺の呼びかけに気づいたのか、ヤクが顔をこちらに向けた。

 

「あ...れ...? 上善、さん? な、なんであたしの部屋に? あれ、そう、いえば、さっき先輩が、来たんだった、っけ?」

 

「あぁ、昼飯の誘いだ。俺のとっておき、お前の分も作ったから来い」

 

「え...いや、い、いいっスよ。自分、腹減ってないんで。それに、今はそっとしておいて欲しいっていうか...そ、それに、上善さんはどうやってここに?」

 

「普通にドア鍵かかってなかったからな。呼びかけても反応がなかったし、勝手に上がらせてもらった。そしたらお前、電気もつけないでぼーっとしてるもんだからよ」

 

「あ...あー、まじか...だから先輩も普通に入ってきたのか......いや、ほんと、心配かけて申し訳ないっス。けど、自分、本当に大丈夫なんで。せっかく作ってくれたのに申し訳ないっスけど...」

 

「そうか」

 

 俺はそう返しながら、ヤクの向かいに腰を下ろした。

 

「……じゃあ、一つだけ聞くぞ」

 

「……なんスか?」

 

「本当に腹減ってないのか?」

 

「……」

 

 ヤクは答えなかった。

 

「お前、バイトクビになったんだろ? なおさら食うのに困ってるんじゃねぇの?」

 

「......」

 

 ヤクは、俯いたまま、なおも答えようとしない。

 

 その沈黙が、答えのような気がした。

 

「な、来いよ」

 

「いや、だから……」

 

「お前のために作ったんだ。食わずに捨てるのも勿体ねぇだろ」

 

「でも……」

 

「別に事情は話さなくたっていいんだ」

 

 ヤクが少しだけ顔を上げる。

 

「ただ飯食って、帰りたくなったら帰ればいい。俺はそれでとかまわねぇ」

 

「...でも」

 

「一人になりたいなら、食った後で一人になりゃいいだろ?」

 

「.....でも、自分...」

 

 業を煮やした俺は、仕方なく行動に移ることにした。

 

「あぁぁぁもう! この際面倒だ! 何がなんでも俺の飯を食ってもらう!」

 

 そう言うと俺は、立ち上がってヤクの後ろに回り、その華奢な体を抱き抱えた。

 

「...へぁ...?」

 

「悪く思うなよ。俺がせっかくお前のために飯作ったってのに、拒んだのはお前だからな」

 

「い、いや、それよりも...自分はなんでお姫様抱っこされてるっすか?!?!」

 

「文句なら後で聞く。まずは俺の飯を食ってからだ」

 

 そう言うと、じたばたと暴れるヤクを抱えたまま、俺は玄関へ向かう。

 

「ちょ、せめて心の準備をさせてほしいっス!」

 

「飯食うだけで何の準備がいるんだ」

 

「自分の尊厳とか色々あるんスよ!」

 

「そんなもんは飯食ってからいくらでも取り戻せ」

 

「雑すぎるっスよぉぉぉ!」

 

 そんなヤクの抗議を無視して、俺はヤニ子の待つ部屋へと歩いていった。

 

 

 無事部屋に辿り着き、ドアを閉めると、顔を手で覆っていたヤクを床に下ろす。

 

「上善さん...意外と、強引、なんスね...」

 

「おう。ま、これでもヤニ子の面倒見てる身だからな」

 

「そういえばそうだった...」

 

 顔どころか耳まで真っ赤にして項垂れるヤクに、俺は改めてヤクへと向き直る。

 

「ようこそ、我が部屋へ。 お姫様(プリンセス)を招くのは二度目になるかな?」

 

 慣れないが、なるべくおちゃらけた雰囲気で言うと、ヤクが耐えきれないといった様子で微かに笑い出した。

 

「プ、プリンセスって...自分、そんな柄じゃないっすよ。それに上善さんキャラ、変わりすぎ.....ぷぷっ」

 

 どうやらさきほどよりは気も楽になってきたらしい。

 

 薫子に教わった変わったヤリモク男子の振る舞いを真似したおかげか。

 

 今時誘うにしてももう少し言葉を選ぶだろうに、これじゃまるでホストの気分だ。

 

