召喚士ワイ、召喚物が強すぎて最強だと勘違いされている 作:夢女子サクラ
一夜が明け、朝日が六畳一間の古い畳を柔らかく照らしていた。
俺の胸の上には、すやすやと心地よさそうな寝息を立てる小さな頭がある。
サイズの合わないダボダボのTシャツを着たフレアが、俺の服の裾をぎゅっと指先で掴んだまま、丸くなって抱きついて眠っている。
昨日、あの薄暗いダンジョンの最下層で圧倒的な威圧感を放っていたボスを一撃で焼き尽くした神獣だとは到底信じられないほど愛らしく、無防備な寝顔だ。
昨日の夜、ダンジョンから持って帰ってきた邪龍のお腹の肉は、フライパンで香ばしく焼いてフレアと一緒に全部美味しく平らげてしまった。
あの肉の味を思い出しているのか、フレアは時折むにゃむにゃと口を動かしている。
俺は彼女を起こさないよう慎重に身を起こし、静かに身支度を整えた。
今日の目的はひとつ。
昨日、最下層の宝箱から手に入れた宝石類や秘宝、そして肉を削ぎ落とすついでに回収しておいた邪龍の剥がれ落ちた硬い鱗を換金することだ。
「フレア、ちょっと出かけてくるから留守番しててくれるか?」
耳元でそっと囁くと、フレアはうっすらと瞼を開き、眠気眼で俺を見上げた。
「ん……れん、どこ行くの……? フレアもいくー……」
小さな手でゴシゴシと目をこすりながら起き上がったフレアは、俺の服の袖をギュッと引っぱって離そうとしない。
結局、幼い姿の彼女をこの部屋に一人で置いていくのも心配になり、俺の大きめのパーカーを着せてフードを深めにかぶせ、手を繋いで連れて行くことにした。
街の中心部にそびえ立つ巨大な建造物――探索者協会。
日銭を稼ぐ下級探索者から、メディアで持て囃される高ランクの有名探索者まで、連日多くの人々が行き交う巨大な拠点だ。
重厚な自動ドアをくぐって館内に入ると、ひんやりとした冷気とともに、鉄と汗と薬品が混ざり合ったような独特の熱気が肌を刺した。
受付の周囲は、早朝の探索を終えて素材の査定を待つ大勢の探索者たちで混雑している。
俺は大きなフードからチラリと覗くフレアの小さな手をしっかりと握り直し、一番空いている端の査定窓口へと向かった。
「次の方どうぞ。あ、一条さんですね。今日は何を持ち込まれましたか?」
窓口で対応してくれたのは、黒髪を一つにまとめた真面目そうな女性職員の佐藤さんだった。
底辺であるEランク探索者の俺の顔と名前もちゃんと覚えてくれている、数少ない親切な人物だ。
「佐藤さん、こんにちは。今日は……これを査定してほしいんです」
俺は腰のベルトから取り出したアイテムボックスの皮袋と、ズシリと重い質感の巨大な鱗をいくつかカウンターの上に並べた。
皮袋の中には、最下層の豪華な宝箱に入っていた眩い宝石や、見たこともない精巧な細工が施された秘宝が入っている。
「あら、綺麗なお品ですね。……えっ?」
皮袋の紐を解き、中身を検分し始めた佐藤さんの手が、ぴたりと止まった。
彼女の顔からいつもの接客用の柔らかな笑みが消え、目が見開かれる。
彼女は引き出しから査定用の特殊な拡大鏡を持ち出し、息を殺すようにして宝石のカット面や魔力の波長を調べ始めた。
「佐藤さん……? どうかしましたか?」
「一条さん、これ……どこで手に入れましたか?」
「え? ああ、えっと……ダンジョンの中で、たまたま見つけた宝箱から……」
「たまたま、ですか……?」
佐藤さんの声のトーンが一気に低くなった。
彼女は慎重な手つきで宝石をベルベットのトレーに並べると、奥の査定室へ向かい、白髪の混じったベテランの老鑑定士を呼び出してきた。
老鑑定士はレンズ越しに宝石を凝視し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「これは……間違いない。古代魔導帝国の意匠が施された極上品だ。秘められている魔力の残滓も尋常ではない……。一条君と言ったかね、こんな代物、浅層の宝箱から出るはずがないぞ」
「あの……おいくらぐらいになりますか?」
俺が恐る恐る尋ねると、佐藤さんは複雑で困惑の混じった表情を浮かべながら、計算機のキーを叩いた。
