「ロウリアが負けたな」
「予定調和ですね」
中央歴1639年、9月2日。無謀にも
「その負け様は国民にも十分行き渡っているようですから権威の失墜による
「そうなると面倒だ。ロデニウスに展開している諜報員には彼らの融和を助けさせろ。あの大地は日本国の兵站を支える重要な拠点になる」
「御意」
周辺国の反応はまちまちであるが文明圏からもそこそこの規模を持つ国家とされるロウリア、それがこう簡単に下されるのを見て日本の強さに関する評価は正しくされているようだった。この点は喜ばしい。
「無用な衝突は好ましくない。願わくば文明圏外国には一丸となって日本の支援を頼みたいものだ」
大きすぎる技術格差により非効率極まるという点を抜きにして考えれば。いっそすべてを日本が平定し大工場を築いてもらえばいいという野蛮極まる考えを出力する己の脳に情報局長はため息を吐く。
「血は争えないな」
「どうしました?」
「思うことがあった。それよりもこの、第三国の諜報部隊についてだ」
報告書のうち一つ、ロウリア国内にて電信を用い外部へ情報を発信していた不審な部隊の存在。見立てでは九分九厘グラ・バルカスのものであり、その意図が読めないために静観されていた。
「おおよそロデニウス大陸の状況を本国に伝えていたのでしょうが、これから日本勢力圏となる以上は無視できるものではなくなります。余計な情報を拾われる前に処理してしまった方がいいかと」
「これ以上浸透を許せば我々の情報も漏れかねんな。折を見て現地の実働部隊に消させるか」
「ではそのように。レイフォルはじめ周辺国への対応を見てもかの帝国との友好路線は潰えています。パガンダのせいといえばそうなのですが、かの帝国はもともと喧嘩早く強権的な性質を持っていたようです」
憂慮事項が確実に対処せねばならない相手へ変わったことに頭を抱えたくなる。自分たちが出ることも可能だが正直関わりたくない。打倒魔帝という最終目標にはあまり関与しないだろうし、この星の戦力と我らが日本とでこれを打ち倒し戦闘経験値としてくれた方がいいのではないか。
「ミリシアルの事ばかり言ってきたが、調査によれば日本も大概平和ボケしているようなのでな……分かりやすい脅威が必要だ。議会の方針に従い、静観を決めることにしよう」
「彼らは表からの圧力になってくれるでしょう。そして我々は──」
裏からの圧力になる。日本に軍拡を急がせる計画の現状案はそうなっていた。国交開設時に渡したメッセージはしっかり届いたようで、近く日本の使節との会談がある。
ここアニュンリールでの会談だ。
「防諜は最大限に。念には念を入れろ」
「勿論です」
蒔いた種が芽を出し始めている。少なくとも一つが目に見える場所で。情報局長はこれまでの工作が無駄ではなかったことを喜び、これからの激務を思い視線を落とした。
◆ ◆ ◆
アニュンリールの玄関口ブシュパカ・ラタン。対外交流の機能はすべてこの地に集約されておりそれ以外の窓口は存在しない。何世紀もの
そんな調子であるからか、露見を大前提とした動きに主催側が辟易してしまった。
「えー、大変申し訳ございません。これは…いつものクセで」
反射的に拳銃を抜き、しまったという顔をする警備員。普段ならば立ち入り禁止の区画へ皇国外部の人間が入っている状況に体が反応してしまったらしい。
即座に武装解除し謝る判断ができたのはよかったが日本の使節はかなり顔を引きつらせている。あわや護衛の人員と銃火を交えるところであった。重大インシデントである。
「いつも、とは?」
「見せていい部分とそうでない部分があるんですよ。ここ数十年そういう事案は発生していませんが、侵入に対処する訓練は日常的に行われているので…」
「私たちは今、そうでない部分に入っていると」
「