 ...ってか、そもそもあいつの参加する飲み会がちょっとおかしいんだよ。

 

 ...色々思うところはあるが、今度会ったら薫子への感謝を述べようと思った。

 

「にゃはははは!! 上善が痛いホストの真似してるにゃ!にゃははははは!」

 

「てめぇは笑うな! つーか、てめぇその手に持ってる缶はなんだ! また勝手に冷蔵庫の酒飲みやがったな!」

 

「に、ニャーは何も悪くないにゃ! 飲んじゃダメなら名前書いておけにゃ!」

 

「いつからここはてめぇの部屋になったんだ!」

 

 ったく、本当こいつは舐め腐ってやがる。

「もういい、その酒は今からテメェの飲み物だ。俺のスペシャルドリンクは今回無しな」

 

「...! (ガーン)」

 

「あ、ヤク。お前はヤニ子の隣な」

 

 固まるヤニ子を尻目に、俺はヤクをテーブルに案内する。

 

「...! じ、上善さん...これ」

 

「あぁ。俺のとっておきってのは......ハンバーグだ!」

 

 そう、俺が一番得意とする料理、それこそがハンバーグだ。

 

 ガキの頃から作っていたため、お茶の子さいさいといった感じで軽く作れた。

 

「ま、とにかくヤク、食べてみてくれよ」

 

 ハンバーグを前によだれを拭うヤクを見て、俺は思わず小さく笑みをこぼした。

 

「い、いただきますっス! ……う、うまっ...! うまいっす!」

 

「ククッ、そんな慌てるなって。っておい、ヤニ子、音立てて茶碗を使うな。行儀が悪いだろ」

 

「あれ? こっちは味が少しジューシーなような...」

 

「お、気づいたか。ハンバーグの良さはな、タネに混ぜる調味料によって味が変わることなんだぜ? コンソメを入れれば旨みが増し、マヨネーズを入れればジューシーさが増す...どうだ? 面白いだろ」

 

「す、すげェ...上善さん、マジで料理得意なんスね」

 

「ま、最近はこいつの分もつくってるからな。より磨きがかからざるを得ないってのもあるが」

 

「いや、マジでお世辞抜きでうまいっス」

 

 ヤクから褒められ続け、内心で少し照れていると、ふとヤクの目線が一ヶ所に集中したのが分かった。

 

「じ、上善さん....あの、こ、これって...」

 

 それは、俺が付け合わせにと一緒に出した、昨日作った"筑前煮"だった。

 

「ん? あぁ、それな。実家からたけのこと 蓮根(れんこん)が送られてきてよ、面倒だから全部筑前煮にしちまったんだ」

 

 なおもヤクは固まったままである。

(もしかして筑前煮、嫌いだったのか...? とするとミスったか俺...?)

 

 内心で焦っていると、ヤクが箸をゆっくりと動かして筑前煮を口元へと運んだ。

 

 ぱくり、と一口。

 

 しばらく、何も言わなかった。

 

「……どうだ?」

 

 俺が尋ねると、ヤクは俯いたまま、小さく呟いた。

 

「……懐かしい」

 

「……?」

 

 その声は、先ほどまでの明るさとはまるで違っていた。

 

 ヤクはもう一度、筑前煮を口に運ぶ。

 

 そして、ゆっくりと噛みしめる。

 

「……これ……」

 

 ぽたり。

 

「あ、あれ……?」

 

 ヤクの頬を、一筋の涙が伝った。

 

「.......な...なんで.......」

 

 本人も、どうして涙が出ているのか分からないといった様子だった。

 

 慌てて手の甲で拭う。

 

 だが、拭っても拭っても、次から次へと涙が溢れてくる。

 

「.......お...おかしいな.......あたし、別に.......」

 

 そこで言葉が途切れた。

 

 目の前にある筑前煮から、微かに湯気が立ち上る。

 

 湯気に包まれていたその匂いが、ヤクの記憶の奥底に眠っていたものを引っ張り出していく。

 

 小さい頃。

 

 祖父の家で食べた、あの筑前煮。

 

 食卓に並べられた料理を前に、祖父と並んで飯を食ったこと。

 

