ハードな世界で俺だけイージーモード 作:ゆらゆら
人々は闇を恐れている。
闇の眷属と呼ばれる化け物たちを恐れている。
奴らは世界中に存在し、闇の中であれば無敵とも呼べる強さを誇る。
旧時代の科学兵器では一体を殺すだけでも苦戦を強いられたが。
文明がほとんど死にかけの現代であれば、殺すなんて考えすら思い浮かばない。
故にこそ、人々は常に光の中での生活を強いられていた。
光王歴1587年、人類はコロニーと呼ばれる分厚い壁に守られた場所で独自のコミュニティを形成していた。
コロニーでは、夜になれば強光装置と呼ばれるもので太陽の光の性質に似た光を周囲に発生させる。
それによって、闇の眷属たちの侵入を防いでいた。
現存するコロニーの正確な数は不明。そもそも、他のコロニーと交流を行っている記録は存在しない。
外へ出るだけでも危険であり、限られた物資を分けあうほどの余裕はどのコロニーにも無い。
全ては闇の眷属が地底から這い出した時から、人類の暗黒の時代は始まったのだ。
コロニー内では、格差が生まれ。
階級によって分けられた彼らは、激しい貧富の差に苦しんでいた。
献上品を渡せないもの、コロニーに貢献できないもの。
それら全ては奴隷に等しい扱いを余儀なくされる。
人として生まれた瞬間に自由は奪われる。
死ぬその時まで幸福を感じる事も無く。
力なき者は世界を呪って朽ちて行く。
それがこの世界での人の生であり、生きる事が難しい世界の……あぁ。
「まぁ要するに、人生ハードモードが決定してるってこった。辛いねぇ、全く」
「……そういう割には、社長、全く辛そうに見えませんけど?」
「え? いや、当たり前じゃん。俺にとっては常時――イージーモードだっての」
俺は復元された旧時代の漫画を読みながら、鼻をほじる。
すると、従業員のアレンは何とも言えない表情をしていた。
旧日本領内、第参コロニー。
第二階層にて“オコノミ・マート”なる店を開いているこの俺――オコノミ・ギンジ。
市民階級は第四階級であり、富裕層になる一歩手前といったところだ。
因みに、ウチの店唯一の従業員であるアレンは第八階級。
貧民の部類だが、奴隷のような扱いは受けないレベルだ。
こいつとの付き合いはそれなりに長く、俺が18歳で店を出してから10年もの間働いて貰っている。
当時のアレンはまだ8歳のガキであったが、何でもするから働かせてくれと俺に土下座してきやがった。
ガキなんて使い物にならねぇと最初は断っていたが、しつこく付き纏うので試しに雇ってみたが。
飲み込みは早く要領も良いのでそのまま正社員として雇ってやる事にした。
よく働いて素直な奴であり、俺が店を離れる時は任せている。
「あぁ、そういやぁ……アレン、ほらよ」
「……? 何ですか、これ?」
俺はカウンターの引き出しから革袋を出す。
アレンは首を傾げてそれを見つめていた。
「え? ボーナスだよ」
「ぼー、なす?」
「あぁ、この前読んだ本にな? 旧時代では、頑張っている奴に対して、給料以外で支払う金が……まぁ要するに、これからもよろしくって感じのご褒美だよ! ははは!」
「……! しゃ、社長! お、俺! おれからも社長についていきます!」
「おうおう。頼むぜー」
俺は泣きながら両手で革袋を受け取ったアレンにひらひらと手を振る。
奴が中を開いて“金札”を出せば、その金額に奴は目を瞬かせていた。
中には10万と刻印された金札が入っている。
旧時代と同じ、一本10万の価値がある合金製の金札だ。
「う、嬉しい……でも、重いっすよねぇ」
「まぁなぁ」
紙の時代が羨ましい。
今じゃ、紙は貴重すぎる。
金札用の特別な金属で作られたこれが金の代わりであり、この重みこそが金の価値を表している。
すると、カラカラと来客を知らせるベルが鳴る。
視線を扉の方に向ければ、黒いスーツを着込んだお役人が立っていた。
その近くには戦闘用のアンドロイドが二体控えていた。
ゴーグル状のセンサーが青く発光して俺たちをスキャンしていやがった。
狐のような顔であり、もみ手で俺がいるカウンターへと近寄って来た。
「どうもぉぉお上よりご命令があり、徴税に来ましたぁ」
「……え、もう? 早くない?」
「ふふふ、いえね? 最近はコロニー内での秩序を保つ上で色々と入用でしてぇ。少々予定を前倒しして、税務管理署長である私自らがこうしてコロニー内のお店を回っているんですよぉ」
「えぇマジかぁ? いや、でも態々署長さん自らが出向いてくれるとはなぁ」
「ふふふ、まぁ実を言うとこのお店だけは一度だけでも私自らがご挨拶をしておくべきだと常々思っていたのでねぇ」
「そ、それって、な、何か社長が悪い事を?」
「――とんでもないですよぉぉ!! 社長さんは市民の鑑! 今まで一度たりとも支払いを拒んだ事がないんです! それどころか、色々と我々に協力していただいていましてねぇ?」
狐社長はによによと笑い更に手を揉んでいた。
金の匂いがあるところに税官ありであり、そういう意味で目をつけられていると分かる。
俺は頭を掻き、立ち上がってから金庫の方に向かう。
