「アニュンリール皇国、ですか」
「以後お見知りおきを。こちらは我が国の特産品です」
朝田はここ外交の場面において日本国の看板を背負いながら、目の前で同じく皇国の看板を背負う存在について思念を巡らせる。曰く長年クワ・トイネの貿易相手国であり、ロウリアとの紛争の噂を聞きつけ現れたところに新興国家の話を聞いて国交を結びに来たということらしいが…
(フットワークが軽すぎるな)
アニュンリール皇国クワ・トイネ駐在大使よりロウリア皇国との紛争に観戦武官を派遣したいという申し出があったのは知っていたが、ちょうど到着した使節船に同乗する技師をその役割に充てるというエクストリーム人事にやや辟易していた。
周辺国が一様に未知の存在である
「なるほど、質のいい生地ですね。こちらは…野菜でしょうか」
「ドライフルーツです。ゼーペンスト平野名産のティコルの実を…ああ、すみません。日本国には馴染みのないものでしょうね。こちらの魔写をご覧ください。ティコルは熟れると赤くなり、柔らかいオレンジの果肉を持ちます。甘酸っぱく濃厚な味です」
(異界版マンゴーか…)
差し出されたカラー写真に納得する。それと同時にこの世界の技術水準に関する予想を上方修正する。アニュンリール皇国についてはクワ・トイネ側からある程度情報を受け取っていたものの、彼らの
「貴国の食糧事情についてお伺いしたもので、我が国が少しでも助けになれたら…というのは半分建前になってしまいますがね。よい取引ができたらと思うのです。主食の面ではクワ・トイネ公国に敵いませんから、嗜好品の面で」
「はは、なるほど……」
商魂逞しいというか、貿易国家を自称するだけのことはあると納得した。こうして隠さずに話してくれる分には嫌な気分にはならない。
「ところで、ムー国とはもう接触されましたか?」
「いえ、まだです。ムーとはどのような国家なのですか?」
周辺国との対話において何度か名前を聞くことはあったが、一応聞いておく。日本国がそれについて知りえているのは未だ名前くらいだ。そういう軽い気持ちだったのだが、外交官の次の発言によって朝田は目を剥いて驚くはめになった。
「聞くところによるとムーは転移国家だそうでして、地球という星から来たと自称しています」
────────────────
「つ、つまりムーとは幻のムー大陸の…!?」
「やや、伝承が残っていたのですね。お待ちください、ムーから譲り受けた球体地図が…」
興奮する日本の外交官を前に先日同じ用途で使った
地図は写しであるから差し上げると言うと代わりに感謝の言葉を頂いた。掴みは充分そうだ。
「白々しいようですが、白状しますとムーとも似た話をしていましてね。この球体地図に描かれたヤムートとクワ・トイネ大使から入手した日本の地図、そこに描かれた列島の姿があまりに似ていたもので…こうしてお話したことで確信に変わりましたが」
「そうだったのですか…」
やや不信を与えてしまったかもしれないが、ムーと日本は近いうちに必ず接触する。後から知っていたのかと追及されるよりはいい。それに、何らかの確証を得たことで日本の外交官はあまり気にしていないようであった。
その後は双方の位置関係と周辺状況、貿易の話を行ったり来たりして数十分、会談は円満に終了。両国の第一印象は互いに良いものとすることができた。
「ああ、最後に一つ」
思い出した風を装って懐からパウチを取り出す。紙の包装にはよく熟れたティコルの絵。
「半生タイプの干しティコルです。非常に美味なので個人的に差し上げます。是非とも……
「……ありがとうございます」
日本の外交官、朝田は言葉の意図を察したのかやや神妙な顔をして胸ポケットにしまい込んだ。こちらも上手く行ってほしいものだが、果たして。
そうでなくても、せめて干しティコルは食べてほしかった。
本当においしいのだ。
◆ ◆ ◆
「ではまた」
「ええ。友好的な話ならば歓迎します」
日本の基準からして身なりも礼節も心得た、友好的だがやや不気味な訪問者を見送る。最後に意味深な話をされなければ手放しに喜んでいたところなのだが。
「……」
直接手渡された半生ドライフルーツのパウチ。外装は紙製だがこの手触りは日本で流通しているような菓子の包装と同じように蒸着フィルムが使われているようで。本意を隠すような言い方といい、アニュンリールのことがますます分からない。
そういう反応すら予見されている気もする。
この事務所は新設されたもので防諜もしっかりしているし、問題ないだろうと思い切って開けてしまうことにした。さっぱりとした甘い香りが漂う。
「おっ」
と、案の定怪しいものが入っていた。ジッパー式の小さなポリ袋、中には畳んだ紙が3枚入っている。さっそく取り出して開いてみて、朝田は言葉を失った。