 たわいもない話をしながら、何度も箸を伸ばしたこと。

 

 あの頃は、それが当たり前だった。 

 

 明日も、明後日も、きっと同じような日が続いていく。

 

 そんなふうに思っていた。

 

「……っ」

 

 ヤクの手が震える。

 

 今の自分は、あの頃とはあまりにも違っていた。

 

 実家には、帰れない。

 

 仕事も失った。

 

 過去のことで、何度やり直そうとしても、そのたびに足を引っ張られる。

 

 それでも、どうにか生きようとしていた。

 

 今度こそ真面目にやろうと、何度も思った。

 

 それなのに。

 

「……なんで、かなぁ……」

 

 ぽつりと漏れた声とともに、また涙が落ちた。

 

 目の前にある料理は、あの頃と何も変わらないような気がする。

 

 なのに。

 

 あの頃に戻ることだけは、もうできない。

 

「……戻りたいなぁ……」

 

 誰に聞かせるでもなく、ヤクはそう呟いた。

 

 そして、とうとう箸を置いた。

 

 俯いたまま、両手で顔を覆う。

 

「……じいちゃん……」

 

 その声だけが、静かな部屋に小さく響いた。

 

 

 それからヤクは、ぽつりぽつりと自身の身の上を話し始めた。

 

 高校時代、両親とはあまり上手くいっていなかったこと。

 

 家での居場所がなく、さらには親がよくないことで噂になると学校での居場所もなくなってしまい、その時ヤニ子と出会ったことをきっかけに煙草を吸い始め、髪も地毛の黒から金へ染めたこと。

 

 家族との関係はやがて悪化し、高校を卒業してからは非行から抜け出せないまま、薬物に手を出して逮捕されたこと。

 

 それを境に、両親とはほとんど絶縁状態になったこと。

 

 ただ、そんなヤクにも一人だけ味方がおり、それがヤクの祖父だったこと。

 

 祖父だけは、昔から自分を責めることなく、家での居場所がなく、思わず逃げ込んできた時も嫌な顔ひとつせずに、暖かく迎えてくれたこと。

 

 そのたびにご飯を食べさせてくれ、中でもよく作ってくれたのが"筑前煮"だったこと。

 

 ゲームの話をしたり、ちょっとした料理の作り方を教わったこと。

 

 それでも、どうにかやり直そうと仕事を探した。

 

 過去をなかったことにしたいわけじゃない。

 

 自分が犯したことは、自分なりに反省している。

 

 ただ、もう一度ちゃんと働いて、普通に暮らしたかった。

 

 なのに、今回も自身の過去の経歴が知られた途端、仕事をクビになった。

 

 真面目にやろうとすればするほど、過去に引き戻される。

 

 それが、たまらなく苦しかったらしい。

 

「……自分、もう一回ちゃんとやり直したかっただけなんスけどね……」

 

 そう呟くヤクの目から、また一筋の涙がこぼれた。

 

「……それで?」

 

「……え?」

 

「だから、それで今のお前が全部決まるのかって聞いてんだよ」

 

「……」

 

「確かに、お前は昔やらかしたんだろうよ。でもお前、一度ちゃんと更生するために世話になったんだろ? 反省してるんなら、これからも真面目に生きりゃいいじゃねぇか」

 

「でも……前科が……」

 

「前科があるから何だってんだよ」

 

「……」

 

「お前がこれから何年真面目に生きても、一生『昔こういうことをしました』って札を首から下げて歩かなきゃならねぇのか? そんな人生、お前はどうなんだよ」

 

「......」

 

「いいか、ヤク」

 

 俺は、俯くヤクの両肩に手を置く。

 

「過去のたった一行で、今を必死に生きようとしてる奴の未来が潰されていいわけがねぇんだ」

 

「......!」

 

「お前が元バ先にどんなこと言われてクビになったかは知らねぇけどよ、過去ばかり見て今のお前を見ようとしなかったそいつらはな──」

 

「間違いなく全員、クソッたれだ」

 

「ぁ...っ...」

 

 ヤクの口から、声にならない声が漏れた。

 

 肩に置いた手が、わずかに震えているのが分かる。

 