「いやぁ困ったなぁ。まさか、こんなに早いなんてぇ。支払いがねぇ……」
「まさかぁ……払えない、と? ううむ、それは困りますがぁ。他でもない貴方を信じていますので多少は待つ事は」
俺は金庫を開けてから分厚い金札を三つ取り出す。
ごすごすとカウンターに置けば、署長は涎を垂らしながら金の目になる。
「いやぁ、今月と来月と再来月分しか払えねぇなぁ。半年分を一気に払おうと思ってたんだがぁ」
「いえいえいえいえ!! じゅ、十分ですよぉぉ! も、もぉぉ社長さんったらお人が悪いですよぉぉ? ほほほ!」
「んー? そうかなぁ? 少しでもお役人の負担を減らそうと思ってたんだが」
「あぁ何と優しさに満ちたお気遣いでしょうか。本当に、貴方ほどの優秀な市民が第四階級である事が信じられませんよ……どうでしょう? 幾らか頂けるのであれば、お上に私と数名が推薦してすぐにでも第三階級に」
「いやいやいやぁ! いいからいいから! 俺は今で満足してるからさ! それにお、階級あげちまったら……今までの付き合いが出来なくなっちまうかもしれないだろう?」
「……! 確かに、それもそうですね……いやはや、出過ぎた真似でしたね。失礼しました。それでは、私はこれで……あ、それと! 支払う事は分かっていましたので、営業権の更新と外出権の更新は此方で済ませておきました。時期に関しては、一年間は申請に来なくても問題はありませんので……よっ、ふぐぅぁ! で、ではではぁ」
狐野郎は金札を袋に入れてから背負って帰っていく。
アンドロイドたちはちらりと俺を一瞥してから去っていった……さて。
「……アレン、知ってるだろうが俺は今から仕入れに行ってくっからよ……それと、お上からの命もあっからな。帰って来れるのは……まぁ三日後だろうな」
「……まぁ心配はしてないっすけど。毎回毎回、どうやって夜を乗り切ってるんすか?」
アレンは俺の秘密に興味津々の様子だった。
が、俺は鼻で笑って何もないと嘘をつく。
そうして、ケツを掻きながら荷物と車のキーを取りに向かった――
・・・
「ふ、あぁぁ…………平和だねぇ」
コロニーを出て車で荒れ果てた道を進む。
旧時代の遺物が転がっており、朽ち果てたそれらは自然に侵されていた。
今乗っているものは装甲車ではない。ただの小型トラックだ。
一応、上や横に強光装置はつけてあるが、基本的には使わない。
「……今日は、来てねぇな」
サイドミラーを確認するが、尾行者は確認できない。
最初の内はよくつけられていたが。
夜が近づいても呑気に徘徊している俺なんかに付き合っていれば死ぬのがオチだ。
運よく帰れたとしても、俺の秘密に気づく事は出来ない。
この世界は間違いなくハードな世界だろう。
コロニー内では貧富の格差が激しく。
富裕層が物資を独占し、下級民は飢えて死んでいく。
第二階層はまだ平和であるが、第四第五階層ともなれば市民同士の殺し合いは日常茶飯事だ。
全て生きる為の行いで――まぁ俺は関係ないけど!
この世界はハードだが――俺にとってはイージーでしかない。
コロニーで俺を知る奴らは知らないだろう。
まさか、全人類が恐れている闇の眷属たちが――俺の事をフルシカトしているなんてな。
・・・
「……はぁ疲れたぁ」
夜になり、テントの前で焚火を囲む。
パチパチと音を立てながら炎が燃えていた。
俺は適当に取って来たキノコを枝に刺し、塩をまぶして放置していた。
遮蔽物も何もない見晴らしのいい荒れ果てた道路の真ん中。
光もつけずにテントを張ってキャンプだ。
他の人間が見ればイカれたのかと言うだろうが。
俺は闇の眷属にシカトされるからこそ、こうやって警戒心ゼロでキャンプが出来る。
「そろそろかぁ……あち、あち! ほ、ほ……うめぇぇ」
出来立てのキノコ焼きを頬張る。
絶妙な塩加減であり、外で食べるからこそ尚美味い。
俺はボトルに入れて持ってきた“ニェール”を飲みながら幸せな吐息を吐く……ん?
「――」
「……何だ? 食いてぇのか?」
視線を感じた。
見れば、闇の中から――眷属が姿を現した。
昆虫のような複眼であり、足はバッタのようだが逞しい。
蝙蝠のような羽が背中から生えていて、四つの手のようなものの穴という穴からは全てを溶かす体液が漏れ出していた。
色々な生き物の特徴を持つキメラ型。
それも、危険度からいえば一番下のEだろうか。
「……あんなんでも、夜では負けなしってか。数が多くて群れで行動する……偵察兵ってとこか?」
「――」
「おーい! 腹減ったのか? キノコならあるぞぉ! おーい! おーいってばぁ!」
「……チッ」
「え、今舌打ちした? え?」
確かに舌を鳴らしたような音が聞こえた。
知性があるのかと思っていれば、奴は踵を返して去っていった。
気配はあっという間に遠ざかって行って……何だよ。
「傷つくなぁ……やべ! 焦げる!」
焦げ臭い臭いに気づく。
慌てて枝を火からのけてから残りを食べて行く。
熱々であり、寒い日はキノコの塩焼きとホットでしゅわしゅわなニェールが良く合う。
「かぁぁ! うめぇぇ!」
正真正銘のハードな世界。
そこで生きる俺だけは――イージーモードを楽しんでいた。