それはおそらく衛星写真、かの国の夜景を写したものだったのだ。
端にはなんと日本語で『魔都マギカレギア、中央暦1589、晴天』とあり、何条にも走る光の線は東京のそれにも引けを取らない。朝田はあんぐりと口を開け放ったまま2枚目を見てさらに驚愕する。
「戦艦…これは護衛艦?空母も!」
今度はかの国の海軍を映したものであった。こちらにも律儀に脚注があり『第3艦隊航行訓練、中央暦1634、曇天』『オリハルコン級戦艦ユニヴァース』『ヴェロス級対空魔船ナイル』『アルマドゥラ級魔式空母セグメンタ』と目を疑う情報で溢れている。
戦艦は近代化改修を受けたアイオワ級を更に改修してステルス化したような風貌で、対空魔船はより鋭角化したアーレイバーク級、魔式空母はなんとアングルドデッキの双胴空母であり艦橋は中央に位置していた。
朝田は既にめまいを覚えていたが気を取り直して3枚目を見る。
「!?」
そこにはプレートキャリアを着用しアサルトライフルを携え天使のような光の翼をもつ人物と、カーキ色の軍服を纏いゲートルを巻き付け歩兵銃を持った人物が親しげに映っていた。その背後では旭日旗がはためいている。
この写真にも脚注があり『ジャックス・ルイア=アルゼンド』『マツモト・イチロウ』と2人の名前らしいものが。
そして『我が国の真実はどうか内密に。別の機会にゆっくりお話ししましょう』という、外交官からのメッセージが添えられていた。
「これは…大変だ…大変なことを押し付けてくれた…」
一人の胸の内にしまっておくには大きすぎる真実、おそらく報告する相手すら慎重に選ばなければならないものを投げつけられて朝田はたいへんに複雑な感情を抱き、これからの激務を想像して胸やけを覚えた。
内密に、というのがどこまでを指すのかは察するしかないがきっと諸外国に知らせるなということだろう。ひとまず同僚の篠原に共有して一人だけの問題を脱したかった。
「はぁ、ああ…」
ここで初めてパウチのもう一つの中身、干しティコルに手を伸ばす。
「……おいしい」
濃厚な甘味とさっぱりとした酸味。
朝田の心は少しだけ落ち着いた。
◆ ◆ ◆
「私が艦長の山本です」
「クワトイネ公国第二海軍観戦武官のブルーアイです。援軍に感謝いたします」
「アニュンリール皇国従軍魔法技師のリースです」
「同じく、従軍魔法技師のアルトです。よろしくお願いします」
ヘリコプター搭載護衛艦『いずも』の艦上にてそんなやり取りが行われていた。ブルーアイは初めて見る近代的な軍艦に驚きっぱなしで声がやや上ずり、アニュンリール皇国の2人もまた別の意味で興奮して声が上ずっていた。
「山本さん、艦を撮影してもよろしいですか?」
「うーむ、まぁ、いいでしょう」
「やったぁ!じゃなくて、ありがとうございます!」
「すみません、こいつ軍艦マニアなんです」
レトロな外見の携帯魔写機を掲げて喜ぶアルト、たしなめるリース。山本も指揮する艦へポジティブな感情を向けられて悪い気はしなかった。見たところ写真機は旧式のようであるし、これは撮らないでほしいという指示にも従ってくれているのであまり言うことはない。
「アニュンリールにも軍船が?」
「ええ、貿易国を名乗る以上は交易路の防衛にも力を入れています。これほど洗練されたものは持っていませんが……いやぁ、日本の艦はミリシアルの艦にも劣らぬ迫力です」
「ほう…」
ブルーアイと談笑しつつ第三国の名前を出す。あの国のアレは実際ひどい張りぼてなのだが、日本はそんなことを知らない。軍艦マニアという立場の上であることないことを語り、日本に興味を持ってもらおうというアルトの策略であった。
アルトは艦の足の速さに驚愕するブルーアイの隣で、
(敵艦の動く姿が視界に入ることはないだろうな) と思っていた。
それは的中する。
「……」
いずも艦橋にて一連の戦闘──ロウリア艦隊4400隻のうち1400隻、約32%を一方的に屠り、ワイバーン350騎による空襲を全滅させる形で回避、グロテスクなほどの勝利──を観測しブルーアイは放心状態。
いずもが艦隊後方にいたということもあるが現代の水上戦はふつう視界の外で戦闘が推移する。艦隊が漂流者の救助に向かい、おびただしい量の残骸が漂う海域に進出したころ、彼はようやくロウリアに勝ったのだという実感を得た。
一方で驚きこそしているがどこか納得の空気を纏っているアニュンリールの2人に疑問を覚えてもいた。ブルーアイは少し考えて、彼らが言うようにミリシアルの軍艦を見たことがあるからだろうと納得したが、まさか真実が『自らも同じ戦い方をするから』だということなど知る由もなかった。
尤もその片割れのアルトはもはや写真を現像して事務所に飾ることしか考えていなかったが。
日本もムーに急接近。
朝田さんは既に胃痛を感じています。
そして書き溜め終了です…