召喚士ワイ、召喚物が強すぎて最強だと勘違いされている 作:夢女子サクラ
今から約半世紀前、世界は唐突にその姿を変えた。
西暦2000年代初頭。地球上のあらゆる場所に、突如として空間を歪める巨大な黒い亀裂――ダンジョンホールが出現したのだ。
大都市の中心街、のどかな農村、遠い深海や雪山に至るまで、場所を選ばずに現れたその亀裂からは、現代兵器の常識を遥かに超えた怪異――モンスターたちが溢れ出し、世界中は一時にパニックと壊滅の危機に瀕した。
だが、人類もただ滅びを待つだけではなかった。
ダンジョンの出現と時を同じくして、一部の人間に超常的な能力――いわゆるステータスやスキルが発現し始めたのだ。さらに、ダンジョン内部で産出される魔石や未知の素材は、従来の化石燃料や科学技術を根底から覆す画期的なエネルギー資源であることが判明する。
恐怖の対象であったダンジョンは、同時に人類に無制限の富とエネルギーをもたらす無尽蔵の資源採掘場へとその意味を変えた。
国家はダンジョンの管理と防衛のために探索者協会を設立し、民間から能力者を募ってダンジョン攻略を推進。こうして、命を懸けて迷宮へ挑み、素材を持ち帰ることで莫大な富を得る新職業――探索者が誕生したのである。
ダンジョンは階層構造になっており、深く潜れば潜るほど出現するモンスターは凶暴化し、内部の環境も過酷さを増す。
浅い階層であれば駆け出しの訓練場として比較的安全に管理されているが、最深部である最下層には、国家規模の災害に匹敵する極大のモンスターが蠢いているとされていた。
探求者たちの間で囁かれる伝説や噂は、常に恐怖と欲望を掻き立てる。
かつて、この街で名を馳せた有名探索者パーティーであるシルバーエレンが最下層へ足を踏み入れ、そこに潜む三つ首の邪龍に半壊させられて敗走したという話。B級の上位に数えられた彼らですら手も足も出なかった悪夢の領域。
そして現在。ダンジョンの出現から半世紀が過ぎ、世間では探索者が輝かしい花形職業として定着する一方で、才能の貧しい下級探索者たちは、浅層で安い素材を拾い集めながら日銭を稼ぐ過酷な底辺生活を強いられていた。
一条蓮もまた、そんな過酷な日常に喘ぐしがない底辺探索者の一人に過ぎなかったのだ。
最下層の圧倒的な大空洞。
かつてB級パーティーすら打ち砕いた最深部の主、三つ首の邪龍は、目の前でホクホクと旨そうな煙を上げる巨大な肉塊へと姿を変えていた。
「あ、あ……」
俺は依然として石畳の上にへたり込んだまま、開いた口が塞がらない。
先ほどまでこの空間を支配していた死の恐怖は、一瞬にして香ばしい焼き肉の匂いへと上書きされていた。
「んー! どこから食べようかなぁ! よし、これ全部持って帰る!」
極大火炎魔法を放った本人はというと、目を輝かせながら山のような丸焼き肉の周りをトコトコと走り回り、自分より何十倍も大きい肉塊を持ち上げようと両手を広げている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! これ全部持ち帰るつもりなのか!?」
「え? そうだよ? だって、美味しそうだし、フレアのごはんだもん!」
「いや無茶だろ!? こんな山みたいなデカい肉、持てるわけないしアイテムボックスにも入りきらないよ!」
悪びれもせず、当然のように言い放つ少女――フレア。
俺は深呼吸を繰り返し、壊れかけた頭の理解を必死に追いつかせようとした。
召喚スキルで出てきた可憐な少女が、最下層のボスを一撃で丸焼きにした。夢じゃない。目の前の焦げた肉の匂いが、恐ろしいほどの現実感を伝えてくる。
「むぅ……じゃあ、ここで全部食べていけばいい?」
不満そうに頬を膨らませるフレアに、俺は慌てて首を振った。
「ここで食べるのもダメだ! こんな匂いを漂わせてたら、他のモンスターがどんどん集まってきちゃうだろ。この広大な最下層で囲まれたら終わりだ」
「えー、お腹空いてるのに……」
「持ち帰るのは諦めないから! 邪龍の巨体を丸ごと持っていくのは無理だけど、一番美味しそうなところだけナイフで切り取って持っていこう」
説得に応じたフレアが納得の表情を見せると、俺はナイフを取り出した。分厚い硬鱗に覆われていない、比較的柔らかいお腹の部分の肉を丁寧に剥ぎ取り、アイテムボックスへと押し込んでいった。
その時、焦げた煙の向こうを探索していたフレアが、邪龍の背後にあった古い石造りの祭壇を見つけて声を上げた。
「ねえねえ、人間! あそこに大きい箱があるよ! あけてみていい?」
「箱……? 宝箱か?」
目の前でドラゴンを撃破した直後だというのに、あまりにも緊張感のない無邪気さに俺は思わず溜息を吐いた。だが、死の淵から生き延びられた安堵感が胸を満たし、少し口元が緩む。
「……ああ、気をつけてね、」
「わーい!」
フレアが嬉しそうに駆け寄り、重厚な装飾が施された宝箱の蓋を押し開けた。中には眩い光を放つ宝石や、精巧な装飾のネックレスといった宝物がいくつか納められていた。