確かに木造建築の外観からはとても想像できない内装である。長い階段を下りた先には地下鉄駅のようなタイル張りの通路があり、どん詰まりにはエレベーターが待機していた。一行はやたらと大きなそれに乗り込み下階へと向かう。
「聞きたいことは沢山あるでしょうが、どうかお待ちを」
「これほどの対策をする必要が?我々の窓口よりも防諜に優れていると?」
「わかりません。が、皇国の情報網によるとロデニウス大陸には第三国の諜報部隊が展開していました。紛争のどさくさに紛れて貴国に入り込んでいないとも限らない」
日本側に明らかな動揺が見られた。皇国の情報の速さにも、第三国の存在にも。待てと促された以上この場で口を開くことはしなかったが、きつく結ばれた口は言外に「これからありったけ聞く」と言っていた。
「ですから数世紀の間この秘密を守り通してきた我々を信用していただきたい。今回はね」
次回以降はそちらの判断を尊重する。そう付け加えて一旦話は終わり、十数秒の空白を経てエレベーターはようやく目的地へと着いた。
「……さて、ここでは外部へのあらゆる電波と魔信波が遮断されます。もう何を聞いても問題ありません。録音もご自由に。どうか内々で扱ってくださいね」
細い通路を抜け、まるで尋問室のごとく無骨な部屋へ落ち着く。ここが最終目的地であるらしい。日本の使節はやや装飾過多のきらいがあった地上とろくに装飾もない地下を比べて皇国の表裏を再度理解した。
彼らがずっと感じていた"浮いた"感覚はブシュパカ・ラタンという張りぼての町に対するもの、地球でもテーマパークなどで感じたことのあるものだった。
彼らアニュンリール人はその
なんのために。
「改めまして、アニュンリール皇国外務省のロイです。本日はよろしくお願いします」
「…日本国外務省の朝田です」
「同じく、外務省の篠原です。よろしくお願いします」
両者は机を挟んで向かい合う。
「では、率直に聞きます」
「貴国は『古の魔法帝国』と呼ばれる存在なのですか?」
────────────────
「貴国は『古の魔法帝国』と呼ばれる存在なのですか?」
ついに聞いてしまった。汗で掌が湿る。それはこの星で一般常識として浸透している存在、何か悪いことがあればその仕業と疑うスケープ・ゴートかブギーマンかと思えばどうやら実際に存在していたようで。
ついに国交を持ったムー国から魔法帝国の実在を示す証拠は十分な数が現存していると聞き、ムー国に駐在していたミリシアル国──この星において列強1位であるらしい──の使節からもその実在を認める発言を受け取っている。
その性質はひと言で"悪"。他種族を家畜のように考え数々の残虐非道な行為を行い、しかし圧倒的な戦力で異論を許さず散々暴れまわり、しまいには神に星ごと滅されかけるや逃げていった。しかも危機が去れば時期を見て戻ってくると。
星を落とされそうになり大陸ごと逃げていつか戻ってくるとはどんな御伽噺だと一笑に付したいところだったが、転移は日本が実際に経験しているしムー国という前例すらあった。
全ての情報を精査すると古の魔法帝国は確かに存在し実際に戻ってくるものと考えた方がよい、というかその方が自然だ。
かの魔法帝国に関する伝承は宗教に根差したものでもないのに世界的に異口同音に伝わっており、今のところ接触したすべての国で確認されている。もはや実在したというほかない。
政府はそう結論付けて魔法帝国に関する情報収集を強化しているが、そも魔法帝国に注目するきっかけとなったのは先日のアニュンリール皇国との国交開設会談である。託された情報の大きさ故に外務省だけで抱えきれるはずもなく。
「……どうしてそう思ったのでしょうか」
「確認です。そうでないのならそうでないと言ってください」
この星で表向きに最先端の魔法文明とされるミリシアル。使節に貴国は誘導弾を運用しているのか、"オリハルコン級"の戦艦を保有しているかというギリギリの質問を投げかけ、それは古の魔法帝国のものだという驚きと困惑の混じった返答を受け取った一幕。