「上善さん.......」

 

「ん?」

 

「.......自分、ほんとに......やり直せますかね.......」

 

「あぁ、きっとな。ヤクは根は真面目ないい奴だ。それはここにいる俺たちはみんなわかってるさ」

 

「なぁ、ヤク」

 

 目の前の筑前煮に目をやる。

 

「辛い時は逃げたっていい。自分にとって心安らぐ時間を追い求めたっていい。目を背けたい時は背けていいんだ。まだお前は、大人になりきれてねぇ半人前なんだからな」

 

 俺はそう言って、ヤクの前に置かれた皿を指差した。

 

「だからまずは飯を食え。食って元気をつけろ。そしてこれから、ゆっくり大人になっていけばいい」

 

「……はい...っス」

 

 ヤクが顔を上げて頷くと、続けてほんの少しだけ笑った。

 

「上善さんって......変わってるっスね...あたしみたいなのにここまで...」

 

「他人事と思えないのは俺の性分なんでな。勘弁してくれよ」

 

「ほんとっスよ...自分、ここまで優しくされたことないっス」

 

「おう。優しくしたからには責任は持つ。いつでも飯食いに来い。あ、でも食いに来る時は連絡入れろよ」

 

「...ふふっ、はい!」

 

 ヤクは涙の跡を残した顔で、もう一度箸を手に取った。

 

「……いただきます!」

 

 そして、明るい顔で冷めかけた筑前煮を口に運んだのだった。

 

 

 食後に、俺お手製のスペシャルドリンク(お酒)をご馳走した。

 

 もちろん、ヤニ子の分はない。

 

 しかし、ごねて騒ぎ出したので俺の分を半分に分けてやってなんとか宥めた。

 

 めっちゃ美味しい、とヤクが喜んでくれたので嬉しかったのだが問題はその後だった。

 

「スゥー........ハァ〜....スゥー........ハァ〜....」

 

「......なぁ、ヤク。真昼間に酒出した俺が悪いし、お前が酔ってるのはもうわかったからさ、そろそろそれ、やめてくんねぇかな?」

 

「え〜? 嫌! 嫌っす〜! ていうか〜マジで知らなかったっス!」

 

「な、何にだよ?」

 

「上善さんの匂い、めっっっっちゃ()()んスよ!なんで今まで気づかなかったのかなぁ〜」

 

 そう言うと、ヤクはまたもや俺の体に抱きつき鼻をぴたりと付けてきた。

 

「スゥ〜.......ぁ゛...あ...ぁ...ハァ〜.......」

 

「おい、お前大丈夫か? 変な薬吸った時みたいな様子だが...」

 

「アハハハハハ! だいじょーぶに()()ってんじゃないスかぁ! 本当、心配性なんスからぁ...」

 

「そうかよ...ってか、そんなにいいのか?」

 

 自分でも嗅いでみるが、やはり分からない。

 

「にゃはは! 上善、ついにニャーと同じ臭臭親王の仲間入りかにゃ〜?」

 

「いや、流石にお前と一緒の臭いってことは絶対にありえないとは思うんだが...」

 

 一体ヤクは自分の(にお)いのどこをお気に召したのやら。

 

(ハッ、......もしかして、このTシャツか?)

 

 ふと目がいったのは、作業用ヘルメットを被った猫が間抜けな顔をしながらビールを飲んでいるイラストがプリントされた、自身が今着ているTシャツだった。

 

 確かにこのTシャツは昨日から部屋着として使っている。

 

 というのもこのTシャツ、おろしたばかりで昨日は半日しか着なかったので、洗濯する気にならなかったので、今日もそのまま着ているのである。

 

 だがやはり、一日も経てば、漢たる俺の臭いが染み付いてしまうものなのだろうか。

 

 現にヤクに変な薬感覚で吸われているわけだが。

 

「あーもう、わかった。このTシャツはお前にやるから。そろそろお開きにしようぜ」

 

「え〜? Tシャツやった〜! 上善さん LOVE(ラブ)っス! 愛してる......?愛してるっ......!」

 