液晶に表示された数字を見て、彼女自身も言葉を詰まらせる。
「合計で……二千万円になります。間違いなく、本日の最高額です」
「に、二千万……!?」
思わず裏返った声が出そうになり、慌てて両手で口を押さえた。
いつも数百円から数千円の低級素材を売って細々と日銭を稼ぎ、日の光の当たらないアパートで暮らしていた俺にとって、一生かけても拝めるか分からないような途方もない金額だ。
隣でフードをかぶったフレアが、なんだかよく分からない様子で首を傾げている。
だが、頭が真っ白になるような驚きと歓喜に浸る俺の耳に、佐藤さんの冷ややかな追及の声が刺さった。
「一条さん。差し支えなければ、どの階層の、どういった状況でこの宝箱を見つけたのか、詳しく教えていただけますか?」
「え……いや、それは……」
「ご存知だと思いますが、探索者協会では一定以上の高額素材や秘宝の持ち込みに対し、入手経緯の透明性を求めています。特に、あなたの現在の登録ランクはEランクです。失礼ですが、あなたが単独で辿り着ける階層の品とはとても思えません」
佐藤さんの瞳には、あからさまな疑念と警戒の色が浮かんでいた。
Eランクの底辺探索者が、突然数千万円の価値を誇る古代の秘宝を持ち込んできたのだ。
他人の死体から追い剥ぎをしたのではないか、闇ルートの不正な売買に関わっているのではないか、あるいは危険な立ち入り禁止区域に侵入したのではないか。
そう疑われるのは、協会のルールからしても当然の帰結だった。
さらに決定的な事態が重なる。
査定室の奥で俺が持ち込んだ重厚な鱗を検分していた別の男性職員が、紙の書類を手に青ざめた顔で走ってきたのだ。
「佐藤さん! 大変です! この持ち込まれた鱗の魔力波長と構造測定データ……データベースの照合結果が出ました! 最下層のボス、三つ首の邪龍の鱗と完全に一致します!」
「なんですって……!?」
査定エリアを包んでいたざわめきが、一瞬にして静まり返った。
カウンター付近にいた他の探索者たちの視線が、針のように一斉に俺へと突き刺さる。
「邪龍の鱗……? あの、先週B級パーティーを半壊させて撤退させたっていう、最下層の化物だろ!?」
「おいおい、あんな痩せ型の弱そうなEランクが、邪龍の鱗を持ってくるわけないだろ!」
「不正か? どっかの有名パーティーの討伐品を盗んだんじゃないか?」
不穏で攻撃的な私語が周囲から渦巻くように広がり、佐藤さんは真剣そのものの厳しい眼差しで俺を凝視した。
「一条さん。誤解を解くためにも、説明をお願いできますか?」
背筋に嫌な汗がじわじわと流れる。
本当のことなど、口が滑っても言えるはずがなかった。
「俺が召喚スキルで呼び出したこの小さな女の子が、最下層のボスを一撃で丸焼きにして倒しました」なんて言ったところで、頭がおかしくなったと思われるのが落ちだ。
仮に信じてもらえたとしても、今度はフレアが人間兵器のような危険存在として国や大ギルドに拘束され、二度と自由に暮らせなくなってしまう。
「これは……その、ダンジョンの浅層で落ちていたのを拾ったというか……」
「最下層のボスの鱗が浅層に落ちているわけがありません。一条さん、申し訳ありませんが、別室で詳しくお話を聞かせていただけますか?」
逃げ場のない追及。違法行為を疑われ、最悪の場合は探索者ライセンスの剥奪や警察への引き渡しすら覚悟したその時だった。
「ねえ、れん! おなか空いたー!」
パーカーのフードを払いのけ、隙間から顔を出したフレアが、無邪気な声で俺の服の裾をキュッと引っぱった。
そのあまりに幼く可憐な声と愛らしい容姿に、険悪な空気を漂わせていた周囲の探索者や佐藤さんが、拍子抜けしたように目を丸くした。
「えっ……お子さん……? いえ、それより一条さん、質問に答えてください!」
「すみません、急用を思い出しまして! 査定額は後で振込でお願いします!」
俺は二千万円の提示額が書かれた控え用紙をひったくるように受け取ると、フレアの手を固く握り締め、後ろ振り返ることもなく逃げるように探索者協会を飛び出したのだった。