日本国としても古の魔法帝国の存在は看過できずその兵器について知りたいという体で誤魔化したもののだいぶ危なかった。そして現状の"最先端"の文明が持ち得ないそれを運用する得体のしれない存在に当然の疑いが向く。
しかし状況からして欺瞞情報の疑いは少ない。もし彼らが"そう"ならばこちらに正体を明かす理由がないからだ。今のところ彼らの立ち回りは日本を助けているようであるし、その実力を正しく評価しているようでもある。
伝承で語られるような奢り高ぶった悪魔の軍団ではない。
だからこそ聞く。
その真意を、正体を。
「
「…ッ」
「そして戻る気もありません。我々はかつての魔帝を捨て、この地で牙を研いできました。かの暴虐なる魔法帝国を歴史から永遠に葬り、新たな夜明けを迎えるために」
「っ!?」
ロイの発言を分解整理する。つまりアニュンリール皇国は元魔帝でその分派で、今は繋がりを捨てて逆に魔帝を消し去るため動いていると。
…なぜ?余計にわからなくなった。
「皇国の成り立ちから話しましょう」
微妙な顔をするこちらの意図を察してかタブレット端末が差し出された。そこにはおそらくプレゼンテーションツールで作成されたスライドが映っている。ロイは画面をスワイプし、淡々と続ける。
「かつて魔帝が神にすら弓引き、星ごと滅されかけたという神話はご存じでしょう。あれは事実です。彼らは裁きを逃れるため時空跳躍し、その帰りを待つために少数の同胞を遺していきました。それが私たちの祖先、『魔帝復活支援対策庁』のメンバーです────」
彼らの祖先がブランシェル大陸に落ち着くまでの経緯をかいつまんで伝えられた。対策庁が各地に仕込んでいた
その後は悠々と逃げ延びて日の下に翼を広げ、対策庁総勢516人──長期的な遺伝的多様性を維持可能な人数──のセカンドライフが始まり……今に至ると。
「文明の立て直しは困難を極めましたが、魔帝に荒らし尽くされた世界は我々に目を向ける暇などありませんでした。まして僻地の南方世界へ手を伸ばす勢力もなく、祖先は100年あまりで元の生活水準を取り戻しました」
光翼人は長命種ゆえに戦力となれる期間も長く、各々が持つ強大な魔力と数多の製造魔法によりインフラの建設は凄まじい速度で進む。
世代が移り変わる頃には大陸全土の開発が終了、長い潜伏期間へ。
「…なるほど」
タブレットと手元の魔写を交互に見て頷く。日の光に輝くビル群と衛星軌道から見る文明の光、魔帝時代から引き継ぐ高度な魔道兵器と地球の技術水準からして現代的に見える艦艇群。
これらの経緯は理解できた。
「分からないのはこれです。なぜ日本軍の兵士と…光翼人の兵士が一緒に写っているのですか」
他の二枚もどう扱ってよいのか困るものであったが、最も頭を悩ませたのはこれだ。
もしや帝国軍は魔帝に関与していたのではという憶測すら湧き上がっていた。
「…やはり失伝していましたか。祖先がブランシェル大陸へ渡って約100年、開発が大詰めとなったところで
ロイは神妙な顔でタブレットを操作し、どこか美しくもおぞましい、いかにもJRPGに出てきそうな魔王といった風貌のヒト型を表示した。
「魔王ノスグーラ。"魔王計画"の完成品として配備されていた生物兵器です。魔法帝国の帰還までこの星の住人を無力なままにしておくというのがこれに与えられた目的でした。対策庁とは管轄違いのためその所在は長らく不明でしたが、起動して暴れまわったことで明らかになりました」
続いて上映されるのは皇国内で定期的に放映されているというドキュメンタリー番組。
当時の状況、大陸から検出された魔力反応のピーク、皇国は露見を恐れて静観するが魔帝の置き土産は思っていたよりずっと強力。このままでは他種族が絶滅してしまう。種族間連合の敗北と魔王の停止命令拒否に消極派も押し黙り、現有戦力の80%を動員した討伐隊が出撃。