「すごい、本物の秘宝だ」
最下層の攻略報酬。どれも高値で売れそうなものばかりだ。俺はその中から、小ぶりに輝く可愛らしいネックレスをひとつ手に取ると、首をかしげるフレアの首元にかけてやった。
「へ? これ、フレアにくれるの?」
「ああ。君が龍を倒してくれたおかげだからな。残りは全部換金させてもらうけど、それは君にあげるよ」
「えへへ、ありがとー! なんだかキラキラして綺麗!」
首元に触れながら、嬉しそうにはしゃぐフレア。
宝箱の置かれた祭壇からさらに後方へ進むと、暗闇の奥へ続く頑丈な石造りの階段が伸びていた。基本としてダンジョンは、最下層の主を討伐・攻略すると、最上層の出口付近へと戻るための一方通行の通路が出現する仕組みになっている。
「よし、この階段を登れば外に出られるはずだ。帰ろう」
俺たちは階段を登り、無事にダンジョンの最上層から地上へと脱出した。
そのまま街を抜け、帰ってきたのは見慣れた四角い天井のある場所――築四十年の古い木造アパート、六畳一間の俺の部屋だ。
「帰って……これた……」
どっと身体の力が抜け、畳の上に倒れ込む。生きて帰れたのだという実感が、遅れて押し寄せてきた。
「うわぁ、狭い部屋! これ、なぁに? 畳? 井草の匂いがする!」
隣では、フレアが珍しそうに部屋中を歩き回り、古びたちゃぶ台や小さなテレビをペタペタと触っている。まだ俺に対しては、見知らぬ場所に連れてこられた警戒感と物珍しさが半々といった様子だ。
「とりあえず……お腹空いたでしょ? さっきの肉、ちゃんと料理するから座ってて」
俺は台所へ向かい、持ち帰った邪龍のお腹の肉を小さく切り分け、フライパンに並べた。
ジュウジュウと旨味の詰まった脂が弾ける音が響き、狭いアパートの中に芳醇な香りが充満する。塩コショウと、隠し味に醤油を少し垂らしてシンプルに焼き上げる。
「はい、召し上がれ」
皿に盛り付けてちゃぶ台に置くと、フレアは疑わしそうに鼻をひくひくさせた。
「……焦げ目をつけるだけじゃなくて、こうやって食べるの?」
「絶対にそのまま食べるより美味しいから。ほら、熱いから気をつけて」
フレアはおそるおそる箸を使い、一口肉を口に運んだ。
次の瞬間、彼女の琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
「ん……!? おいしいっ! なにこれ、柔らかくて、なんか香ばしい変な味する!」
「だろ? 人間の料理技術を舐めてもらっちゃ困る」
一気に表情を輝かせたフレアは、猛烈な勢いで肉を平らげていく。
「……そういえば、ちゃんと名乗ってなかったな。俺は一条蓮。蓮って呼んでくれ。君はフレア、って言ったっけ?」
「うん! フレアだよ! ふぁぶりーず? みたいな名前の神龍なんだってお父様がいってた!」
「ファブリーズ……? ……よくわからないけど、俺はしがない探索者だ。急に呼び出してごめんな、フレア」
消臭剤みたいな名前のドラゴンなんかいただろうか。疑問に思いながらも、謝りつつ、棚の奥に隠していた買い置きのポテトチップスとチョコレートを取り出し、ちゃぶ台の上に置いた。
「これもおまけ。人間のお菓子だ」
「おかし……?」
パリッと音を立ててポテトチップスを口にしたフレアは、驚きのあまり、ほえっ、と声を漏らした。さらにチョコレートを口に含むと、甘みと濃厚なコクに完全にノックアウトされたように、とろけそうな笑みを浮かべた。
「おいしい……! 蓮、これすごい! お肉も美味しいけど、この甘いのもすっごく美味しいっ!」
「だろ? ちなみに、砕いて米に乗せても美味いぞ」
「米……? よくわかんないけど、こんなに美味しいご飯を作れるなんてすごい人間なんだね!」
「ご飯を作ったというか、焼いて買ったお菓子を出しただけなんだけどな。……まぁ、喜んでもらえたなら何よりだよ」
「えへへ、フレア、蓮のこと好きー」
先ほどまでの余分な緊張感が嘘のように、フレアは俺の袖をギュッと掴み、満面の笑顔ですり寄ってきた。首元に揺れるネックレスを輝かせながら、無邪気に甘えてくる。胃袋を掴むというのは、どうやら竜の神獣にも絶大な効果があるらしい。
「よし、お腹がいっぱいになったら、次は体と服を綺麗にしよう。ダンジョンの泥がついたままだろ?」
俺は狭いユニットバスにお湯を張り、フレアを浴室へ連れて行った。
服を脱ぐのを手伝い、シャンプーを泡立てて彼女の赤髪を優しく洗ってやる。
「ふあぁ、温かくて気持ちいい……。頭、くすぐったいよぉ」
「暴れるなよ、目に泡が入るからな」
お湯に浸かったフレアは、すっかりリラックスして、はぁ〜、と気持ち良さそうに息を吐いた。お風呂の温もりとお腹いっぱいの幸福感で、すっかり心を開いたようだ。
風呂から上がり、俺の大きすぎるTシャツを着せると、フレアはダボダボの袖をパタパタさせながら、嬉しそうに俺の膝の上に飛び込んできた。
「蓮、だっこ!」
「はいはい」
苦笑しながらも、俺はその小さな頭を優しく撫でた。