鼻フックって気持ちいいんですかね?
使ったことある人いたらぜひコメント欄で感想教えてください。
──なんだか、妙な匂いがする。
俺は、ぼんやりとした意識の中でそう思った。
自分の部屋とは違う。
酒の匂いでも、煙草の匂いでもない。
それに──
「……すぅ……」
誰かの寝息が聞こえる。
「…………?」
そして、頭の下が妙に柔らかい。
自分のベッドとは違う感触だ。
俺は重い瞼をゆっくりと開いた。
「…………」
まず視界に入ったのは、ブラウンのトップスに包まれた豊かな胸と、少し見切れている天井だった。
「.......半分しか見えねー」
そして、顔を少し動かすと、その視界の端に見える壁掛け時計の六時を指す針と、見慣れた顔。
「…………え?」
上善はゆっくりと首を動かす。
そこには、ベッドの壁に背を預けるようにして眠っている薫子がいた。
そして──
「…………は?」
自分の頭は、薫子の膝の上に乗っていた。
「………………」
数秒間、思考が停止する。
やがて上善は、周囲を見渡した。
見慣れない家具。
壁際に掛けられたお洒落な服。
テーブルの上には香水や化粧道具。
どれも自分の部屋には存在しないものだ。
「…………」
そして、ようやく一つの結論にたどり着く。
「……俺は薫子の部屋にいる?」
薫子の部屋にいる──つまり、間抜けにも部屋を間違えたということになる。
恐る恐る身体を起こす。
その動きで薫子の身体が揺れた。
「ん……?」
「……薫子」
「んぅ……?」
「起きてくれ」
「……んー……?」
薫子が眠そうに目を開ける。
「……上善?」
「ああ」
「……起きたん?」
「ああ」
「そか……よかったわぁ……」
薫子は安心したように欠伸をする。
その様子を見た俺は──
「…………ごめん」
「え?」
即座に、床に正座した。
「俺は犯罪を犯してしまった」
「…………は?」
そして、そのまま勢いよく頭を畳につける。
「本当に申し訳ない!!」
「え、ちょ、兄さん!?」
「全力で償う! 警察署にも行く! だから──」
「いやいやいやいや!!」
薫子が慌てて上善の肩を掴む。
「ちょっと待って!? 何をどうしたらそうなんねん!?」
「俺は……俺はお前に……!」
「何もされてへんって!」
「だが現に俺はお前の部屋に──」
「寝とっただけや!!」
「…………へ」
「それに!」
薫子は自分の膝を指差した。
「ウチが勝手に膝貸しただけやって」
「……悪い、今一度詳しく説明してくれ」
そうして俺は、薫子から一連の流れを聞いた。
病院の前で俺と別れた薫子がアル子のお見舞いを済ませて部屋に戻ると、ベッドの上にうつ伏せになって俺が倒れるように眠っていたこと。
疲れた顔をしていたので、体を楽な姿勢に直して、いわゆる膝枕をしてくれたこと。
そうしているうちに、眠ってしまったこと。
「──ってわけや。 よほど疲れてたんやろな、部屋間違えるくらいやし。せやから何も謝ることないって。まぁ、少しはびっくりしたけどな」
「……そうだったのか」
記憶が曖昧なため、俺はてっきり薫子に最低なことをしてしまったのかと思ったが、最悪の事態は免れたようだ。
だが──
「そうであっても、勝手に部屋に入ったのは事実だ。もし薫子が少しでも嫌な気分になっていたら──」
「だからかまへんって言っとるやろ! 兄さん気にしすぎや!」
薫子はそう言ってくれるが、俺としては不安なのだ。
なぜなら──
「……俺はテレビで観たんだ。有名俳優が酒に酔って部屋を間違えて逮捕されたということを!」
「でもあんたはその俳優とちゃうやろがい!」
「い、いやでもな…」
「そのニュースがここまで兄さんが
薫子はため息をつく。
「兄さんは考えすぎなんやって。 そもそもその俳優は、入ったのが見ず知らずの人の家やったから問題になったんや。ウチと兄さんは
「友達……」
俺は、薫子の思いがけない言葉に一瞬戸惑った。
「せや。…あ、もしかして、自分年上なのに友達とか嫌やった? でも先輩呼びはな〜んか性に合わんし……」
「──いや、俺はかまわない。……でもそうか、友達か」
「久々に聞いた。結構言われて嬉しいな、友達って」
「な、なんや、兄さん。面と向かってそんな顔されるとウチ……」
ふと薫子が顔をかすかに染めて俯いた。
ん? こいつ、ひょっとして照れているのか?
