いよいよアルねこ登場します。
ある日の夜──いや、もう夜と言うには遅すぎる時間だった。
厄介客の対応で精神を消耗した俺が、やっとの思いでアパートに着いた頃には、外はすっかり明るくなり始めていた。
近頃は日の出が早くなってきている。
「……そろそろ夏か」
俺は大きく欠伸をしながら、布団へと潜り込む。
夏になれば休みが増える。それまでの辛抱だ。
今日はもう、何も考えずに寝よう。
そう思って目を閉じた、その時だった。
「…………ん?」
ガタッ。
部屋が、僅かに揺れた。
「……地震か?」
直後、今度は先ほどよりもすこし大きく──
ガタガタガタガタガタ
「うおっ!?」
思わず布団から飛び起きる。
俺は、真っ先にボトルが置いてあるブースに行くと、倒れないよう全身を使って押さえ始めた。
棚の上に置いていた小物が、カタカタと音を立てている。
「マジかよ……こんな時間に地震か?」
俺は慌ててポケットからスマホを手に取り、地震情報を確認する。
……しかし。
「……あれ?」
何もない。
地震速報も、通知も、ニュースも。
「……揺れてるよな?」
俺は辺りを見渡す。
確かに揺れている。
それも、全く同じ強さで。
デカい地震が来るかと思ったが、この程度の揺れならまず倒れないだろうと、俺はブースから体を離す。
そして俺は、首を傾げながら玄関へ向かった。
「ちょっと様子見てくるか……」
扉を開け、廊下へ出る。
すると──
「……なんだ?」
廊下の先の一室のドアが開いている、それも顔開きで。
部屋から廊下には灯りが漏れ、何やら話し声が聞こえる。
しかも、その場所はちょうどヤクの部屋とハメ子の部屋に挟まれた、まだ俺が挨拶を済ませていない一室の前だった。
「なんなんだ...?」
俺はアパートが揺れている中、開ききっているドアへと歩み寄っていった。
中を覗くと、奥に人の気配がする。
どうやらヤニ子たち獣人がこの部屋に集まっているらしい。
「おい、お前ら。この地震について何か知って──」
声をかけようと部屋に上がった俺は、奥の居間の光景を見て呆れた。
「......何やってんの、お前ら?」
見れば一人、見知らぬ獣人が小刻みに揺れている。
その周りには、畳の上で放尿して気絶しているハメ子と、それを見て爆笑している薫子、ヤニを口に咥えながら寝ているヤニ子に、ばっちそうに濡れた足を見ているヤクが集まっていた。
その誰もが明らかに酔っている。
「ガハハハハ! …ん〜? あ!兄さんやん!」
「あれ? ほんとだ。上善さんじゃないスか〜。どうしたんスか? こんな朝っぱらに〜」
「いや、こんな揺れてたら誰だって起きるだろ」
「なんや寝巻きなんか着て〜寝ぼけてウチらに混ざりに来たんか〜? ...うぉっと」
薫子がいきなり立ち上がったかと思うと、そのまま酔った勢いで倒れかかって来た。
「しっかりしろ薫子。それにこの揺れ、ひょっとしなくてもそこの茶髪のガキが原因か?」
「ん〜? ガキ? そんなもんこの部屋にはおらへんで〜」
「いや、そこにいるだろ。唸りながら小刻みに揺れてる茶色の獣人が」
「ぼく〜の〜こと〜?」
茶髪の獣人は、自身を指さして答えた。
「他に誰がいんだ。この揺れはお前が原因なのか?」
「そ〜う〜みたい〜。お酒〜飲まないと〜毎回こうなっちゃうの〜」
「ほー禁酒ね、お前アル中か? そいつは偉いこっ───は? 酒? 」
「う〜うん〜」
聞き間違いかと思い、もう一度尋ねる。
「......お前、いま酒って言ったか?」
「う〜そうだよ〜もう一日は飲んでない気がする〜」
「いや、まだ酒断ってから一時間も経ってないやろがーい! ガハハハハ!」
「なるほどな.....なあ、あんた歳は?」
「二十〜四さい〜」
「同年齢かよっっ!!!」
「ガハハハハハ!」
なんてこった、こんな見た目で俺と同じ年齢だと?
