狂いっぱなしだなんてあんまりじゃありゃせんか?
病みっぱなしだなんてあんまりじゃありゃせんか?
ヒューム、マジで動きます。
「…う"っ…くっさ…ッ。」
到着早々鼻をぶっ壊す勢いの激烈なる腐臭に顔が歪む。
新鮮な巣材による『貼り替え』の止まったこの場所は、既に地獄の様相を呈していた。
「大した期間経ってないんだがな…。」
だと言うのにこの有様という事は毎日貼り替えて居たのだろう。…俺と共に過ごす幸せな時を夢見て待ちながら、毎日…。
……間違ってる。あぁ、そうだ、俺はその為にここに居る。
「………ッ"…。」
奥に進む程に腐臭は増す。一歩毎に過去最高を更新する悪臭もある一定を超えると気にしなくなった。多分これ鼻壊れたか?
暗い洞窟と言うのも相まってまるで黄泉の道を歩んでいる感覚だ。まぁ周りの肉は全て龍由来…最奥で待ち構えるのも龍…あれ?ここ瘴気の谷だったりしない?
「……ドラグニカ。」
………ッ!?
龍の姿をした彼女がそこに居る。巨大な体躯には未だ生々しい傷が残り焦げ臭い様な、血生臭いものが漂う。極限まで縮こませ震えているその様子は…恐らく世にも珍しいことだろう。当然だ、龍だぞ?
さて、ここに来て何だが残念な事に掛けるべき言葉は見つからない。
傷付いた女性を慰める気のいい言葉なんてパッと思い付かない。…取り敢えず何故逃げたのか聞くか…?
「……何に怯えている…?俺は別に…気にしてないと言えば嘘にはなるがだがドラグニカをどうこうするつもりは無いぞ?」
………
「…話してくれないか?…あの戦いで、お前が何を思ったのかを…。」
…察した…暗い未来を…
「……成る程…。…少し近づくぞ…?」
やめてッ!
「…!?」
あ…ち…ちがう…
私は龍だから…あ…危ないから…!
…もう…
「……ドラグニカ、姿を変えよう。その姿に文句がある訳じゃないが…ほ
ら、寄り添って話を聞くには…色々と不便だろ?」
………分かった…
やけに素直、これも傷付き弱ったからこそか?ともあれ第一段階クリアだ。今のドラグニカは不安定、もし龍形態で発狂でもされたら消し飛ばされる。
人の形を取ったドラグニカ、傷は傷跡として各所に見られるが龍の時程の痛々しさは無い。
自分の尻尾を抱き寄せ俯いている姿はしおらしく、また普段の彼女からは想像も付かない物だった。
近くの椅子を持ち寄りそんな彼女座らせ…対面する。
盛りに目線を合わせては逸らし…瞳には疲労と絶望が滲み…しかし、俺はその瞳に別の道を見出した。……今までとは違う、この状態はある意味で好機かも知れない。
「……話してくれないか…?」
「………聞いてくれる…?」
「勿論だ。」
「…ありがとう。」
感謝された。今まで一方通行だった会話だったのに、落ち着いたまともな返答が返ってきた。
「…私は…貴方を腹に収めてる時…凄く…幸せだったの。一つになれた気がして…大切な宝物がお腹にいる…そう思うと…こう感じたの、『あぁ、貴方との子供を孕んだら、こう言う気分なのかしら…。』って…。」
「そ…そうか…。」
「……でも…。」
「でも?」
「……私は…貴方を腹に収めてるのに、それを全く考慮しない動きをして…ッ。…あまつさえ私は…私は…ッ!意識は貴方を忘れ…ッ身体は貴方を消化しようとしたの…ッ!」
「………。」
「……分かっちゃったの…私はマトモな妻には成れない。マトモな親にだって成れない。私は…誰とも一緒になれない…。貴方と共に暮らせば、いつか貴方を壊し、最悪食べてしまうかもしれない。貴方との子供を孕めば、私は… 私は…ッ!……。」
「…ずっと現実が見えて居なかった。…見ようとして居なかった…?…やっぱり私は何者なの…?この愛は…この愛だけは本当に存在するって信じてたのに…そんなものは無かったの…?…私は結局…化け物なの…?」
「あぁ…辞めて…辞めて辞めて…ッ。違うのそんなつもりじゃ…私だって誰かと一緒に居たかっただけなの…こんなこんなこんな事…っ…でも…私は…やっている…。」
決壊した。今まで部分的に伏せてきた現実が、心の何処かでは感じていてけれど無視し続けていた、その整合性が繋がった。
狂気の霧が晴れ、受け入れ難い所業が彼女の中で辻褄が合ってしまったようだ。
要するに正気になった。そして…正気じゃ無かった頃の記憶が流れ込み…これヤバくね?