「魔王は光翼人と魔帝への絶対服従がプログラムされていましたが、魔帝の敵となった我々をもはや同一の存在とは認めず遺伝コードの書き換えを行いました。停止命令の一つで済むという楽観的な主張は覆され、物理的な排除に踏み切らざるを得なかったのです」
見覚えのあるオリハルコン級や双胴空母をはじめ、艦隊後方にはまさに浮かべる城と形容すべき要塞艦。それらが護るのは陸軍を満載した強襲揚陸艦隊。
万全の布陣で向かう道中に出会った予想外の存在───
「太陽神の…使い…!?」
画面下部に映し出されたテロップに目を見開く。
その内訳は大日本帝国海軍東遣艦隊、及び陸軍第〇軍……とのことらしいが、全く身に覚えがない。皇国軍は帝国軍の派遣目的と彼らが受けた神託とを聞き、太陽神の使いと認めて全面的な支援を約束。
「その、神託とは…あなた方の祖先が受けたというそれと同様の?」
「おそらくは。我々の受けたそれよりももっと具体的であったと思われますがね」
皇国は国教として太陽信仰を掲げ、太陽神の存在を信じているようであるが、朝田はもしやそれは天照大御神の事ではないかと思い始めている。とても偶然とは思えない。
タブレットの映像に話を戻す。フルカラーで記録された帝国海軍の雄姿、大地を疾走する帝国陸軍戦車隊、そして誘導弾を斉射する皇国艦隊と上空で異彩を放つ空中戦艦、歩兵戦闘車に随伴する皇国歩兵、皇国戦車にデサントする帝国歩兵、何やらビームのようなものを放つ海上要塞、圧倒的な火力で蹂躙され慌てふためくモンスター。
壮絶かつ一方的な殲滅戦の様相に何を言っていいのかわからない。
「総力を持っての火力投射にも関わらず、魔王の軍勢は2年近く戦線を維持しました。それに与えられていた魔獣を隷下に置く能力と、魔帝の遺した魔獣生産プラントが無尽蔵の兵力を提供したのです」
魔王は最終的に種族間連合残党により撃退、封印。皇国軍はできる限りの証拠隠滅と記憶処理、魔帝関連施設の徹底破壊を行い太陽神の使いを見送って退却。
件の魔写はそのタイミングで記念として撮られたものだという。
「信じられない話です。かつての帝国がそのような部隊を派遣していたという話も、かつて貴国と肩を並べ戦ったという話も……その魔王の話も」
「事実として考えていただきたい。彼らは太陽神の使いとしてこの星の窮地を救うべく遣わされ、今度は貴国がまるごとこの星に現れました。その目的は…言わずもがな。我方では太陽神の使い再びと解釈されています」
なるほど。しかし、それではまるで。
「我が国が魔王と…ひいては魔法帝国と戦わねばならないようではないですか」
「その通りです。魔帝の復活は近いと予想されています」
何ということだ。篠原と2人で頭を抱える。
護衛の特選群隊員も後ろで顔を引きつらせていた───
その後のやり取りも終始有意義なものであったが、もたらされた情報の大きさに日本側の心が休まることはついになかった。
しかし皇国から直接語られた魔帝に与するものではないという情報は日本国首脳陣をひとまず落ち着かせ、ついに国交が正式に開かれることとなる。
そして皇国もまた、歴史の表舞台に立つ決意を固めはじめていた。
「ところで、ティコルを輸入したいのですが」
「やや、気に入っていただけたのですね。格安でお譲りいたしましょう。なにせ貴国は太陽神の使いですからね」
「はは…」
前途多難であることは確かだが、今に関して言えば両国の未来は明るい。
日本は全力で魔法帝国の情報収集を行いました。皇国のジャブが効きすぎたようです。
周辺国との交流で日本の誘導弾が話題に上がるたびに魔法帝国の名前を出されて例えられ、そんなところにイージス戦艦とか見せられたらこうもなる。