「へいへいそりゃどうも。わかったからおうちに帰ろうねー。" 酔い(良い)子は昼寝の時間"ってな」

 

 暴れるヤクの顔に、俺は脱いだTシャツを押し当て、隙をついてまた来た時と同じように抱き抱えて玄関に向かう。

 

「ふふふ......刻んで細かくしたのを紙で巻いて吸えば......」

 

 ヤクが何やら奇妙なことを呟いているが、おそらく酔っているからだろう、俺は無視する。

 

「ヤニ子ー食い終わった食器、流しに置いといてくれ。...割るなよ?」

 

「ま〜かせろにゃ〜」

 

 不安しかないが、ヤクがまたいつ暴れ出すかもしれないので、俺はそのまま玄関を出てヤクの部屋へと入る。

 

 きちんと靴を脱いで居間に行き、相変わらずTシャツに顔を埋めているヤクを一旦横たわらせると、畳んであった布団を広げてヤクをそこに寝かせた。

 

 よく見ると、Tシャツを顔に埋めたまま寝入っているようだ。

 

「ククッ、こうしてみると子供みたいだな」

 

 いや、ようやくそれだけ落ち着けるようになった、と言った方が正しいか。

 

「安心しろ、ヤク。人生はこれからだ。俺もヤニ子もみんなついてる。お前は堂々と一歩一歩歩んでいけばいい」

 

 俺は寝ているヤクの頭を軽く一撫ですると、無施錠で出て行くわけにもいかないので、拝借した鍵で部屋を閉めてから、自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

 

一方、上善の部屋では──

 

「.........ややややっちまったにゃ.....」

 

  飯酒盃家(いさはいけ)では基本、食事中は喫煙禁止である。

 

(...なんだ、その顔は。こんなのそこらのガキでも守ってることだぞ? それにてめぇ、最初に会った公園で"ニャーはそこらのガキんちょより頭がいいにゃ"って言ってたよなぁ? あれぇ? 人違いかぁ? なぁ、なぁ、なぁっっ...!)

 

 上善が定めた、ヤニ子が飯を食わせてもらう最低限のルールのうちの一つがそれだった。

 

 ヤニ子は初回でとっくに上善の飯の虜になっていたため、仕方なくその条件を呑んだのであった。

 

 というわけで、食事中の灰皿は床に定位置が決まっており、此度の食事でも然りであった。

 

 それなのにこのヤニカスは、あろうことか食器を運んでいる途中、酔ってふらついた拍子に灰皿を思いきり蹴飛ばしてしまったのだ。

 

 腐っても獣人か、凄まじい勢いで飛ばされた灰皿は、床に灰を撒き散らしながら玄関のドアまで飛び、ガンッ、と言う音を立ててようやく床に落ちたのだった。

 

 案の定、台所の前は酷い有様である。

 

「にゃ...にゃ...ど、どうするにゃ。上善はきっとすぐ帰ってくるにゃ...今から片付けても途中で帰って来た上善に怒られるにゃ......かといってしらばっくれたら拳骨が真っ先に飛んでくるにゃ......どうする、どうするヤニ子.......」

 

 ヤニ子は、近頃で今一番混乱していた。

 

 その状態で、考えに考え抜いた結果、酔っていたことも災いし、究極でかつ最悪(上善にとって)の方法をとる。

 

「そ、そうにゃ! ニャーがここでおしっこをすれば灰がおしっこに乗って分散して広がって目立たなくなるにゃ(?)。に、にゃぁ〜 や、ややややっぱりニャーは天才だったのかにゃ〜にゃははははは! あはははは?!?」

 

 そうして、ヤクの部屋から帰って来た上善がドアを開けると、奥に立つ部屋着の女神の股から、ところどころ黒い点々と吸い殻の混じった黄金水がすぐさま流れていた。

 

 

 直後、上善が聖なる右手を振りかざしたのは、言うまでもない。

 

 

 

 






アニメ『ヤニねこ』第八話、ガチで面白かったですね。

カンサイって...大学だとあんな感じなんだぁ〜ふ〜ん。

↓拳骨後
────────────────────────

〜風呂場にて〜


上善「少しは反省しろ」

ヤニ子「気をつけるにゃ〜」

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