担いだ神輿が重すぎる! 作:ノコギリヘッド
『それでは本日の締めを括る
読み上げが終わると会場は消灯、そして次に照明がステージを照らせばそこに居たのは“黒”だった。
たとえ照明が落ち、空間が漆黒に包まれようと魔族の視力であれば目の悪い種族でもない限り、暗闇の最中ステージに移動する踊り子の影を見ることができる。
…が、この会場に居るほぼ全ての者がそれを出来なかった。
舞台に立つ漆黒の女性は闇に紛れ音もなく中央に陣取り、そしてただ観客席に背を向け、俯き、薄い流し目で虚に眺めているのみだった。
それはまるで、「見つかってしまった」と言わんばかり。絶対に見つかってはいけない場面で見つかり、そして諦めたかのような脱力の視線。
成す術なしと無防備に投げ出す様な様は、見る者に様々な感情を呼び起こさせる。
観客は息を呑む。これから何が始まるのか、それ以外に思考が行かず正に釘付けだ。
「………。」
今やこの空間は彼女の物だ。闇に紛れる漆黒が、白日に照らされる。まだ何も始まっていないと言うのにも関わらず。
〜♪
不意に、笛の音が聞こえた。…いや、笛じゃない、口笛だ。
ゆっくりと上を向きながら彼女は口笛を吹いているのだ。
待てど暮らせど再生される筈の音楽が鳴ることはなく、ただか細い口笛が、聞いたこともない音楽を奏でている。
取るに足らない口笛、だと言うのに、息を呑む。
彼女の一挙手一投足に目が向けられているこの状況下で、限りなく無音のこの空間に響く口笛は劇薬だ。麗しく妖艶に窄められた唇から奏でられる物悲しげな口笛に、あらゆる想像が掻き立てられる。
それは音楽の背景か、それともこの踊り子の背景か?
カカカッ
次に鳴るは床を蹴る音。それはよく響き口笛と連動しながら鳴り響き、そしてそれに釣られるように黒いドレスが時に大きく、時に小さく舞う。
それは観る者聞く者に抵抗を思わせた。
それは観る者聞く者に心音を思わせた。
物悲しさを裂く音に、大小と揺れ動く黒。
どうしようもなく詰んだこの状況に、諦めながらもやはり足掻く事をやめられない、死ぬと分かっていながらも自分の心臓は死ぬ直前まで動き続けている、と言うべきか?
〜♪ッ…パパパパッ!!
急変、口笛は乱雑に途切れ直後に手拍子が短く入る。
足音はより大きくより早く、そして何より視線が、諦めたような虚な視線に光が宿る!
睨みつけるような視線で辺りを撫で、ここにきて初めて正面を向く。
感じるは怒り。何か譲れない矜持を傷つけられたとでも言うべきか、敗者なれど絶対に譲れないそれだけは守り通そうとする気高さか?
観客は想像する。これは感情の旅であると、“勝手に”そう解釈して空想を広げる。次は喜びか?悲しみか?次はどこを使う?何か隠してある楽器を使うのか?それともいよいよ音楽が流れるのか?
そしていざ、彼女の全身を使った演奏が正に佳境を迎えるであろうと、観る聞く全てがそう予想し次を待ち望み…。
ドンッ!!
彼女は倒れた。
会場がざわつく。当然だ、あれこれと想像を膨らませたその全てをスカすことが起きたのだから。誰も思わない、踊り子が倒れるなど。
……いや…斃れたのか?思えば初めから彼女は諦めた、死を受け入れたかのような出立だった、そんな彼女がそれでも生きる道を模索し、その最中で尊厳を汚され、その怒りに燃え…そして…自決した。
会場は“勝手に”悲壮な物語を組み上げる。
では、当の本人は如何なのだろうか?
「…………。」
…もうネタねーよ!アドリブで適当かまして来たが思い付かない!
一応『感激する魔法』をバレない程度にうすーく発動したが、一体どこまで効果があるやら…。つまり?
もうダメだ、おしまいだぁ…。
あの後…良心の呵責に耐え切れずに結局ドレスを着込み、やっつけで出場したけどやっぱ逃げるべきだったと猛烈に後悔!
だってこんなのもう死んだふりしてるネズミじゃん!あと先ないからワンチャン見逃してを祈ってるだけじゃん!
あーもうおしまいだこっから怒涛波濤のブーイングを食らって即死するんだ〜!
と、思っていたが意外にもブーイングは来ない。取り敢えずなんとかなったと希望的観測で立ち上がると、軽く笑みを浮かべて一礼、ついでにギラードに向けても一礼して速やかに足早に去る…ことがなぜか出来た。
???なんで?