普段の薫子といえば、自分でボケては自分でツッコミを入れて、滑っても大抵平気な顔してる印象だ。
出会った時なんかは、初対面なのに励ましてくれて助かったりしたが、こう見方を変えてみれば、なるほど女らしい一面もあるのだな。
「ククッ。オーケーわかった。そう言ってくれるなら、俺からはこれ以上何も言わない」
「そ、そか。ほんなら兄さん、これからもよろしゅうな」
「ああ、よろしく。……そうだ、お前から兄さん呼びはちょっとムズムズするからさ、名前で呼んでいいぜ」
「え、でも…」
「そもそも、お前。会った時から普通にタメ口だっただろ。今更名前呼びくらいで気にするな」
「そ、そう? せやったら、そうやな──
「おう、やっぱ薫子ならその方がしっくりくる」
「ふふっ、なんやのそれ。ま、ええわ。あ、上善時間大丈夫なん? 仕事、あるんとちゃう?」
「いや、今日はもともと有給とってたからな、仕事は休みだ。それもあって昨日は張り切りすぎちまってな、アル子のこともあったから流石に疲れが出てたんだろうな」
「そうやったんや…ごめん、せっかくの休みやのにウチのせいで…」
「もう済んだことだ。そんな気にするな」
「て、でも」
「それに、久々にぐっすり眠れた。おかげで気分がいい。ありがとな、薫子が起こさないでくれたからだ」
「そ、そう? ウチの膝、硬くなかった?」
「ハハッ。むしろ柔らかかったぞ。起きるまでスライムだと思ってたくらいだ」
「…す、スライムって、そこまで柔らかないわ! ウチにも恥じらいってもんがあんねん!」
そう言って、薫子は顔を真っ赤にして抗議してくる。
「……ほう」
薫子が見せる他の表情が無性に気になった俺は、一つからかってみることにした。
「…それは知らなかったな。いまだにこんなの持ってくるらいだし、薫子は膝枕くらい気にしないもんだと思ってたわ」
そう言って俺は、ベッドの下からとある
そう、俺が初めて薫子と出会った時、薫子が終始顔につけていた
「な…! ど、どっから取り出したん!?」
「ベッドの下から普通にはみ出てたぞ。お前これさぁ……」
「ち、ちゃ、ちゃう、ちゃうねん! これは、その……そ、そう! 美顔器! 美顔器や!さ、 最近は装着するタイプが流行っててな〜あはは!」
「へぇ〜、そうなんだ………って、んなわけねぇだろ。どっからどう見てもあん時の鼻フックだろうが」
「…な! だから鼻フックちゃうて! 美顔器や!」
「こんな
「う…」
「図星か。よもや、薫子が歪んだ性癖の持ち主だったとは…友達が実はドスケベだったとか、俺は今後どう接す──」
ゴチンッ!
