夜明け前と呼ぶにはまだ早く、だが、空は微かに白み始めていた。森の近くに作られたばかりの小さな村。真新しい家々が数軒、まばらに建っている。その村に、森の方からフードを深く被った老人が急ぎ足で入ってきた。村人たちの手で、村の村長が住む、少し周囲の家より立派に作られた家の前で複数人の男たちが灯りを手に持ち老人の帰りを待っていたように迎え入れた。
「フィル老。どうでしたか、森の方は」
集まっていた男たちの中の一人からそう聞かれた老人は、懐にしまっていたものに手を伸ばし、周囲からは隠すようにしながらも、男たちにみえるように少しだけそれをみせた。
「うむ。予言の通りじゃった。」
『この地に我らが移り、九回月が陰るとき、深き闇に包まれた森の中で、運命が定められたものをみつけるだろう。それは、生きとし生けるものが忘れてしまったものである。それは多くのものに望まれたものである。』
「これが本当にその「運命が定められたもの」であるかどうかはわからぬ。だが、確かにみつけたものなのだ。大切にせねばならぬ」
フィル老は、再びそれを、大切に懐に収めると、男たちが集まっていた家の方へ歩きながら、後ろにいる男たちに対し、
「さて、このことはもう大丈夫じゃ。もうすぐ夜が明ける。各々の家に戻り、それぞれの仕事の準備にもどるといい」
と話しながら、フィル老は村長の家の中へ入っていった。それを見ていた男たちは少し納得していないような表情を浮かべながら解散していった。その中のひとりの男がポツリとつぶやいた。
「みつけたって言ってたけど、あれを探しに行ってたのか?ただの小枝にしか見えなかったが…」
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穏やかな陽の光が降り注ぐ村の広場には、複数人の男女が集まっていた。
そこへ、森の方からユールが姿を現した。それに気づいた一人の男がユールに声をかけた。
「ユール!」
そして、そのまま男はユールに向けて歩いていき、そばまで近寄ると、
「フィル老から話は聞いてるぜ。だが、おまえニスだろ。戦えるのかよ。」
そう訊いてきたのに対しユールは腰に帯びた剣の柄を軽く叩きながら
「もちろんです、アルフ。私の剣の腕前は、フィル老からも問題ないだろうというお墨付きをもらっています。ですが…」
ユールは一度言葉を切ると、続けて、
「私はまだまだ未熟ですし、村のみんなと違って魔獣との闘いは初陣になります。ですが、力にはなると思います。」
とアルフに対して、話した。その答えを聞いて、アルフは納得していないような表情を浮かべながらも、ユールに対し、「わかったよ」と返事をした。
その後、アルフは「ついてこい」と言わんばかりに、皆が集まっている方へ顎をしゃくり、そのまま歩き出した。
アルフとユールは、やがて村の広場の中心にある、掲示板のそばまで行くと、アルフは広場で散らばっていた複数人の男女に対し、集まるよう声をかけた。その後、集まってきた者たちに対しアルフは声をかけた。
「みんな、聞いてくれ。」
その声に集まったものは耳を傾ける。
「先日、村の外に広がる草原で、放牧をしていた牛飼いのブロルが、草原のほうで野生化した牛を目撃したそうだ。聞いた話によると、どうみてもただの牛ではなく、異常な個体であったらしい。幸い遠くで目撃したので、襲われることはなかったらしいが、村のそばで確認された以上、放置するわけにはいかない。よって、これを撃退することになった。みんな、よろしく頼む。」
その声を聞いて集まっていた若者たちは「オォッ!」と威勢よく声をあげた。その声を聞いたあと、アルフは続けて、
「今回の撃退だが、フィル老の考えにより、村のそばの森に住む、村のみんなも知っているユールが魔獣との闘いに参加することになった。今回が初陣だそうだが、剣の腕はフィル老が問題ないと判断したそうだ。みんな、一応気にしてやってくれ。」
とアルフは話した。その話を聞いた若者たちは困惑の声で、