「……意味がわからない…。」
確かにズルしたけど此処までの効果はあり得ない…と、思わずぶつぶつと独り言をゴチっていると、視界の端から燃えるような紅が飛び込んで来た!
不味い欺瞞が…ッグェッ!?
「やるじゃない貴女!私の見込んだ通り結局何が何だかわからなかったけど凄く良かったわ!!!」
「グェッ!?」
「あら貴女脆いのね…?」
いいえ貴女が強すぎるんです…なんて言っても人間が紛れてることがイレギュラー。俺が脆いのが正解だ。
幸い、女性以下の耐久なお陰でまさか俺が男だと言う事実には掠ることなく気付かれていない。…拙者泣いていい?
あー適正環境に移住したい。なんでいつまでも低レベル紙耐久なのにラスボスダンジョンに住まなきゃならないんだ?
そしてあっという間に人だかり…人じゃないけど。兎に角個性豊かな踊り子さん達が俺を囲んで姦しく騒ぎ立てる。
ちょっと罪悪感、いや俺はズルして…。
「見たことないけどどこ出身なの?」
「種族は魔人?けれど喰魔の子に見えるわね。」
「ひょっとしてハーフ?それならさぞ辛かったでしょう…。」
「それなら納得ね…。」
「ギラード様との謁見は貴女で決まりよ!」
あーそうだなギラードとの謁見は俺…は?俺!?!?てかギラードと会うの!?今から!?
「101番居るか、ギラード王との謁見が叶う。着いてこい。」
「やっぱりね!…気合い入れなさい!上手くヤれば側室確定!ギラード様に抱えられられるなんて飛んだ玉の輿ストーリーね!後で話、聞かせなさいよ!」
「え?あ?え?はい?」
「着いてこい。」
「は、はい?」
え?俺が一位?なんで???てかギラードと謁見?なんで?え?側室?やる?なに?え?俺…え?…えぇ…。
「……あの子何も理解してなさそうでしたけど大丈夫かしら?」
「いいえ、分からないわよ?ああいう子ほど“知ってる”のよ。女は怖いわねー。」
「ふふ、貴女も女でしょ?」
「女だからよ、女だから分かることがあってだから怖いのよ。逆に聞くけどあれが演技だとして、男が見抜けるとでも?」
「……無理ね。」
「でしょ?」
この日、踊り子達の中で伝説が生まれた。突如として現れた、文字通りのダークホース。
その全てが闇の如く不明でありまた実際に見たことがある者ですら、その記憶や印象は次第に闇に掠れしまう程掴みどころのない、そんな踊り子が“居たらしい”と…。
ギラード王との謁見の後、そのまま一切の消息を絶った…実在不明のそんな噂が…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺の母上は厳格だった。全てにおいて厳しく、支配的だった。
そしてその抑圧の反動だろうなァ…。青臭せーガキの癖に目を盗んでは女遊び、力なら兄弟姉妹を抜いて随一で、地位も映えある第二王子…長男野郎があの調子な事もあって実質俺が長男だと持て囃され…そりゃ今思えば腹立つクソガキだとムカつくほどチョーしに乗ってたなァ…。
ま、今となっちゃいい思い出だが。
男は平伏し、女なら股を開く。母上からの干渉も少なくなりますます付け上がりゃぁ…正しく酒池肉林の大騒ぎだ。
…いつだったか…可愛い淫魔ちゃんと一発よろしくヤろうとしたとある夜、アイツが来た。
「うっわ。仮にも王子がその体たらくとは…。」
「アァ?何だこのアマ…。」
「おっと失礼、つい本音が…。」
「チッ…おいてめぇ名前なんだ?俺は優しいからなぁ?名前を聞いてやってからぶっ壊すって決めてんだ。」
「それでは野蛮な王子様、言葉が通じるのが驚きですが一応答えて上げます。……『ヒース』…そう、ヒースとお呼び下さいませ。」
「ケッ…パッとしねー名前だな?見るからに貧相な芋女には相応しいか?クククっ…。」
「見るからに貧相でパッとしない芋女に、こんなこと言われてる時点で色々気づきませんか?ねぇ?“王子様”?」
「…ッ!テメェ!」
「あーあ、そうやってすぐに暴力ですか?そこら辺の畜生でも出来ますよ?そんな事。私程度の芋女、言葉の一つで黙らせられずに何が王子でしょうか?」
「…ッ!?」
「…改めまして、最近こちらに就職しました。『ヒース』と申します。あまり長居する予定は有りませんがどうぞよしなに…。」
あの時の俺の表情、自分で言って何だがさぞ痛快な表情をしていたに違いない。
己に靡かず、反抗し、常に淡々と会話の主導権を握られた。それも遥か格下の女に。当然訳が分からねぇ。兎に角それがアイツとの出会いだな。