どう見ても震えてる小学生にしか見えない。
こいつの体は一体どうなってるんだ。
いくら獣人が老けないとはいっても限度があるだろうに。
こんななりで酒を飲まれたら誰もが誤解してしまうだろう。
「あ〜...俺は飯酒盃上善という。この階の突き当たりの部屋の一個手前のとこに住んでる」
「う〜僕酒井〜アル子〜大学生」
「ちなみにニ留しとるで〜こいつ! 酒の飲み方もニ
「薫子...もうお前黙っとけよ......」
(はぁ、酔っ払いしかいないのかここは)
俺は支えていた薫子を床に寝かせると、糸が切れたように寝入り始めた。
(はぁ、こいつはほんと.......)
俺は薫子の頭に座布団を敷いてやる。
黙っていればヤンママ系の美人って感じなのに、口を開けばあれである。
(残念美人とはこのことか.....それよりも、このアル子という奴...ちょっとばかしまずいかもな...)
「アル子、お前、いつからこんな感じなんだ?」
「う〜僕は一週間くらいの気分なんだけど〜薫子が言うには一時間────」
「そうじゃねぇ。いつから
俺の職業はバーテンダーだ。
仕事柄、酒に呑まれちまう客は少なからず見て来た。
だが、こいつはその中で過去最悪なケースだ。
それも、より危険性の高いやつである。
そして今の状態は、決して俺の手に負えるものではない。
この場合、俺がこいつにできることは──
「上善さん?」
ヤクが怪訝そうに声をかけてくる。
「........救急です。住所は───」
俺はズボンのポケットからスマホを取り出すと、119番へ繋ぎ、住所と電話番号、名前に、今起きている状況を簡潔に伝えた。
「───はい。よろしくお願いします」
「お、お兄さん〜? ひょっとして今───」
「あぁ。電話した。救急隊が来るから、それまで横になってろ」
「じ、上善さん? 一体何が──」
「ヤク、ヤニ子の口からヤニ取っておいてくれ。それとそこにある枕もアル子の頭に。俺は外で救急車の誘導をする」
「えっ、えっ、いやでも──」
「いいから急げ!!!」
「! …わ、わかったっス!」
そうして、唯一意識を保っていたヤクにアル子を任せると、俺は部屋から出てアパートの廊下を降り、道路で待機した。
しばらくすると、サイレンの音と共に救急車が到着し、救急隊員を部屋まで誘導する。
そこからは、もうあっという間だった。
救急隊員に付き添われる形でアル子と共に救急車へ乗り込み、そのままにゃがみ原市総合病院へ向かう。
途中、アル子の意識が無くなったり、車内の機械がピーピー鳴りだしたりと、精神的にかなり疲れた。
到着してからも、俺も付き添いとして説明を求められたり、アル子のことについてヤクから電話越しに話してもらったりと、なんやかんやで時間が過ぎていく。
結局のところ、幸いなことにアル子は大事には至らなかったらしい。
ただ、医師からはしばらく医療機関で経過を見る必要があると言われ、俺の役目はひとまず終わった。
病院を出る頃には、外はもうすっかり昼になっていた。
「酒井...アル子か」
久々に名前が酒まみれの人に出会った。
もし、アル子の
読んで字の如く、彼女は酒浸りな生活をしてしまっているではないか。
同じ、酒にゆかりのある名前を持つ者として実に嘆かわしい。
「......時々お見舞い、行ってやるか」
そう一人呟くと、俺は病院を後にしようとする。
「──ん──じょう────上善ー!!!」
ふと、どこかから名前を呼ぶ声が聞こえる。
声の主を探していると、駐車場のゲートを通り抜けて目の前に軽トラが勢いよく止まった。
「うおっ、危ねぇ...って、大家?」
運転席には、汗をダラダラと垂らした大家が座っていた。
「それにヤク、ヤニ子、薫子、ハメ子...なんだ、みんないるじゃねぇか」
よく見れば、助手席にはヤク、荷台にヤニ子、薫子ハメ子と、全員集合状態であった。
「ヤ、ヤクからアルねこが搬送されたって聞いてよ。居ても立ってもいられなくて来たいやつ全員乗せてきたんだ......アルねこは、無事、なのか?」
本当に、どこまで優しいのだろうか。
荷台に人を乗せて走れば捕まるなんてことを、この男が知らないはずがないのに。
(...やはり、俺が最初に抱いた勘は正しかったか)
情に厚い人間は尊敬できる、大家はまさしくといった感じだ。