「ユールって森に住んでるニスだろう?戦えるのか?」「フィル老から剣は問題ないって話らしいが、ユールの剣ってショートソードだろう?魔獣と戦うにはきつくないか?」
「そもそも体格が小さいからな…牛相手に力負けするだろう?大丈夫なのか…」「初陣で参加するらしいけど、これまで連携の訓練とか参加したことないでしょう?大丈夫なの…?」
と小さく周囲のものたちで会話をしていた。それを聞きながらアルフは皆に対し、
「初陣であるうえにニスであるユールは前衛には出せない。よって後衛でサポートを主体でやってもらうから問題ないだろう。それに…」
アルフはみんなを見回し、
「異常な個体という話らしいが相手は所詮元家畜の牛だ。そこまで脅威ではないだろうし、魔獣と戦いなれているみんななら、問題ないだろう。さぁ、出陣といこうじゃないか。」
と話し終えると、集まっていた皆は再び威勢よく声を上げ、村の外に歩き出した。
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村を出発してしばらく歩いていると、アルフはユールを呼んだ。近寄ってきたユールに対しアルフは
「ユール。お前魔獣と戦うのは初めてだが、魔獣がどんなやつか知ってるか」
と尋ねた。これに対しユールは
「フィル老からは、「獣が魔力を纏っているもの」だと教わりましたが…」
と答えた。その返事に対しアルフは「まぁまぁだな。」と返し、続けて、
「いいか、ユール。魔獣ってのはな、野生の狼やら、野生化した家畜が、なんでかわからないが、ある日突然魔力を体に纏いだした存在だ。」
「ただ纏うだけならいいんだが、さらに気性が荒くなって、手がつけられないぐらい狂暴化するってことだ。」
「こいつらに村のみんなが襲われたら、たまったもんじゃない。」
「だから、撃退して近寄らせないようにしてるんだ。わかったか?」
とユールに話した。ユールは「ふむふむ」と時より相槌をうちつつ、最後に
「よくわかりました。アルフ、ありがとうございます。」
と答えた。だが、そのあとユールはアルフに対し、
「魔獣がどういうものなのかはわかりましたが、なぜ魔力を突然纏いだすのでしょうか」
と尋ねた。これに対しアルフは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら
「それがわかれば苦労はしないだろうよ。」
と返事を返した。その返事に対しユールは軽く俯き、
「(なるほど…)」
と心の中でつぶやいた。その後、皆と同じ方向を向きながら歩き続けた。
やがて、歩いていた若者たちは歩みを止め周囲を軽く見渡した。その後アルフが皆に対し
「ここが例の牛が目撃された場所だが、見た感じ姿は見えないな。やはり、そう簡単にはいかないか。」
と話したあと、若者たちのなかにいる長い杖をもった女性に声をかけた。
「エリサ、いつものすまんが、今回も頼む。」
そう言われたエリサは「はいはいっ…」と手慣れた様子で肩から下げていた鞄の封を開け、そこから
魔石を取り出した。魔石には、なにか文字のようなものが刻印されている。そしてその魔石を手のひらに乗せて
「『Z=アルギス』(示せ)」
と唱えた。すると魔石が輝きだし、魔石の上に刻印されていたものが浮かび上がった。そこから一直線に一筋の光が伸び、ひとつの方向へ飛んでいった。光が飛んで行った先を見ていたアルフは、
「あちらの方角にいるらしい。みんな、気をつけていくぞ」
と指示を出し、それにみんな気を引き締めて進みだした。
それを見ていたユールは、
「あれが探知のルーン魔術ですか…」
と興味津々でありながらも、周りに遅れないように歩き出した。それを見ていたアルフはユールに近づき、
「出陣するまえに話したが。ユール、おまえはあくまでも支援だ。後方から援護を行う魔術師を守る係だからな。いきなり前に出るんじゃないぞ。」
と声をかけた。それに対し、ユールは、
「もちろんです、アルフ。わかっていますよ。」
そう答えながらも、ユールは初の実戦に興奮が隠せないようだった。