「不敬を帳消しにする代わりに貴方に抱かれる?私がその様な冗談で笑う様な者に見えますか?」
「脅しとは知能を使いましたね。ですがそれは貴方の力じゃない。良いんですか?“誰かの力”を振るって自分を強く見せるのは、不本意では?」
「また女遊びですか?汚いので下着は貴方が洗って下さい。……私の方から言わせるんですか?貴方、おねしょよりも恥ずかしい物の後始末を他人に頼んでいるのですよ?」
「好き嫌いをしないでください。『ギラード、野菜に負ける』と朝刊に載せられたいのですか?」
……アイツの小言はよく効いた。当時は煩わしくて仕方なかった。まるで母上二号…いや、ただ上から一方的に支持してくる母上と違って、アイツの目線は常に同等或いは下から、尚且つ具体的で妙に目線を合わせて罵倒してくる。…それの逃げ場のなさよ、この俺が逃げ道を探している事実に気づいた瞬間、俺は尚のこと効いた。激効きだ。
そして…気付くうちにアイツは俺の生活に入り込んでいた。まず好き嫌いを辞めた。自分の不始末の処理を他者に任せ無くなった。そして…女遊びも、辞めていた。
当時の俺は如何にしてアイツを黙らせるか、その事ばかりに注力し気付かぬうちに他の女が眼中から消えた。
いつもいつも敵視してたが、今なら言える。あいつとの会話は誰であっても再現できない特別な会話。…だから…あー…楽しかった、つまりそういうこったな。
そうして…時間が進んでいくうちに…あの日が来た。
国が、世の中が変わった日。俺は…ヒースを見失い…そして今日、この舞台に立ち、そして俺が見失った女が見違えて、直ぐそこで対面している。
「…よぉ、ヒース。久しぶりじゃねーか。」
「……な、何のことですわよかほほほ。」
「…何だその冗談は、俺がそんなもんで笑う様に見えるか?」
「見えないですね。…今も、昔も。……女遊びは辞めたのでは?」
「さてなァ…周りがうるせーんだよ。囲め囲めってな。たく…盛ってる場合じゃねーって言ってるんだがァ…。」
喋るうちに無性に小っ恥ずかしくなり、誤魔化しに頭を掻く。そんな行動がガキみてーで更に羞恥心が増す。
いつぶりだっけか??ここまでは自然体で話せたのはな。ちとぎこちないがやっぱりコイツとの会話は壁がなくて心地が良い。
「そういう文化ですのでそこは結構です。問題は責任無しで節操なしだった事ですので、そこさえ改善されているならば言うことはありません。」
「そうかよ。んで、今日はまた何で来た?まさか俺の為に会いに来てくれたのかぁ?」
「………察しがいいですね。……割と、…とさせてもらいましょう。」
「………マジ?」
「マジでございます。」
……驚いた…何よりなんだこの破壊力…ッ!?さっきもそうだがコイツが俺をまともに肯定したことなんて片手で数える程度、そんなものがこの短時間に二つ、ありえない。
コイツが俺に隙を見せるなんてそれこそ、デウポリアとルーファスが手を取り合う事と同じくらいのあり得ねぇー話だ。
これは…。
「…とうとうお前も俺の良さに気付いた見てーだなァ!よし、何の様だ?俺の元で働くか?それともまさか…俺に抱かれて欲しい…なんてな?」
「……どう考えますか。」
「………は?マジ?」
「な訳がありません。貴方のブツなんてお断りですので。」
「…で、なら何の様だ?まさか…命でも狙われて…ッ。」
「ないです。…えぇ、ありませんのでご心配なく。今回はある意味、決別と言うか意味で参りました。」
「けつ…べつ…だと……?」
「何ですかその反応。え?ほんとに大丈夫?」
けつ…べつ…?…誰と?俺と?…前とこの変わり様…。はっ、まさか…男か?
「結婚したのか?俺以外の男と…ッ?」
「ぶふぉッ!」
「あぁ?」
「いえ…何でもありません…。ふぅ。男なんて出来ていません。そもそも私に誰かを手玉に取るなどと言う技量などありませんので。」
「…まさかお前処女だったのかァ!?」
「…むしろなんだと思って?」
「………てっきり子持ちかと思ってたぜ…。」
「マジでございますか…。」
あらゆる意味で微妙な空気が流れる。
それは気まずくも、しかし未だかつてなく経験した事のない空気感、俺はその空気を噛み締める様に黙り込んだ。
………それは恐らく…チッ。
最後…だと薄々感じてたからだろうな。
女装した姿に惚れられて一悶着、面白くて好き