放課後の箏曲部部室。
誰もいなくなった部屋で、鳳月は譜面をまとめていた。
「……鳳月」
「何よ、工藤」
振り返ると、工藤がこちらを見ていた。
いつもと少し違う、真剣な顔。
「……何?」
「いや」
工藤は少し黙ってから、鳳月のほうへ歩いてくる。
「お前さ。俺のこと、どう思ってんの?」
「……は?」
あまりにも突然で、鳳月の手が止まる。
「な、何よ急に……」
「いいから」
「そんなこと……」
言えるわけがない。
鳳月が目を逸らすと、工藤が小さく息を吐いた。
「……俺は、お前のこと好きだ」
「――っ」
顔が熱くなる。
「ちょ、ちょっと……工藤……」
「俺、もう我慢しねぇぞ?」
「……!」
工藤が一歩近づく。
鳳月は反射的に一歩下がった。
「な、何する気よ……」
「何もしねぇよ」
「じゃあ、なんでそんなに近づくのよ!」
「……鳳月が嫌じゃねぇなら、このままでいたいだけ」
「…………」
鳳月は俯いた。
心臓がうるさい。
「……嫌じゃ、ないわよ」
小さな声。
「……そっか」
工藤が少し笑う。
それから、そっと鳳月の頭に手を置いた。
「じゃあ、今日はこれでいい」
「……何よ、それ」
「続きはまた今度」
「……工藤のくせに、生意気」
そう言いながらも、鳳月は工藤の手を振り払わなかった。
「……武蔵くん?」
来栖の声に、武蔵ははっとした。
「どうしたの? さっきからぼーっとしてるけど」
「……いや、そ、そう?」
武蔵は答えながら、校舎のほうをちらりと振り返った。
さっき見た光景が、頭から離れない。
工藤が鳳月に近づいて。
そして――鳳月の頭に、手を置いていた。
別に、それだけだ。
それだけなのに。
「……武蔵くん?」
「はい」
「もしかして、何か気になることでもある?」
「…………」
武蔵は少し迷ってから、口を開いた。
「……さっき、工藤くんと鳳月さんを見ちゃって」
「え?」
来栖の表情が変わる。
「何かあったの?」
「え...えっと。工藤くんが……鳳月さんの頭に手を」
そこまで言って、武蔵は言葉を止めた。
来栖が少しだけ目を丸くする。
「……手を?」
「はい」
「……そっか」
なぜか来栖も黙ってしまう。
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
「……来栖さん」
「なに?」
「その……」
武蔵は来栖を見る。
「もし、僕が誰かにああいうことをしたら……」
「来栖さんは、どう思う?」
「え?」
「…………」
「……誰かって?」
「……」
「武蔵くん?」
武蔵は顔を赤くしながら、視線を逸らした。
「……来栖さん、とか」
「……っ」
今度は来栖の顔が真っ赤になった。
「そ、そういうこと……急に聞くの、ずるいよ」
「ごめん」
「……でも」
来栖は少しだけ武蔵との距離を縮めた。
「武蔵くんなら……嫌じゃない、と思う」
「……本当?来栖さん」
「うん」
恥ずかしそうに笑ってから、来栖は小さく付け足す。
「……むしろ、ちょっと嬉しいかも」
武蔵は完全に固まった。
「……武蔵くん?」
「……今日は、もう何も言わないで」
「ふふっ」
来栖は楽しそうに笑った。
「じゃあ、帰ろうか。武蔵くん」
「……はい」
二人は並んで歩き出す。
さっきまで気になっていた光景は、いつの間にか頭の隅へ追いやられていた。