「……私は化け物なのね…。蒙昧な狂龍…ふふっ…。ヒューム…この世界って…残酷ね…。…初めから孤独なら…こんな感情要らなかった…。…こんな足掻く事なんてなかった…。」
……予想に反して、反応は穏やかだった。受け入れ難い現実を前にてっきり暴れるかと思ったが…。
改めて彼女を見やれば…酷く、酷く窶れている…。
…考えれば当たり前だな。幾ら龍だろうと日常的な自傷は確実に命を削る行為、そこに今回の戦い…。
鱗や角に艶は無い。水気が抜けた翼膜は皺が寄り…まるで死を直前にしている様だった。
「…ありがとう、私を…私の目を覚させてくれて。もう迷惑は掛けないわ。左腕も……。……………いら………………い、要らない…わ…。」
…かなり葛藤したな…。
「…ここも…最悪ね…。貴方が出ていったら焼き払います。…それで…何処に行きましょうか…。虫でも狩ってましょうか?他の龍程の憎しみは持てませんでしたが…続ければ私も龍に成れるかも知れません。」
……あ、そうなの?じゃあ本当は虫とか割とどうでも良くて、100%俺の為にカゲロウ退治を引き受けてくれてたの?俺に話し合わせてくれてたの?
…確かに龍にしては反応薄いなって感じてたんだよな…。親の仇ばりに荒れ狂うらしいからな、龍。
それなら一層罪悪感が…。だって今回俺がやってる事って、優しさに漬け込んで限界の彼女を利用したって事じゃん。…流石にこれは言い逃れできない。
「…じゃぁ…さようなら…。」
……。
「貴方も気分が悪いでしょ?…こんな女の、こんな巣なんて…。」
…違うな。
「俺はそうは思わんな。」
「……え?」
「確かに、この家は正気を疑う。呼吸するだけで死にそうな空間だ。」
「……うぅ…(涙目)」
「が、そこに掛けた気持ちを否定はしない。同様に…お前の愛は本物だ。お前の今までの足掻きも、お前の感情も、全部本物だ。」
「ドラグニカ、お前はただ知らなかっただけだ。相手に伝わる適切な感情表現を教えてもらえなかったから、だからお前なりに考えて表現しようとしたんだよな?この家も、お前なりに『好き』を伝えたくて、手探りの最中見つけ出した方法だったんだよな?」
「………っ。」
「ドラグニカ、君は綺麗だ。」
「…え…!」
「諦める必要なんて無い。何者でも無いドラグニカは、けれどここから歩み出せる。」
「あぁそう言う意味…。」
「……。…分からないなら教えてやる。付きっきりは無理だが道くらいなら示せる。…それに、ここまで来れたなら後少しだ。…お前の足掻きはこの為だ、無駄じゃない、その感情はここから先に進む為だ、無駄なんかじゃない。」
「……っ…ひゅーむ…っ…。」
「なんだ?」
「わたし…できる…っ?…まだ…やり直せる…っ?」
「大丈夫だ、問題ない。(キリッ!)
「〜〜〜〜ッ!!!」
何となしにはドラグニカの頭を撫でると太い尾が緩やかに揺れる。
暖かい様で冷んやりとも感じる、不思議な温度感だ。…これ髪だと思ってたけど髪の形した鱗じゃね?
「…ぐすっ…。うん!私、頑張る!…だ…だから…宜しくお願いします…!」
「…。…!あ、あぁ任せろ!自慢じゃ無いがこう言う経験は2回くらい経験してる。安心してくれ…!」
ま、うち1人は巣立つ前に生死不明になったけどな。……流石に恨むだろうな、探すこともせずに薄情だと。……なんとか…か、俺が…俺にそんな資格はないって事は分かってる。けど…やらなきゃいけないんだ。
「は?」
ビダンッ
「…はは…?」
…尻尾めり込んでますよ。
「二番手どころか私が三番手?」
「ど…どうした?」
「ヒュームさま?そのお二方は…女性ですか?」
「はい。」
バゴッ!
………。
微笑み、しかしこれは誤魔化したら死ぬタイプのアキネーターだ。
「では、お名前をお聞かせ願えますか?」
逆アキネーターでした。
「こ…コクヨウと…それから…ッ。」
『私です。』
「「…ッ!?その声は…ッ!?」」
「シルバ!?」
「白いペットの方!?」
『私をそう表していいのはヒューム様だけです、と前回申した筈ですが?あー成る程バカトカゲの記憶に期待した私がお馬鹿さんでしたねテヘ☆』
「…ッ(
「…ッ(あのドラグニカがめっちゃ我慢してるッ!?)…ッ煽るな煽るな!…それで、何処にいるんだ?」
『悲しいです…ずっとお側に居ましたのに…。』
「???」
俺の周りを見渡すが…それらしい物はない。
「…揶揄うのは辞めろ、いい加減に姿を表せ。」
『いいんですか?』
「なんだと?」
『私今服を焼き払われましてね?なので…。』
「あー分かった、お気遣いどうも。そのままでいい。」
『私は気の利くメイドですので♪破られた時点で早々に離脱し身を塵にして待機し、吐き出されるのを見計らい貴方様に憑いてました♪』
やっぱりお前死んでないよな?ついてるって『憑いてる』じゃないよな?
