怪獣8号~約束~   作:スペア

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第1話 月下の告白

 

 

 

 

 

防衛隊の合否通知は、あまりにもあっけなく個人の運命を変える。

書かれている文字を、日比野カフカはただ呆然と見つめていた。

 

日比野カフカ 不合格

 

それが、32歳になったカフカが掴もうとした、最後のチャンスは「不合格者」として、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

それから数日後。

カフカは再び、怪獣専門清掃業者「モンスタースイーパー」の作業服に身を包んでいた。

現場は、日本防衛隊第3部隊が討伐を完了したばかりの巨大怪獣の解体・清掃。

飛び散る肉片と鼻を突く体液の臭いの中、カフカは黙々と手を動かしていた。

ふと、周囲の清掃員たちがざわめき立つ。

視線の先には、銃を携え、凛とした佇まいで戦果を確認する第3部隊隊長、亜白ミナの姿があった。

かつて、共に怪獣を全滅させようと誓い合った幼馴染。

今の彼女は遥か遠い雲の上の存在だ。

そして自分は、試験に落ち、約束を果たすことすらできなかった。

 

カフカ「……あわせる顔が、ねぇよな」

 

カフカは自嘲気味に呟くと、ミナに気づかれないよう、逃げるようにその場を離れて別の解体作業へと向かった。

だが、戦場に「絶対の安全」など存在しない。

カフカが別の肉塊を処理していたその時、背後で作業していた同僚の影から、まだ息のあった余獣が飛び出してきた。

 

カフカ「危ねぇ!」

 

考えるより先に身体が動いていた。カフカは同僚を突き飛ばし、自らの身体を身代わりにするように差し出す。

怪獣8号の力を使えば、こんな雑魚など一撃で粉砕できる。

しかし、周囲には大勢の清掃員や防衛隊員がいる。

ここで変身すれば、すべてが終わる。

グシャリ、と嫌な音がして、カフカの脇腹を怪獣の爪が引き裂いた。

 

カフカ「がはっ……!」

 

激痛と衝撃。

人間の身体のまま生身で受けた一撃は、カフカの意識を急速に奪っていく。

視界が暗転する直前、鼓膜を震わせたのは、爆音と共に余獣の頭部を正確に消し飛ばした。

 

 

 

 

 

鼻を突く消毒液の臭いで、カフカは目を覚ました。

天井を見上げ、自分が病院のベッドに横たわっていることに気づく。

身体を動かそうとすると脇腹に鈍い痛みが走ったが、包帯で厳重に処置されているようだった。

 

カフカ「……あ」

 

ふと左手に違和感を覚えて視線を向ける。

カフカの無骨な手を、両手でぎゅっと包み込むように握りしめている人物がいた。

防衛隊の制服を着たまま、パイプ椅子に腰かけている

 

 

 

 

 

亜白ミナだった。

 

 

 

 

 

カフカ「ミナ……? なんで、ここに……」

 

カフカの声に、ミナがハッと顔を上げる。

その瞳は赤く潤んでおり、いつも戦場で見る冷徹な隊長の面影はどこにもなかった。

 

ミナ「気がついたのね、カフカくん」

 

カフカ「おま、基地の任務は……」

 

ミナ「戻ったわよ。戻って、報告を済ませて……すぐにここに来た」

 

ミナの手が、小さく震えている。

彼女はカフカの手をさらに強く握りしめると、瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

 

ミナ「嘘つき」

 

カフカ「え……」

 

ミナ「一生、私の隣に来てくれないのかと思った。試験に落ちて、また遠くに行っちゃうって……。今日だってそう。怪獣が現れた時、どうしてまた一人で何とかしようとするのよ。どうして私を頼ってくれないの。どうして、私の隣にいてくれないの……!」

 

ミナが泣いていた。

あの孤高の天才と謳われる亜白ミナが、子供のように涙を流している。

カフカは完全に圧倒され、言葉を失った。

 

ミナ「……バカ。ずっと待ってたんだから……。カフカくんが私の隣に来てくれるのを、ずっと、ずっと待ってた。隊長なんて肩書、どうでもいい。私はただ、あなたに傍にいてほしいの。……好きなの。大好きなんだから、カフカくん」

 

告白だった。

あまりにもストレートで、純粋な、ミナの長年の想い。

 

カフカ「ミナ……お前、俺なんかを……」

 

カフカの胸に、歓喜よりも先に、冷酷な現実が過った。

自分はもう、普通の人間ではない。

日本中から駆除対象として狙われる恐怖の存在、怪獣8号なのだ。

こんな怪獣の身体で、彼女の真っ直ぐな愛を受け止める資格などない。

 

カフカ「……ミナ、ありがとな。嬉しかった。でも、俺は……」

 

カフカは意を決して、自分に意識を集中させる。

ミナの目の前で、カフカは皮膚を黒く変質し、不気味な怪獣の姿へと変えていく。

カフカが「怪獣8号」であることを証明する、異形の姿。

 

8号『俺、怪獣になっちまったんだ。人間の姿をしてるけど、中身はもう化け物なんだよ。……だから、お前のその想いには、応えられねぇ』

 

カフカは自嘲気味に目を伏せ、ミナが握っていた怪獣化した手を引き抜こうとした。

しかし、ミナはその手を離さなかった。

それどころか、黒く禍々しい怪獣の腕を、愛おしそうにさらに強く抱きしめたのだ。

 

ミナ「関係ない」

 

ミナは涙を拭いもせず、カフカの目を真っ直ぐに見据えて言い放った。

 

ミナ「怪獣だとか、人間だとか、そんなことどうでもいい。私の好きな日比野カフカは、今ここにいる。あの頃と何も変わらないカフカくんだよ。それが怪獣の姿をしていようと、私は関係ない」

 

8号『ミナ……本当に、いいのか? 俺、防衛隊の敵なんだぞ? お前の立場だって……』

 

ミナ「うん。いいの」

 

ミナは一切の迷いなく微笑むと、椅子から立ち上がり、ベッドの上のカフカにそっと身体を預けた。

カフカは、怪獣化を解除。

人間の姿へと戻り、彼女の背中に腕を回した。

 

カフカ「ミナ、好きだ。こんな俺でも付き合ってくれますか?」

 

ミナ「…はい!」

 

ぎゅっと、お互いの体温を確かめ合うように抱き合う二人。

開いた病室の窓から、静かな月明かりが差し込んでいた。

その白い光は、数年のすれ違いを経てようやく重なり合った二人の影を、優しく、そして祝福するように照らし続けていた。

 

 

 

 

 

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