「ドスケベちゃうわ! てか上善、さっきと雰囲気変わりすぎやろ! 急にどうした!?」
「いつつ……いや、なに。さっきから薫子が普段見せない表情ばっか見せるもんだからつい好奇心が…」
「!? …ふ、ふん…………だ、誰のせいや、ほんまに…」
「ん? なんか言ったか?」
「いーや何も! それより、ヤニ子たちの飯どうするん? いつも上善が作っとるんやろ?」
「………やべぇ』
薫子に言われるまですっかり忘れていた。
(昼に帰ってきて今の今まで寝ていたのなら、昼飯抜きの状態のはず……)
スマホを開くと、ヤクから三件、ヤニ子から百件以上の通知が来ていた。
ヤクからのは、夕飯をお願いしたいという連絡で、"今から帰るから俺の部屋で待っててくれ'と入れておいた。
ヤニ子のは、言わずもがなスルーだ。
それに、ヤクはともかくとして、飯を食わせて以降のヤニ子の家の冷蔵庫に、まともな食材が入ってるとは到底思えない。
前はどうだったか知らないが、今のヤニ子はヤニの次に食欲を優先する。
食事中のヤニ禁止というルールをあのヤニ子が守っているということからもそれは明らかである。
となると──
「あいつ……腹空かしてるんだろうなぁ……」
「ぷっ…」
「……なんだよ」
「いや、ハメ子が上善のこと
「……言ってろ」
否定ができないのが少し悔しい。
「……それより、早く戻って飯作らねぇと。ヤニ子がまた俺の部屋の冷蔵庫を荒らすか、最悪の場合俺の部屋が火事で燃えるか、だ」
俺が現実逃避するようにそう言うと、薫子はクスクスと笑いながらベッドから立ち上がった。
「ふふっ、ほんなら、ウチも手伝うわ。冷蔵庫にあるもんかき集めて、なんか簡単なもん作ろか?」
「……お前が?」
「なんやその不服そうな顔は! これでもウチ、関西出身やで? 料理くらい普通にできるわ!」
「いや、普通に助かるけどさ……。お前の作った料理…なんかすぐ冷めそうっ?」
「はぁ? おどれ、そら一体どういう意味や、コラァ」
薫子がギロリと鋭い眼光で睨みつけてくるが、その頬はさっきまでの照れが残っているのか、わずかに朱色がかっていた。
「冗談だ。ボケとツッコミでここにゃがみ原では右に出る者がいないカンサイ師匠の飯が不味いわけないもんな。すまん、今回は頼むわ」
「おう、任しとき! ……って、なんか馬鹿にされとる気もするけど……ほら、いつまでそうやって床に座っとるん? 早くヤニ子のとこ行くで」
そう言って薫子は先に玄関へ歩き出し、俺はその後を追うように立ち上がった。
部屋に入ると、案の定冷蔵庫の作り置きしていた飯がヤニ子によって消失していたため、残りの食材で薫子に手伝ってもらいつつ夕飯を作った。
その後、俺、ヤニ子、ヤク、薫子で食卓を囲み、アル子の回復を祈って乾杯した。
薫子の料理は、作ったそばから冷める──なんてことはなく、普通に美味しかった。なんなら俺を超えているのかもしれない。
酔ったヤクに今度は頭を嗅がれたり、酔った薫子がご自慢のボケツッコミで場の空気を無意識に冷まそうとするのを防いだり、酔ったヤニ子がくっついてきて体臭を移されそうになったりと、いろいろあったが、なんだかんだでその日は楽しい夜を過ごせた。
アルねこにつきましては、酒をメインにしたオリ主を設定したからには、やっぱりちゃんとお酒の美味しさを知ってもらいたいなと、かねてより思っておりまして……そのために、一度盛大に入院してもらいました(ごめんねアル子)。
上善くんの性格上、アル中状態のままの人にお酒を飲ませる絵面はやっぱり思い浮かばなかったんですよね。ちゃんと素面の状態で、上善くん自慢のお酒を味わってもらいたかったというか。
実は最近『ヤニねこ』の原作漫画を買いまして、読む中でアルねこにはどうにか救われてほしいな、と強く思ってしまったんです。
ですので、アルねこは上善くんにしっかり救ってもらおうと思います(決断)。
長々となってしまいましたが、これからもどうぞよろしくお願いします!m(_ _)m