「そうか。……シルバ。」
『…?はい。』
「よくやった。ありがとうな。」
『…。……はい♪』
「……もう良いです!帰りますよ!」
「何処へ?」
「何処へでも!」
「まぁ待て、俺はまだ仕事が残ってる。」
「『それは…?』」
「ルーファスだ。アイツもなんとかしなきゃならん。…そう言えばシルバお前、あの人間達とはあの後どうした?」
『………。』
「シルバ?」
『…私は貴方様の事が本当に心配だったのです!土下座までして頼み込んだのですから!本当に!』
「おいお前何した?」
『…人間たちに頼み込んで貴方様を救出するように言いまし「何お前何をやっちゃってんの!?!!!」本当に心配だったのです…(涙声)』
「あーくっそ合点がいった行っちまった!ルーファスはアイツらと戦ってるから来てないだけだ!早く行かねーと取り返しが付かなくなる!」
俺は懐からあの羽を取り出し直様あの部屋を思い浮かべ…。
「お待ち下さいッ!」
「ドラグニカ?」
「…分からない事は多々ありますが、大凡何をしたいかは予想が付きます。その上で…宜しいのですか?」
「……あぁ。」
「…私もお供します。」
「いや、流石にだ。カゲロウとの戦いの傷も癒えていないだろ?その状態でルーファスは厳しい、アイツのタフネスはお前も知るところだろ?」
「それでも頭数には揃える事ができます。なにより…その羽、長女エルネスの物でしょう?…嫌な予感がします、使用は控えた方がいいです。代わりに私が運びましょう。」
「え?乗せてくれるの!?」
「え、えぇ…。」
おっとがっつき過ぎた…。けど漢ならなるだろ?だってドラゴンライドだぜ!?ここに来て漸く異世界転生の醍醐味が出てきたじゃん俺はこの日をずーーーーーーーーっと待ってたんだよ!
「…それに…ルーファスには改めて謝りたいので…。」
「……いい心掛けだ。それなら拒否する事はできないな。よし、乗せてくれ、ドラグニカ。」
「…ッ!はい!」
『ヒューム様。』
「どうした?」
『私は姿を表せませんが、補佐程度なら行えます。具体的には貴方様の運動能力を微力ながら底上げする、或いは少しお体を拝借して緊急的な回避行動をこちらで行う…などです。』
「……許可する、基本タイミングはお前にまかせる。…頼むぞ?」
『ありがとうございます。』
「では!お乗り下さい!」
斯くして親はルーファスの元へと向かう。
…乗り心地…?…ドラグニカは最大限頑張ってくれたとだけ…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁ…素晴らしいわ…なんて素晴らしく、なんて美しい救済劇!やはり私達を救えるのはヒューム…貴方だけなのね…。」
「………。」
あぁ…何故貴方はそこに居るの…?何故…私の隣に居ないの…?
…どいつもこいつもヒュームを誑かす…卑しい害獣ばかり…ッ。
大体こんな女と見てる景色を共有するなんて悍ましいにも程がある…ッ!
「コクヨウ?さぁ見たでしょ?あの光景を…。貴女も時期に救われる、そうすれば“大団円”、全てが丸く治るの…!」
……全員…?私は救済対象…?…私も…同列…?
「その通り…貴女もこれ以上駄々を捏ねるのは辞めなさい、
違う。…違う…そんな筈はないこの女の戯言…。私はただ…純粋にヒュームを護りたくて…。………私は…彼に…何をしていたの?いや…何をしてあげる事が出来ていたの?
私は彼を…護れていた?
『大団円』…私は…未だ救済対象…何も救えず、ただ救われるだけ。
……果たして誰かを責める資格があるの?
私は彼に皆と同じ、目の前の女と同じ“理想”を押し付けていないか?
…………答えは…肯定。
私は…目的を忘れて、快楽に溺れただ私利私欲をぶつけるだけの獣になっていた…。…その姿は…かつて私を壊した…最も嫌いな物だった筈なのに…。
結局、私も彼女と同列、成る程確かに家族、血の繋がった姉妹ね…。
「……ふふっ…漸く分かった様ね…。そう、受け入れなさい。…救いは拒む物じゃない、だってそうでしょ?
天使の抱擁を受け入れる。そうすればこの後悔と自己嫌悪が和らぐから…。反撃などという気は…最早起きなかった…。
よかった、ふたりとも目が覚めた様ですね。これも頼れる長女と頑張り屋の末っ子が身体を張ってくれたおかげですね!