俺は大家へ心から尊敬の念を抱き、安心させるように事の次第を簡潔に述べた。
「───といった感じで、ひとまず大丈夫らしい。しばらく入院して様子を見るみたいだけどな」
「そうか.......よかった.......」
全て聞き終えると、大家は大きく息を吐いた。
「ほんとに心配したんだぞ。朝っぱらからアパートは揺れるし、目が覚めたらアルねこが救急車で運ばれたっていうし......」
「そうか、大家にも言えたらよかったんだが、なにぶん俺も慌ててたからなぁ」
「いや、いいんだ。アルねこが無事でよかった」
「...あんたほんとにいい人だな」
「いやいや、一番いい人は上善さんっスよ!」
「そうそう! 普通はただの隣人があんな状態になってたからって、救急車呼んで病院まで行かないって! ましてやお兄さん、アルっちとは初対面だったんでしょ〜?」
「ハメ子の言う通りや。普通は初対面でそこまでやらへん。いつもの兄さんのお人好しが発動してくれたんやろね」
「お、おいやめろよ。俺まだその言葉言われ慣れてないんだって」
「なんや、別にただ感謝しとるだけやで? ……ほんまに...」
「っ!? お、おい、どうした。泣いてるのか?」
聞けば、アル子があの時禁酒をしていたのは、酒に酔ったその場のノリだったらしい。
なんでも、以前、俺が入居する前にも禁酒をしたことがあったらしく、その際、アル子に触れるとその振動が体に伝播して面白かったとのこと。
今回も、その振動を使って宅飲みの余興にしようとしたらしい。
そこから、ハメ子が失禁して気絶していたのもなんとなく察せたが、触れないでおこう。
「......ほんまに、ほんまにありがとなぁ.....起きてすぐヤク子から、アル子が運ばれた、って聞いてすごいショックやった......ウチ、あの震えがそんな危険なものやって知らんかって、そのせいでアル子が...ウチのせいで死んじゃうんやないかって......うぅっ...」
「……そういうことか」
俺はようやく、あの時の光景を理解した。
アル子が震えていたことも、ハメ子があんな有様になっていたことも、薫子たちが妙に慌てていたことも。
全部、酔っ払いの悪ノリだったわけだ。
「ったく......何泣いてんだ」
「あうっ」
俺は呆れながら、薫子の頭を軽く小突くと、泣き腫らした顔の薫子を見つめる。
「お前ら、酒飲んでる時くらいはもうちょっと頭使え。特に薫子。あの中ではお前が年長枠なんだから、少しは飲む量も考えろ。いざという時動ける人がいなかったらどうする? 」
「う……返す言葉もないわ……」
「まぁでも、お前らはこうして心配で来てんだ。あいつも喜ぶと思うぜ」
そう言って、俺は薫子たちの頭を軽く撫でていく。
「けどな」
俺は薫子たちに向ける視線を変える。
「次に同じことやったら、全員まとめて拳骨地獄へご招待だ。いいな?」
「にゃ……」
「うっ……」
「ひぇっ……」
「……っス」
四人揃って縮こまる。
……まったく。
「すまねぇな、上善。本当は俺が普段から気を配ってるべきだったんだが...」
「謝らなくていいさ。俺だって、完全に寝入ってたら気づかなかった。あんな時間に起きてる方が珍しいって」
俺は大家をフォローすると、眠気まなこをこすった。
(そういえばちょうど寝入ったところだったな.....流石に徹夜は疲れた。帰って寝たい)
「んじゃ、そろそろ俺は帰るわ。アル子の見舞いなら、エレベーターで四階を降りたら目の前が病室だ。あいつ多分酒抜けてると思うから
「「「「「まじで(にゃ)!?」」」」」
俺は見てないが、流石に病院で酒は飲めないだろう。それに、いずれ俺の酒を飲んでもらうのだ。この際、アル中から脱却してもらわなくては。俺はアル中に飲ませる酒は作れないからな。
そうして俺は、薫子たちと別れてそのままアパートへ帰宅した。
アパートに着いた頃には、目の前がぼんやりとし、意識が朦朧としていた。
そのため、部屋に入るや否や吸い込まれるようにしてベッドの上に倒れ込んでしまった。
意識が落ちる寸前、部屋の匂いにどことなく違和感を持ったが、迫り来る睡魔に抗えず、やがて視界は暗転した。
(あ、あれぇ?おかしいなぁ、アルねこが出てきたのになんかコメディどころかシリアスっぽくなってしまった...!)
コメディ期待してた方、どうか許してくださいm(_ _)m
次回からは気をつけます!