ハードな世界で俺だけイージーモード 作:ゆらゆら
御本尊様を見つめながら、私は息を吐く。
傍らでは、秘書官が正座をし私の言葉を待っていた。
私は暫く考えてから、小さく言葉を吐いた。
「……あの方はまだ……眠っているのですか?」
「はい。かれこれ、15時間ほど……相当に疲弊していたようです」
「そうですか……やはり、あの場所であの方は……」
管理者として務めを果たさなければならない。
我が第肆コロニーの救世主に対して、正当なる対価を支払う必要がある。
が、今、あの方は激しい戦闘の末、眠りについてしまっていた。
……何が起きたのか。いや、何をしていたのか。
現場に残されていた音響装置に照明器具。
そして、脱ぎ捨てられた見た事も無い派手な装束に靴。
あの方の周りには大量の闇の眷属の血肉だけがあり。
戦車型の血肉がこびりついた大きな骨の前で倒れていた。
その体は返り血に染まっているが、自らには一切の負傷の痕跡はない。
完全なる勝利で、圧倒的なまでの力。
そう感じられるほどに、あの方の仕事は完璧だった。
が、明らかに戦場となったあの場所が綺麗すぎる事が不自然でならない。
現地に行って見て来た訳ではない。
現地に行った人間からの証言や写真によってそう判断しただけだ。
壁の修繕が完了し、強光装置も復旧した今であれば、私自身が現場検証に行っても良いが。
それを腹心たちが許す筈もない。
……あれらの音響装置は? 照明装置は? そして、脱ぎ捨てられた装束の類は?
何から何まで謎が深い。
常人の思考能力では到底、この難問を解く事は不可能。
本人に直接聞く方が確かであるが……あの方は教えるつもりはないでしょうね。
最初に見た時から感じていた――違和感。
人畜無害な顔であり、それなりの修羅場は潜っているが……まるで、警戒心が無い。
もしも、コロニーの外に一度でも出た事がある人間ならば。
誰であれ、顔つきの変化や纏う空気で分かってしまう。
ひりつくような殺気に常に周囲の視線を向けていて。
一睡もしていないかのような形相で……それがあの方からは感じられない。
まるで、毎日熟睡し。
外に出たとしても、全くといっていいほど警戒していない。
肉体も精神も至って健康で、戦いと呼べる経験すら積んでいない弱者。
違和感とは――正にそれである。
纏っている空気は平和ボケした人間のそれ。
が、実際には此処に至るまでに一人であり。
あちらの管理者との通話によって判明したが、彼は幾度もコロニーの外に出ているらしい。
それも数え切れないほどであり、何日も外でいることはざららしい。
とんでもない。
とんでもないほどの――天才。
恐ろしい戦闘能力の持ち主か。
将又、知略において数多の天才を凌駕するほどか。
何方にしても、この世界で闇の眷属に対して脅威を感じえない存在は――あの方しかいないだろう。
「……どう思いますか?」
「……どう、とは……いや、そうですね……敵に回す事だけはあってはならない存在かと……少なくとも、味方でいてくれれば我々の生存の道が潰える事はないかと」
秘書官のアズールが呟く。
その通りであり、絶対に敵にだけはさせてはいけない。
それだけの大物であり、如何なる理由があろうとも我々はあの方に対して敵意を向けてはならない。
食料の支援を受けられたのも、採掘場を奪還できたのも。
全てあの方のお陰であり……でも、本当にどうやって……。
あの音響装置の数々に照明器具など。
不可解な点が多すぎる。
普通に考えるのであれば、音響や照明によって敵に不快感を与えて。
その場から遠ざけるような戦法を取ったと思われる。
が、今までの長い歴史で闇の眷属に対して音響やただの証明程度は全くといっていいほど効果はない事は分かっていた。
そんなものを意気揚々と使おうものなら敵に居場所を知らせるだけで。
そのまま敵の物量に押しつぶされて殺されるだけだ。
あの方ほどの経験者であれば、そんな事は分かっていて当然だ。
だからこそ、こんな浅はかな考えで行動する訳はないとすぐに分かる。
音楽を流し、証明を派手につけて。
まるで、音楽でも流しながら、心を高揚させるように…………まさか。
「戦闘を、殺戮を――楽しんでいた?」
「……!」
一方的な虐殺だったに違いない。
地形をほぼ変える事無く、戦闘を行っていたのだ。
それも、明らかに戦闘に不向きな装束で戦っていた。
それは即ち、旧時代のゲームのように自らに枷を加えて戦闘を楽しんでいた事に他ならない。
つまり、だ。
あの方は闇の眷属に対して一切の恐怖感情を抱いていない。
絶望的なほどの力量差を認識して、それを埋める為に敢えて自らに枷を嵌めた。
そうして、殺されるかもしれない状況を楽しみ……恐ろしい。
何と恐ろしい人間か。
機械化もしていない生身の人間が。
人類を絶滅寸前まで追い込んだ敵対種に対して――遊んでいた。
圧倒的な強者。
絶望的なまでの戦闘能力。
本人の発言を信じるのであれば、一方的な虐殺において使うのは己の肉体のみ。
武器は不要であり、肉体そのものが強力な武器である。
その考えに至れば、すぐにでも違和感とあの引きつった笑みにも合点がいく――偽装だ。
絶対的な強者でありながら驕り昂らず。
敢えて、弱者を演じる事によって此方の出方を伺っていた。
もしも、自らの偽装に気づかずに横柄な態度を取っていれば。
あの方はすぐに偽装を止めて、元の居場所に帰還していただろう。
全て計算づくであり、あの場で我々を殺す事さえも可能だったはずだ。
その場を去らなかったのは自らに利があると考えたからだ……凄まじい。
例え舐められようとも、例え下に見られようとも。
あの方は偽装を解く事は無いだろう。
ただ、自らに利が無いと悟った瞬間に去っていくのみ。
誠心誠意頭を下げて、考えうる限りの報酬を提示した。
故にこそ、此方の願いを聞き入れてくれただけに過ぎない。
スリルを楽しみ、その片手間で人を救う。
弱者を演じて、相手の言動や思考を図ろうとする知恵も持ち合わせている策士。
おとぎ話でも聞いたことがない類の人種で……だからこそ、やりようはある。
「……アズール。あのお方が目覚め次第、最高のおもてなしを」
「ハッ!」
「そして、あの方のご気分が良い日で構いません。私が部屋へと伺う許しを得なさい」
「……何をなさるおつもりで?」
「決まっています。このコロニーの未来の為に――あの方の望むものを与えるのです」
食事でも、娯楽でも、女でも。
欲するものを全て差し出す。
例え、この命を欲しようとも差し出すつもりだ。
そうして、その上で契約を結び、このコロニーの未来をあのお方に繋いでもらう。
頭なら幾らでも下げよう。
泥水であろうとも喜んで啜る。
この身を欲するのであれば、いかようにも使ってもらって構わない。
私は何でもする。
何でもあのお方に献上する。
コロニーの未来を繋ぐ為ならば――市民であろうとも差し出そう。