しばらく歩いていると草原の真ん中で一頭の牛が足を畳んで休んでいるのを遠目で見つけた。アルフはすぐにエリサに目を向けると、エリサも手のひらの上で光り輝く魔石を見せながら、頷いた。どうやらこの牛が探していたものであるとわかると、気づかれないように、周りに集まっている仲間に小さく声をかけた。
「どうやらあいつが例の牛のようだ。まだこちらの様子には気づいてなさそうだし、このまま仕掛けるぞ。みんな、魔石の準備はいいな。」
そう言いながら、アルフやその周囲にいた者たちは先ほどエリサが取り出した魔石とは違う刻印が施された魔石を懐から取り出した。そして一斉に魔石を握りその手を天に掲げて叫んだ。
「「「『W=ウィン‼』」」」(勝利を‼)
すると、魔石に刻まれたルーンが浮かび上がり、魔石から発せられた光がその持ち主を包みこむ。そして、戦意に満ち満ちた表情になった。アルフは腰に帯びていたロングソードを鞘から抜き放った。刀身が陽の光を反射しギラリと輝いた。それに合わせて、周りにいた仲間たちも剣を抜き放った。
「いくぞ、みんな‼」
そして大きく息を吸い、言い放った。
「とぉつげきぃぃぃぃ‼‼」
その声に合わせて、アルフと仲間たちは、雄叫びをあげながら牛に突き進んでいった。
だが、牛に近づくにつれてどこかおかしいことにアルフたちは気づいていった。
一般的な家畜の牛は、背の高さが大体腰ぐらいの大きさである。だがこの牛は
「(なんだこいつ…でかいぞ…!)」
明らかに背の高さが倍ぐらいの大きさになっている。
さらに、体色も遠目では黒い牛にしか見えなかったが、近づくにつれて赤黒く、足回りの筋肉が脈打つように鼓動している。なにより特徴的な変化としては、角であった。頭から伸びる二本の角は、牛のものとは思えないほど太く、そして鋭く尖っていた。一目見て、明らかに危険なものであるということがわかった。
その巨体を前に、アルフたちは一瞬だけ足を止めた。だが、すぐにアルフは仲間に声をかけた。
「確かにこいつはバケモノみたいにでけぇ図体してるが、所詮は牛だ!。左右から攻撃を行え!」
「だが、無理はするな!魔獣なのは間違いないんだ。深入りすると怪我するぞ!」
「こっちでこいつの気を引く!いつもみたいに、後衛は魔術を使用してこいつに攻撃してくれ。」
「みんな!、こいつを後ろに行かせるなよ!」
その声を聞いた前衛の仲間たちは気合を入れなおし、再び牛に挑んでいった。
アルフが率いている前衛たちは、手慣れた動きで牛を、囲うように広がりそして深入りをしないように剣で牛を斬りつけていった。
それに対する牛も、自分の頭にある角を振り回したり、その巨体を使った突進をすることもあったが、注意をしていたアルフたちは素早く反応し、危なげなくかわしていく。
魔獣との戦いを、後衛から見ていたユールは、初めは、ワクワクするように見ていた。
だが、しばらくすると妙な違和感を覚え始めた。そして、その正体に気づいた。
この魔獣。目が前衛のほうを見ていないのである。
だが、後衛であるこちらを見ているわけでもない。
目はあるが、そこには何の意思も感じられない。
そのことを話そうとユールが動いたとき、一緒に後方にいたエリサをはじめとする数名の魔術師たちから一斉に
魔力の発する気配が出現した。
「「「『K=ケーン!!』、『T=ティール!!』」」」(火の一撃!!)
そう彼らが発すると、彼らの手にある杖が輝き、杖の上に魔石と同じようにルーンの刻印が浮かび上がった。
そして杖から発射されるように、火の玉が牛に向かって発射された。
火の玉はまっすぐに牛に向かって飛んでいき、見事に着弾。大きく爆発した。
牛は、グモォォォ‼という苦悶の声を上げた。そして、その巨体は炎上していた。
やがてその炎が収まったとき、牛は力尽きたように、その巨体を横に倒し動かなくなった。
それをみたアルフたちは、力強く勝どきの声をあげ、互いに動きを褒め称えながら、倒れた牛に近づいて行った。
後衛で集まっていた、魔術師たちとユールも、少し遅れてアルフたち前衛に合流し、その倒れた巨体を、皆で見つめていた。